ラブライブ!~輝きの向こう側へ~   作:高宮 新太

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血の鎖ってヤツ

「えっと、じゃあどこ行こうか?」

「穂乃果はね!雪ちゃんが行きたいところに行きたい、な?」

「なーにが、行きたい、な?よ!雪?今日は私のお願い聞いてもらうんですからね!」

 うーむ。困った。

 お爺さんの家に来て三日目。明日は朝一番にまた飛行機で帰るということを考えれば確かに自由に遊べる日は今日しかない。

 それを汲んでか、お爺さんも今日ばかりは畑の手伝いをしろとは言わなかった。

 だからここぞとばかりに、迫ってくる二人に僕は強くは言えない。

 ツバサさんはともかく、穂乃果なんて僕が無理言ってついてきてもらっている立場なんだし。

「なにさ!ツバサさんなんて本当は誘われてないんだからね!本当は、穂乃果と雪ちゃんの二人っきりだったんだから!」

「いや、二人っきりではないと思うけど」

 お爺さんに会いにいくという目的だったわけだし、それに姐さんだっていたし。

 ていうか今もいるんじゃないのそこらへんに。

 なぜか姐さんの姿は今はこの家には見当たらず、できれば観光地を案内とかしてもらいたかったんだけど。

 あれかな、面倒を察知して雲隠れかな?

「まああの姐さんだし。素直に観光案内とかされたら、逆に心配するけれどさ」

「ちょ、雪ちゃん!その名前出さないで!」

「そうよ!いつ、どの死角から脅してくるかわかんないんだから!」

 うわー、姐さん完全に妖怪認定じゃないっすかー。どんなことしたらそこまで怯えられる存在になるわけ?ちょっとした伝承レベルだよそれ。

 なんて言っていると経験上、本当に出てきそうではある。

「とにかく、今日は。今日こそは。穂乃果と雪ちゃんの二人っきりで遊ぶんだから」

「ちょっと!何さらっと私を外してるわけ!?」

 いや、遊ぶのはいいんだけど。

 さっきから、ちっとも議題が進みやしない。どこに行くかっていう問題が、一向に解決しないのである。

 出来の悪い会社だなあ、なんて他人事のように思うけれど。

 きっとその原因は僕にあるんだろう。

「ねえ、雪ちゃんはどこ行きたい?」

「本当に、雪の好きな所でいいのよ?」

「えっと、困ったな」

 気を遣われているのか、それとも本気でそう思っているのか。

 真偽のほどは定かではないが、そう言われて僕は困るタイプの人間だということはきっと二人はわかっているはずだ。

 わかっていながらそれでも僕に決めさせようというのだから、なんだか裏でもあるのかと勘ぐってしまう。

 

 だって本当に行きたい所なんてわからない。

 

 この土地に何があるのかわからないということではなく、もっと根本的な問題として。

 僕は、どこに行きたいのかがわからない。

 昔から自分というものを持っていなかった。どこそこに行きたいと口にしたことも、思ったことすらない。

 それは異常だ、とそう言われればそれまでなんだろうけど。

 でもだって。それが普通だったんだからしょうがないじゃないか。その異常が、僕にとっては日常だったんだから。しょうがないじゃないか。

 なんて拗ねてみせても、状況は変わらず。

「・・・・」

 今まで考えても出てこなかったものが、急に出てくるはずもなく。

 僕はただ、押し黙ってしまうばかりだ。

「そ、そんなに難しく考えなくていいのよ!もっと、こう!軽く!ふわっとなんかないの!?」

「んなこと言われたって」

 ツバサさんが空気を察知し、僕に発破をかけてくれるけれど。それに僕は答えることができない。

 きっと、僕のこんな性格をなんとかしようとしてくれているのだろう。もしかしたらその為にこんなとこまでついてきてしまったのかも。

 

「・・・大丈夫だよ雪ちゃん」

 

 そんな僕の状態をみて、穂乃果は口を開く。

「大丈夫、皆ちゃんと雪ちゃんを待ってるから。おいていくなんてしないから」 

「・・・穂乃果」

 

 その言葉は、きっと本心で。

 

 その言葉は、きっと総意なのだろう。

 

 いや、だったらいいな。

 

 そうだったら、いいな。 

 

「じゃあ、もうちょっと考えさせて」

 

