ソードボッチ・オンライン   作:ケロ助

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第23話

よく知る人物、というのには若干の語弊がある。立ち上がった人物は身体を隠すローブを身に纏い、深々とフードを被っている。ゆえに、顔は見えない。

 

俺の名を呼び、歓迎の言葉を口にした人物。女王の棺から姿を現したその人物の声に、俺は聞き覚えがあったのだ。

 

このアインクラッドで死の恐怖に晒され、毎晩震えて過ごした少女。俺を心配し、涙を流してくれた黒髪の少女の声。けれどきっとこれは違う。あの男が用意した醜悪なゲームなのだ。

 

それでも、わかっていながらも、俺はその名を口にする。

 

「……サチ」

 

それが引き金だったかのように、ローブの人物は目深に被っていたフードに手をかけ、ゆっくりと脱ぐ。

 

やはり、そこにあったのは俺が無意識に求めた人物の顔とは違う、見知らぬ女性の顔だった。

 

「ハチマン」

 

ニヤリ、と彼女の声を使って俺の名前を呼ぶ女性。ウェーブのかかった黒髪を靡かせ、ゆっくりと近付いてくる。

 

俺は女性と同じ速度で後ろに下がりながら、思考する。このクエストの名前は《女王の秘術》。幾多の冒険者を屠ってきたといわれるクエストの最終関門が、この女性との対峙なのだろう。

 

ナーヴギアによって閉じられたこの電脳の世界で、俺が誰と関わったかを検索するのは簡単だろうし、その音声データを集めるのも容易い。

 

「ふざけんな……」

 

沸々と内から込み上げる感情が、言葉となって口から出る。

 

俺は右手で両手剣の柄を持ち、一息に引き抜く。こんな胸糞悪いクエスト、とっとと終わらせて帰って寝よう。気分は悪いが動揺して相手を斬れない、というほどのことではない。

 

「私を斬るの?」

 

「…………」

 

mobがなにかを呟いたが無視し、今度は俺から距離を詰める。モンスターのアイコンは基本的には赤。そしてそこからレベルが自分より高いほど、色が濃く見える。つまりは黒に近づいていく。

 

だが、目の前の人型のアイコンは緑。ということはプレイヤーという扱い、またはNPCだ。この二つのどちらかを攻撃してしまえば、俺はまたオレンジになってしまうだろうが、関係ない。とにかく早くこのクエストを終わらせてしまいたかった。

 

大きく踏み込み、両手剣最上級スキル《カラミティ・ディザスター》を放つ。

 

「酷いなぁ、ハチマンは」

 

エフェクト光を帯びた俺の剣は、同じくエフェクト光を帯びた片手槍のソードスキルにより弾かれ、俺とそいつは互いにノックバックを起こす。

 

仰け反った際に、女王の纏っていたローブが破れ、服装が露わになる。古ぼけたローブの下には、彼女が好んで着ていた水色のライトアーマーが装着されている。

 

「私のこと、嫌いになっちゃった?」

 

ニヤニヤと薄い笑みを浮かべ続ける女王。

 

「私はハチマンのこと、大好きなのに」

 

「っ!」

 

カッと頭に血が上った気がした。拳を握りしめ、自分でも驚くほど低い声を出す。

 

「それ以上……喋るな」

 

柄から、左手を離す。

 

「ハチマンは、帰ってくるって約束は守ってくれたけど」

 

歯を食いしばる。

 

「私のことは、守ってくれなかったね」

 

「黙れっ!!」

 

俺は剣を全力で振り抜いた。

 

そして、剣はサチ(・・)の身体を二つに分ける。

 

「……は?」

 

間抜けな声を出し、たった今、殺意をもって斬ったものを振り返る。

 

女王は、段階的にサチへと近づいていた。最初は声のみ。次は服装。その時点でわかりそうなものだったが、彼女の挑発に俺は完全に乗せられていた。

 

俺が激昂して放ったソードスキルが彼女の身体に届くほんの少し前に、女王の顔は彼女のものへと変化する。

 

ソードスキルは始まれば途中で中断することは叶わず、俺の使う暗黒剣はシステム的に破壊可能ならどんなものでも両断する。

 

彼女の槍も鎧もすべて無視し、HPバーを吹き飛ばす。

 

咄嗟に手を伸ばすが、スキル後硬直で身体はうまく動かず、俺の手は彼女まで届かない。

 

そして彼女は青いエフェクト光となって、消滅する。あの時と同じ、寂しそうな微笑を湛えて。俺はその青い光が完全になくなるまで、その場所を見つめ続けた。

 

サチの形をしたあれが、彼女ではないことは理解している。狂気の天才科学者が作り出したゲーム、その中の悪趣味なイベントの一つだ。

 

夫を謀殺し王位を奪うと、自分に差し向けられる刺客を次々と追い払った女王の秘術。それが、恐らくは対象が攻撃できないような人間への変化なのだろう。

 

まずは声で動揺させ、プレイヤーアイコンの色で押し留める。グリーンを攻撃すれば自分が犯罪者になると、ここのプレイヤーたちは嫌というほど知っている。

 

次に装備。サチの使用していた片手槍とライトアーマーを女王は装備していた。見た目が変化しただけで、防御力は二十七層程度のものに下がってはいないはずだ。

 

