彼の要望通り、わたしたちは場所を血盟騎士団がホームにしている四十層の主街区の外れに移した。
さっきまで団長とハチマンくんを取り合っていたリンドさんは、デュエルで決着をつけると決まるや否や「これでは勝ち目がないな」なんて言って去っていった。
彼もギルドのリーダーとして忙しい日々を過ごしているため、団長やハチマンくんとの一対一に勝利する自信はないのだろう。たとえハチマンくんに勝てても、その後団長に勝てるはずがない。
団長とデュエルをして勝てるプレイヤーなんて、いるはずもない。それほどまでに団長は圧倒的に強い。
もうそれなりの期間、血盟騎士団としてアインクラッドを攻略しているけれど、わたしもそれ以外の誰も、団長のHPバーが黄色になったところを見たことがない。
卓越した盾捌きと、的確な剣撃。間違いなくこのアインクラッドで最上級の腕前だ。
始めの頃はβテスターで、LAマニアや黒の剣士と呼ばれているキリトくんが最強かと思っていたけど、彼でも団長には及ばないだろう。
「さて、要望通り場所は変えたが、これだけではないんだろう?」
「……ええ。デュエルは《初撃決着モード》でお願いします」
そう言うと、ハチマンくんは背中に吊るした長剣に手をかける。まさか、要望ってそれだけ?
団長も同じことを考えたようで、怪訝そうな表情で尋ねる。
「それだけかね?」
「いや、そりゃ他にもありますけど、デュエルで勝てなきゃ言うだけ無駄じゃないですか。残りは勝てたら言いますよ」
ハチマンくんはそう言って、肩を竦める。確かに、ハチマンくんが勝てなければ、通るのは団長の意見のみ。
「……だけど、捻くれてるなぁ。勿体ぶっちゃって、格好いいとか思ってるの?」
「ちょっと、聞こえてますよ。むしろあれこれ要求して、あっさり負けちゃったりした方が恥ずかしいだろうが。つかお前なんでいるの?暇なの?帰って副団長として仕事しろよ。仕事ないなら攻略しろよ」
「むっ。そういう君こそ、全然最前線でマッピングとかしないじゃない」
「あ?俺はあれでいいんだよ。俺は攻略組に元オレンジって知れ渡ってるからな。俺がダンジョンにいたら他のプレイヤーが攻略に集中できねぇだろ。むしろ俺は攻略してないときが、一番攻略してるまである」
元々濁っている彼の目は、言葉を重ねる度にどんどん腐っていく。
「……はぁ。もういいわよなんでも。けど、血盟騎士団に入ったらきちんと攻略に参加してもらいますからね!」
「……いや、なんでお前が偉そうなんだよ。今から勝負するの団長さんだろ」
「あれがアスナくんのいいところでもある」
「それでいいのかよ……」
うへぇ、といった表情をするハチマンくんの前に、再び決闘申請のウインドウが現れる。ハチマンくんは軽くため息を吐くと、一瞬だけわたしを見た気がした。気のせい……?
気だるそうに指を動かすと、二人の正面にデュエル開始のカウントダウンが出現した。
五十秒。団長は腰の剣を抜く。
三十秒。ハチマンくんは背中の長剣を面倒そうに抜剣する。
十秒。団長は盾を正面に構え、ハチマンくんは両手剣を握り直す。
「先手は譲ろう」
「いや、元から後の先タイプでしょう?」
ゼロ秒。デュエルスタートと同時にハチマンくんは駆け出す。彼の言った通り、団長のスタイルは後の先を取るものだから、譲られようとそうでなかろうとハチマンくんは攻め込むしかない。
そして彼の得物は両手剣。一撃が重くリーチも長いが、フロアボスの攻撃さえ容易く受け止める団長とは相性が悪すぎる。ソードスキルを撃ったとしても、防がれるか躱されるかして、硬直を狙われて負ける。
だとすると、彼の取れる選択はソードスキルを使わず、団長の間合いに入らないように攻撃することくらいだろう。
そんな風に分析していると、彼はわたしの予想に反した行動を取った。彼は走りながら、ソードスキルの構えを取る。
MMO初心者だったわたしも、一年以上このSAOで過ごしてきて大体のスキルやアイテムは把握している。ハチマンくんは両手剣を右下段に構えている。
彼が使おうとしているソードスキルは六連撃の《ファイトブレイド》。確かに両手剣の中では最も対人向けの技だけど、団長に通じるとは思えない。
団長は微笑を崩さず、初撃が来るであろう場所に盾を構える。
と、ハチマンくんのソードスキルが発動する寸前、彼が妙な行動を取ったように見えた。
「……なに!?」
団長の表情が驚愕に変わる。団長は盾をソードスキルの軌道上に完璧に配置しているにも関わらず、後ろに下がる。
けれどそのときにはハチマンくんのソードスキルは発動していて、両手剣の広範囲のダメージ圏内からは逃れきれず、盾で受ける。
ハチマンくんの右切り上げは、その盾を斬り飛ばし、そのまま団長の身体に斬り傷をつける。
「なに、今の……」
思わず声を出す。あり得ない光景を目撃してしまったのだから、驚愕するわたしを責められる人間はいない。
団長の盾がただのエフェクト光へと四散する様子を呆然と見ていた。手ぶらの団長は眉間に皺を寄せてハチマンくんを睨んでいる。
団長が負けた……?しかも、それだけじゃなくさっきの現象は一体……?