 なんて希望的観測に浸りながら、僕はそう言った。

 なんだかちょっと恥ずかしくて、頬を搔いてしまう。

 そして、そんな「待った」を言えるってことは少しは成長したってことでいいんだろうか。

 少しは自惚れても、いいんだろうか。

「うんうん!たっぷり考えなさい!私は雪が行きたいところならどこでもいいから!」

 うーん、ツバサさんのそのセリフがプレッシャーになるんだけど。自覚はなさそうな顔だ。

 なにせ、とっても嬉しそうなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんてことをやっている間に、すでに太陽は昇りもうすぐお昼の時間だ。

 うん。全然思いつかないな。びっくりするほど頭が真っ白だ。

「あなたねえ。生徒会の時はどうしてるのよ」

 あまりにも考えこんでしまう僕に呆れた様子のツバサさんは朝の優しさを忘れてしまったらしい。

 この間に、洗濯物を手伝ったり、掃除を手伝ったり、洗い物を手伝ったりしていた二人はついにやることもなくなりただぬぼーっと天井を見つめるマシーンと化していた。

「生徒会の時は、だって、みんながそういうの考えてくれるから」

 レクリエーションであったりタイムテーブルであったり。そういうある程度自分で考えなさいってやつは全部みんなに任せていた。

「まったく、今度会ったら甘やかさないようにってちゃんと言っておかなくちゃ」

 ぶつぶつと呟く言葉の端々からそろそろ決めてくれない?な空気がビンビンに伝わってくる。

 でもなー、したいことが本当にないんだから仕方がない。

 遠慮してるわけでも、ここで出来ないことがしたいというわけでもなく。

 本当にないんだ。ゼロだ。ゼロ。

 この数時間でわかったことはただそれを再確認しただけで。

 結局、僕がしたいことってのは見つかることはなかった。

 だから、それは本当に僕にとっては救いだったんだ。

 

「あれ?伊織ちゃん?」

 

 縁側の向こう。広い庭園にいるはずのない少女がそこに立っていた。

 昨日、お母さんに連れられて元気に帰っていった少女。

「どうしたの?学校は?」

 ピンクのリュックサックに、麦わら帽子。黄色い水筒が目を引く出で立ち。

 僕は気になりつつも庭に出てしゃがみ、伊織ちゃんと同じ目線になって尋ねた。

「・・・・」

 けれど、伊織ちゃんはフルフルと首を横に振るだけで口を開いてはくれない。

 格好からして、元々今日は学校ではなかったのだろう。きっと、遠足か何かかもしれない。

 でも、どのみちここにいるのはおかしいわけで。

 

「お兄ちゃんたちさ、今日これから遊びに行くんだけど、どこかいい場所知らない?」

 

「ちょっと」

  

 そのツバサさんの「ちょっと」は、ちょっと何も事情聴かないで、のちょっとなのか。それともちょっと自分で考えなさい、のちょっとだったのか。判別はしかねるけれど。

 でも、ほら。やっぱり、僕には向いていないってこういうの。

 人には、向き不向きがある。そして僕は自分から何かを選ぶということが致命的なほどに不向きなのだ。

 それがわかっただけで、ねえ?

「・・・植物園」

「おっけ、じゃあ今から行こうか」

 消え入るような声でそう呟いた伊織ちゃんの声を僕はしっかりと見逃さない。

 ついでに、後ろでため息をついているツバサさんも、なんでか笑顔の穂乃果も。

 そして。

 

「遅い」

   

 玄関開けたら二秒で蹴りを入れられた姐さんも。

 ていうか、なに?朝から待ってたわけ?玄関で?ずっと?僕たちが出てくるのを?

 汗だくになった姿をみて僕は思う。

 バカなんじゃなかろうか。

    

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで僕たちは一緒にお弁当を持ち寄って、植物園へと来ていた。

