コアナンバー。
文字通りISの「
しかし、同じ番号が被っているコアが出現した。
これだけでも十分に異常事態なのだが、もう一つ問題があった。
それは――。
「ね、ねぇ……。コアナンバーをダブらせるメリットっていうか、理由って何か……あるの?」
そう、今おっかなびっくりといった様子で鈴が尋ねたとおり、コアナンバーをわざわざ重複させる意義が全くもって理解できないのだ。
敵がコアを新造できる能力があっても、わざわざ面倒なだけでしかないナンバーの打ち込み作業などしなくてもいいとは思うのだが……。
「敵の造った偽者のコアは稼働時間が有限だとかシールドエネルギーが本物の8割しか出力されない等、何らかの欠陥があるのでは? それをどこかで本物と取り替えて盗むつもりだった、とかでしょうか……?」
セシリアがどこか自信なさ気に、仮説を口にする。なるほど確かに、それならわざわざ本物に似せる意味も出てくるだろう。
しかし。
「一理ないとまでは言わん。だがゼフィルスや例の無人機――ゴーレムだったかを見る限り、奴らの造ったコアは本物と遜色ない働きを示していた。そんな連中がいまさら、本物を欲しがるものなのか……?」
「それにさっき、イギリスで拾ったほうを念のために分解してみたんだけどね。束さんお手製のものと寸分たがわず同じだったんだよ。だから完全に、本物をわざわざ盗む必要なんてないんだよね」
千冬さんと姉さんの鈴どい指摘により、仮説は完全に否定されてしまう。
まあセシリアも無理やり推測していたようではあったので、そこまで落ち込んではいなかったが。
「コアに関しては悪いけど、束さんもお手上げだね。さすがに意味が分からないよ」
「そうか……お前がそういうのなら、とりあえずこの件についてはひとまず置いておこう。埒が明かん」
千冬さんはそう結論付けると次の話に進むべく鈴のほうを向き、言葉を続ける。
「凰。途切れてしまったが、お前の甲龍についての話を再開させてもらう。今日、あれが起動するまでの流れを、憶えている限りでいいから細かく話してくれ」
鈴はどこから話せばいいのか決めあぐねていたのだろう。千冬さんの言葉に頷いてから話し始めるまでには少しの間があった。
「箒……。今朝、あたしがうなされてたのは憶えてる?」
「えっと……ああ、そうだったな」
色々なことがあったせいで忘れていたが、確かに今朝、鈴はひどくうなされていた。
しかし、それがIS――甲龍の起動と一体何の関係があるのだろうか。
皆目見当がつかないので、鈴が話し出すのを待つ。
「あの夢、ね……。あたしがISを纏って戦ってるって内容だったのよ」
「その夢に出てきたISが、甲龍だったんですか?」
緊張した面持ちでセシリアが問うと、鈴はゆっくりと首を縦に振る。
「……なるほど、分かった。凰、その夢に関することは他にも憶えているのか?」
「セシリアと箒、それに何人かのIS操縦者と一緒に、上空で赤い全身装甲のISや、男の乗ったISと戦ったりしてたのと、すぐ下の陸地から炎が燃え広がってたのと、それと後は…………」
「どうしたの? 鈴ちゃん」
急に鈴が悲しげな顔で黙ったため、姉さんが優しげに問いかける。
あれだけうなされた悪夢なだけに、どうやら夢の中でよほど酷い目に遭ったようだ。
「鈴、無理してつらい事を話さないでもいいんだぞ」
背中を軽くさすってやりながら、私はなるべく優しげな声音で鈴に言う。
私自身、現在進行形でおかしな夢に悩まされている身なので、ある程度なら鈴の気持ちも分かる。
「……いい、箒。今から話すわ」
数度だけ深呼吸してから鈴はそう言い、自身が夢の中で経験した結末を続けて口にした。
「あたしね。夢の中で敵のISの槍に貫かれて殺されたの。やけに感覚もリアルな夢でね……本当に刺されたんじゃないかってくらい痛かったわ」
「……ッ!」
私が見ている夢と、どこか似ている……だと?
そう思わずに入られなかった。ISが出てくるところといい、妙なリアリティや生々しい感覚を抱かせることといい、まるで瓜二つではないか。
どうする、今私の夢の事も言うべきか……?