「おいおい、嘘だろ……」
「え……?」
わたしはハチマンくんの声に反応して、そっちを見る。今日は一体何度驚愕すればいいのか。
額に冷や汗をかく彼の腹部には、先ほどまで団長の手にあったはずの片手直剣が深々と刺さっていた。
「まさか……あの一瞬で?」
二人の中間地点に、『Draw!』という判定のウインドウが出現した。
「あり得ない……」
我知らず呟く。耐久値が少なくなっていれば、攻撃によって残りを削り切ることでそれが盾であろうと砕くことはできる。けれど団長がそんなミスをするとは思えないし、なによりその場合は盾が切断されるなんてことはない。
それよりなにより、あり得ないのは団長の方だ。ハチマンくんの動きに気を取られすぎて団長の攻撃は見逃したけれど、先に攻撃を始めたのは間違いなくハチマンくん。
両手剣が他と比べて攻撃速度が遅いとはいえ、後出しでソードスキルよりも早く攻撃を当てるなんて、もはや人間業じゃない。
「…………」
団長は静かにハチマンくんを睨み続けている。ハチマンくんはといえば、お腹に突き刺さったままの団長の剣を四苦八苦しながら抜いている。
「……引き分けだが、どうする?どちらの条件も通すか、あるいはどちらも通さないか」
「考えるまでもなく後者でしょう。あなたの部下にされるんなら、俺の要求はほとんど通らないんだから」
ハチマンくんは引き抜いた剣を団長に投げ渡す。
「その要求とはなんだったのかね?」
「大したものじゃないですよ。引き分けても負けても意味はなさなくなる」
「では、仕切り直すかね?」
「遠慮しときますよ。取って置きの反則技を初見で躱した挙句反撃してくるような化け物に勝てる気がしないんでね」
肩を竦めて、剣を鞘に収めるハチマンくん。そしてそのまま帰ろうとする彼を慌てて止める。
「ちょっと!さっきのはなにか説明しなさい!」
「嫌だ。……俺は一応負けてない、ということは血盟騎士団にも入っていない。ならお前の命令に従う理由もない」
本当に、心底気だるそうに答える彼に、心底怒りが沸き起こる。どうしてこの男はいつもいつもこうなのか。
はぁ、とこめかみを押さえて大きくため息を吐く。顔を上げると、ハチマンくんは逃げ去った後だった。気持ちを落ち着かせるための行為だったけれど、余計に苛立ちを募らせてしまったようだ。
「……彼がこの場面、状況であれを使うとは。図らずも面白いことになりそうだ……」
「え……?」
団長の声は小さすぎて、よく聞き取れない。歩き始めた団長の後ろをついて歩く。両手剣のソードスキルを受けても、団長のHPバーはイエローになることはなかった。
・ ・ ・
第四十層主街区《レトワルト》。さっきまでヒースクリフと対峙していた場所から足早に離れ、そろそろ大丈夫かと立ち止まる。
アスナがつけていないことを索敵で確認し、その場に崩れ落ちる。
うああああ!恥ずかしいよぉぉぉ!勝てなかったよぉぉぉ!自信満々に「勝ったら言いますよ」とか言っといて引き分けちゃったよぉぉぉ!
