ソードボッチ・オンライン   作:ケロ助

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コメントや評価とても嬉しいです。ありがとうございます。

ハチマンは少し吹っ切れたので、これからはちょこっと明るく進めます。何で明るくなるんだよとか言わないように。少し吹っ切れたんです。

そして正直本編が続かなくても、サチが生きてる番外編だけ書いてやろうかと思ってます。サチが好き。サチが書きたい。


第27話

ぼーん、ぼーんと除夜の鐘が夜空に響き渡る。

 

浮遊城アインクラッドにもこの慣習はあるようで、この音は年が明けるまでにあと百回ほど鳴らされ続ける。考えてみればクリスマスイベントもあったわけだし、正月があってもおかしくない。宗教は違うが。

 

そしてこの音が止み、俺たちがこの世界で二回目の年明けを迎えると同時に第四十九層のフロアボス攻略が開始されるらしい。らしいというのは、俺が参加しないからだ。

 

俺は第四十七層のボス攻略から、前線に顔を出していない。もちろん日々のレベリングと金稼ぎはこなしているが、最前線に向かうことは全くない。

 

今もこれからボス攻略が行われると知ってはいても、足が動くことはない。現在は四十五層の主街区の外れにあるベンチに座って、一人空を眺めている。

 

あれから一週間ほど経過したが、俺の心の整理はつかないままだった。

 

……なんであそこで泣いちゃうかな俺!鼠に泣き顔見られたし!なんなら泣かされたと言っても過言ではない。女子に抱きしめられたまま慰められ、涙を流すなんて……この八幡、一生の不覚。

 

何より誰より見られたくない人物に泣かされ、気が付けば日が昇り始めるまでそのまま抱きしめられていた。これをネタにまた揺すられること請け合いだ。

 

これ以上黒歴史を鼠に握られるとヤバい。ぼっちコンプレックスを拗らせて田舎から出るのが怖くなるレベル。リア充って爆は……ううん、なんでもない。

 

「……何してんダ、ポチ」

 

一人頭を抱えて唸っていると、後ろから声をかけられる。俺に声をかけるような人間は限られているし、ポチと呼ぶ人間なら限定されている。

 

今会いに行きたくないランキング上位のアスナ選手に大差をつけてトップを爆走する人物。紛れもなく情報屋、鼠のアルゴその人だ。一年を通して、同じ灰色のフード付きのローブを着ているが、中に着込んでいるのだろうか。

 

「どこ見てんダ」

 

「べ、別にどこも見てねーし」

 

冬は寒くて、夏は暑そうだなって思ってただけだし!

 

鼠はニマニマと笑みを浮かべながら、俺の隣に腰を下ろす。俺は鼠から逃げるようにベンチの端による。立って逃げるべきかとも考えたが、敏捷パラメータで鼠に勝てるはずもない。

 

「で、何の用だ?」

 

「用がなきゃ会いに来ちゃいけないカ?」

 

いちいち含みのある言い方をするが、いい加減慣れたものである。この一年と少し、同じような言い方で何度勘違いをしそうになったか分からない。でもやっぱりほんの一瞬反応しそうになっちゃうので止めてほしい。

 

「……今日のボス戦なら参加しないぞ」

 

鼠の目的を予想して言うと、鼠は少しバツの悪そうな表情を浮かべる。

 

「このタイミングだとそう思われても仕方ないカ……。けど、オレっちは自分じゃ戦えないからナ、ポチに……他の誰にも戦えなんて言えねーヨ」

 

鼠は視線を落として小さな声で言う。

 

そんなことはないのだ。彼女は、敏捷に特化したある種命知らずな装備で誰よりも早くマップの隅々まで走り回る。その行為が危険でないはずがない。それこそが、彼女の戦いなのだ。

 

だから、俺ははっきり言葉にする。

 

「お前は充分戦ってるだろ。俺は……今回はあれだ。一回休みっていうか……まぁ、毎回必ず参加しないと駄目なわけでもないだろ」

 

俺の言葉に鼠は一瞬目を大きく見開くが、すぐにニヤリといつもの表情に戻すと、ふんぞり返る。

 

「ポチの下手な励ましに免じて、そういうことにしておいてやるヨ」

 

