ラブライブ!~輝きの向こう側へ~   作:高宮 新太

99 / 108
フルマラソンなんて走れる気がしない

 人生とは長く、希望に満ちている。

 そんな夢を抱いている人がこの世界には一体何人いるのだろうか。

 人は、それが夢だと気づくのは一体いくつの時なのだろうか。

 僕は、それに気づくのが結構早かった。いや、早すぎた。

 だからこその失敗も、だからこその成功もあったけれど。

 それでもこうして生きていけるというのは案外、人間というのは図太いという証拠なのだろう。

 

「それで、ここが二年の教室。明日から通うことになる教室だよ」

 

「はい」

 

 夕日が赤く染め上げるこの教室を僕は転校生に紹介する。

 内装は取り立てて何を特筆するものもなく、転校生もさして興味はなさそうだ。

「あ、ほら見て桜内さん」 

「・・・なんですか?」

 桜内 梨子(さくらうち りこ)。この田舎町に引っ越してきた転校生。

 浦の星女学院の教師として、僕は彼女に学校を紹介していた。

「この学校のいい所、景色がいいんだ」

 窓の外、雄大に広がる大海原を一望できるこの教室は高台にあるこの学校の特徴でもある。

 ま、これしかないんだけどね。特徴。

「・・・ただの、海ですよ」

「あれ?興味なかった?」

 おっかしーな、学校説明会の時とか結構鉄板なんだけど。これ。

「早く、次の場所を案内してください」

 ロングな髪をなびかせて、クールビューティーな彼女の顔はどこか思い詰めたように糸が張り詰めている。

 新しい環境に対して緊張しているのか、はたまた別の理由からか。

「もうちょっとにっこりしてれば、もっと可愛いのに」

「なっ!!」

 不意を食らった彼女の顔は夕日に負けずに赤く染まる。

「何を!教師なのに!!」

「あはは、ほらそっちの方がいいって、友達だってできるよ」

 大人になって、僕はなにが成長したのか。

 まるっきりそんな自覚がないのだから、本当に困るけれど。

 でも、教師としては。

 

「大丈夫、君なら出来るよ」

 

「うううー」

 生徒の顔を変えられるようには、なったのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、これでこの学校のことは粗方回ったかな」

「そうですか、ありがとうございました」

 それから少しして、僕らは職員室で向かい合う。

「それと、制服だけど学年ごとにスカーフの色が違ってね。一年は黄色、二年は赤、三年は緑だから————————」

「私は赤、ですね」

「うん、そうだね。っと、あったあった」

 学校から支給される制服が入った段ボールを開けて、しっかり中を確認する。

 彼女の言う通り赤いスカーフが目立つこの学校の制服を僕は彼女に手渡して。

「これで、君は晴れてこの学院の生徒だ。これからよろしくね」

「・・・はい」

 うーん、さっきのことが尾を引いているのかな?なんだか不服そうな顔をしているけれど。

 それでも彼女は丁寧に挨拶を残して、職員室を去る。

 

「どうでした?彼女は」

 

「うん、ちょっと緊張してたけど、たぶん大丈夫だよ”書記さん”」

 

 一息つくと、後ろから黒髪ストレートが腰まで届きそうなスーツ姿がまぶしいメガネの女性が声をかけてきた。

 

「その名前で呼ばないでって言ってるでしょ」

「ごめーん」

「直す気ないのに謝らないで」

「ごめーん」

「この・・・!」

 僕が浦の星女学院を選んだ理由は本当に特にないんだけれど、まさか書記さんが一緒の職場にいるなんて驚いた。

「ふーん、私はすぐわかったけどね。だって海田君、変わってないんだもの」

「書記さんは、変わったよねえ」

 そうだ、最初に声をかけられた時も書記さんだと気づかなかった。

「へ、へえー。ど、どこが?」

 ん?なんだか変な期待を感じるけれど、思ったことでいいんだよね?

「あー、なんか出来る女の人って感じになったよね」

「ほ、ほぉー」

 必死に隠しているようだけど、口角が上がっているのを隠せてない。どうやらセリフ選びは成功したらしい。

 ・・・あー、大人になってこういうことばっかり長けていく。

 人のことを窺って機嫌を取るスキルばかりが身についていく。

 別に嘘じゃないのだけれど、なんていうかそういう自分を僕は好きになれなくなってしまったのだ。

「か、海田君も」

「え?」

「海田君も、カッコよくなった、よ?」

 ・・・褒められてる?

