ラブライブ!~輝きの向こう側へ~   作:高宮 新太

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そして僕らは進んでいく

 

「じゃあ、ここでお別れね。また明日。雪」

 

「ええ、さようならツバサさん」

 

 空港について、帰り道が別なツバサさんと別れ、僕と穂乃果はついぞ二人っきりになった。

 この突発的な旅行で最後になってようやく初めて。

 

「あっと・・・帰ろうか」

 

「うん」

 

 なんだか変な感じだ。どこからともなく風が吹いて二人の間を駆け抜ける。

 どんよりとした雲は重たく感じ、忙しない人の動きは僕らと時間の動きが違うようで。

 久しぶりの東京はやっぱり人が多い、なんていうつまらない感想しかでてこなくて。

 それはきっと僕の心がつまらないからだろう。

 今から起こるあれやこれやに憂鬱になっているからだろう。

 きっとそれを、穂乃果は感じ取っているに違いない。さっきの返事で、そう思った。

 何年一緒にいるんだろう。その日々を長いと感じたことはないけれど。 

 最近、ふとした瞬間に振り返る。そして気付くんだ。今までの道のりの長さを。

 そして同時に、これからの道の短さを。

 

「穂乃果」

 

 僕は彼女に呼びかける。自分でわかってしまうくらい、真剣でどこか悲痛さを帯びたその声で。

 

「なぁに?雪ちゃん」

 

 そのことをわかっているはずなのに、それでも穂乃果はいつもの笑顔を崩さない。

 太陽みたいに明るくて、悩んでいるのが馬鹿らしくなってくるほどに眩しいその笑顔。

 その笑顔に何度救われて、その笑顔に何度悩まされたのか、数えるのも億劫だ。

 

「帰ったらちゃんと伝えるって言ったよね?」

 

「・・・そうだね」

 

「明日、皆を集めてほしい。そこでちゃんと伝えるから」

 

「わかったよ」

 

 穂乃果は理由を聞かない。

 なんで穂乃果を連れてきたのかも、お爺さんと何を話していたのかも。

 なんで僕が決断できてしまったのかも。

 何も聞かない。

 

「ちゃんと聞くね」

 

 一歩前を歩いている彼女の顔は見えない。

 どんな表情をしているのか想像できなかったけれど。

 どこかそのことに僕は、ほっとしていた。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~遡ること五日前~

 

「こ、こ、告白されたああああああああ!?」

 

 ツバサさんの絶叫が生徒会室に響いたのは、お爺さんの電報が届くほんの前日だった。

 

「しー!しー!ちょ、声が大きいですって!!」

 

 僕はそんな彼女の口を慌てて塞いで、いないとはわかっていても周りをキョロキョロと見回してしまう。

 

「ど、どこが!?はろばぱろぷんて!?」

「落ち着いてください、セリフが滅茶苦茶です」

 正しくはどこの誰に、だと思う。

「どこの!?誰に!?」

 多少落ち着いたのか、ツバサさんはひどく充血した瞳で僕の顔を覗く。クワッて感じで。

 あ、これ全然落ち着いてねえや。

「・・・それは、まあ。言わないですけど」

 なぜこんなことになっているのかと言えば、事の発端は二日前。

 僕の家のボロボロの長屋に最早オブジェクトと化した郵便受けがある。

 そこになぜだか九枚のラブレター、が、あったのだ。きちんと九通りの封筒に入った可愛いらしい女の子からのラブレターが。

 誰が、いつ、何のために入れたのか。

 それらの疑問はその封筒を開ければ解決することくらいはいくら何でもわかっていた。

 でもあまりにも唐突で、唐突すぎて。

 心の準備も何もかも、出来ていなかった僕は未だにその封を開けられずにいる。

 

「だから、どうしたらいいかって。そういう相談なんですけど・・・」

 

「・・・な、なるほどね。そっかそっか、うんうん。そういうあれね。なるほどなるほど。ふーん」

   