「わー!すごいよ雪ちゃん!シロクマ!」

「うん、そだね」 

 どうやらここは動物園と植物園が同じ敷地内にあるようで、入り口から近い動物園へと僕らは立ち寄る。

 そこまで大規模な動物園ではないし、特別な動物がいるわけでもないんだけど穂乃果は物凄くはしゃいでいる。

「よくはしゃげるわねえ。この年にもなって」

 対してツバサさんは冷めてるご様子で、あまりテンションは上がっていないようだ。

「あ、ツバサさん。ふれあいコーナーあるみたいですよ」

「え!?嘘!?どこ!?」

 僕が指さす前に自力で見つけると、ツバサさんはさっさと一人でふれあいコーナーへと走っていってしまった。

「ふわぁぁぁぁぁ!」

 楽しそうで何よりです。

 うさぎたちと幸せそうに触れ合うツバサさんをみて、そういえばと思い出す。

「あれ?姐さんは?」

 残ったのは僕と伊織ちゃんと姐さんのはずなんだけど、その内の姐さんが見当たらない。

「あっち」

 すると、伊織ちゃんが指し示す。

 ふれあいコーナーを。

「姐さんも行くんだ・・・」

 なんか、ちょっとイメージになさ過ぎてどう受け取ればいいのかわかりませんでした。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで無事、動物園コーナーを抜け。

 森林生い茂る、綺麗な植物園コーナーへと僕たちは足を踏み入れていた。

「きゃー、雪!虫よ!虫!」

「え?あ、うん。そですね。虫ですね」

「きゃー、雪ちゃん!ハチだよ!ハチ!」

「あ、うん。そだね。ハチだね」

 そりゃ植物園なんだからハチくらいいるでしょ。ミツバチだから大丈夫だよ。

 なぜだかいつの間にか手を繋いでいた伊織ちゃんのポジションを二人が見事に埋めていた。

「きゃー、雪!花よ!花!」

「いやおかしいでしょ!植物園なんだから花くらいあるよ!ていうか、それがメインだよ!」

 なんだろう、両端から謎のプレッシャーを感じる。お前らニュータイプかよ。

「・・・お腹すいた」

「そうだね。お昼にしようか」

 ポジションを取られて若干不機嫌になった伊織ちゃんが不機嫌そうに声を出す。

 僕はそんな少女のご機嫌を取るべくキョロキョロと座れそうな場所を探した。

「ふっふっふ。そんなこともあろうかと、これを持ってきたわ!」

 そう得意げに言うと取り出したるはレジャーシート。

 流石ツバサさん。略して”さすツバ”。用意がいいね。  

「よし、じゃあ景色がいいところを探そう」

 せっかくの植物園だ。場所取りは大事だよね。

 そこではたと、僕はまた気づく。

「そういえば姐さんは?」

「あっち」

 そしてこれまた伊織ちゃんが示す先には姐さんが。

「なんだ、こんな所にいたら踏まれちまうぞ。そら」

 てんとう虫を逃がしてあげる姐さんがいた。

 

「いやどんだけ!?どんだけキャラに似合わないことするんだよ!違うだろ!姐さんはもっとこう非道で嗜虐的でもっとこう荒々しい悪魔みたいな人間だろ!?」

 

「お前私をどんな風に見てたんだ!!」

 

 えー?軽く言って不良?

 口に出した瞬間に、ドロップキックが飛んできました。       

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爽やかな風が吹くゆったりとした昼食タイム。

 殺伐とした空気が流れてなければ、最高のお昼なんだけど。

 そんな殺伐とした空気を出している姐さんは放っておいて、僕らは優雅にお昼としよう。

「これ!ほら!この玉子焼き!穂乃果が焼いたんだよ!」

「うん、知ってるよ。手伝ったからね」

 そんでもってほとんど僕がやったからね。

「ちょっと雪!こっちのガランティーヌもちゃんと食べてよ!」

「いやそっちは知らないな!」

 ガラ・・・なんだって?全然知らない!全然字面だけでどんな料理かわかんねえよ!

 ていうかこんな片田舎で何作ってんの!?何そのセレブアピール!?

「ほら!早く食べなさいよ!」

「待って待って!どう食べればいいの!?ていうか何料理なのそもそも!?」

「早く食べなさいと冷めちゃうよ!」

「うんお弁当って基本冷めてるけどね!!」 

 ぐいぐいと両頬に突っ込まれて痛い。せめて口に入れてくださいませんかね!

