「ここか」
館の門前に降りる。
「…」
紅いな。真っ赤な館とは、主人も変わったセンスだ。案外血の色とかかもしれんな。
で。
門前には俺以外にもう一人。門横の柱によりかかって寝ている女。髪が赤い。
門番か?こいつ。
「誰ですか、貴女?」
「ん、起きてたのか」
「まぁ寝てたら仕事になりませんし」
「それはつっこみ待ちか」
寝てるようにしか見えないんじゃ主人にも誤解されないのか?
まぁとにかく。
「俺はルート・フォンクだ。この館に興味があって来た」
「それはまた、珍しい。ちょっと待っててください」
そう言うと彼女は門を開けて中へ入り、再び閉めてから館へ歩いていった。
一分もたたず、里で見かけたメイド、十六夜咲夜を連れて戻ってくる。
「誰かと思ったらこの間の。まぁ、礼儀くらいはわきまえているでしょう、入れていいわ、美鈴」
「わかりました、咲夜さん」
めーりん、ねぇ。どう書くのだろう。
「では、私についてきて下さい、フォンク様」
フォンク様。客として扱ってくれるらしい。
「わかった」
言われたとおり十六夜咲夜についていく。
紅い中目立つ、木の色をした玄関を入ると。
「(中も紅いのか)」
目に悪そうな紅い壁。どす黒い赤の床。そんな色をした広い空間。
「(吹き抜けか)」
目の前に大階段。
「こちらです」
階段のほうで言う十六夜について歩いて行く。
「こちらへ」
廊下にある扉の一つ、その中は廊下や外壁よりも目に優しそうな色合いの部屋。
座り心地のよさそうなソファとテーブルが置いてある。
「どうぞお座り下さい。すぐにお茶をお出しします。紅茶でよろしいでしょうか?」
「それで構わない」
座る。見た目通り、中々の座り心地だ。
扉から出て行った十六夜はすぐに紅茶を乗せたカートを押して部屋に戻ってきた。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
湯気が立つ色鮮やかな紅茶だ。
「(紅茶を淹れたにしては早すぎるな)」
まぁ、気にすることでもないか。
カップを手にとる。
「いい香りだ」
「ありがとうございます」
一口。味もいい。
俺が頷く様子を見た十六夜は、
「少々お待ち下さい」
そう言うと再び部屋から出ていった。
俺はカップを傾け、紅茶を味わう。
飲み干してカップを置き、一息ついたところでドアが開く 。
「フォンク様、紅茶はもうよろしいでしょうか?」
「ああ。いい物を飲ませてもらった」
「では、こちらへ。主人が話をしたいそうです」
「わかった」
再び十六夜について、廊下を歩く。
今度は大きい扉へ案内された。
「この部屋で主人がお待ちです」
いよいよご対面、か。吸血鬼とはどういうものかな。
「お嬢様、ルート・フォンク様をお連れしました」
「入りなさい」
お嬢様。そして聞こえた声。少なくとも男ではない。
ドアが音をたてて開く。
部屋にあったのは、テーブルと椅子。
長テーブルの短い面がこちらに向いている。
そして、奥側の椅子に座っていたのは。
「ようこそ、紅魔館へ。私がレミリア・スカーレットよ」
明るめの青い髪を持ち、桃色を基調とした服をまとった、幼い少女だった。
「あなたね、この館に興味がある、なんて奇特な人は」
「奇特、か。吸血鬼の館に興味を持つのはおかしいか?」
「だからって来ないんじゃないかしら?普通は」
「それもそうだな」
「まぁ、それはともかくとして。座りなさいな」
「お言葉に甘えて」
手前の椅子を十六夜が引いてくれる。その椅子に座ると、ちょうどレミリア・スカーレットと対面する位置に。
「咲夜、下がっていいわ」
「かしこまりました」
十六夜は部屋から出ていく。
「さて、ルート・フォンクと言ったわね。あなたは何をしにこの館へ来たのかしら?」
レミリア・スカーレットは両手で頬杖をつきながら、問いかけてくる。
「何をしに、ね。強いて言えば、あなたに興味があったから、かね」
「なかなかストレートね。なら、私の姿を見て、少なからず失望したんじゃないかしら?」
「あなたが幼い姿をしていたからって、失望などしないさ。意外さはあったがな」
「ふぅん?そう」
「だがひとつ聞きたいな」
「何をかしら?」
「紅い館は、あなたの趣味かな?」
「残念、私じゃないのよ。紅い館は嫌いじゃないのだけれど、目には優しくないと思わない?」
「違いない」
「ふふ、やっぱりそうよね。私は吸血鬼だから、あまり関係はないのだけれど」
見た目とはギャップのある、余裕のある態度。しかし子供が威張っているような印象は受けない。
「しかし、この館は広いな?」
「咲夜の力で広げているのよ。おかげで空間に余裕があって助かるわ」
力、ねぇ。大したものだ。
「さて。このまま話しているのもいいけれど、せっかく来てくれたのだから、この館を見ていきなさいな。特に、大図書館なんて、あなたも気に入るんじゃないかしら?」
「それは楽しみだな。なら、案内してもらうことにしよう」
「ええ。咲夜?」
「はい、お嬢様」
レミリア・スカーレットの呼ぶ声と同時に気配が現れ、扉から十六夜咲夜が入ってくる。
「それでは、行きましょう。フォンク様」
「案内、よろしく頼む」
「かしこまりました。では…」
と十六夜が歩き出そうとして、止まる。
気配。それもレミリア・スカーレットのように押さえていない、強いもの。
それが近づき、開いたままのドアから宝石のようなものが覗いた。
「お姉さま?」
宝石のようなものは細く黒いものに吊るされるようについていて、その黒いものは、赤い服、金髪に白い特徴的な帽子の少女から生えていた。
「フラン、出てきたのね。丁度いい、紹介するわ。私の妹、フランドール・スカーレットよ」
妹か。たしかにレミリア・スカーレットと似た雰囲気がある。背中の翼らしきものを除いては。
と思い、レミリア・スカーレットを見ると、こちらは背中からコウモリのものに似た翼を生やしていた。先程は畳んでいたのだろうか?
「お姉さま、この人、お客さん?」
「そうよ。ルート・フォンクって人よ」
「へぇー、そうなんだ。ついて行ってもいい?」
「いいかしら?」
「構わない」
「だそうよ。フラン、大人しくしているのよ?」
「うん、わかった」
姉と比べると、仕草、言動などが幼く感じる。見た目相応か?
「それじゃ、咲夜。お願いね」
「かしこまりました、お嬢様」
「それでは、行きましょう」
と促す十六夜について部屋を出る。
「ねぇねぇお姉さん」
フランドールが、無邪気な笑顔で話しかけてくる。
「え、あー、何だ?」
「お姉さんは、どこから来たの?」
「どこから、か。……すごく遠いところ、かな」
「遠い…?どっちにあるの?」
「空のずっと上、かな」
「ずっと上?すごーい!それってどんなところ!?」
「どんなところ……」
どんなところ、だったか。口で語るには、色々な印象がありすぎる。
「………」
困った。どう答えるか。
「…えぇ、と」
「…?」
「…幻想郷とは、別の美しさがあったな」
「別の…?」
「ああ」
「そうなんだ…。見てみたいな、私も」
見てみたい、か。
「着きましたよ」
「ん、ああ」
十六夜がひときわ大きい扉を開けていた。
扉の中に目をやると――――
「っ」
予想以上に広い空間。そこに、多数の背の高い本棚と、ぎっしり詰まった本。
大図書館の名に恥じない光景がそこにあった