 平静を装っているのであろうツバサさんは、動揺が隠しきれていない。

 いやなんでツバサさんが動揺してるんだよ。すげえ目が泳いでるじゃん、バタフライしちゃってるじゃん。

「ちなみに、なんで・・・その・・・私なの?」

 ツンツンと指を突っつきながら、なおもバタフライは距離を残しているらしく全力で水飛沫をあげている。 

「いや、だって。こんなこと相談できるのツバサさんしかいないし」

 ツバサさんがこういうの一番慣れてそうだったし。

「ダメ、でしたか?」

 自分でいうのもなんだけど、僕はあまり人に頼るという行為に慣れていないから。

 だから気づかない内になにか失礼なことをしてしまったかもしれない。

 そう思って聞いたのだが。

 

「いえ、正解よ。大正解。特にミューズの皆には言ってないでしょうね」

 

「え、ええ。まあ」

 

 あんまりにも力強く言うツバサさん。どうやらこのラブレターの差出人が誰だかもう検討がついているみたいだ。

「・・・やっぱ、皆なのかな」

 ぼそりと、自分でも気づかない声量で言ったその一言を、どうやらツバサさんは捉えたらしく。

「なんだ。中身読んだんじゃない」

「いや、読んではないですけど」

 ツバサさんのその反応と、九という数字。

 皆の顔が浮かぶのは仕方ないというものだ。

「そういうのばっかり鋭いんだから」

「褒められてます?」

「いいえ、けなしてます」

 あ、けなされてたんだ。

 ストレートに言われたからかな、その衝撃も真っ直ぐ僕を貫いてるんですけど。オブラートっていうクッション挟んでもらってもいいですかね?

「でも、だとしたら。一体どんな内容なんだろう」

「・・・え?」

 僕の言葉に、今度は意味が分からないといった様子のツバサさんが素っ頓狂な声を出す。

「いやだって、てっきりラブレターかと思ってたけど。皆が出したのならきっと僕への不満とか。口では言えないダメなところをあれやこれやと上げ連ねて日頃の鬱憤を晴らそうとかそういうヤツだきっと!」

「今更だけど普段どんな関係なのよあなたたち!」

 わなわなと震える僕にツッコムツバサさん。だってー、皆が僕にラブレターとかありえなさすぎてー、もうギャグじゃん?

「いいから、もう開けて見てみなさいよ。ごちゃごちゃ考える前に」

「・・・でも、開けたら爆発するとか」

「ないから!!」

 ない?絶対?絶対ないって言いきれる?

 そんな僕に呆れてツバサさんは一言そう言った。

 きっと最初から気付いていたその一言を。

 

「・・・・開けるのが怖いの?」

 

「そんなんじゃないですけど・・・」 

 

 そんなんじゃあないけれど、続く言葉が笑っちゃうほど出てこなくて。  

 生徒会室はシンと静まり返ってしまう。

「あ、えと・・・・ごめんなさい」

 どうしていいかわからなくて、取り敢えず口に出た言葉は謝罪のそれで。

「そんなんじゃないのなら、ちゃんとみなさいよ」

 ツバサさんはいつもより冷たい声で、けれどいつもより僕を、いや僕らを案じたその言葉を僕に投げてツバサさんは部屋を出ていってしまう。

 —————僕は、僕はいったいどうすればいいのか。

 その答えを得る、だなんてそんな大層な思いもなにもなく。

 

 僕はなし崩し的にその封を開いたのだった。

 

 

  

「—————————————————————————————————。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、そっか」

 後ろ手に扉を閉めて、ツバサはそれ以上一歩も動けやしなかった。

 雪にちゃんと見ろなんて言って、きっとそれを一番していなかったのは自分だ。どこかでまだ大丈夫だなんてそんなことを思ってた。

 こんなにちゃんと考えて、そして行動に移すだなんて。思ってなかった。

「ダメだなあ。私」

 座り込むことも、憤ることも出来ず。

 ただただ、綺羅ツバサはそこに佇んでいた。

 ————————。 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんてことがあったのが、お爺さんに会いに行く前のことで。