 だから、この状況から逃げる道は。 

「い、伊織ちゃんのお弁当も、美味しそうだね?」

 伊織ちゃんしかない。

「うん。お母さんが、作ってくれたから」

 おお、よかった。ちょっと機嫌が直ったみたいだ。

 嬉しそうに微笑みながらミートボールを頬張る姿を見て、僕はほっと胸をなでおろす。  

「ほんとはね。芋掘り遠足だったんだ。お母さんたちと一緒に行く」

 その一言で、僕は察した。 

 ああ、きっとそこにお母さんはいなかったんだろう。と。

 忙しそうな、見るからにキャリアウーマンっぽいお母さんだった。仕事か何かが急に入ってしまったのかもしれない。

「そっか」

 それ以上追求することはしなかった。

 しなかったのに、伊織ちゃんは口を閉じようとはしない。

「朝までね、一緒に行くって約束してたのにね。お母さんお仕事だって」

 見ると、伊織ちゃんは泣いていた。

 雫がポロポロとこぼれ落ち、頬を伝う。

 僕は慰めればいいのか、涙を拭けばいいのか分からずにただ、「そっか」と息を吐くことしかできない。 

 隣にいるツバサさんも、あの姐さんでさえどう声を掛けていいかわからない。そんな様子だった。

 ただ、こういう時に。 

 真っ先に頼れる女の子が僕にはいた。

 いつもそれに振り回されていたし。いつもそれに助けられていたように思う。

 

「じゃあさ!海に行こう!!」

 

 スクッと立ち上がったかと思うと、暗い雰囲気を一辺に吹き飛ばしてくれる。

 そんな嵐みたいな、女の子が—————————。

 

 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海だーーーーー!!」

  

