ソードボッチ・オンライン   作:ケロ助

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両手剣のソードスキルはインフィニティ・モーメントより、見た感じで書きます。


第10話

二十九層開放から十日ほど経過した日の夜。最近の日課になりつつある深夜のレベリング。俺の前には二体の蜘蛛型モンスター。二体の蜘蛛は、俺を撹乱させようと一体は真横にカサカサと移動し、もう一体は遠距離から糸の塊を飛ばしてくる。

 

アメコミのヒーローを彷彿させるその攻撃を首の動きだけで躱し、ソードスキルのモーションに入りながら足を動かす。動いた蜘蛛とは反対方向に、射撃蜘蛛を挟むように位置取る。

 

すかさずカバーに入る蜘蛛。ややこしいな。ともあれ二匹の蜘蛛が並ぶ瞬間を待っていた。

 

ソードスキル《アバランシュ》。両手剣の初歩スキルで、踏み込みながら袈裟斬りを放つ。両手剣ヴァージョンのスラントというのがしっくりくる。

 

違いは二つ。射程範囲と威力。俺の放ったアバランシュは蜘蛛を二匹まとめて一刀のもと、斬り捨てた。

 

「……ふう」

 

蜘蛛たちが爆散エフェクトを放ちながら消え去ったのを見届け、一息つく。また、つまらぬ物を斬ってしまった……。

 

「おー!アバランシュで二体同時か、流石だなハチマン」

 

「……なんでいるの?」

 

パチパチと惜しみない拍手を送ってくる、全身真っ黒けのキリトに問う。

 

「なんでって、レベリングに決まってるじゃないか。ハチマンもだろ?」

 

「いや、だからなんでさも当たり前のように俺の居場所見つけてんの?フレンド登録してないよな?」

 

「そうだな、しようぜ」

 

「しないから。してないのに居場所バレてるのに、フレンド登録とかしたら俺のプライバシーなくなるだろ」

 

ただでさえ最近は、サチとかいう隠れビッチにプライバシーの侵害をされ続けているのだ。信じられるか?寝ようとしたら必ず部屋の中に侵入してくるんだぜ?……どうやって入ったんだよ。もしかして妖怪か何かですか?

 

とにかく、妖怪ヴォッチの俺としては一人の時間を確保したい。メダルとかいらないから一人の空間が欲しい。ゆえに、キリトの申し出は断るしかない。

 

「でも、フレンド登録しておかないといざという時不便だぞ?メッセージは飛ばせないし、位置も分からない。簡易メッセは同じ層にいないと無理だし。黒猫団でもたまに話題に上がるよ。ハチマンは時々ふらっといなくなるし」

 

「あの、俺も一応黒猫団なんですけど……」

 

その言い方だと、確実に俺が呼ばれてない集まりがあるよな?やだ、俺の悪口とか言われてたらキツい。

 

「おーい!キリトー!」

 

ちょっと泣きそうになっていると、騒がしい声にビクッとさせられる。声の方向を見ると、赤いバンダナに無精ひげの青年が、こっちに向かって駆けてくる。

 

「……クライン」

 

呟くキリトの表情は暗い。先日のキリトの独白に、そんな名前があった気がする。

 

「ようキリト!こないだのボス攻略はお前ェ、とっとと帰っちまうからよ。……ってうお!?誰だ!?」

 

クラインと呼ばれたひげバンダナは、俺を見てオーバーに驚く。夜なんだから真っ黒な服装のキリトの方が見えにくいだろ。この距離まで認識されないとかひどくね。

 

「ああ、こっちは俺のギルドメンバーのハチマン。ハチマン、こっちはギルド《風林火山》のリーダー、クラインだよ」

 

「あ、ああ!そうか!よろしく頼むぜ、ハチマン!」

 

「……うす」

 

ビシッと敬礼するクラインに、俺は軽く会釈をする。

 

「なんだよキリト〜。ちゃんと友達作ってんじゃねぇか、心配させやがって!」

 

「やめろって」

 

髪をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でられ、キリトは腕を使ってクラインの手を退けようとする。手持ち無沙汰な俺は、なんとなく手を開いたり閉じたりする。

 

それから、キリトとクラインは仲良く(クラインから一方通行だが)談笑していた。俺はというと、たまにポップする蜘蛛を狩っていた。正直言うと帰りたかったのだが、帰ろうとするタイミングでクラインが話を振ってくるので、うまく抜け出すことができなかったのだ。

 

「それじゃ、俺は仲間待たせてっからよ。邪魔して悪かったな、また会おうぜ」

 

「ああ、そうだな。……少なくともボス戦で会うだろ」

 

ぶっきらぼうに答えるキリト。クラインはやれやれといった風に小さく息を吐くと、こっちに歩いてくる。え、俺?