 それからずっと考えていた。

 あの手紙のことを。

 これからのことを。

 これまでのことを。

 答えを出せるのかなんて自信はなかった。だって、これまでがこれまでだったし。

 でも、もう決めた。

 僕の中では、これ以外考えられないし。これ以上の方法はない。

 きっと僕らは出会ったときから・・・。

 

「みんな、もういるのかな」

 

 真っ青でどこまでも広がる空も透き通るほどの日の日差しも、どこかで鳴いているセミの声も。

 何もかもが僕には届かない。

 僕の中には、もう。

 

 九人のことしかなかった。

 

 音ノ木坂の階段を登るのもいつぶりだろう。 

 休日に学校に部外者が入っていいのだろうか。

 まあ、今更か。

 段々と見えてくるその校舎、こんなにでかかったっけと首をひねる。

 その一挙手一投足が、なんだかフワフワしていた。

 やることなすこと、全部変に芝居がかってしまう。 

「ふー」

 どうしていいかわからなくて、経験なんてないから。

 だから、確実にわかることをしよう。

 皆が待つ、あの部室へ。

 行くことしよう。

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

 扉を開くと、そこには皆がいた。

 凛がいて、花陽がいて。

 ちょっと離れて真姫ちゃんがいて。

 絵里先輩がいて隣に希がいて。

 椅子がないわけじゃなだろうに壁に背中を預けているにこちゃんがいて。

 ぴんと背筋を伸ばす海未がいて。

 いつもの笑顔がどこにも見えないことりがいて。

 そしていつになく真剣な表情をしている穂乃果がいた。

「来ましたね」

 海未の言葉に僕はこくりと頷く。

 頷いて、でもその次の言葉が。

 きっと僕の番のはずのセリフが頭から浮かばない、口から出ていかない。

 ここは本題じゃない。だから何だっていいはずなのに。

 なのに、何も出てこない。

    

 ・・・・バシリ!

 

 音が響く。空虚で乾いた音が部室内に木霊する。

「大丈夫?ほっぺ?」

「うん。ありがとう絵里先輩」

 皆が驚いた顔を僕に向けたけれど僕は気にしない。

 自らの手のひらと頬が同じように赤く腫れるけれど、気にはしない。

 そうさこれは僕の問題だ。僕がしっかりしなきゃいけないんだ。

 だって、これからすることは”皆を裏切ることなんだから”。 

 

「えっと、今日ここに皆を集めてもらったのは・・・僕です」

 

「知ってるわよそんなこと」

 

 だよね真姫ちゃん。髪の毛をいじりながらも緊張してるのがわかるよ。

 僕だってそうさ、いつになく緊張している。ラブライブに雪で遅刻しそうになったあのときよりも。

「皆の手紙、読んだよ」

「・・・・・!!」

 皆の緊張感が一段と走る。

 アレをもらってすぐお爺さんに会いに行ってしまったから、あやふやになっていたソレを僕は掘り起こす。

「あれからずっと考えてた。どう返事をすればいいのか、誰を想って誰を想わなくていいのか」

 そして。

「返事、するね」

 きっと僕らは出会ってしまったことがもうすでに破滅だったのだろう。

 出会ったことが罪で、同じときを共有したことが罰だったのだろう。

 

 

 

 

「僕は、誰とも付き合わない。男女の関係にはならない。ここにいる、ここにいない誰とも」

 

 

 

 

「なんでって、聞いてもいいのよね?」

 

