ところで、アニメはいろはす登場しましたね。アニメ派の方々、これからですよ。
灯り一つない晦冥。俺たちの周りは、開いたままの扉から射し込む光により薄明るい。
俺は恐る恐る、けれどもその恐怖を周りに悟られないように歩く。正直、ボスとか超怖い。戦闘が始まったらすぐに転移結晶で逃げ出したい。
攻略部隊の全員が部屋に入り終えると、入り口の扉が勝手にしまる。代わりに巨大な暗闇の空間に、次々と灯りがともる。ここまでは第一層の時と同じだ。
違うのは、この部屋の主たるボス《ジ・アーミー・フォーミック》。見た目はよく見かける蟻に近い。だが、その六本の脚にはそれぞれ鋭そうなブレードが付いており、顎は体長の三分の一を占める。
さらに、全身に誂えたような黒い鎧を纏っている。よく見ると、体色は青なんだなとか死ぬほどどうでもいいことが分かる。
キシャァァ!!と、エイリアンみたいな声で鳴くボス蟻。それが合図だったのか、大量の子蟻たちが次々にポップする。
「なっ、数が多すぎる!」
誰かが叫ぶ。この量は、いつにも増して多いらしい。蟻の軍隊とはよく言ったものだ。
「作戦に変更はない!F、G、H隊!雑魚を引きつけろ!」
おお!と、何人かのプレイヤーがヒースクリフに応える。返事こそしなかったが、F隊の俺も前に出て子蟻のヘイトを取る。子蟻と言っても、その体長は俺とそう変わらない。
今回俺はキリトとは別の班で《ビッグ・アント》を片付けるのが役目だ。メンバーが六人に足りていないギルド《風林火山》と一時的に同じパーティーに振り分けられた。
「おうハチマン!死ぬんじゃねぇぞ!」
「……ああ。依頼されたからな」
仲間を引き連れていくクラインから離れ、俺は一人で子蟻たちの前に立つ。俺の両手剣スキルでは、ぼっちの方がやりやすい。周りを気にしなくていいからな。
一、二、三……七匹か。ぞろぞろと集まってくる子蟻の数を数えて、安堵の息を吐く。確かに数は多いが、この程度ならどうってことない。
ソードスキルの構えを取る。そして、全方位を囲む子蟻に向けてそれを放つ。ソードスキル《ブラスト》、二連撃の全方位範囲技で、一度目の左薙ぎの勢いを利用してもう一度薙ぎはらう。
七匹中三匹がクリティカルで爆散エフェクトを放ちながら消えていく。思ったより硬いな。
考えを改めるべきだ。元々俺は両手剣のAGI要求値を満たすため、鎧をおざなりにしている部分がある。今も簡素なコートを身に纏っているだけ。
四方から一気に攻撃を食らえばまずい。ならばこそ、余計に一度に大量に仕留める必要がある。
そのために一度距離を取る。SAOのMobたちのAIはかなり優秀だ。こっちの攻撃パターンを学習するので、同じスキルばかりでは読まれることがある。
それに数の利を理解しているようで、配置はちゃんとプレイヤー囲むように迫ってくる。しかし、一気に距離を取れば同じ方向から詰めてくる。まず逃がさないことを優先するためだろう。
その習性を利用し、四匹の子蟻を纏めて葬る。ハチマンが斬る!
両手剣上位ソードスキル《ライトニング》。両手剣スキルにしては手数の多い技で、重範囲攻撃を立て続けに四発放つ。理系は詳しくないが、普通ならこんな重たい剣を四回も左右に振れないだろう。だが、ソードスキルのアシストがあれば可能だ。
パキンパキンと、小気味好い音が四回鳴る。一分弱で七匹の討伐に成功した。
しかし息つく間もなく、次々と新たな子蟻がポップし、俺めがけて大行進を行う。時間差で現れるそいつらを、完全に纏めて斬ることはできないので、二体ずつくらいをソードスキルを使って確実に仕留める。
戦いながら横目でボスの様子を伺う。遠目からはボス蟻の攻撃は単調なように思える。距離が開けばカサカサと近づいて長い顎で攻撃。近づかれたり囲まれたりすれば脚のブレードを振り回す。
何十回とボス戦をこなしてきた彼らなら、この程度すぐに慣れる。現にボスのHPゲージは五本のうち二本が削られている。大きいダメージを受けたプレイヤーもいないようだ。
キリトもノーダメージとはいかないが、イエローに達さない程度のダメージだ。べ、別にキリトのことなんて全然気にしてないんだからねっ!
ともあれ向こうもこちらも上々な出来だ。むしろ出来過ぎなまである。
また迫りくる子蟻たちを、確実に排除する。クラインたちも順調に狩れている。
そんな状態が続く。俺の視線の先では、盾持ち片手直剣のヒースクリフがボス蟻の頭のヘイトを取っている。同じ片手直剣のキリトとは真逆と言っていいスタイルだ。
とにかく堅い。あの大顎を躱し、いなし、防ぐ。防御重視の戦法かと思えば、隙を見てソードスキルを確実に叩き込む。対人戦で勝てるやついないんじゃないのか?