 これはあれかな、自分だけだとなんだから僕も褒めてくれているのだろうか。

 律儀だなあ書記さん。こういう所は変わっていない。

「えー?それって前はそうでもなかったってことじゃん」

「そ、そんなことない!前も、カッコよか————————」「あー、疲れた疲れた」

 二人っきりだった職員室に、ガラガラと割り込む音と共に体育教師の木村さんが入ってきた。

 いつもジャージ姿の飾り気のないさっぱりとした女性である。

 

「話しかけないでもらえますか?」 

 

「あっれー?」

 その瞬間、先ほどまでの潤んだ瞳も上気した頬も幻だったんじゃないかと錯覚するほど冷え切った表情で僕は一方的に罵られた。

 凄い、人ってこんなに一瞬で変われるんだ。

「大体、いつになったらアナタは仕事を覚えるのです?昨日も風邪で休んで、教師の自覚というものを持ってください」

「すいません」

「あはは、今日もやってますねえ」

 書記さんは二人っきりになると普通なのに、こうやって第三者が周りにいると極端に僕と距離を取る。

 なんでも昔馴染みだと知られて妙な勘繰りはされたくないらしいんだけど、気の使い過ぎだと思うなー、僕は。 

「プール掃除、お疲れ様です木村先生」

「あ、どうもどうも」

「それでは、私は今日はここで」

「お疲れ様でーす」

 若干の気まずさを覚えているのか、そそくさと帰り支度をして。

「お疲れ様です」

 とだけ一言残すと本当に今日は帰ってしまった。

 僕のバツの悪そうな顔を尻目に見ながら。

「にしても、今日の入学式の生徒の数、見ました?」

「ええ、まあ」

 そも、木村先生の言う通り。今日は入学式なのでさしたる仕事もなかったのだが。

 だからこそ、今日は残っている先生方も少ない。

 元々少ないんだけどね。

「ぶっちゃけこの学校大丈夫なのかなー、そろそろ次の就職先とか探したほうがいいのかなー」

 ギーコギーコと椅子を揺らしながら、木村先生は愚痴を垂れる。

 もっぱら、先生たちの主な話題。

 この学校が統廃合されるかもしれないというそれが、この学校のトレンドだった。

「雪先生はどう思います?」

「僕ですか、まあ、どうなんでしょうね」

 こんな三年目の一教師に学校の実態なんてわからない。

 けど、まあ、この学校が後どれだけ持つのか。その期限が迫ってきているのを感じるのも確かだ。

 その昔、似たようなケースを目にした僕とすれば、それはなおのこと。

「どの道、僕らはやるべきことをやるだけでしょう?」

「それはそうですけど」

 不安なのは、何も生徒だけじゃあない。

 でも、それを感じ取られるわけにはいかないのだ。先生ってのは。

 若輩者が何言ってんだって感じだけど。

「もしリストラされたら、一緒に次の就職先探しましょーねー」

「あはは、検討しておきます」

 取り敢えずは、でも、そんな冗談を言えるくらいにはまだ余裕がある。

 それがこの学校の現状だった。

「じゃ、僕もこれで」

「はい、お疲れ様でしたー」

「お疲れ様でした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、どうなんだろーなー!」

 帰り際。僕は海に向かって項垂れていた。

 いやー、あんな感じで良いこと言ってたけどサ!実際ヤベくねえ!?ヤベえよね!

 どうすんの!?学校なくなったらどうなんの!?次の就職先とか手筈整えてくれんの!?統廃合なった学校で雇ってくれんの!?

 こちとら一回実家に帰るなんていうバックアップすらねえのによお!現実のバカヤロー!

「うー。どうしよー、この歳でリストラなんてヤバイ。絶対ヤバイ。ようやく仕事も慣れてきたのにー」

 三年、まだ実績もクソもない。そんな中途半端な人間を果たしてどこかが雇ってくれるだろうか。

 そんなことを考えながら、海を見つめる。 

 ここに赴任してきて知ったのだけれど、僕はどうやら海というのが好きらしい。

 学生の頃にも何度か皆で行った海。決していい思い出ばかりとは言えないけど。

 それでも、海に来ると遠いどこかで皆と繋がっているようなそんな錯覚に浸れるから。

「よし、帰ろ」

 ふと考える。ちゃんとした大人ってやつに僕はなれているのかと。

 小さい頃はとにかく大人になりたくて、早く自立して一人で生きていけるように。そう願っていたけれど。

 この年になってみて、そんな自立した大人ってやつに、なれていると自信を持って言えるのかな。

「ただいまー」

 

「おかえりなさい先生」

 

 こんな生活を送っている僕は。 

   

 

 

 

 

 

「わー、美味しそう」

 旅館「十千万」。僕はここで居候という形で、住まわせてもらっている。

「はーい、今日はサバの味噌煮ですよぉ」

 この旅館は高海家で経営している地元密着型の旅館であり、その部屋の一室を貸し出してもらっている状況なのだ。

 あ、ちゃんとお金は払っているということはしっかりと言っておこう。

 そこは昔とは違う。

「志満姉ちゃん、お水!」

「それくらい自分で取りなさい。千歌」

 長女の高海志満(しまん)さんはおっとりした和風な女性で、この家族の保護者的立ち位置を担っている。

 とても同い年とは思えない。

「そーだぞー、はい先生。ごはん」

「あ、どうもどうも」

 僕に茶碗を手渡してくれるのは、ショートカットな髪の毛とはつらつとした顔立ちが似合っている次女。

 高海美渡(みと)。会社勤務をしているにも関わらずこの旅館も手伝う出来た子である。

 とても年下とは思えない。

「えー、先生だけずるーい」

「先生はいいの、お客様みたいなもんだから」

 そして三女の高海千歌ちゃんは、うん。年下だ。自信を持ってそう思える。

「お客様はリビングで一緒に食事しないよー」

「う、うるさいなあ。先生はいいの」

「えー?なんでー?なんでー?ねえなんでー?先生なんでー?」

「うわっとお!僕に聞くんだそれ!」

 こっちに飛び火来ないように黙ってた意味ねえな!

