その間のボス攻略とかどうしてたの?と思ったので、投稿します。
人の噂も七十五日。
それが良いものだろうが、悪いものだろうが、噂なんて所詮は一過性のものに過ぎない。一年の約五分の一もあれば、大抵の人間は飽きて忘れてしまう。一発屋みたいなものだ。
しかし例外として、不特定多数の記憶に残り続ける噂もある。いわゆる都市伝説。
誰が見たわけでもなく、誰から聞いたかさえあやふやなくせに、記憶に深く食い込む。その大半は恐怖から来るもので、恐怖とは感情の根源だ。
つまり、大勢のSAOプレイヤーに《
・ ・ ・
ギルド《月夜の黒猫団》に加入させられてから、三週間ほどたった。俺は半年間の情報不足を埋めるべく、暇さえあればキリトから色々と聞き出していた。
その一つが、尾ひれと背びれが付き都市伝説と化した、俺の噂だ。
《初代犯罪者》《βキラー》など、半分事実の半分嘘っぱちな悪評が出回っている。
「オリジン・オレンジだと長いから、最近はオリジンって呼ばれてるみたいだ」
オリジンかぁ、どういう意味なんだろう?おし〜えて〜おじい〜さん〜。それはおんじか。
それはさておいて、今はメンバーとは別行動中である。こんな時でなければ聞けないことを、存分に聞きまくる。
「明日、二十八層のボス攻略らしいな」
「……情報誌で大々的にメンバー募集してたな」
キリトは自分のレベルを黒猫団に隠している。俺もキリトに合わせて、黒猫団のメンバーとそう変わらないレベルだと偽っている。それでも攻略組に遅れを取らないよう、キリトとよく夜中に前線に赴いてレベリングをしているが、ボス攻略に参加すれば、レベルが彼らにバレてしまう。
フレンド登録をしていれば、対象が今何層の何処にいるかが分かる。ボス攻略は大抵の場合昼間から行われるので、居場所を探られれば一発で攻略組だとバレるだろう。
「言いたいことは分かってるさ。参加しろって言いたいんだろ?」
「……いや、一層以降参加してない俺が言えたことじゃねぇが」
俺は二層から二十七層のボス攻略に参加していない。特に、二十五層のボスはかなりの強さだったらしい。犠牲者も数人いたと聞く。
その場にいなかった俺に、どうこう言う資格は無い。ずっと安全な場所にいた俺に、キリトに危険を冒せという権利は無い。
「キリトー!ハチマーン!そろそろ行こうぜー!」
元祖黒猫団唯一の前衛、メイス使いのテツオが駆けてくる。キリトはああと短く返事をして、歩き出す。俺はその後ろ姿を、黙って追いかける。
ダンジョンに向かうと、幾ばくもしないうちにモンスターに出会う。いつもの陣形として、俺、キリト、テツオが前衛。他は下がって待機。
キリトが攻撃を相殺し、俺が殺さない程度にダメージを与え、他の誰かがスイッチで倒す。そうやって経験値ボーナスを譲り、彼らのレベルを上げていく。
「よっしゃ、レベル上がったぁ!」
槍使いのササマルがガッツポーズを取る。テツオやダッカー達とハイタッチを交わし、最後にキリトとする。あの、俺のところに来ないのは、俺の存在を忘れてるからじゃないんですよね?いや、したいわけじゃないけどさ。
俺が両手で剣を持っているからに違いないと納得し、悪いモンスターはいねがーと索敵をする。狩りつくしてしまったのか、近くに反応はない。
キリトも同じく索敵をしていたらしく、それを聞いてケイタが休憩を提案した。ダンジョン内の安全圏に移動すると、ササマルが「疲れたー!」とか言いながら倒れ込む。
俺も少し離れた場所に腰を下ろし、ポーチから水の入った瓶を取り出す。はあ、MAXコーヒーが恋しい。NPCレストランとかに行けばコーヒーはあるが、MAXコーヒーはないからな……。
千葉に想いを馳せながらちびちび水を飲んでいると、槍使いに戻ったサチが隣に腰を下ろす。肩がビクッと震える程度には驚いたが慌てることはない、即座に距離をとればいい。
「ハチマン……何してるの?」
「……休憩なんだから、休んでるに決まってるだろ」
「そうじゃなくってさ……もうっ」
サチはプクッと頬を膨らませると、距離を詰めてくる。俺は近付かれた分だけ離れる。ちょっと、あんま親しげにされると友達なのかと思っちゃうだろ。
この三週間、サチはこうして度々話しかけてくる。大抵は黒猫団に入るまでの半年間のことを聞いてくるので、俺とキリトのこと(海老名さん的な意味でなく)を疑ってるんじゃないかと疑っている。
「…………」
俺から喋りかけることはないし、サチも何も言わないため沈黙が流れる。そんな時、ふとキリトやケイタ達の会話が聞こえてくる。
「攻略組は明日二十八層のボスかぁ。いつか僕らも攻略組の仲間入りができたらいいよな」
「俺達が血盟騎士団や聖竜連合の仲間入りってか?」
「なんだよっ。目標は高く持とうぜ?まずは全員レベル三十な」
きゃいきゃいと騒ぐ彼らとは対照的に、俺の隣に座る少女の表情は優れない。
「……すごいよね、最前線の人達。明日には二十九層に行っちゃうんだよね。私達、いつか追いつけるのかな……」
「…………」
膝を抱えるサチの本心は理解できなかった。ただ、その細い体が小さく震えているのは見て取れる。
生死のかかったデスゲームで、無責任に言葉をかけることはできなくて、他にその震えを止める方法を知らない俺は、ただ黙っているだけだった。