「いや、励ましてないから」

 

「照れるナ照れるナ。それと感謝しろよ、ポチ。ぼっちのポチがこの多忙のアルゴ様と年末年始をすごせるんだからナ!」

 

本気でいらねぇ……と、うんざりした視線を鼠に送ったその時、鳴り続けていた鐘の音が止んだ。

 

「今年もよろしくナ、ポチ」

 

わざわざ顔を近付けながら新年の挨拶をしてくる鼠から逃れるために、体を反対方向に傾ける。ちょ、触るのは反則だと思います!色々と気恥ずかしさを覚えながら、何とか言葉を絞り出す。

 

「……おう」

 

鼠は満足したように、体を離す。この挨拶をこの世界でするのが最後になることを願う。

 

 

 

・ ・ ・

 

 

 

新年と同時に始まった初ボス攻略から更に十日ほど経過した。サラリーマン大国の日本でさえ年末年始は休みの企業が多いというのに、攻略組とかいう組織はとんでもないブラックだ。八幡は絶対働かないんだからっ!参加してないけどな。

 

専業主夫という己の野望を再確認した俺だが、現在その攻略組に両手を拘束された状態で連行されている。右手にキリト、左手にアスナという完璧な布陣。やだ……右手が熱い……。キリトなのかよ。

 

「……おい、何度も言うようだが、ボス攻略の参加は自由だろ」

 

「緊急事態よ」

 

「ハチマン、悪い」

 

二人とも俺に一瞥もすることなく、ひたすら歩く。何かあったのか……?アインクラッド全域で売られている最新情報を載せた新聞は欠かさず読んでいるが、目立った記事はなかったように思う。

 

つまりその緊急事態というのは、新聞に載せて下層にばら撒けば著しく不安を煽るほどの事態、ということになる。

 

そのままずるずる連れていかれ、一度主街区の転移門を経由して辿り着いたのは、KoB(血盟騎士団)のホーム。アスナが門番に軽く手を上げるだけで、彼らは即座に道を開ける。きっと彼らは自動ドアを擬人化したものなのだろう。何それ誰得?

 

建物の中でも一番でかそうな部屋に入ると、やはり血盟騎士団団長ヒースクリフが微笑を湛えながら座っている。しかしそれだけではなく、黒猫団のメンバーやDDA、その他攻略組ギルドが集まっていた。

 

怪訝そうに周囲を伺っていると、始めにヒースクリフが口を開いた。

 

「まずはハチマンくん、あけましておめでとう」

 

「あ、おめでとうございます……じゃないでしょう。一体何の用ですか?」

 

「まずは座りたまえ」

 

ヒースクリフに勧められて、正面に座る。その両サイドをキリアスが固める。いや、流石にこの状況から逃げたりしねぇよ……。

 

「で、何ですか?連行される心当たりがないんですけど」

 

「犠牲者が出た」

 

その言葉に、俺はグッと息を呑む。この部屋のプレイヤーは全員承知しているらしく、どよめきはないが重い空気が流れる。

 

「今回第五十層、折り返し地点ということで、まずは先遣隊を送ることにした。その際、キバオウくんたちALSがその役を買って出るというので任せたのだが……。功を急いだのだろう。派遣した十五名の内、七人が死に、転移結晶で帰還したキバオウくんは今回の攻略には参加しないと宣言した」

 

七人……。しかもまだ本格的な攻略は行なっていない、様子見の段階でこの犠牲者数。俺がまだオレンジだった頃に聞いた攻略を思い出す。

 

「まるで、二十五層の時みたいな状態ですね」

 

「あの時以上よ。今回は折り返し地点で何か仕掛けられていることを警戒した上でこの状況なんだから」

 

忌々しそうに呟くアスナ。キリトやDDAのリンドも同じような表情だ。

 

「なら二十五層、四分の一ごとにこうなると考えた方が良さそうだな」

 

「うむ。もちろんこの層をクリアした後も警戒するに越したことはないが、クォーターポイントに強力なボスが配置されているのは間違いないだろう」

 

ヒースクリフが同意する。普段は俺に噛み付きまくりなアスナも異論は無いようで、真剣な表情で頷いている。

 