 ここにいる全員が気になっているそれをにこちゃんが代弁する。

「勿論。ちゃんと話すよ、わかってもらうために」

 僕の決断をちゃんと理解してもらうために。

「手紙を読んで、その、皆の「好きです。」て文字を見るまで正直信じられなかったし、そんでもって同時に嬉しかったよ」

 だってそうだろう。ほかの誰でもない僕を好きだなんて言ってくれる、こんないいことはない。 

 最高に幸せで最高に嬉しい出来事だ。

 そう、それが一人からの好意であるのなら。

「皆が僕を好きだって言ってくれて嬉しいし、僕もきっと皆のことが好きなんだと思う」

 恋だの愛だのそんな難しいことはわからない。いや、わからなかった。

 だから、僕は僕がわかる範囲で感じられる範囲で必死に考えた。

 僕の望みはどうやったら実現するのかを。

「皆は僕が好き。でもさ、僕は逆なんだ」

「逆?」

 それまで皆、僕の一人語りに黙って耳を傾けていた。

 花陽の言葉に僕はまた頷く。

「そう、僕は皆が好きなのさ。誰か一人だけじゃない、皆が好きなんだ」

 でもそれは誰でもいいってことじゃなくて、皆じゃなきゃいやなんだ。

 皆いつまでも一緒ってわけにはいかないのなんて百も千も万も承知だ。

 だけど、僕は誰かひとりを選んで誰かが泣いてしまうのなら。

 

 だったら、皆を泣かせようと思った。 

 

 誰かを選んで、誰かが傷つくのなら。

 

 皆が傷つくほうがいいと、思った。

 

 これが、一生懸命に無い知恵ひねって考えた結果。

 

 

 僕の答え。

 

 

「皆を幸せにするなんて、そんなカッコイイこと言えないし。多分無理だ」

 

「だから、皆を不幸にするほうがいいって本気でそう思っとるん?」

 

「本気さ。今日集まってもらうのはこれを伝えるためなんだから」

 全部を救うためなら少数を切り捨てていいと思うほど僕は徹底できない。

 少数を救うためなら全部を捨ててもいいと思えるほど僕は愚かにもなれない。

 だから、僕に出来る最善を考えてこの結果に至った。

 これが僕の最善。

 これが僕の選択。

「でも、そんなのってないにゃ・・・・」

 皆、納得いっていない表情をしていた。

 そりゃそうだ、これじゃまだ”皆が傷ついていない”。

 僕が、不幸になってない。

 

「うん。だからさ、代わりってわけじゃないけど。誓いとして」

 

 一拍おいて、皆の顔を順繰りに見て。

 

「僕は、今後一生誰とも付き合わない。結婚しない。手も握らない。子供もいらない」

  

 だからその代わりに、皆も僕のこの要求を飲んでほしい。

 僕も誰とも付き合わないから、皆も誰とも付き合わないでほしい。

 この最後の一文は僕の我儘だったから、皆には伝えなかったけれど。

「・・・・・・・・」

「僕は皆とは付き合わない。けど、みんなと一緒にいたい。だから、これからも一緒にいてください」

 頭を下げて、非難される準備はこれで整った。

「どれほど無茶苦茶なことを言ってるのか、自覚はありますか?」

 海未の底冷えするような声に、僕はしっかり、目を見て「わかってる」と答えた。

 バリン!!

「・・・え、絵里先輩」

「あら、ごめんなさい」    

 持っていた湯吞みが割れた音だった。割れた破片が手に刺さっていた。

 ・・・これ、死ぬかもしれないなあ。

 いやある程度は覚悟してたけど。 

「で?結局まとめると、私たちの告白は全員分断る。誰かを傷つけるくらいなら皆を傷つけたほうがいいから、で?自分も今後一生女の子とは縁を切って視界にすらいれないから、それで許してほしい。そう言ってるという認識でいいのかしら?」

「は、はい。その通りでございます」

 ちょいと言い過ぎな部分はあるけれど、今ツッコんだら僕が突っ込んでこられそうだったダンプカーとかで。

「それで?その関係のまま、一緒にはいたいって?」

 絵里先輩は酷く怒っているらしく、今まで見たことないほど瞳孔が開いている。 

「・・・・はい」

 ここでひいちゃだめだ。ここで逃げたら男だけじゃなく人間が廃る。・・・もう廃ってるかもしんないけど!

 来世では、全うに生きよう。

「・・・」

「・・・」

 数秒の沈黙。皆、僕があまりにも突拍子もないことをいうもんだから考えているのだろう。色々と。

 そりゃそうだ、絶対にくっつきはしなくてそれでも離れることすら許さない。そう言っているのだから僕は。

 

「———————————、いいわ」 

 

 そう、こんなこといいわなんて簡単に言われるわけないんだ。

 って、ん?

「いいって、絵里ちゃん。本気?」

「ええ、本気よことり」

 いや先輩。その目の座り方は僕からみてもヤバイと思うのですが?