最後に顔、というよりは全身が変化するのだろう。あれは完全に彼女そのものだった。

 

「ああ、そうか……」

 

つまりは予想外だったのだ、俺もあの女王も。

 

システム的に俺が暗黒剣を取得していることが分かっていても、その対策はできない。誰でも受けられるクエストで、個人への対策などしないだろう。

 

そもそもこのクエストはある程度の攻防を重ね、段階的にプレイヤーの斬れない相手へと変化し、そこからが本当の意味でクエストの開始だったのだ。

 

けれど、俺はクエストが始まる前に女王を真っ二つにしてしまった。いや、斬った瞬間に始まったのかもしれない。

 

彼女が本物でないことくらいわかっている。わかっているのだ。それでもどうしようもない感情が、俺の中で暴れまわる。

 

それを抑えるように、胸を押さえつける。ふと、視線を前に向けて自身のプレイヤーアイコンを見た。

 

……その時、俺の中でなにかが崩れた気がした。

 

・ ・ ・

 

どれほどの時間歩いたのだろうか。ひたすらにマッピングされていない場所を歩き続け、ついに到達した。

 

俺は見上げるほど巨大な扉に手をかけ、躊躇なく開けると眼前には今までと同じように、灯り一つない暗闇が広がる。

 

ゆっくりと、暗闇の奥にいるはずの守護者に向かって足を進める。

 

広い部屋の中央部まで来ると、次々に壁面の灯籠に火が灯っていき、部屋全体が明るくなる。同時に俺の前に姿を現したのは、岩でできた巨大なゴーレム。

 

「ボォォォオオオオオ!!!」

 

「……ふざけんな」

 

ボスの威嚇を聞きながら、俺は両手剣を片手で構える。

 

一切の手心は加えない。一片の油断もしない。

 

ボスの名前、HPバーの出現とともに、取り巻きのmobたちが次々とポップする。押し寄せるモンスターの配置を確認し、一番近くのモンスターを斬りつけた。

 

暗黒剣の威力が高いのはソードスキル限定であって、通常攻撃は片手で振おうと変わらない。リズベットが作った耐久度重視の両手剣では、一撃でmobを倒すことはできない。

 

俺は倒しきれなかったmobを無視し、ボスに向かって駆ける。近寄ってくる蝿を追い払うかのように、ボスは太い腕を払う。俺はそれを跳んで躱すと、即座にソードスキルの構えを取る。

 

暗黒剣ソードスキル《ペイン》。俺が使える暗黒剣スキルの中でも、最も反則技(ユニークスキル)らしい技と言える。

 

俺は両手剣を掲げ、勢いよく地面に鋒を叩きつけた。それによって生じた衝撃波は、俺の前後左右関係なく、周りの全ての敵にダメージを与える。

 

HPが減ることと連動しているのか、ゴーレムの身体である岩石が一部かけ、青い光となって消滅する。

 

周りの邪魔がなくなったところで、続けざまにソードスキルを撃ち込む。ソードスキル《イビル・ディード》。身体を限界まで捻った、渾身の右薙ぎ払い。

 

その一撃は、五本あるボスモンスターのHPバーの一本の半分を削る。あと九回もこれを繰り返せば、それでボスモンスターを倒せてしまう。

 

鼠やアスナには五倍程度と嘯いたが、暗黒剣の威力はゲームバランスを大きく崩すものだ。他にも、色々と嘘を吐いた。俺のユニークスキルがヒースクリフの神聖剣のように、メリットばかりのものなら本当のことを話したかもしれないが、暗黒剣には致命的なデメリットが多い。

 

「グギャァァアアア!!」

 

「ちっ!」

 

二発目のスキル後硬直で、ゴーレムの攻撃を避けれないと判断し、両手剣で防ぐ。盾の代わりとして使用された両手剣はまだかなり耐久値が残っていたはずだが、役目を終えて二つに折れる。

 

暗黒剣のデメリットは、スキルを取得した瞬間からの強制的なパリィの禁止。そもそも俺のスキル欄からはパリィが消え、代わりに暗黒剣が追加されていた。

 

ゆえに基本技能であるパリィを俺は一切使えず、どんな低威力の攻撃であろうとも、それを武器で防いだ瞬間に武器は全損する。

 

折れた武器の柄を捨て、システムウインドウを開く。ゴーレムからの攻撃を躱しながら、なんとか新たな武器を装備し、オブジェクト化する。

 

あと八回だ。

 

武器を抜き、ゴーレムの腕を斬り落とす。あと七回。

 

四回、五回、六回と斬りつけ、HPを削っていく。ゴーレムの岩も殆どなくなってきている。本来なら五十人近くが集まって袋叩きにするモンスターと、たった一人で渡り合えているというのだから、ユニークスキルというのはどうしようもなく反則だ。

 

……あの時に、これがあったなら。取得してから、そう思わない日はなかった。

 

俺は剣を構え、目の前の敵を睨みつける。これは最低な男の復讐だ。偽物の世界の借り物の力であっても、遠慮なく使わせてもらう。

 

渾身のソードスキルを放ち、ゴーレムの岩塊が全て砕け散り、ガラガラとその場に積もる。




ご意見伺います。真摯に受け止め、言い訳させていただきます。

先に言っておきますね。なんか違う気がする。

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