「それで、話は分かりましたけどまさか俺にそのボスと戦えとか言わないですよね。自慢じゃないですけど、俺防御は紙ですよ。瞬殺されるんですけど……」

 

「しかし君の反則的な攻撃力が今回必要なのも事実だ。散っていった同志たちの為にも、是が非でも頼みたいのだが」

 

「頼む、ハチマン。お前のことは絶対に俺たちで守ってみせる。だから、力を貸してくれ……」

 

キリトに頼まれると弱い。四十七層ではこいつに命を救われているし、それ以前にも色々ある。

 

「…………」

 

「異論は無いようだな。ではハチマンくんの防御を担当する者だが……」

 

沈黙を是と取られ、話を進められる。結局俺に拒否権はなかったような気がする。

 

「ALSからの報告では、ボスの攻撃にタンク隊が次々と吹き飛ばされたと。生半可な防御では、諸共やられてしまうでしょう」

 

アスナは言うと、遠慮気味に視線を送る。視線の先には、SAO全プレイヤーの中で最硬の男。

 

「ふっ、よかろう。この剣に誓って、彼を守り抜いてみせよう」

 

そう言って、剣を机に置く聖騎士(ヒースクリフ)。やだ心強過ぎて駄目になりそう。

 

「なんていうか、反則なチームだな」

 

「あん?」

 

「だって、攻撃力最強と防御力最強のコンビみたいなもんだろ?」

 

「いや、団長さん一人でどっちもこなしてるようなもんだろ……」

 

思ったより子どもっぽい感想だった。童顔だとは思っていたが、やはりキリトは結構年下なのだろうか。

 

呆れ気味にため息を吐きながら、ふと周りを見るとアスナがヒースクリフと話をしている。こくこくと頷くアスナに、ヒースクリフが指示を出しているのだろう。

 

話を終えたアスナが声を張る。

 

「それではこのまま第五十層ボス攻略会議を始めます!」

 

凛とした声に、一気に場の緊張感が戻ってくる。

 

「今回のボスの名前は《マーキス オブ ナベリウス》。ALSの先遣隊からの報告では、外見は三ツ首の巨大な犬だそうです。攻撃方法はほとんど未確認。ですがフラグMobからの情報では、『門前に座す番犬は地獄の業火を操る権利を得たる』とのことです。ブレス攻撃があると考えて良いでしょう」

 

軍の奴らはほとんど瞬殺されたようだな。先遣隊というほどの役割を果たせていない。恐らく先遣隊を買って出たのも、そのままALSだけでボスを攻略するつもりだったからだろう。

 

「人型ではないため、ソードスキルを使ってくることはないと思われますが……」

 

「クォーターポイントだからな。警戒するに越したことはないかもしれない」

 

アスナのセリフをキリトが続ける。確かに、俺が一人で挑んだ四十七層のボスも、途中で形態が変わった。思えば第一層の時から、HPが減少するとボスの攻撃パターンは変わってくる。

 

流石に犬が突然立ち上がって、剣を構えて三頭流、なんてことはないだろう。なんだよそれめっちゃ強そう。それにしても、三ツ首の番犬というと。

 

「……ケルベロス、か」

 

「名前は違うけど、聞いた感じだとそうだろうな。マーキス……が何なのかは分からないけど」

 

「あれはだな、男性用化粧品の」

 

「違うわよ。マーキスはイギリスの爵位です。ちなみに侯爵ですからね」

 

そうだったのか……。ならナベリウスが固有名詞だとすればナベリウス侯爵ということになるのか。結構爵位が高いな。それだけ強敵ということなのだろうか。

 

突然人差し指を立て、キリトが提案する。

 

「そういえばケルベロスって、ハープで寝るんだっけ?全員で子守唄でも歌ってみるか?」

 

「おい、頼むやめてください」

 

「馬鹿やってないで、攻略は明日の正午からですから、それまでに準備を整えておいてよね」

 

アスナに叱られて周りを見ると、いつの間にか会議は終了していたようで、参加者の半数ほどは既にいなくなっていた。俺も立ち上がると、KoBのホームを後にする。明日に備え装備の調整やアイテムの購入をしなければならない。

 

店に向かう足がいつもより重かったのは、いうまでもない。


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