 皆、絵里先輩の言葉と僕の言葉でこんがらがっているようだった。

「・・・・どうやら、えりちは決めたみたいやね」

「こうなったら頑固にゃー」

「でも!こんな重大なこと!すぐに決められるわけないでしょ!?」

「ま、真姫ちゃんの言う通りだよぉ。誰か助けてほしいよ」

 うーむ、てんやわんやだなあ。

 いや、他人事っぽく言ってみてもその当事者は僕なんだよね。

 罪悪感で今なら死ねるなあこれ。

「絵里先輩は、それでいいんですか?」

 黙っているのが怖くて僕は思わず聞いてしまう。だってこんなにすぐに決めるなんて思ってなかったから。

 皆、ゆっくり考えてよ。僕の気持ちは変わらないからって立ち去るつもりだったのに。

「何度も言わせないで。私が自分で考えて、自分でいいって決めたの」

 その言葉からは否が応でも確固たる信念を感じる。  

「な、なんで。そんな直ぐに・・・・」

「そんなの決まってるじゃない?わからないの?」

 え?わかりませんけど?ていうかそういうのを直ぐに察せられるような人間なら多分こういう状況に陥ってないですけど?

 

「好きだからよ。あなたのことが好きだから。一緒にいたいって思うから、それが一番だから。だから答えなんて最初っから決まってるのよ」

 

 まるで当たり前のように、まるでなんでもないことかのようにそう言って絵里先輩はただ前を見つめていた。

 好きだから。シンプルでだからこそ偽りようのないその言葉に、僕はどうしようもなく納得させられてしまう。

 愛だの恋だの複雑なその言葉を理解できたわけじゃないのだろうけれど。

 でも、その一端くらいは。端っこの隅っこくらいは共感できた。

 

「そう、だね。絵里ちゃんの言う通りだよ、ね」

 

「ことり?」

 

 そんな絵里先輩の真っ直ぐな言葉に次第に皆諦めたような覚悟を決めたようなそんな空気になっていって。

 きっとここが、僕の。いや、僕らの人生のターニングポイントになっていったのだろう。

「答えなんて、そんなの決まってるじゃん。私も、雪ちゃんが好きだもん。離れることなんてできないよ」

「ことりちゃんの言う通りやね。惚れたが負け。うちら全員、もう雪君に負けてるんやから」

「え、ええ!?皆、本当にそれでいいの?」

「凛は最初っからそう思ってたけどね!大丈夫!かよちんの分まで凛が雪ちゃんを幸せにするにゃ!」

「ちょっと!なに勝手に脱落させようとしているの!凛ちゃん!」

 おいおい、皆正気かよ・・・。

 当事者の僕が思うのなんだが、大分狂ってる提案だと思うのだけれど。

「ま、まあ!?私は別にどっちでもいいけど皆が言うんなら?別に?雪の提案に乗ってあげないこともないけど?」

「・・・ツンデレ」

「真姫よ!真姫!いったいどんな渾名よそれ!!」

 ごめん、つい。

「はぁ、ことここまで来たら最早仕方がないのかもしれませんね」

「海未まで」

 皆、皆なんでこんな要求すぐに飲んじゃうんだ。一体どんな人生歩めばそんな風に思えるんだ。

「仕方ないので、この書類にハンコを押して下さい」

「ん?」

 ハンコ?書類?

「今後、永久に雪が私たち以外の女と淫らに近づかないこと。今後、私たち以外の女と付き合ったり手をつないだり二人きりになったりしないこと」

 あー、そういうあれですか。契約書的なそういう感じね、はいはい。

 今の一瞬でそれを作ったんだ。なんていうか、あれだね海未は将来物凄く仕事ができそうだね。

 なんて頬をひきつらせながら感心していると。

 そして。 

 と海未は言葉を紡いだ。

 

「もし、もしも気が変わったら。私たちの誰かとお付き合いをしてもいいと思えたのなら、その時はちゃんとそれを伝えること。絶対に、一人で抱え込んで胸の内にしまったりしないこと」

 

