ソードボッチ・オンライン   作:ケロ助

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PaNさんとの邂逅後編。相変わらず話は進まないのです。


第21話

フードの付いた黒いポンチョを纏う男。フードを深く被っているため、顔は半分ほど見えないが、左側に大きな傷が見て取れる。十字なら人斬り抜刀斎の可能性もあったが、一文字なので恐らく飛天の剣は使わないだろう。

 

「Ah、間違いねぇ。その目、その濁りきった瞳。犯罪者(おれたち)の仲間だ」

 

……めちゃくちゃ失礼なこと言われてるんですけど。いや、確かに元オレンジですけどね。

 

過去例をみないレベルの罵倒に、少し目頭が熱くなる。だが、それでも目の前の男から注意を外さないようにする。背筋を汗が伝う。

 

ぼっち生活で鍛えられた観察眼が告げている。この男はヤバい。

 

「……犯罪者(オレンジ)じゃないな、殺人者(レッド)か?」

 

犯罪を犯すとプレイヤーアイコンがグリーンからオレンジへと変わるがゆえに、犯罪者はオレンジと呼ばれる。しかしその中でもさらに禁忌を犯した者がいる。

 

デスゲーム、死が現実であるこのSAOでプレイヤーを殺した者、プレイヤーキラーのことは、レッドまたはPKと呼ばれる。

 

カーソルカラーは実際に赤になることはないが、その脅威から彼らはレッドと呼ばれるのだ。

 

「どっちでも大して変わらねぇだろ?」

 

「……っ!」

 

生唾を飲む。この世界で傷を付けようと、現実世界で本人の体が傷付くことはない。だからといって傷を付けていいというわけではないが、死にさえしなければ回復結晶一つでHPは全快する。

 

しかし殺してしまえば、現実で本当に死んでしまうのだ。彼女が二度と戻ってこられないように、現実世界のプレイヤーの脳は焼き切られる。

 

その天地も差がある二つの行為を大差ないと、目の前の男は平然と言った。

 

「おいおい、ここはゲームだぜ?楽しんでなにが悪い?」

 

「……これはデスゲームだぞ」

 

「Ha、だからこそだろ?スリルがあるってもんだろ。俺たちはみんな等しく茅場晶彦にこの世界に閉じ込められた被害者だ。この世界で生きていくことを強制された。仕方なくゲームをしてんだ。なら現実でなにが起ころうと、茅場のせいってことだろ?なぁ!」

 

黒ポンチョの男は突然距離を詰め、服の下から中華包丁のような剣を抜き、斬りかかってきた。

 

俺は咄嗟に両手剣で斬撃を防いでしまう。

 

「ちっ……!」

 

「あぁ?」

 

中華包丁を防いだ俺の両手剣は、受けた場所からボッキリ折れる。折れた刀身も、残った柄も青い光となって消える。手ぶらになった俺は二メートル程度後ろにバックステップで下がる。

 

「反応は上々……まぁ、使ってる武器はゴミだが。ボス攻略の後だからか……?」

 

怪訝な顔をする黒ポンチョの男。そりゃそうだろうよ、俺だって実際に折ったのは三回目だ。両手剣なんてそうそう折れる武器じゃない。……ちくしょう、後で盛大な説教を喰らうことが確定してしまった。そう遠くない未来を嘆きながら、ポーチに手を突っ込む。

 

黒ポンチョの男は武器を肩に担ぐと、ニヤリと笑みを浮かべて武器を持たない方の手を差し出す。

 

「俺たちのギルドに来いよ、オリジン。もっとこのゲームを楽しもうじゃねぇの」

 

「……馬鹿か。たった今殺されかけて素直に手下になると思ってんのか?そんな厳つい顔して脳内お花畑なの?」

 

「こりゃ手厳しいな。だが、あんなもんただの挨拶だろ?それに、手下じゃなくて仲間だぜ?」

 

「断る」

 

即座に跳ね除ける。

 

あぁ、確かに俺とこいつは仲間だろう。どうしようもなく同じ穴のムジナだ。自分のために人殺しを目論む俺と、楽しむために人殺しをする奴。

 

だが、俺にはそんなことはどうでもいい。こいつが誰を殺し、どうゲームを楽しんでいようが関係ない。俺が殺したいのは茅場晶彦だけだ。

 

その邪魔をするなら相応の対応はするが、今こいつとの一対一で勝てるという確証はない。なら、答えは一つだ。

 

「ちっ、ただの腰抜け野郎だったか。……やれ」

 

「ヒャッハー!」

 