一瞬そうしようかと思った。だが今言ったところで鈴の話の腰を折ることになるし、第一確実に信じてもらえる話だとも思えないのでぐっと堪えて話の続きを黙って聞く。
「起きてから、朝ごはん食べたとこまでは皆と一緒にいたわ」
「そして食後すぐゴーレムとゼフィルスの襲撃に遭い、わたくしと箒さんは迎撃のために外へと出て行った、と」
セシリアの念押しに頷く鈴。このときは一緒にいたので知っている。問題はこの後だ。
「箒たちが出て行った後、束さんも因幡を展開して外に出て行ったの」
「情報収集の必要もあったからね。デッキの陰に陣取って部分展開してたんだよ」
姉さんが情報を付け足す。
あの指示によって敵に嵌められはしたものの、それがなければ街に被害が出ていた。
ゼフィルスの予想以上の強さを鑑みるに、その損害は私たちの想像を絶するものになっていた可能性もある。
「束さんが出て行く間際『避難して』って言ったし、どの道あたしもそうするつもりだった。けどパニックに陥った人たちの波もあってか、気付いた時には知らない場所に立っていたの」
「それで、お前はどうしたんだ?」
私が話の続きを促すと、鈴は驚くべき答えを言い放つ。
「そこは貨物室のすぐ近くだったみたいで、扉も開いてたからつい中に入ったの。そしたらそこにEOSがあったのよ」
「まさか鈴、お前EOSを動かそうとしていたのではないだろうな!?」
「さすがにそれは……と言いたいところだけど、最初はそうするつもりだったわ。でも冷静になってみると非武装の、しかもEOSなんかじゃ相手にならないって気づいて、やめた」
私が声を荒げると、鈴は即座に答える。
EOSとはパワードスーツの一種で、武装すれば戦闘にも使うことができる――もっとも絶対防御もPICも持たないので、その操縦性や機動力はISとは雲泥の差なのだが。
したがって救助活動や今回の船のように貨物の運搬等の雑務をこなすために使用されているケースがほとんどだ。
私も代表候補生としての訓練の一環として乗ったことがあるのだが、まるで身体がいうことを効かなかったのを憶えている。
「それで……乗らなかったようだけどさ。その後は鈴ちゃん、どうしたの?」
「思わず悔しくて、声を大にして叫んだの。どうして箒が苦しんでるのに、あたしはセシリアみたく一緒に戦えないのか。束さんみたいに後ろから助けになることすら出来ないんだろうって」
「鈴、お前……」
何か言葉をかけてやろうと思ったのに、できなかった。
もし逆の立場だったら、私もこんな風に考えてしまうのだろう。
そう思うと、とても他人事のように感じられなかったから。
専用機も持たない無力な自分が悔しくて、なにも出来なくて、そして――。
「痛ッ!」
考えれば考えるほど、まるで自分の事のように感情移入していく。
すると突然、頭の奥から激痛が走る。
まるで何か、大事なことを思い出そうとしてできないような、そんな感覚も同時にする。
「箒さん、どうしましたの?」
「――あ、ああ……。急に頭痛がしただけだ。痛みも引いたし大丈夫だ」
急に叫んだせいだろう。セシリアに心配そうな表情で詰め寄られ、肩を軽くゆすられる。
するとさっきまでの痛みが嘘のようにひいていった。一体なんだったのだろうか?
「すまない鈴、続けてくれ」
「ホントに大丈夫なの? まぁいいわ……。それでひとしきり叫んだら冷静になってね、いま自分が箒のためにできる事は無事逃げることだけだ。そう思って貨物室の外に出ようとした時だったわ。声が、聞こえたの」
怪訝そうな声音で千冬さんが「声?」と短く尋ね返すと、鈴は「そうです」とだけ返して話を進める。
「誰もいないのに聞こえたわけだから、最初は幻聴なんじゃないかって疑ったわ。でもよく聞くと、その声は私の頭の中から聞こえてたの。『力が欲しい?』というただ一言だけ、何度も何度も繰り返しね」
「それで鈴さんは、その言葉に返事をしたんですの?」
「あまりにもしつこかったからね。つい『欲しいに決まってるでしょ! しつこいったらありゃしないわね』って怒鳴っちゃった」
傍から見たら完全におかしな人よね。周りに人がいなくて助かったわ。苦笑しながら鈴はそう続ける。
「その後すぐ、ブレスレットが突然光って……気付いたら、あたしの身体には例のIS――甲龍が装着されていたのよ」
「しかし鈴お前、よくいきなり戦おうと思ったな」
「箒さんの助けになりたいとは仰っていましたけれど、慣れていない機体で戦うことに恐怖を感じたりはしなかったんですの?」
私とセシリアが矢継ぎ早に尋ねてみると、鈴は「そうよ、そこ!」と大声を張り上げる。
「最初はそりゃ戸惑いもあったし、正直に言うと不安だったわ。けどすぐに……なんか上手く言えないけど、身体に馴染んだのよ」
「甲龍がか?」
「そ。まるで中学の頃の制服みたいに着慣れているっていうか、そんな印象だったわ。不思議なことに操縦方法とかも頭の中に入ってきたし、まるであたしのために最初から用意された機体みたいな感じだった」
鈴の証言から察するに、おそらく甲龍ははじめから鈴専用になるように調整(フィッティング)済みだったという事なのだろう。
しかしそれなら、どこで甲龍の製作者は鈴のデータを取ったのだろうか?
