「ん…」
陽の光に目を覚ます。
ファスナーを広げた寝袋から出て立ち上がり、伸び。
「…ふぅ」
縁側に出て、空を見る。6時くらいか?
寝袋のファスナーを閉め、隅に移動させる。
昨日の帰りについでに取ってきたクーラーボックスを開ける。中には昨日の夕食と共に作っておいた握り飯。二つパックに入れてある。
ちゃぶ台に起き、座布団に腰掛ける。
パックを開いて一つ目の握り飯を掴み、一口。普通だ。特段大したものではない。
そのまま二つとも食べきり、パックは軽く洗って乾かすために伏せておく。
「…」
そして、立ち尽くす。
幻想郷に来てから、7回目の朝だった。
昨日から始めた霊力での飛行は、今のところ問題はない。
ただ、「飛ぶ」と意識するだけで飛べてしまうのだから、より便利になった。
…霊力、か。
霊力のモトは何だろう?
死ななくなる前は、霊力のことなど自覚していなかったし、当然使えもしなかった。
あの「呪い」、いや「呪詛」がきっかけだと言うのか。
いかにも、な教祖が頂点に立つ、いかにも、なカルト教団。
科学時代においては不自然なほどに巨大化したあの組織は、科学的な根拠を持っていたのか?
信者、になっていた人間には、行方が掴めないものも多くいたらしいが。
…行方?
行方知れず、なんて実際には「確認されていない死」と同義だろう。
死。魂。生命力。
俺の、生命力────
「む」
妙な音が響いた。そして妙な感覚。
その方向を見ると、そこには妖怪から子供を助けた直後に見たような、穴が浮いていた。
「八雲、か?」
「そのとおり」
答えと共に顔を出す少女。
「何やら考え込んでいたようね?」
「ああ。そうだ」
とは言え、他人に話すようなものではない。
「貴女は、何の用だ?」
「そうねぇ。貴方、暇?」
「特段やることがあるわけでもない」
「そう?なら──」
八雲は可愛らしく、という感じに微笑む。
「私の家に、来て頂けるかしら?」
八雲の招きを受け、穴を通して移動した先は、大きな屋敷だった。
「家、ねぇ」
呟く。
人里の屋敷とは思えない。屋敷は見かけているものの、こことは構造が違うように感じる。
第一、周辺に人の気配がない。
呟きに、俺の前を歩く八雲が反応する。
「客間、って言ってもいいかしらねぇ」
客間。恐らく八雲の家は違う「場所」にあるのだろう。
「さしずめ、迷い家ってとこか?」
「あら、よく知ってるわね」
「一時期、調べていたんだよ。この体、オカルトの類いをな」
それももう昔だが。
「そう。ただ、その話がここで通じるのはおかしいと思わない?」
「ああ、確かに思っている」
「興味深いわね」
八雲が襖を開ける。
その部屋にあるのは普通のちゃぶ台と、座布団数個。
「座っていいわ」
促されるまま、座る。八雲は対面に座った。
「さて、話しましょうか?」
小首を傾げ、挑発するように。八雲紫は曖昧な問いを投げ掛けてきた。
「なら、貴女が何者なのかを訊こうか」
「話していなかった?」
「名前だけだ」
「そうね」
「人外なのはわかるがな」
八雲が苦笑する。
「人外って纏めるのね。あんまりいい言葉ではないわよ?」
「わかっているさ。だが、はっきり言って妖怪やらの違いなど知らんのでな」
「来たばかりだものね」
「そういうことだ」
答えると、八雲は一息をつく。そして。
「なら答えましょう。私、八雲紫は幻想郷の管理者みたいなものね。区別するなら…そうね、スキマ妖怪、といった感じかしら」
と、自分のことを語った。
管理者、とは。随分と上の存在らしいな。
「なるほど、な。なら、あの時俺のことをあれこれ聞いてきたのは、異物である俺が気になったからか」
「そうよ。空中に突然、結構な大きさの機械が現れるんだもの。気にもなるわよ」
当然、ストレイドのことも知られているか。
「なら、その機械の扱い方には言いたいことがあるんじゃないか?」
「ありますとも。空間跳躍なんて超技術とか、空中に待機させてることとかね」
「俺自身については?」
「少なくとも、幻想郷に対する害意はなさそうね」
なさそう、とは、見てきたような物言いだ。
「覗き見とは、趣味の悪い」
あの穴を通して見ていたのだろう。
軽く咎めてみるが、八雲は、
「そうね」
と微笑むだけ。
「まぁいい。それで?俺をわざわざ読んだのは何故なのか、聞かせてもらいたいね」
「言ったでしょう?お話ししたいって」
それだけとは思えんのだがな。
「そうかい。なら、文化のことでも訊こうか」
俺の知っている、俺の知らない場所の、文化。
「いいわね」
興味を引かれている、という雰囲気で、八雲は頬杖をつく。
「俺の故郷は、この星ではない。わかるだろう」
「ええ」
「しかし、俺はここの言葉の意味がわかるし、こうして話ができる」
「支障もなくね」
「そのうえ、料理なども変わらん。俺の知っている"味噌汁"は、ここの"味噌汁"と変わらないものだ」
慧音の作ってくれたものは、美味しかった。俺の作ったものは好評だった。
「つまり、星が違うはずなのに、文化は酷似している?」
「酷似?いや、一致しているといっていい」
