「ただいま帰った」
と言いつつ、慧音の家へ入る。
慧音はまだ帰っていないか。
台所の食料庫へ買ってきた食材を置き、部屋へ行く。
畳に座り、一息つく。
「………」
そういえば、俺は何故幻想郷で住居を確保しようとしているのだろう。
もともと、幻想郷には、空間跳躍時の原因不明のトラブルで迷い混んできたのに。
それを少し考え。
「………ま、目的も行き先もなかったしな」
と独りごちた。
「そうだ、ルート。今夜は満月だ」
「満月?」
夕食で、慧音が突然言い出した。ただ満月だと言うわけではないだろう。続きを促す。
「私は満月の夜に白沢化するんだ」
「ああ、そうか」
「それでな。ええと、私の能力のことは話していなかったな?」
「そうだな。まだ聞いていない」
「ならそこから説明しよう」
慧音の説明を要約すると、慧音は、人間の時と、白沢化したときで、別の能力を持つそうだ。
人間の時は、歴史を食べる程度の能力。
白沢の時は、歴史を創る程度の能力。
白沢化している間の慧音は、幻想郷中の知識を持っていて、白沢になっている一晩の間に、幻想郷の歴史を編纂しているのだそうだ。
「一夜漬けで作業するのか」
「ああ」
「それで、な。白沢化している時の私は少し気性が荒くなっているらしくてな」
成る程な。さらにその状態で一夜漬けとなれば……。
「迂闊に近づかないほうがいいかな?」
「そう。下手すると角の生えた頭で頭突きをしてしまうかも知れない」
「わかった」
妹紅曰く、「慧音の頭突きはすごく痛い」からな。
角が刺さりでもしたら、とは考えたくない。
死ねなくても、痛みは普通にあるんだ。
「それと、明日の朝、私が起きていないようだったら部屋へ起こしにきてくれないか?」
「ああ、わかった」
徹夜だから、寝落ちすることもあるのだろうな。
「ところで、今日空き家を見てきたんだろう?どうだった?」
「ああ、そうだな。あそこならちょうどいいと思うよ」
「それならよかった。いつからそこに住む?」
「荷物も多い方ではないし、明日にでも」
「そうか」
「いろいろ世話になったな。感謝してもしきれないくらいだ」
「ルートが困っていたから、助けたまでだよ」
本当に、慧音という人は優しいな。
間違いなく、俺が出会ったなかでも断トツに。
「……これでいいか」
荷物を運びやすいよう纏める。
今夜が、今のところここで過ごす最後の夜だ。
と言っても、同じ人里の別の家に移るだけだが。
そこまで考え、立ち上がる。
月でも見に行くか。
部屋を出て、縁側へ。
「……ほう」
満天の星空だ。夜でも明るい都会では見られない。
あの白い靄は、銀河か。もといた星より、少しだけ薄く見える。
やはり、別の星に来たのは間違いないな。
この星の衛星は、俺の知っているものより、小さく見えた。
文化は似通っていても、やはりこういうところは違うな。
縁側に腰掛けようとした時、足音が聞こえた。慧音か。
足音の方を見ると、慧音がいた。こちらへ歩いてくる。
いつもは青い服を来ているが、今は緑を基調とした服だ。
髪も、青かった部分が緑になっている。
そして目を引くのが、角。
博麗神社で会った伊吹萃香と同じように、二本の角を生やしていた。
「これから作業か」
「ああ」
口数が少ない。態度も少し硬い。
頑張れよ、とは言わない。言う必要はないだろう。
会話は続けない。
慧音はそのまま歩いていった。後ろ姿を見て、呟く。
「……尻尾」
白く、ふわふわしていそうな尻尾が生えていた。尻尾用の穴を開けているな、あの服。
視線を再び夜空へ向ける。
暫くの間、眺める。
「………」
この星空の光は全て過去のもの、か。
あの星から、この星は見えていたのだろうか?何光年、離れていたのだろうか?
そんなことは、ストレイドの航法コンピュータを使えば、すぐにわかるだろう。
それでも、考えてしまう。
それにしても、何故俺はこの幻想郷に迷い混んだのだろう?
「………いや」
考えるのを止める。
そんなことは、今考えなくともいいだろう。
もう夜も遅い。寝てしまおう。立ち上がり、部屋へ歩く。
敷いておいた布団に入って、目を閉じる。
明日から、どうなるのやら。