篠ノ之箒は想い人の夢を見るか   作:飛彩星あっき

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1ヶ月ぶりに投稿しました。
今回は2話分更新しています。


IS学園

 あの後、船内にいた姉さんも因幡を展開して合流し、私たちは千冬さんたちによって最も近い自衛隊の駐屯地へと連れられた。

 そこから大型のヘリに乗せられて、今は移動している最中である。ヘリの中には私たち4人と操縦士、それに千冬さんしかいない。

 

「ねぇ、これってどこに向かっているのかしら……?」

 

 右隣に座る鈴が窓の外を眺めながら、私に問いかける。

 私もつられて外の景色を見たが、一時間前に眺めた時とほぼ同じでただひたすら海面が広がっているだけだった。

 

「……恐らくはIS委員会の日本支部だろうな」

 

 数秒だけ考えてから、答えを口にする。

 ISのコアは貴重なものであり、それが未知の専用機と一緒に突如現れたのだ。

 おまけに操縦者である鈴は、中国生まれの日本育ちときている。これでは非情にややこしいことになるのは明らかだろう。

 だから国際組織であるIS委員会が一度、このISに関する処遇を決めるはず。そう私は考えたのだ。

 セシリアも同じ考えのようで、私の言葉を聞いて頷いていた。

 

「篠ノ之、私たちが向かっているのはIS委員会日本支部ではない」

 

 だが、千冬さんの一言であっさりと否定されてしまう。

 

「敵はIS委員会の中にもいる可能性があるからね、できるだけ盗み聞きされてないところのほうが箒ちゃんたちもいいでしょ?」

 

 すかさず、姉さんの補足説明が入る。確かに委員会の人間が敵にいるならば、今まで簡単に待ち伏せされたのも頷ける。

 しかし、それならどこへとこのヘリは向かっているのだろうか。

 

「箒さん。恐らくあそこに向かっているのではないかと」

 

 セシリアが窓の外のある一点を指差しつつ、私たちに向けて言う。

 そこには大きな人工島が浮かんでいて、近未来的な外観をした建物がいくつも立ち並んでいた。

 

「あそこって……IS学園!?」

 

 指差した先を眺めて、鈴が驚きの声を上げた。

 鈴の言うとおり、そこにあったのはIS学園。世界で唯一のISに関する教育機関にして、倍率1万倍をゆうに超える超エリート校。

 そして、春から私たちが通う高校でもある。

 

「IS学園はIS委員会が管理する学校ですが、内部に不審な人物が入らないよう徹底されてますからね……。確かに、盗聴のリスクを考えたら最善の選択ですわ」

 

 セシリアの言葉を聞き、私も納得する。確かに日本国内、いや、世界中どこを見渡しても、ここ以上に安心して話せる場所はそうそうないだろう。

 そう考えているうちにヘリは学園のすぐ上にまで到着し、着陸の準備を始めたのだった。

 

◆◆◆

 

 学園に降り立ってすぐ、姉さんは甲龍の待機形態――どんな形なのか、私は知らないが――と例のコアの入った袋を抱えて、校舎に隣接した第一整備室に向かっていった。

 その背中を見送ってから、私たちは正反対の方へ向かって石畳の上を移動していく。

 

「実技試験の時も来たけどさ、やっぱここって広いわよね」

 

 鈴が歩きながら口にした言葉に、私は頷く。

 IS学園は人工島をまるまる一つ使用しているので、他の学校とは比べものにならないほどの敷地面積を誇っているのだ。

 

「着いたぞ、この建物だ」

 

 校舎から離れた場所で足を止めると、千冬さんは目の前にある比較的大きな建物を指差しながら言う。

 そのまま中へと入っていき、一番奥の部屋へと私たちは足を踏み入れる。そこには長テーブルを挟んで、ソファが二つ置かれていた。

 どうやら普段は進路相談など、面談の時に使う部屋のようである。

 

「どうした、お前たちも早く座れ」

 

 手早く奥のほうのソファに座った千冬さんに促されて、私たちは手前のほうのソファに腰掛ける。いい素材を使っているのか、ふわりとした心地よい触感が尻を包み込んだ。

 

「まずは篠ノ之。初めてあの男や無人機と戦った温泉宿での一件から今回の戦闘まで、お前の身に起こったことを全て話してもらう。いいな?」

「はい。では、あの夜の戦いから……」

 

 パソコンを鞄から取り出しながら千冬さんは私に尋ねたので、私は憶えていいる限り全ての事をなるべく詳細に話した。

 