「……や、やっと、殺れる」

 

黒ポンチョの男が指を鳴らした瞬間、俺の背後から二つの声が聞こえてきた。その声はかなり近い。俺の索敵に引っかからないほどの隠密を修得している、ということだ。

 

恐らく振り返る前に何発かもらうことになるだろうが、そもそも振り返る必要もない。

 

「転移、《レトワルト》」

 

「なっ!」

 

「ちっ!」

 

前方に苛立ち、後方に驚きの声を浴びながら、俺の体は一時的にエフェクト光と化した。

 

・ ・ ・

 

エフェクト光から自分の体へと再構築される。それと同時に四十層主街区、レトワルトの転移門広場へと到着する。

 

はぁぁ、びびったぁ!てっきり黒ポンチョが攻撃してくると思ったのに、後ろに二人もいたとか……。ホントやめてもらえますかね不意打ちとか。

 

ようやく落ち着いてきたところで、改めて自分の体を見る。左の肩に二箇所、右腕に一箇所負傷した痕跡がある。圏内に入ったため、ダメージは止まっているが、傷はまだ残っている。

 

あの一瞬で二箇所か……。ダメージ値は大したことはないようだが。

 

振り向いて武器くらいは確認しておくべきだったかと軽く後悔しながら、次に接触してきたときの対処法を考えていると、不意に声をかけられる。

 

「ポチじゃないカ。お前がここにいるってことは、四十七層のアクティベートは終わったのカ……ってんなことお前がするわけないナ」

 

よくわかってらっしゃる。鼠とこんな場所で会ったのは驚きだが、都合がいい。

 

「……二つ、調べてもらいたいことがある」

 

鼠の目を見据えてそう告げると、鼠は意外だというように目を丸め、すぐにニヤリと笑った。

 

「なんでも教えてやるヨ」

 

・ ・ ・

 

それから数日経ち、鼠から調べがついたとの連絡が入る。ついでに手が離せない用があるからお前が来いと場所を指定される。こっちはお客さんですよ?お客様は神様です!鼠も商売人としてはまだまだだな。

 

指定されたNPCレストランへ入ると、フードを被ったおヒゲの少女がヒラヒラと手を振っている。応待してきたNPCに「あれです」と告げ、鼠の元へ向かう。

 

「げっ……」

 

「随分なご挨拶ね、ハチマンくん」

 

座席の陰に隠れて近くに来るまで見えなかったが、鼠の正面にはコーヒーを上品に啜るアスナ。いつも通り不機嫌そうな表情を浮かべている。

 

「いや、だからお前なんなの?暇なの?それとも俺のことが好きなの?」

 

「思い上がりは身を滅ぼすわよ。ていうか、滅ぼしてあげましょうか?」

 

「落ち着けアーちゃん。ポチが痛いのはいつものことだロ」

 

細剣の柄に手をかけるアスナを、鼠が宥める。鼠なら煽ってくるかと思ったが、まぁいい。

 

俺は席に着かず、というか着けず立ったまま質問する。

 

「なら鼠との用が終わってないのか?」

 

「そうだけど、君が先で構わないわよ。わたしも聞く必要がある話みたいだし。というか、座ったら?」

 

「いや、そのだな……」

 

眉をひそめるアスナ。いや、あなたたちがですね、四人掛けのテーブルに向かいあって座っているから、俺はどっちにも座り難い状況なわけでありまして……。

 

悩んでいると、それに気付いたのか鼠がいやらしく口角を上げる。

 

「ほらポチ、こっちに来イ。おねーさんと一緒に座りたいだロ?」

 

するとなぜかムッとするアスナ。

 

「話を聞くなら対面の方がいいでしょ」

 

「いや、なに張り合ってんだよ……」

 

どちらを選んでも外れなら、第三の選択肢を選ぶまで。俺は近くの誰も座っていない四人掛けのテーブルの一つに座る。

 

「……で、調べられたんだろうな」

 

「オレっちを誰だと思ってんだヨ。情報屋のアルゴ様を舐めんな、と言いたいところだが、依頼の完遂率は五十パーってとこダ」

 

「なら分かった範囲でいい。幾らだ?」

 

「いや、今回は後払いでいいヨ。オレっちとポチの中だしナ」

 

クック、と含み笑いをする鼠。……なにか企んでないよな?薄ら寒いなにかを感じながらも、話を進める。

 

「まず、ポチが襲われた黒いポンチョの顔に傷のある殺人者だが……お前これホントに知らないのカ?耳も駄目になってんじゃないカ?」

 