 

思わず後ずさりするが、ガシッと肩を掴まれる。「ひいっ!ごめんなさい!」と口に出しそうになったが、なんとか耐えた。クラインはそのまま顔を俺の耳元に寄せて言う。

 

「キリトのこと、頼んだぜ」

 

その後肩を二回ほど叩くと、クラインは手を振りながら去っていった。その後ろ姿を見て、結構いい奴なのかもなと思う。

 

「ハチマン、今日は帰ろう」

 

「……おう」

 

俺はかれこれ二時間ほどダンジョンに籠っていた。恐らくキリトもそのくらいだろう。まぁ、だからというわけではないが、俺たちは帰路に着く。

 

周囲を警戒しつつ、たまにポップするモンスターを狩りながら転移門を目指して歩く。転移結晶を使えば一瞬だが、あんな高価なものそうそう使えない。

 

「そうだ、ハチマン。最近サチとなにかあったのか?」

 

「……なんもねぇよ」

 

サチとは最近昼間は会話もしてないしな。夜は追い返したり、追い出されたりしてるが。くっそ……サチのベッドで寝たこと思い出して恥ずかしくなってきちゃっただろ。

 

「ここのところサチがずっと不機嫌で、みんな困ってるんだよ。心当たり無いか?」

 

「寝不足なんじゃねぇの?知らんけど……」

 

睡眠が足りないと脳の働きがにぶくなり、イライラしたりするものだ。頑張りすぎている受験生とかもこれに当てはまる。

 

受験が近づいてきて焦る。睡眠時間を削って勉強する。睡眠が足りなくて脳の働きが落ちて、イライラする。睡眠不足で問題が解けなくて更にイライラする。これの繰り返しだ。

 

サチもクリアできないイライラと理解者がいないことへの怒り、それらと睡眠不足が相まって、ぷんすかしているのだろう。

 

「え?ハチマンってサチと付き合ってるんじゃないのか?」

 

「…………」

 

唖然として、言葉も出なかった。いるよなこういう奴。ちょっと女子と話してたら「あいつ絶対お前のこと好きだって」とか言ってくる奴。結局罰ゲーム告白のための下準備だったわけだが。ちくしょう、おかしいと思ったんだよ、下村が急に話しかけてくるから。

 

キリトは「え?違うの?」とおろおろしている。ギルド内恋愛禁止に決まってんだろ!剣士たちの恋愛事情は複雑なんだよ!

 

「馬鹿言ってないで帰るぞ」

 

ため息を吐いて呆れてますよアピールをすると、さっさと歩く。これ以上つきあっていられない。俺が付き合うのは、将来俺を養ってくれる人だけだ。

 

・ ・ ・

 

次の日の夜も二十九層でモンスターを探す。迷宮区は攻略組と鉢合わせる可能性がかなり高いため、マッピングが済んでいるダンジョンを選ぶ。

 

二十九層では上の下クラスの森を歩いていると、蜂型のモンスターと鉢合わせる。ハチマンが蜂と鉢合わせる……誰もいなくてよかった。雪ノ下でもいたならば、ごみを見るような目で見られること請け合いだ。由比ヶ浜は……理解できないんだろうな。

 

柄にもなく感傷に浸りながら、蜂モンスと戦う。空中をぶんぶん飛ばれると、速度の遅い両手剣スキルは当たらない。仕方なくソードスキルを封印し、ちまちまとダメージを溜めて倒す。

 

この辺りは相性が悪いな……。一息ついて、周りを見回す。ふと、視界の端になにかが映る。この世界で最も関わった時間が長いだろう少女は、こちらが気付いたことに気付き手招きをする。

 

俺はそれを無視して反対方向に歩き出す。やっぱり場所を変えよう。ここは効率が悪い。

 

「おいポチ。オレっちを無視するなんて偉くなったナ」

 

「あ、どうも。いたんすね。いやー、気付かなかったー」

 

首に短剣を当てられ、白々しく身の潔白を主張する。護身用の短剣とか持ってるのかよ。

 

「ところで、お前に手伝ってほしいことがあるんだガ」

 

「ことわ」

 

「ポチの情報はキー坊に三百コルで売っていいよナ?」

 

「るわけわけないじゃないですか是非やらせてください」

 

まるで情報のバーゲンセールだな……。個人情報保護法って知ってる?と聞きたくなるが、怖くて聞けなかった。どれだけ弱味握られてんだよ。

 