・ ・ ・
その日の夜。ホテルの部屋で一人、ドロップアイテムの整理をしていると、コンコンとドアがノックされる。俺の部屋に訪れるのは一人くらいしかいないので、「どうぞ」と簡潔に答える。
扉が開き部屋に入ってきたのは、やはりというか、キリトだった。暗い表情のキリトは、無言で部屋の入り口に立ち尽くしている。
無言で立たれると怖いんですけど……。
「……ハチマンは、やっぱり卑怯だと思うか?」
「あ?」
唐突な言葉に、思わず聞き返したが、すぐに何のことか理解した。このタイミングだ。明日のボス攻略の話だろう。
「俺は黒猫団に入るまで、ソロだった。はじまりの街でクラインを見捨てた俺に、誰かと組む資格なんて無いって思ってた。それにソロでも平気だと思ってたんだ」
キリトの拳はここが現実世界だったならば、血が出てるんじゃないかというくらい、強く握りしめられていた。
「でも今は、楽しいんだ。黒猫団のみんなと、ハチマンと一緒に戦うのが。今の関係を壊したくないんだよ……」
恐らく小町と同じくらいの年頃だろう。キリトのあどけなさの残る顔からは、悲しみの感情が伝わってくる。
この少年をここまで追い込んだのはこのデスゲームだ。だが、追い詰めたのは紛れもなく俺だった。一層のボス戦の時、俺はこの少年に期待し、押し付けた。
キリトを守ると銘打って自分は早々にドロップアウトし、残りを全てキリトに背負わせた。
「怖いんだ……。本当のレベルを教えたら、みんな離れていきそうで……」
キリトや俺の参入で、月夜の黒猫団は本当に強くなっている。チーム全体のレベルも上がってきているし、彼らにはこのゲームを攻略するという気概がある。このままいけば昼間ケイタが言っていたように、攻略組へ仲間入りすることも不可能ではない。
だから、わざわざキリトや俺のレベルが特別飛び抜けていることを申告しなくても、いずれレベルが追いつかれることもあり得る。けれど、それは理想論だ。
ならば、それを諭すのは年上の役目だ。最低な方法しか知らないが、この際そこは目を瞑ってもらおう。
「……違うな。お前は恐れられることを気にしてるんじゃない。失望されたくないんだ。テクニックがあるから強いんじゃなくて、レベルが高いから強かったんだなって、そう黒猫団の奴らに思われたくないんだ。お前は、ゲームで強さを見せびらかしてるガキだ」
「…………っ!」
反論しないのは、キリトに少しでも自覚があったからなのか。
「レベルが違うくらいで離れていくんなら、とっとと離れた方が互いに傷が浅くて済むだろ」
「……そうかもな。ハチマンの言う通りだ。俺は、強さを見せびらかしてたのかもしれない。……けど、黒猫団のみんなと、ハチマンと離れたくないっていうのも本当なんだ。だから……みんなに本当のことを言うよ」
俺はポカンと口を開けていただろう。これだけ言われれば、キリトは怒るか出て行くかだろうと思っていた。その素直さは、どこか彼女に似ていた。
キリトは宣言通り、自分の部屋に戻るとギルドメンバー全員を呼び集めた。俺は、キリトの後ろで壁にもたれかかって、様子を見守る。
「夜遅くに悪い。けど、みんなにどうしても聞いてほしいことがあって集まってもらった」
「何だ?キリトのやつ、かしこまって」とか、「告白……?」などの色々な推測が飛び回る。告白には違いないけど、それ意味違くない?
「……俺はみんなを騙してた。すまない!本当は俺はレベルがみんなよりずっと上なんだ!」
声を張り、頭を深く下げる。
「なんだ、そんなことか」
「びっくりさせるなよ〜」
予想外の軽い反応に、今度はキリトがポカンとする番だった。
「いや、俺はみんなを騙して……」
「レベルを聞くってマナー違反をしたのは僕らだし、正直に答える義務もないよ。それに、僕らに不利益は何もないし」
うんうんと頷く黒猫団のメンバー。清々しいくらい理に適っている。強いプレイヤーが仲間で困ることはないだろう。
「えっと……じゃあハチマンもそうなの?」
「お、おお……」
いきなりサチが矛先を俺に向けてくるので、驚いてろくな返しができない。騙していたのは俺も同じなので、謝った方がいいだろう。
「その……悪かった」
「気にすんなー」
またも適当に返され、力が抜ける。キリトも脱力しているようだ。その正面で顎に手を当てて考え事をしていたケイタが、思いついたように言う。
「このタイミングでってことは、もしかして明日のボス攻略に参加するつもりなのか?」
「あ、ああ。そのつもりだ」
「そっか、じゃあ明日はキリトはいないのか」
「ハチマン!?お前はボス攻略行かないのかよ!?」
「いや、前にも言ったけど、俺チーム戦とか向いてないし。ボスとか怖いし」
俺の両手剣は、mobを一度に多く相手するのには適しているが、対人や対ボスには向いていない。しかも、攻略組ともなれば俺の顔を憶えているプレイヤーもいるかもしれない。元オレンジとしては、そんな場所にわざわざ行きたくない。
「いや、おかしいだろ!」
キリトの悲痛な叫びに、ギルドメンバー達はくすくすと笑う。明るい空気でその場は解散になり、各々部屋へと戻っていく。
翌朝、第二十八層ボス攻略が行われる。
二十七層どこいった……。