 四月のこの時期の海とあって、流石に浜辺には人っ子一人いない。

 どうして僕らはこう、まともな時期に海に行かないんだろうか。真姫ちゃんの別荘に行った時くらいじゃないか?真夏の海って。

 潮風に吹かれ、身震いしながら僕は浜辺に腰を下ろす。

「キャーーー!」

「つめたーい!」

「やったわね!」

 三人の甲高い声を聞いていると、さっきまでの空気が本当に嘘のようだ。

 ずっと浮かない顔をしていた伊織ちゃんも、今は本当に楽しそうで。

 それを遠目から眺める僕らは、まるで子供を見守る親みたいだ。

「どうだ。女子のキャッキャウフフな光景は」

「変な言い方しないでよ。姐さん」

 最初の頃から比べれば、ここ二日で大分マシになった姐さんとの会話。

「・・・・」

「・・・・」

 時々止まるけど、でも、以前のような居心地の悪さみたいなものはもうない。

 ここから、少しずつ。マシになっていくのだろうか。

 今はまだ、そこに答えは出せないけれど。

「どうなんだよ。結局」

「なにが?」

 質問の意図がよくわからず、僕は聞き返す。

 いつもはっきりくっきりばっさりの姐さんらしくない、言い淀んだ質問だ。

「言わなきゃわからないのか?」

「・・・・そりゃわからないだろ」

 別に僕がエスパーというわけでもなければ、姐さんと以心伝心できるほど心を通わせた自覚もない。

 それでも、少しだけ心当たりがあるのはなぜだろう。

「どうするんだよ。今のままじゃいられないのは、お前だってわかるだろう」

 依然として、核心を突いた言い方はしない。あくまで、最終的な決定権を僕に任せたまま。

「どうするって言われても、どうしようもないのが現実でしょ」       

 そのまま、僕も相手の土俵に乗っかって話を続ける。

「そうやって、相手の出方を伺って。何かいいことあったか?」

「少なくとも、悪いことはなかったよ」

「いつまでびびってるんだ。お前は」

「いいじゃないか、怖がったって。それの何が悪いってんだ」

「お前、何でここまで来たんだ。何かを、決断するためじゃないのか」

「独りよがりな決断なんて、何の意味も持たないよ」

 噛み合っているようで、実質嚙み合っていない会話は。

「・・・」

「・・・」

 やがて沈黙を呼ぶのには最適な会話だった。

 姐さんは明らかにイラついていて、僕は体育座りから抜け出さない。

 姐さんの言うことはもっともで、的確に、そして明確に的を得ていた。 

 確かに僕は何かを決断するために、そして、何かを変えるためにここにきた。

 自分のルーツってやつを知れば、何かが勝手に変わるのだと。そう期待して。 

 だから考えるよりもまず、足を動かそうとして。でも結局できなかった。

 だって、そういう生き方を僕はしてこなかったから。いつまでもいつまでも、うじうじと考えて。

 そうして出した結論に、いつまでもケチつけてる。

 そんな人生だったから。

「イイ人たちでしょ?」

「・・・そうだな」

「本当に、僕には勿体ないくらいの。イイ人たちなんだ」

 もう、釣り合わないとか。なんで僕なんかの側にいてくれるのかとか。まあ、たまに寝る前とかふと考えたりするけれど。

 それでも、それに囚われるようなことは無くなった。

 まあ、これだけ生きてて前進したのなんて。前進したと実感できることなんて、それくらいしかないのだけど。

「だからこそ、怖いんだ。安易に出した結論が。全てをぶち壊しにするんじゃないかって」

 それが怖い。それだけが怖い。

 自分が一人になるのはいい。自分が破滅するのはいい。

 だって、自分だったら頑張ればいいだけの話だから。自分が我慢すればいいだけの話だから。

 そんなものはいくらだってできる。

 だけど、他人だとそうはいかない。

 自分は何もできないし、見てるほかない。

 それが、どうしても怖い。自分の手でそうなってしまうことが。

「・・・そうか」

 姐さんは黙って聞いていた。さっきまでの問答なんてなかったかのように。

 ともすれば最低な、自分のこと以外の気持ちを何も考えていない。ただの、僕の感情を。

「ふーん」

「・・・なに?」

 じっと、僕を見つめてくる姐さんの視線が居心地悪い。

「いいや、大事なんだな。と思ってさ」

 貶すようでも、冷やかすようでもなく。

 ただ、純然たる事実だと、そう言うように。

「良かったな。そういうやつらに出会えて」

「・・・うん」

 二人して、海を見ながら。

 揺れる波の音と、三人のはしゃぐ声をBGMに。

 中学の頃を思い出す。

 本当に何もなかった。あの空っぽの時代を。

 色で言えば灰色の、あの時を。

「まあ、考えて出した結論なら。私は応援するよ」

 そんな時間を過ごしながら、姐さんは立ち上がる。

 きっと時間にして数秒の、けれど永遠にも感じられたその時を断ち切るように。

「なんか偉そうだ」

 そんな態度が気に入らなくて。僕は不満げに声を漏らす。

「偉そう、じゃなく、偉いんだ」

 パンパンと、ズボンについた砂を払いながら姐さんは言葉を続ける。

 相変わらず、イヤミったらしいほど長い脚だ。

 

「姐さんだからな」

 

 何気なく言われたその一言に、僕は不覚にも、どうしようもなく泣きそうになる。 

 まるで今、ようやく本当に僕らは家族になれたようなきがして。  

「もう、私はいらないんだな」

 だからこそ次の一言を逃した。僕だけじゃなく、姐さんの切ない声を。     

「あっ」

 なんて言葉を返そうか、迷っている間に。

 姐さんは「おら、そろそろ帰るぞー」なんてお母さんみたいに三人を呼びに行く。

 その後ろ姿を見ながら、僕はもう一度ここに来ようと思った時のことを思い出して。

 ここに、来てからのことを思い出して。

「よし」

 ちょびっとだけ、勇気が湧いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕陽が綺麗に赤く染まる中、人もまばらな電車の中。

「ねえ、何を話していたの?」

 席は一杯空いているのに、僕の膝の中で眠る伊織ちゃんと。

 僕の右肩で居心地良さそうに腕を抱きながらスースー寝ている穂乃果。

 となれば、残るはツバサさんで。

「何って、別に、大した話じゃないですよ」

 姐さんは、いつもならくっつきすぎだと怒るのに。今はただ、黙ってドアに寄りかかっている。

「そう、教えてくれないのね」

 少し寂しそうに、けれども少し嬉しそうにツバサは口を開く。

「でも、良かった。無理矢理にでもついてきて」

「いや、本当にそうですね」

 良かったという部分にではなく、無理矢理にという点に同意する。 

「学校じゃあ知れないあなたのこと、沢山知れたもの」

 瞳を閉じて、ツバサさんはそう言った。

 一体、僕のどんなことを知ってしまったのか聞いてみたい気持ちは臆病風に吹かれて消えたけど。

 ツバサさんは瞳を閉じたまま。僕の肩に寄りかかってくる。

 そうして、一日が終わる。

 明日はもう、帰る時間だ。   

 

 




どうも皆さんフレームアームズガール!高宮です。
一か月ぶりだというのに、後書きに書くネタがなんもない。この一か月何してたっけ?と、自分で思い出せません。重症だと思います。
ということで、次回もよろしくお願いします。 

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