子蟻を斬っては見るを繰り返していると、ふとヒースクリフと目が合う。団長殿は俺を見てふっと笑うと、視線を前に戻す。戦闘中によそ見とか余裕だな。俺もか。
それからどれくらい経ったのか。倒した子蟻の数がそろそろ三桁に届くのではなかろうかという時、悲鳴のような怒声のような、そんな音に注意を引かれる。
見ると、ボス蟻の体力が最後の一本の、それも赤色まで減っていた。さっきの奇声はあのボス蟻の叫び声だったわけだ。
「全員、包囲だ!このまま押し切る!」
ヒースクリフの指示で、AからE隊のプレイヤーがボス蟻を全方位囲む。キリトやアスナもその中にいる。
見渡した視界の中で、気がかりな点があった。ヒースクリフが薄く笑みを浮かべているとか、キバオウがちゃんと他人の指示に従っているとか、そんなことはどうでもいい。
アスナのHPゲージは黄色だったが、これまでのボスの様子なら回復するまでもないだろう。恐らくはアスナもそう判断したからそのまま包囲の陣に加わったのだ。
だから、そこじゃない。
ボス蟻の顔の向きだ。あいつは死かけのこの状況下で、上を向いている。
「かかれ!」
「おぉぉぉぉぉ!!!」
突撃するプレイヤーたち。俺の脳裏には第一層の光景がフラッシュバックする。
上を見るボス蟻の腹部の先から、液体が噴射された。
「なっ!」
標的になったのは、正面から肉薄していたアスナたち五人。もろに噴出液を被る。とっさに後ろに下がったヒースクリフには寸前で届かなかったようだ。
昔読んだ図鑑に載っていた。蟻の攻撃手段は顎のみではない。エゾアカヤマアリなどの蟻は、腹部から蟻酸を飛ばすことで有名だ。そしてこの場合の蟻酸の効果は、
「麻痺属性……!?」
アスナの声に、ボス蟻に迫るプレイヤーたちがぎょっとする。優勢に見えた戦況が一気にひっくり返った。ボスを担当する三十人の内の五人が一気に麻痺したのだ。
その怯えを狙い、ボス蟻は接近していたプレイヤーたちを六本の脚を器用に振り回して撃退する。
「ぐっ……まずい!アスナ!」
解毒結晶を使おうと、懸命に腕を動かそうとするアスナ。しかし身体は動かず、うめき声が漏れるだけだ。キリトはアスナを守るため走り出すが、ボス蟻の脚に阻まれ足を止める。
「くっ……!」
ボス蟻はアスナを両断するため、大顎を向ける。
「……だから言っただろ。もうちょい調べてからやるべきだって」
「ハチ……マンくん……」
ギリギリ間に合った。アスナの体を後ろに引き、大顎の間に両手剣を挟み込む。
ぐっ……なかなかの威力じゃねぇか。これを盾で防いでたあいつは化け物だな。それに、調子に乗って百匹近くも子蟻を狩ったつけがここで回ってきた。
継続的にかかる負荷に、俺の両手剣《カタフラクト》の耐久値が持たない。パキン!と甲高い音を立て、カタフラクトは砕け散り、つっかえの取れた大顎は俺の両腕を持っていく。
部位欠損。見た目ほどのダメージはないが、継続ダメージに加え数分間は俺は武器を持つことすらできない。
腕を捥がれ、俺は後ろに倒れこむ。実質俺は戦闘不能だが、役割は充分果たしただろう。
「あとは任せろ、ハチマン」
頼り甲斐のある背中を見せつけてくるのは、黒猫団のエース、キリト。
「君たちは私が必ず守ろう」
更にはヒースクリフまでもが俺とアスナを庇うように前に立つ。スター状態並みの安心感だ。
「ハチマンくん!」
麻痺状態を脱したらしいアスナが顔を覗き込んでくる。解毒結晶を誰かに使ってもらったのだろう。そこまで考えて、俺は意識を手放した。
・ ・ ・
目を覚ますと、目の前にサチの寝顔があった。それなんてエロゲ?
というかふざけてる場合じゃない近いやばい近い。え、なんで一緒に寝てんの?そういうことなの?
こいつ寝顔可愛いなとか考えたところで、腕が動かないことに気づく。う、腕枕だと……?戸塚にもしたことないのに!
「ハチマン、起きろー」
間延びした声と共にキリトが室内に入ってくる。添い寝状態の俺たちを見て一瞬固まるも、なにかに納得したように数回頷くと俺の枕元に座る。尻近いんですけど。
「ボスは倒したんだな」
「ああ、ハチマンのお陰で犠牲者もゼロ。ちなみにラストアタックは俺だ」
ぐっと親指を立てるキリト。あなたちょっとLA取りすぎじゃないですか?こないだも取ってきましたよね?俺なんか一回も取ってないのに。まぁ、二回とも雑魚担当だったし、当たり前か。
「ところでキリト。これ腕が挟まれてるんだが、無理矢理抜くと……」
「多分、発動するな」
サチの頭とベッドに挟まれた腕を指して聞くと、キリトは余命を宣告する医師のような表情で告げた。
……ですよねー。ハラスメントコードが発生しますよねー。
「寝かせてやれよ。起きないハチマンを四時間くらい看病してたんだ」
……一緒になって寝てるようにしか見えないんだが。寝るだけでいいとかどんな夢ジョブだよ。この経験を生かして将来は看護士になってずっと寝ていたい。
「それじゃ、俺は部屋に戻るよ」
「おい」
俺の制止を無視して、キリトは部屋を出ていく。
俺はこのあとキリトを呪いながら、隣から聞こえてくる微かな寝息にドギマギしつつ眠れない数時間を過ごした。