……もうボス攻略行きたくない。記憶を消すアイテムとか存在しないのかな……?アスナがあの場にいた時点で想定外だし、引き分けだなんてシステムがあったのも予想外だ。
というか反則技まで使っても勝てないヒースクリフはなんなの?もうあいつ一人でボス攻略すればいいんじゃねぇの?
「ちょっと、他人の店の真ん前で打ちひしがれるのやめてくれる?あたしの店の評判が悪くなったらどうすんのよ」
「あ……?」
見ると、不機嫌そうな顔の少女がそこには座っていた。ただ座っているのではない。《ベンダーズ・カーペット》という、アイテムを路上に広げるためのアイテムを使用している。
つまりはこのピンク色の髪の少女は商人プレイヤーだ。そしてここは彼女の露店の前、ということだろう。
「……あ、ああ。悪い」
軽く謝罪をして、立ち上がる。所有者以外はカーペットの上のアイテムを動かせなくなるという魔法の絨毯の上には、様々な種類の武具が並んでいる。ということは、この少女は鍛冶屋か。
「なに、興味ある?買っちゃう?それともメンテとかする?」
「あ、いや……間に合ってる」
「えー!買いなさいよー。ほら、これとか結構いい出来なんだけど。あんたは……両手剣使いなのね。ならこれは?ほれほれ!」
ピンク髪の少女は両手剣をぐりぐりと顔に押し付けてくる。刃物顔に押し付けてくるとかなんなのこの娘。ええい、ウザい硬い冷たい鬱陶しい!
「いや、いらねぇって。俺も一応攻略組だから、そのレベルの武器じゃ役に立たないし」
「うっわ!ひとが気にしてることあっさり言いやがったわよこいつ。……はぁ、でもその通りなのよねぇ。まだまだ鍛冶スキルの熟練度が足りてなくて」
ガチ凹みのピンク髪。なんだか悪いことをしてしまった気分だ。地面に『の』の字書くとか落ち込み方古いだろ。
「なんていうか……あれだ。最前線じゃ無理かもしれないが、この層あたりならいけるだろ。熟練度はこれから上げればいいんだし」
「そうよねー、じゃあ手伝って?」
「は?」
え、急に笑顔になったんだけどこいつ怖い。じゃあってなんだよ、じゃあって。全く文脈に繋がりが見えない。
「だからー、あたしの鍛冶スキルが上達するように、あんたがインゴットとか色々持ってきてくれればいいのよ」
「それ俺になんの得があるんだよ。働き蟻か」
俺は働かない方の三割でいたいと思います!
「ならメンテとかタダでやってあげるから。これでおあいこでしょ?」
「釣り合ってねぇだろ……。ていうかそれも練習として利用するつもりだろ」
「……ばれたか」
チッと舌打ちする少女。貢がせておいて更に練習台にまでするとか、こいつ以外と頭いいな。
「あっ!心が痛い!さっき誰かさんに酷いこと言われたから心が痛いなー!」
「ぬぐ……」
そこを突かれると、多少の罪悪感がある俺としても心が痛い。
「まーまー、少年。そう難しく考えないっ。あんた攻略組なら迷宮区とかでレベリングするんでしょ?そん時にドロップした必要ないインゴットとか、分けてくれればいいのよ」
「そういうのはそれ系のプレイヤーに依頼をだな……」
「いーからそういうの。メンテもタダでしてあげるし、なんならあたしがマスタースミスになったら半額で武器作ってあげるわよ?」
「……タダじゃねぇのかよ」
呆れた商売人魂だ。
「はいけってーい!じゃあ早速明日からよろしく。あたしはリズベット」
そう言ってピンク髪の少女ーーリズベットは右手を差し出す。俺は握手には応えず、名前だけを告げる。
「……ハチマンだ」
ユニークスキル登場!まぁ、察しはついてましたよね。
ただ、彼がどのユニークスキルを持っているかを把握しているあの人には一歩及ばず。そしてユニークスキルはまだ内緒ということで。
たった一撃の勝負を書くために3000文字使ってしまいました(笑)
書きたいことは山ほどあるし、伏線なんかも入れたいんですが、まだまだですね。精進します!更新おそくてごめんなさい!
言い忘れてました。お気に入り600突破ありがとうございます!