人里で肉を買い、帰ろうかと思った矢先、声をかけられた。
そちらを見てみると、声の主は薄い紫色の髪をした少女だった。傘の下から、纏めているらしい髪が見える。
服装は、ラフな着物。
「私、鈴仙といいます。ときどき、竹林の永遠亭から人里に、置き薬を売りに来ています」
丁寧な自己紹介。ならば、ということで、こちらも向き直って丁寧に返す。
「ああ、どうもご丁寧に。俺は、ルート・フォンクといいます」
相手の少女の視線が一瞬、下を向いた。銃を見た、か。
「これが、気になるか?」
銃とホルスターに手を当てて、訊いてみる。
「はい」
返事が少しだけ硬い雰囲気。どうやら武器だとわかるらしい。
「その様子からして、何かはわかるんだろう。まぁ、自衛用さ」
「外来人の方で?」
「ああ。旅人なんだが、迷い混んでしまってね」
「へぇ………」
さて、ここらへんで訊いておこう。
「それで、何か用だったかな?」
「いえ、見慣れない方だと思ったのと……」
そこで、鈴仙と名乗る彼女は一瞬、言葉を止めた。視線がちらりと動く。
「綺麗な男の方だと思って」
ほう?
「お、わかったのか」
「多少、医術の心得がありますから」
骨格あたりから判断したか。
「なるほどね」
医術の心得、ね。
「まぁ俺は多分、医者にかかることはないだろうが」
妹紅から聞いたことがある。永遠亭の人々の中に、妹紅と同じ体質の奴がいると。なら、知っているだろう。
「どうしてです?」
彼女はやはり、怪訝そうな表情をする。
「ここだけの話だがな。不死身、なんだ」
小声で、伝えてみる。
「え?」
驚いている。まぁ、当たり前だろう。
「なんで、そんなことを?」
「永遠亭なら、君も知っているはずだからな」
そこで彼女は、得心のいったという顔をした。
「姫様や、妹紅さんみたいな?」
「ああ」
鈴仙は少しのあいだ、考えている様子だったが、やがてこう訊いてきた。
「失礼ですが、お歳を訊いても?」
「30だ。まぁ、普通さ」
「普通、ですかぁ」
今度は微妙な表情。
そういえば、妹紅によれば弟子は兎ではなかったか。
「ところで、鈴仙さん。あなたは、兎の妖怪か何かかい」
訊いてみる。
「玉兎で、地上の兎です。今は、永遠亭で薬師の見習いをしています。…妹紅さんから、ですか?」
「そうだ。やはり兎なのか。………ふむ」
「?」
永遠亭、ね。一度、行ってみるのもいいかな。一応、きいておこう。
「永遠亭に、伺ってもいいだろうか?」
「永遠亭に?はい、大丈夫だと思います。人里の方も、たまに来ていますから。ただ、道案内がないと迷いますよ?すぐですか?」
すぐ、か。
「今日でもいいのか?」
「はい。私は、仕事が終わり次第帰りますから。案内しますよ」
「ありがたい。なら、これを置いてからにしよう」
風呂敷を持ち上げながら言う。
「それなら、私はここのお店をまわっていますので」
「ああ。また後程」
急ぐとしよう。俺は踵を返して、家に向かった。
鈴仙と合流し、人里を出る。
「すまないな、手間をかけて」
「いえ、ついでですから」
人里の出口から、遠くに見える山とは反対の方角へ歩く。
そういえば、弾幕ごっこは基本的に、飛行しながらやるものらしい。つまり。
「………鈴仙さん」
「なんです?」
「一応、俺は飛べる。そちらも飛べるなら、飛んでいかないか」
「えっ、飛べるんですか?」
「あぁ。霊力でな」
装置による飛行は、使っていない。霊力飛行にもだいぶ慣れてきていて、今では自由自在だ。
「外来人なのに、凄いですね」
「この力が宿っているおかげさ」
「なら、飛びましょう。あ、その前に………」
鈴仙は立ち止まって、傘を脱ぐ。纏め上げた髪と、ヨレた兎の耳が露になる。
「ほう」
「ご覧のとおり、兎です。いちおう、人里では人間に変装しているんですよ」
そう言いながら、鈴仙は髪をほどいた。
ふわり、と垂れる髪は長い。足元にも届きそうなほどだ。
「長い、な」
「あなたこそ、男にしては長いですよね。切らないんですか?」
言いながら、鈴仙は地面を蹴る。
「長いと役立つこともある」
浮き上がった鈴仙に追従しながら、答える。
「へぇ………。綺麗ですし、そういうときは役立ちそうですね」
「まあ、な」
「普段から、もっとちゃんと纏めないんですか?」
「面倒だからな。それに、乱雑なほうがわかりやすいだろう」
「性別が?」
「あぁ。もっとも成果は出てないが」
「そうでしょうね。私も骨格を観察しなければ気づきませんでしたから」
「そんなことだろうと思った。人里の人たちも、何割が間違えているのやら」
「私が思うに、ちゃんと話した人以外は気づいてないと思います。人里の医者なら、もしかしたら?」
「そうかね」
「もしかしたら、男の子たちに憧れられてたりして?」
「ぞっとしないね」
話しているうちに、眼下に竹林が見えてきた。かなり広く見える。そのうえ、霧も深い。
「私を見失わないようにしてください。じゃないと、迷っちゃいますから」
「さしずめ、迷いの竹林と言ったところか」
「あはは。当たってます、それ」
「ほう?」
「ただの竹林じゃなくて、迷うようにしてあるんですよ」
「なるほど。だから案内が必要なわけだ」
一面の白に突入する。鈴仙の横で、見失わないように。
そのまま飛び続けていると、突然、竹の切れ目が見えた。
鈴仙はそこへ降りて行く。それにつれて、霧のなかから、和風の大きな屋敷を想像させる門が姿を現した。
「着きましたよ」
その門の前に着地すると、鈴仙が言った。
「なるほど。これは想像以上だ」
想像以上に、立派で、そして古風だ。
「師匠に会いたいんですよね?」
「ああ」
「なら、着いてきてください」
「勿論」
屋敷の門をくぐり、中へ入っていく鈴仙に続く。入っていくすぐのところで、一匹の兎が寄ってきた。
「この人、師匠のお客様なの。伝えてくれる?」
しゃがみこんで、鈴仙が兎へ話しかける。
数回、頷くような仕草を見せた兎は、屋敷の奥のほうへと跳び跳ねていった。
「今のは?」
「永遠亭に住んでいる兎です。一応、人にも化けられるんですが、人見知りなので」
「なるほど」
再び歩き出した鈴仙に続いて行くと、一つの部屋の前に着いた。
「さっき伝言を頼んだので、たぶんここにいるはずです。私は一旦失礼しますから」
「わかった。案内、感謝する」
「いえいえ。では」
鈴仙と別れて、俺は部屋の襖を開ける。