「ヨシ、なら今から迷宮区のこの位置にあるアイテムを取りにいってくレ。そのアイテムはポチのものにしていいかラ。それと、助っ人も一人派遣しておク」

 

「いや、助っ人とかいらねぇって」

 

俺の呟きを無視して、印の入った地図を渡してくる鼠。「じゃあナ」と短く別れを告げ、素早く去っていく。自分で行かない理由は、単純に危険だからだろう。情報屋の彼女には最前線の迷宮区は厳しいものがある。

 

「はぁ……」

 

幸せを幾つか逃がしながら、迷宮区へと向かう。

 

・ ・ ・

 

迷宮区にたどり着くと、もう深夜だというのにかなりの数のプレイヤー反応があった。索敵があまり意味をなさないレベル。

 

「帰るか……」

 

会いたくないランキングの上位陣たちが蠢く魔窟になんか入りたくない。鼠には後で、他の誰かに先を越されていたとか報告すれば問題ないだろう。

 

「……なにしてるの?」

 

凛とした声に振り向くとそこには、ランキングの第一位をキープし続けているアスナさんが。

 

「お前こそなにしてんだよ……」

 

なんで攻略組でそこそこの規模のギルドの副団長が、こんな時間に迷宮区に一人でいるんですか……。

 

しかし、考えてみれば偉い人間ほど単独行動をするものだ。会社でも重役は個室があるものだし、会談なんかも秘書はいれど基本的には一人だ。つまり、偉い人はぼっちであり、ぼっちは偉い人なのだ。Q.E.D証明終了。違うか、違うな。

 

「わたしはアルゴさんに言われてきたんです。ここに来れば案内人が……」

 

そこまで言ってアスナはまさか、という顔をする。ええ、そのまさかです。あのくそ鼠女。よりにもよって助っ人ってこいつかよ……。

 

「よし、じゃあこれ地図な」

 

鼠印の地図を渡し、颯爽と立ち去る。これでよし。万事解決だ。

 

「待ちなさい。あなたも一緒に行くのが筋でしょ」

 

逃げられませんでした☆

 

腕を取られ、引きずられていく。ハラスメントコードってなんでしたっけ……。

 

歩くこと、十数分。出現するモンスターを次々と狩っていくアスナ。ちなみに俺は一匹も狩ってない。アスナの反応が早すぎるんだもん。

 

ポップした瞬間に、これでもかというほどソードスキルを叩き込む。もしかして虫系嫌いなの?叫んだりしないところをみると、極度の虫嫌いではなさそうだが。

 

……やっぱり俺いらなくない?

 

「あ、あった。これでしょ?」

 

「……みたいだな」

 

渡された地図と、現在地を見比べ確認する。場所に間違いはない。つまりはこの宝箱が鼠の言っていたアイテムだろう。

 

「トラップとかはないんだろうな?鼠が場所を知っていたのも気になるんだが」

 

「……ないと思うけど、転移結晶を準備しておいた方がいいかもね」

 

それが正解だな。二十七層ではこの手のトラップが多かった。階層は違うが、念には念を入れるべきだろう。俺は転移結晶を二つ用意する。

 

「ほれ」

 

「……え?」

 

ポカンと口を開けるアスナに転移結晶を片方押し付け、宝箱の前で膝を折る。これはあれだから。普通にレアアイテムだったら、開けた人のものになるでしょ?

 

「開けるぞ」

 

宝箱の蓋に手をかけ、上向きに力を加える。

 

「……スイッチ?」

 

「スイッチ……みたいね」

 

中から出てきたのは、クイズ番組で使われてそうな赤いスイッチ。

 

「え、押していいの?」

 

「やめなさい。まずはアイテム名を確認して……ひいっ!」

 

アスナの小さな悲鳴に何事かと振り返ると、いつの間にかポップしていた蛾のようなモンスターがいた。そしてアスナは突然の虫さんの来襲に驚き、咄嗟にバックステップをした。

 

カチリ。

 

「…………」

 

え?今この子スイッチ踏んだ?スイッチは役目を果たしたのか、青いエフェクトを放ちながら砕け散る。アスナは虫退治に夢中で踏んだことに気付いていない。俺はとりあえず転移結晶を握りしめ、次に起こるなにかを警戒する。

 

ゴゴゴゴゴ……と、目の前の石壁が動き始める。現れたのは、巨大な扉。

 

「これって……」

 

「ボス部屋か……?」

 

こうして俺たちは、図らずも二十九層のボス部屋を発見することとなった。


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