「――と、いうので全部です」

「……なるほど、な。結局のところ、お前たちも敵が何者かはよく分からないのか……」

「はい……。なにせ向こうからの襲撃という形ばかりでしたし、敵は中々に用心深い面がありますから」

 

 二十分もかけて私が話し終えると、千冬さんは顎に右手を当て、左手でメモをとった紙を眺めつつ私に問う。だが、私としてもこう返すしか出来ないのが現状だ。

 

「ほんっと、どこ行っても襲撃ばっかでやんなっちゃうわよね……」

 

 私の返答に付け足す形で、鈴がぼやく。最初の温泉街の事件からこっち、ずっと私とともに襲撃に付き合わされた――しかも香港では人質になり、さっきの戦闘まで丸腰だったのだ。文句を口にするのだって無理もないだろう。

 

「気持ちは分からんでもないが、ぼやいていても仕方ない。……さて、まず話すべきは敵の白いIS――あの男性操縦者についてだな。篠ノ之、お前の打鉄の戦闘映像をもう一度見せてくれ。部分展開は私が許可する」

 

 やはり、真っ先に考えなければならないのはそれだろうな……。

 

 どう考えてもそこが一番の謎であり、一連の騒ぎの中心であるのは間違いない。

 私は頷くと、頭部のみを部分展開、パソコンに向けてさっきのデータを送信する。千冬さんはその動画を神妙な顔つきで一通り眺め終えると、結論を出した。

 

「思ったとおり、だな……。篠ノ之。この男のISが使っている刀から発生している光の刃、あれは零落白夜でほぼ間違いない」

「……っ!」

 

 予想はしていた。

 だが、いざ本来の使用者の口から断定されたとなると思わず絶句し、何も言えなくなってしまう。

 

「温泉宿やイギリスでの事件についてのニュースを最初見た時は、正直言って私も信じられなかったよ。この世に二つとない筈の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)が、被っているなんて、な」

「えっ……それってどういう……」

 

 千冬さんの言葉に反応したのは、この中で最もISに関する知識の浅い鈴だった。

 もっとも専用機の知識――それも単一仕様能力などの少し踏み込んだ部分は入学してから習う範囲のため、仕方ないといえばそうなのだが。

 

「いいですか、鈴さん。単一仕様能力というものはコアと操縦者の密接なシンクロによって開花する、唯一無二の能力を指しますの。つまり、たとえ家族間であっても同じ能力が発現するなどというのは、ありえないんですわ」

 

 セシリアによる説明を聞いて、鈴も事態の異常さが分かったようだ。額からは冷や汗が流れ、ごくりと唾を呑む音が聞こえる。

 さらに付け足すとなると、基本的に単一仕様能力は二次移行(セカンド・シフト)と呼ばれる「進化」を経ないと発現しない。

 つまりあのISは進化を経験した専用機であり、私の打鉄やセシリアのブルー・ティアーズよりも格上の存在ということになる。

 

「無人機や男性が操縦しているケースがある事も含めて考えると、連中はISというパワードスーツの根幹となる部分すら無視、あるいは改変する技術力があると見て間違いないだろうな」

「サイレント・ゼフィルスを所持していた事からすると、各国の中枢との繋がりすらある可能性も十分に考えられますわね」

 

 千冬さんの結論に続けてセシリアが私たちが忘れていたことを補足する。

 

「しっかし考えれば考えるほど、でたらめよね……。束さん以上の頭脳もそうだけど、どこであれだけの数のISやコアを人目に付かずに造って…………あっ!」

「鈴、どうした?」

 

 腕を頭の後ろで組んでぼやいていた鈴が突然言葉を切り上げ、何かに気付いたような声を上げる。何か、手がかりになることでも思い出したのだろうか。

 私が尋ねると、鈴はおそるおそる口を開いた。

 

「もしかして、だけどさ……。あのイギリスの工場で無人機は……いえ、ゼフィルスも白いISも造られていたんじゃないかって思ってさ。だって、あるはずのないコアも置いてあったワケだし」

「お待ちになって、鈴さん。あそこにはISの周辺機器を生産するための設備しかなかったですわ? それなのにあそこで……」

「隔壁の、向こう……」

 

 知らず知らずのうちに私の口から漏れたつぶやきは、セシリアの反論を遮る形となる。

 私しか足を踏み入れていない、あの隔壁の向こう側の区画。

 血で汚れた床と死体の山、そしてあの書類とコアの置かれた机があったことしか確認できなかったが、あそこはまだ奥まで空間が広がっていたのは確かである。

 もっとも、建物が崩落した今となっては確認する術もないのだが。

 

「ふむ……確かにな。推測のひとつとしてなら、可能性があると見ていいかもしれないな。まぁ、束があのコアを解析してから続きを話すとしよう。さて、次は……」

「……あたしの、甲龍について。ですよね?」

 

 鈴が複雑そうな顔で言葉を先回りすると、千冬さんは「うむ」と短く返答してから続ける。

 

「あの場にいた打鉄のパイロットの証言によると、お前のISの待機形態は右腕にはめていたブレスレットだそうだが……間違いではないな?」

 

 どういう事だ……? 