いくらISの開発者とその妹と顔馴染みで、しかもIS学園の門を叩けたとはいえ鈴は一般人。知名度もそこまで高いとは思えない。
仮に鈴のデータを何の障害もなく、かつ私たちに気付かれない形で入手したとしよう。
ならば何故、それをあんな山奥の温泉宿の土産屋に置いたのだろうか。
商店街の人たちが福引の出目を操作したとは到底思えない以上、あそこに行ったのは偶然だと私は思っている。
それに、百歩譲って仮に温泉宿に行ったのが仕組まれたからだとしよう。
だがあの土産屋でブレスレットを買わなかった可能性も――もっと言えば、土産屋そのものに寄らなかった可能性も十二分にある。
現に私が買ってやらなければ、鈴はあのブレスレットを手にする事もなかったに違いない。
考えれば考えるほど、意味が分からない。
「それから貨物室の搬入口を開けて外に飛び出して、打鉄用の予備エネルギーを束さんから貰って戦場に駆けつけたの。あとは、箒たちも知っての通りよ」
私があれこれと悩んでいるうちに、鈴の話は終了したようだ。
「さて、凰の甲龍についての話も終了したわけだが、あとは……篠ノ之が研究所で拾ったという、あの書類だけか。束、何か分かったか?」
「それが……ダメだったんだよ、ちーちゃん。だから分かるのは血が付着していない部分だけ」
予想はしていたものの、さすがに姉さんでもあれだけ汚れた紙の復元は無理だったか。
つまりあの紙から得られる手がかりは、完全にあの四語――篠ノ之箒、スフィア、引継ぎ、椿――だけということになる。
改めて考えてみても、椿という単語のみがやたらと浮いている。そう私には思えてならない。
実際鈴やセシリア、姉さんに船の上で聞いてみたときも、やはり三人とも椿という単語に違和感を覚えていた。
だが、千冬さんは別だった。
「機体名なのではないのか? 名前に椿という文字が入っていてもおかしくはないだろ」
と書類の中ごろにある例の文字を手で指しつつ、私たちが思いつかなかった推測を導き出すと続ける。
しかし機体名か。暮桜と花の名前のついた機体に乗っている千冬さんならではの発想だな……。
「ちょうど椿の一文字だけが孤立する形で、前後の文字に血がかかっている。椿一文字ならともかく『椿なんとか』や『なんとか椿』なら、名前としてもおかしくはないだろう。まぁ、肝心のその残りの部分が分からないから困りものなのだがな」
「血で汚れてるし……『アカツバキ』とかそんなんだったりして」
苦笑気味に千冬さんが締めると、姉さんがふざけてそんなことを言う。
あか、つばき……?
なぜか、その単語が引っ掛かる。
まるでいつも口にしていた言葉――それこそ、専用機の名前のような……。
「――ッッ!」
そう考えた途端、さっきの頭痛とは比べ物にならない激痛が迸る。まるで何者かが、大事なことを思い出すことを拒んでいるかのようだ。
だが、ここで退くわけにはいかん!
自分に喝をいれ、必死に「アカツバキ」という言葉を手繰り寄せていく。そして――。
一機のISの姿が、頭の中にぼんやりとだが浮かんでくる。
(そうか、これが……紅椿)
一度もこんな機体は見たことがなかったし根拠もなかったものの、直感がそう告げていた。間違いないと。
「ちょっと、箒ちゃん!?」
「箒ッ!」
そして紅椿の姿を見た途端、私の意識は急激に遠のいていく。
姉さんと鈴の心配そうな声を聞きながら、私は意識を手放していった……。