 まるで最後の一滴まで搾り取るように掠れた声で海未は確かにそういった。

 でも、それは約束できない。だってそれができないから、そんな選択を選べないから僕はこうやって頭を下げているのだから。

 そしてそんな僕でもわかることを海未がわかっていないはずはなく。

「嘘でいいんです。この場限りの嘘でいいんです。そのたった一言、わかったって、約束するって。言ってください」

 だらりと垂れた頭は僕に海未のつむじしか見せてくれない。だから、綺麗なつむじだなどという場違いな感想が生まれてしまう。

「そうすれば、私は雪のことを信じられます」

 ぎゅっと固められた体は、机の上に放り出されたその体はわずかながらに震えていて。

 そんな海未を目の前にして、僕は。

 僕は。

 

「うん。わかったよ」

 

 それ以上傷つけることができなかった。

 中途半端。誰も彼をも傷つける未来をとっておいて、結局僕はこのざまだ。

 だけど。

 だけれども。

 

「———————————よかったぁ。ありがとうございます」

 

 こんな、こんな笑顔を見せられてしまったら。もう、しょうがないじゃないか。

 どうしようも、ないじゃないか。

「じゃ、ここに血判を押して下さい」

 あ、それはやるんだ。てか血判って言った今?ハンコじゃないの?

「はい、これでちゃんと親指を切るんですよ?」

「どっから取り出してきたそのサバイバルナイフ!?なに!?マジか!?マジでやんのか!?」

「そりゃそうでしょう。あなたどれほどふざけたことを言っているのかの自覚はあるんでしょう?だったら血判の一つや二つ、性転換の一つや二つ。押してしかるべきじゃありませんか?」

「おかしくないでしょうか!?最後の一つはおかしくないでしょうか!?」

 性転換ってなに!?しろってか!?タイまで行けってか!?つか一つや二つって一つしかねえから!大事な一個をこれからも大事にしていきたいですから!

「大丈夫です。あなたが男であろうが女であろうが、私は平等に愛して見せます」

「何が!?一個も大丈夫じゃないんですが!?そんな歪んだ愛はいらねえよ!」

 おいこら!いい加減にしろよ!ボケすぎなんだよ!こちとらめちゃくちゃ真剣な話してんの!超シリアスムードなの!頼むから空気読んでくれよ!

 ぜえはあと息を整えているとにこちゃんが口を開く。

「それで?あんたは本当にそれでいいの?」

「いや性転換はできれば勘弁してください」

「そっちじゃないわよ!」

 え?なに?何の話だっけ?もうわけわかんなくなってきちゃったんだけど。

「だーかーらー、あんたは一生誰とも付き合わない。それでいいわけって言ってんの」

 いい?とにこちゃんはいつになく真剣な瞳で僕と向き合う。

「一生ってね、長いのよ。とてつもなく。私たちこれから何十年も生きていくの。その一生を、ここで決めちゃっていいの?軽い気持ちで出す言葉じゃないのよ?」

 ああ、きっと本当ににこちゃんは僕のことを案じてくれているのだ。

 僕の言葉の一つ一つを真剣に受け取って、そして想ってくれているのだ。

「わかってるよ。にこちゃん、軽い気持ちで言ってるわけじゃないよ。僕の一生は、本当に一生だよ」

 だからこそ僕もより一層気持ちを伝えなければならない。

「そう、ならいいのよ。早く血判を押しなさい」

「マストですか!血判は!」

 どんだけ重要視してんだ!血判に何見てんのこの人たち!