「『も』ってなんだ。目以外は否定するぞ」

 

「目は肯定するのね……」

 

アスナが軽く引いていた。

 

「まぁ、いいカ。その男のプレイヤーネームは《PoH》。殺人(レッド)ギルド《嗤う棺桶(ラフィン・コフィン)》のリーダーだナ」

 

「殺人ギルド……」

 

ならば背後から仕掛けてきた二人も、そのギルドの一員ということか。

 

「奴はルールの穴を突く悪事に関しては紛れもない天才ダ。詐欺やらPKやらの手口には大体奴が関わってると考えていいだロ」

 

「……かなり前にあった鍛治詐欺や、圏外で食料に毒を仕込んで無抵抗の相手を殺す手法もか」

 

「そうだナ。PoHに関してわかってるのはこの程度だナ。もう一つ、ヒースクリフの《神聖剣》についてだが……」

 

ゴクリと唾を飲み込む。俺が鼠に依頼したのは、例の殺人者《PoH》の素性と、ヒースクリフの持つユニークスキルが本当にただ一人に与えられたものなのか、という二つの情報だ。

 

「オレっちの持つネットワークを駆使しても、神聖剣なるスキルを持つプレイヤーはヒースクリフ以外いなかっタ」

 

「まだ疑ってたの?」

 

自分のギルドの団長の言葉を疑われた副団長が、少しムッとしたように言う。

 

「考えてみろ。デスゲームとはいえオンラインゲームで、ただ一人にしか与えられないスキルなんてあり得ねぇだろ。不公平にもほどがある」

 

「それは……」

 

神聖剣はとてつもなく強力なスキルだ。フロアボスのHPをたった一人で、あっという間に三本も削ってしまえるほどに。それほどのものを、プレイヤーからは一切干渉できない基準で特定の誰か一人に与えられるというのは、オンラインゲームとしてはあり得ない。

 

「まぁ、ユニークスキルがあってオレっちたちが不利になることはないんダ。ありがたく攻略に役立てればいいんじゃないカ?」

 

ニシシ、と笑顔を浮かべる鼠。俺が最も引っかかっているのはその点だ。ユニークスキルは、茅場晶彦に利点が一つもないのだ。

 

あの男はチュートリアルで、目的は達成したと言った。この世界が目的だと。

 

「……まぁ、いいか。情報はこんだけだろ?幾らだ?」

 

ウインドウを開き、コルを支払う準備をする。しかし鼠は人差し指を立てると、チッチッチっと否定する。

 

「今回の報酬はコル以外のもので払ってもらおうカ」

 

「あ?俺レアアイテムとか全然持ってないぞ?」

 

「いや、オレっちが聞きたいのはポチの《ユニークスキル》のことだ」

 

「…………」

 

それが狙いかよ……。ヒースクリフのユニークスキルを探らせれば、俺も持っているという噂にも辿り着く危険性は考えていた。だがここまで一切俺のことには触れてこなかったため、油断していた。

 

しらーっと座っている副団長さんも恐らくグルだろう。なんなら情報源はこいつかもしれない。……そこまで知りたいもんですかね。

 

「今更支払えませんは無しだゼ、ポチ」

 

ヒラヒラとメモ帳らしき冊子を揺らす鼠。これは脅しだ。吐かなければ、俺のトラウマの暴露大会が始まる。明日から外を歩けなくなってしまう。

 

「ほら、さっさと言って。時間の無駄じゃない」

 

殴ってやろうかこの女。

 

「まずはスキル名からダ。嘘吐いたらわかってるだろうナ?後でウインドウ可視化してもらうからナ」

 

嘘も通用しないらしい。俺は意を決し、その名を告げる。

 

「……あ、《暗黒剣》」

 

「…………」

 

「…………」

 

一瞬、時が止まったかと勘違いするほどの静寂が身を包み、次の瞬間。

 

「うひゃひゃひゃヒャ!あ、暗黒剣!ぶはっ!駄目だお腹が痛イ!ポチが、ポチが暗黒剣!あはははははハ!」

 

「……くっ。ふふ……」

 

腹を抱えて転げ回る鼠女と、こっそり爆笑する血盟騎士団副団長。俺は糸の切れた操り人形のように机に突っ伏す。

 

……だから言いたくなかったのに。

 

次の日は布団に包まり、叫んでいただけで一日が終わってしまった。




暗黒剣の詳細はまた後ほど説明します。最近お気に入り登録が急増して嬉しいです。そのうちおまけでも書こうと思っています。サチが生きてたらシリーズとかちょっと書きたい。

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