 

 あれは私が、土産屋で買ってやった物のはずだ。そう思いながら、頭の中であのブレスレットを思い描く。

 だがどうしても、あの黒とピンクの二色で彩られたプラスチック製のアクセサリーがISの待機形態だなどとは思えなかった。

 

 私が盛大に戸惑っていると、鈴は数拍おいて首肯する。

 相変わらず、複雑そうな表情を浮かべたままで。

 

「箒さん。信じられないというお気持ちは分かります。ですが間違いありません。わたくしもすぐ近くで、鈴さんがISを解除する光景を見たのですから」

 

 私の胸中を察してだろうか。セシリアが私の肩に手を置きながら告げてくる。

 鈴もセシリアも、嘘はついていないのだろうという事は二人の目を見れば分かるのだが、なぜか「事実だ」と納得したくなかったのだ。

 あれだけ不可解な出来事に、遭遇したにもかかわらず。

 

「…………分かった。信じよう」

 

 数十秒もの間をあけてから、私はそう口にする。

 甲龍についての話はまだ始まったばかりだ。こんな出だしのところでいつまでも足踏みしているわけにもいかないからな。

 

「ちーちゃん! 出たよ出たよっ、とんでもない解析結果が!」

 

 私の言葉を聞いて、鈴が話を再開しようとしたその時。姉さんが物凄い勢いで扉を開けて入ってくる。

 よほど凄い結果が出たのだろうか、そのテンションも普段より三割ほど増している印象を受けた。

 

「うるさいぞ束……。それで、どんな結果が出たんだ?」

 

 まずは何よりも解析結果を優先すべきと判断したのだろう。いったん鈴への聴取を中断し、千冬さんは姉さんに尋ねる。

 

「ふふん、まずは鈴ちゃんのISのあの『見えない攻撃』についてからだね♪ あれは衝撃砲……まぁ簡単に言うと、空気砲を拡大解釈したものだったよ。砲身も砲弾も空気を圧縮してつくるから見えないし射角も自由自在。回避のしづらい魔法の攻撃ってところかな」

 

 空気の弾丸、か。どうりでゼフィルスのパイロットはやけに回避しづらそうに感じていたはずだ。そういう装備だと知っていたとしても、対処は難しい部類なのは間違いない。

 

「篠ノ之博士。それは現在の……いえ、あなたなら再現可能な技術なのですか?」

 

 セシリアが挙手し問う。現在の姉さんでも作ることのできない技術だった場合、甲龍の出どころが敵からというのが確定する。

 もっとも、現状の情報だけで考えても、敵が造ったという可能性は色濃いのだが。

 

「う~ん……君のISに搭載されてるBT技術よりは簡単だし、原理さえ分かればすぐに作れると思うけど」

「そうか。それ以外に、何か特徴的なことはあるのか?」

 

 衝撃砲の話に区切りをつけ、千冬さんが話を先へと促していく。

 

「それがね、甲龍には他に特異な点は特にないんだよ。どうも燃費や安定性に主眼を置いた構成をしているみたい。ただ……コアが、ちょっとね」

「コアがどうしたの?」

 

 やはり自分の乗っていたISのことは知っておきたいのだろう。鈴は真っ先に姉さんがごまかした部分を聞きだそうと試みる。

 

 しかし、コアが一体どうしたというのだろうか。

 

 悩む私をよそに、姉さんはその答えを言い放つ。

 それは私が――いや、誰も予想だにし得ないほどのとんでもない事実だった。

 

「甲龍に使われているコアのナンバーは234。箒ちゃんなら、この意味分かるよね?」

「えっ? 箒さん、それってどういう……」

「私の打鉄のコアと、ナンバーが、同じ……」

 

 私が呆然と事実を反芻していると姉さんは畳み掛けるようにして、更なる真実を告げる。

 

「さらに言うと……あの工場に落ちていたコアのナンバーは342。この番号と同じものは、ここIS学園の訓練機に使用されているんだよね」


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