 でもまあこれで、僕の要求は。

 至上類を見ない自分勝手な願望は。

 皆に案外と受け入れられてしまったのである。

「最後に聞くよ。雪ちゃんは本当にそれでいいんだね?」

 今まで一度たりとも口を開かなかった穂乃果が最後の最後にようやく口を開く。

 何度も聞かれたその言葉、それほどまでに僕の願いは歪だという証拠だ。

「うん、考えて、真剣に考えてそれで出した結論だ。後悔はないよ」

 いやより正確に言えば”後悔はしない”が正しいのだろうけれど。

「そっか。雪ちゃんは変なところで一途で、そんで頑固だもんね」

 諦めたようなその口調に内心が痛まないわけではないけど、でもその痛みも全部受け入れないと。

 じゃないと皆を傷つける資格なんざありゃしない。

「わかったよ。絶対に約束破っちゃ嫌だよ?」

「うん」

「絶対に途中で投げ出したりしたら許さないからね?」

「うん」

「後で間違いだったって気づいても正すことなんて私達がさせないよ?」

「・・・うん」

 

「なら・・よし!」

 

 ああ、結局のとこ穂乃果はこう言っているのだ。

 共犯だから、だから一人で背負うなんてダメだからね。

 そう言っているのだ。

 

(結局、一番大事なところは持ってかれちゃったな)

 

 その荷は一人で背負うつもりだったのに。

 悪役は僕一人で十分だったのに。

 一番重要なとこは許してはくれなかったな。   

 その日はそれ以降何もできなくて(血判はマジでやらされた)帰って布団に突っ伏してたらすぐに睡魔に負けてしまった。

 これが僕らの終着点であり結末だ。

 これからも長く続いていくのであろう人生はこと恋愛ということに関して言えば僕は死ぬ。

 でもそれでいい、それがいい。

 死んでもいいと思えるほどの出会いだったのだから—————————。

 

 

 

 

 

 

「ええっ!?なんであんじゅが泣くの!?」

 最後に一つ僕はみんなに頼みごとをした。

 アライズの皆と書記さんにこの僕の状況を話すことを。

「・・・・ごめんね。ちょっと急だったから」

 そしてちゃんと許可をもらいこうして皆に打ち明けたのだけれど。

 教室に僕ら四人ぽっち向かい合って座っている中で。

 開幕あんじゅを泣かしてしまった。いやまあ、それほどまでにクズ対応だってことはわかってはいるけれど。

 でもそれでも、どんな理由でも女の子を泣かせるのはつらい。

「あっ、待って!」

「ごめん、ちょっと一人にして」

 あんじゅはおもむろに立ち上がると僕の制止もむなしく、立ち去ってしまう。

「英玲奈先輩」

「いや、仕方ないなこれは。誰のせいでもない、強いて言えば神様のせいだ。お前は悪くないよ」 

 珍しく、なんて言ったら怒られそうだけれど。それでも珍しく英玲奈先輩は僕を励ました。

「でも、そうか。お前は、そういう選択をしたんだな」

「・・・はい」

「あんじゅのほうは気にするな。勿論ツバサもな。あとは私が何とかしておく」

 僕の話を聞いてからフリーズしたように動かなくなってしまったツバサさんを横目に僕は「すいません」と謝ることしかできない。

「あの!僕頑張りますから!今まで以上に頑張りますから!だから!だから、これからもよろしくお願いします」

 僕は精一杯の気持ちを伝えて、そして教室を立ち去るしかなかった。

 そういう選択を僕はしたのだ。

 後日、改まって書記さんにも同じ話をした。

「雪君の、雪君のバカー!!!」

 綺麗な右ストレートをもらってしまった。それ以上何も言わずこれまた走って行ってしまった。 

 

 そうして、幾ばくもの月日が経って。

 

 生徒会を無事終了し、卒業して大学に進んで。

 

 

 やがて僕らは大人になった。

 

 




どうもいくぞ!やるぞ!ドラクエ11!高宮です。
一か月ぶりで申し訳ございません。決してドラクエをやっていたわけではございません。決してマルティナに心を奪われていたわけではございません。バニーガール最高とか思ってませんから。
ということでね、これまで長い間、えー、約二年半ですか。二年半!?マジ?そんなやっちゃってたの?軽く引きますね。
ということでこれだけ長くやれたのもひとえに読んでくださった人たちのおかげです。
ありがとうございました。

と、いうわけでねこれにて最終回です。とはいえ、EXもありますし、お話のネタもまだ消化してないものもあるのでもうしばらくお付き合いくださいませ。

ということで次回からラブライブサンシャイン-輝きの向こう側へ-編が始まるぞ!お楽しみにね!


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