 なんてやりとりも、ガンッという大きな音に遮られる。 

 

「ご飯は、静かに食べましょうねえ?先生」

 

「なんで僕だけ名指し・・?」

 鬼のような怖い笑顔で怒られた。すげえ視線で訴えかけられている。

「ま、ままま。食べようよお姉ちゃん。冷めちゃうよ」

「それもそうねえ」

 美渡さんが助け舟を出してくれたおかげで、僕はその恐ろしい空間から抜け出す。

 張本人はケロッとした笑顔だったので、案外本気では怒ってはいなかったのかもしれない。

 ・・・こんな食卓を囲むことになるなんて、数年前は思わなかった。

 家族団らん、まさに幸せの象徴ともいえるそれに、自分が加わっているなんて。

 人生どうなるかなど、わかりはしないということだろう。

 そんな団らんを終えて、美味しいご飯を胃袋に収めた僕は部屋へと一人帰る。

 旅館の部屋の一室。そこを貸切にしてまで僕に貸し出してくれたこの家の人たちには感謝してもしきれない。

 それ相応の額を支払っているとはいえだ。

「先生ー?」

 そんな感傷に浸っていると、コンコンと、扉がノックされる音がした。 

「どうぞ」

「おっじゃましまーす」

 僕が引き戸を開ける前に、千歌ちゃんがドーン!と入ってくる。

「うわー、相変わらず汚いね」

「えっと、すんません」

 千歌ちゃんに指摘され、僕は恥ずかしく頬をかく。

「いやー、これでも片付けてるつもりなんだけどさー」

「ビールに酎ハイに空き缶だらけじゃん。千歌の部屋の方がきれいだよー」

 生徒にそれを言われると本当に反省しかないんですけれども。でもなー、なんでか片付けてもすぐこうなっちゃうんだよなあ。

「もー、先生はダメな大人だね!」

 めっ!と、人差し指で叱られて大人としては立つ瀬がない。

「えっと、千歌ちゃん?今夜は一体どういう用件で?」

 これ以上は先生としてもつらいので、手早く済まそう。

「ああそうだ!先生の部屋が汚過ぎて一瞬忘れてた!」

 ぐさぐさ刺さってるからねー、千歌ちゃんの言葉が真っ直ぐ僕に心にぐさぐさと刺さってるからねー。気を付けようねー。

 言葉は刃物になるんだからねー。

「あのね!先生!」

「うん、なに?」

 

「スクールアイドルって知ってる!?」  

 

 ・・・・・・。

 一瞬、頭がすぽーんとどこかに行ってしまったかのように、思考が抜け落ちる。

「先生?」

「え?あ、ああ」

 そんな顔を隠す余裕もなく、千歌ちゃんは覗き込むように僕を伺う。

「知ってるよ。先生だもん」

 

「そっか!あのね!千歌、スクールアイドルやろうと思うんだ!!」

 

 そんな僕の表情の裏の意味までは知る由のない彼女は自分の話へと意識が向かう。

 その隙に心の中を立て直して、僕は彼女に向かいなおした。

「それは、学校のために、かい?」

「うん!って、よくわかったね、先生!」

 わかるさ。わかるよ。

 ぴょこぴょこと動くアホ毛に瞳を輝かせる千歌ちゃん。

 ああ、そうか。

 過去はいつまで経っても過去のまま。

 現実に食い込んでくることはないのだと、思っていたけど。

 こういう風に思いがけず立ち向かってくることもあるんだなあ。

「なんとなく、ね」

「先生はどう思う?」

 勢いだけできっと、そこに計画性はないんだろう。

 あの時のように。

 そこあるのは、得も知れない自信だけ。  

 

「いいんじゃないかな。好きにすれば」

 

 だから、僕は本心からそう言った。ただ純粋に。

「えー、なんか冷たーい」

 むーっと、忙しく動く彼女の表情を見ながら僕はたはは、と笑う。

 いつだって、ゴールは明確じゃない。

 区切りをつけることはあっても、ゴールテープを切る瞬間は人生においてないのだと思う。

 生きている限り、ずっと走り続けなければいけないのだから。

 だけど、それでも。

 スタートラインは、きっとある。

 彼女らにとって、今ここが、そのスタートラインになるのだと。

 

 

 この時の僕は、多分、そう思っていたのだろう。

 

 

 




どうも!がんばルビィ!高宮です!
新編始まって早々書くことねえ!どうしようもねえ!なんにもねえ!
ということで次回もまたよろしくお願いいたします。
 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。