俺の知っている、『和』の文化。ここで見かける『洋』の断片。
「面白いわね。あなたは、どう考えているの?」
「何のことはない。パラレルワールド、という概念は?」
「知っているわ」
「ここ、を含むこの星は、俺の故郷のパラレルワールドのような星、といったところか」
何故、かはわかることはないだろう。
「そのようね」
「もしかすれば、他にもあるかもしれないな。普通なら接触しないほどの、遠くに」
FTLでも接触できない、遠く。
「ますます面白いわ。私にもない発想。宇宙文明のスケールから出てるのかしら?」
「さあな。だが、少なくとも俺はそう解釈した」
「いいわね、空間跳躍。私もしてみたいところだわ」
「貴女は、似たようなことが出来るだろう」
俺をここに連れてきた、穴と穴を繋ぐ空間。あれはワームホール型のFTL移動のようだった。
「距離が違うもの。私だって、宇宙規模の力は持っていない」
「そんなもの、一個体には過ぎたものだろう」
「そのとおりね」
そこで会話を止め、ふぅ、と互いに一息。
「マクロな話はさておくとして。貴方のこと、聞きたいわ」
「さしたることはない。俺自身は普通だ」
「死なないでしょう?」
「しかし、痛みはあるぞ」
「でも、それには慣れているのでしょう」
「慣れてはいるが、避けたいことだよ」
痛みには鈍くなりたくない。
鈍くなってしまったら、自分のこともわからなくなる。
「死ぬような目には、あったことあるの?」
「あったね、何度も」
今思い出しても、寒気のする思いの出来事が、いくつも。
「………」
自然、気持ちが沈む。
「そう。過酷な人生ねぇ」
「そうでもない。結構自堕落に生きていた時期もある。荒事が少しばかり多いだけだ」
八雲がすこし、首をかしげた。
俺はと言うと、そろそろ本音を聞きたいところだ。
「それで、このようなとりとめもない話にどういう意味が?」
「貴方のことを知ることね」
「知ってどうする?」
「ほとんど興味本意よ。興味深いもの、貴方」
「そうかい」
よくわからん。が、ならばこちらから話そう。
「ところでだが」
「何かしら」
「ストレイド、あの空飛ぶ機械をこのまま浮かばせておくのは貴方にとって都合は良くないんじゃないか」
「それで?」
「貴女が、保管してくれないか」
八雲は他と違う。管理者みたいなもの、と言うが、そのものだろう。彼女は空間を操っているような節もある。
「初対面と言っていいようなのに、渡してもいいのかしら?」
「そのほうがいいと判断した」
八雲に預けるのが、最適だろう。俺の荷物が入っていることも観ているはず。それを差し出すのだ。
「取り入るつもり?」
「いいや。信用を得るためかな?それと、そのほうがあいつももつ」
いつまでも稼働状態にして、壊れたら嫌だからな。
「危険物を預けるのね。まぁ、いいわ。貴方はやらないと思うけど、暴れられたら困るもの」
幻想郷で暴れる、か。想像しただけでも嫌だな。汚(けが)したくはない。
「では、預かってくれるということでいいか」
「いいわよ。一方的に使われるならまだしも、私にも利点があるわ」
「利点ね。あれで侵略行為やらをされたら困るが、どうなんだ?」
「しないわよ。良く解りもしないもの、使いたいと思うかしら?」
「だろうな。それでいい」
それでも保険はかける。ただ、通じるかどうかはわからないが。
「それで、どうするのかしら?今すぐ、呼ぶ?」
「そうさせてもらう。出口は?」
「作るわ」
八雲が右手を上げる。右へ払うような動作をすると、その先にあの穴が現れた。
「空に繋がっているわ」
「なら、使わせてもらおう」
立ち上がり、穴へ近づく。
浮き上がってくぐると俺は、八雲の言葉通りに空に浮いていた。
ストレイドを呼び出すと、前方から、光学迷彩を解除しながら現れる。
「それ、便利ね」
八雲の声。
「これのおかげで、隠せていたからな。だがずっとは持たなかっただろう」
ストレイドを呼び出すのに使っていた端末では不安だ。シート後方のボックスから、少し大型の多機能端末を取り出す。ホルスターに入ったそれを、腰につける。
「さて、こいつを運びたいんだが」
そう言いながら振り向くと、ストレイドが通れるサイズに広がった穴と、その横に八雲が浮かんでいる。
「どうぞ?」
微笑みながら、促される。
ストレイドに乗り込み、操縦をマニュアルモードへ。ゆっくりと前進させ、穴を再びくぐる。
するとストレイドは、平らな草地の上へ浮かんでいた。近くに屋敷。
スキッドを下ろし、着地。
システムを低負荷モードへ移行させて、降りる。キャノピーを閉じて、端末からロックする。
上空の大穴は既に無い。俺の正面少し先に、穴が開き、八雲が上半身を出している。
「これでいいのか?」
「ええ。見事なものね」
穴の縁に手を置いた八雲が言う。
「そういう乗り物だからな」
屋敷に歩み寄り、縁側に腰掛ける。
見たところ、さっきまでいた部屋の前らしい。
八雲は穴に顔を引っ込めた。穴が消えると同時に、後ろから声。
「それじゃぁ、話を続けましょうか?」
八雲が、ちゃぶ台に頬杖をついて、こちらを見る。