「ウチを継げ」
そう目の前のお爺さんに言われて、僕はあまりに想像してない言葉だったせいで頭の中が真っ白になる。
家の前にある田んぼはそれは立派なものだった。
広さもそうだが、なんというか血と汗の結晶というのはこういうことかと肌で感じて。
そして自分にはそんなものがないから、だからより一層その凄さが身にしみた。
「・・・・・・・」
それはわかってる。
この田んぼに人生をかけてきたとお爺さんは言った。
それもわかってる。
きっと後継者不足でそこで僕のことを思い出したのだろう。
急に呼び出してきた理由もわかる。
でも。
「少し、考えさせてください」
僕は、はい。と首を縦には触れなかった。
「あ!雪ちゃん!!」
「終わったの?」
「あ、うん」
姐さんと一緒に他の部屋へと移動していた二人の元へと戻った僕は。
「なんの話だったの?」
当然沸くその穂乃果の質問に。
「うん、ちょっとね」
「・・・・・・・・」
曖昧な返事と、曖昧な笑顔でごまかした。
まるで人生の縮図だ。と思う。
こうやってきっと僕はずっと生きていくんだろうな。
なんて悟ったような事を思っていると。
「・・・・・・」
「えっと、ツバサさん?」
近いな。単純に、距離が。
さっきからジト目で僕の表情を、一挙手一投足を見逃すまいと見つめ続けるツバサさんに僕は目を合わせられない。
「ふーん」
そんな僕の仕草に思うところがあるんだろう。ツバサさんは距離をとってくれたけど、訝しむ目線は変わらない。
どころか激しくなった気さえするのは、やっぱり僕がやましいことがあると思っている証拠だろうか。
「皆さん、お腹すいたでしょう?」
僕よりちょっと遅れて、おばあさんが部屋に入ってくる。
「はい!!凄く!」
流石穂乃果、遠慮という言葉を知らない。
とはいえ、僕らは朝から何も食べていないということに、ようやく今気づいた。
穂乃果のがっつきようも仕方ないか。
かくいう僕だっておなかが減った。
どれだけ悩んでいたって、どれだけ深刻な場面だって。
おなかは空くんだ。
「ウチで取れた野菜、食べていきなさい」
寡黙で怖い雰囲気さえあるお爺さんとは対照的に、おばあさんは優しくて暖かい笑顔とともに僕らを居間へと連れて行ってくれる。
「手伝います」
「あら、ありがとうね」
ツバサさんが先ほどの僕への表情とは打って変わってアライズのツバサさんのように綺麗な笑顔でおばあさんを手伝う。
キッチンには普段使いしているのが伺えるような使用感。居間は和室で、ていうかきっと全部和室だろうけど、大きなテレビと大きな机がデン!と居座っている。
なんか、部屋が多い割には部屋の模様は変わらない。そういう風にしているのか、それともめんどくさいのかはわからないけど。
「うぐぐ・・・わ、私も!私もなんか手伝います!」
何を感じたのか、見るからに焦った様子の穂乃果がキッチンへと駆け寄ると。
当然ながら、僕と姐さん二人きりの空間になる。
「なあ、お前あの二人の事どう思ってるんだ?」
「はい?」
思わず飲んでいたお茶を吹き出すくらい、それは突拍子もなく、また姐さんのイメージにあまりにもかけ離れた質問だった。
「こんなとこまでついてくる女の子なんてそうそういないだろ。あのー、なんだっけ?ツバサ?なんてほぼほぼストーカーだったじゃねえか」
言っちゃったよ!!結構なタブーを!!誰も言えなかったことをさらっと言いやがったよこの人!!
「で、どうなんだよ」
「どうって言われても・・・」
僕は目をそらすことしかできない。その目線の先にはキッチンでぎゅうぎゅう詰めになっている二人がいたけど。
一体どう思ってるか?そんなの僕が聞きたい。
彼女たちのことをどう思っているかなんて一言では言い表せないってこともあるけど。
きっと一言じゃなくても僕はそれを言葉にはできないんだろう。
だって、言葉にしたら————————。
きっと、何もかもが変わってしまうだろうから。
少し早い晩御飯は、今までの人生のどの晩御飯よりものどを通らない晩御飯だった。
会話がないわけではない、おばあさんと穂乃果。おばあさんとツバサさん。
特筆すべきことを話していたわけではないけど、さりとて不自然な会話でもなかった。
普通に世間話。それを普通じゃない雰囲気にしていたのは、きっと会話に参加していなかった三人だ。
僕はずっとお爺さんの言葉が脳内に反芻していたし、姐さんは姐さんできっと思うところがあるんだろう。
この数時間でお爺さんが自分からあまりしゃべらないなんてことは分かりきっていたから、この三人に会話はない。
そんな空気が伝染していったのか、次第に穂乃果たちの口数も減り、最後には誰もしゃべらなくなった。
(ちょっと!!)
そんな空気に耐えられなかったのだろう。右隣にいるツバサさんにおもいっきり足を踏まれた。
(・・・なんですか?)
(なんですか?じゃないわよ!なにこの空気!なんでこんなに心臓が痛いのよ!なんでこんなにしんどいの!?)
小声で聞こえないように最大限配慮しながらも、僕相手にスパークするツバサさん。
確かにしんどいのは同感だ。最早晩御飯の味などわからない。
(雪!あんたちょっとくらい喋りなさいよ!)
そういわれてもなあ。大体何を喋ればいいのか。今まで一度も連絡を取ったことなんてないし、昔話なんてあるはずもない。
そもそも僕は初対面の人とスムーズにコミュニケーションが取れるほど卓越してなどないのに。
(家族でしょ!そんなん晩御飯おいしいね、とかそんなんでいいのよ!)
どうやらだいぶ精神的に参っているらしく、ツバサさんの形相は鬼のようだ。
家族、家族か。
本当にそうなのだろうか。
いやもちろん、血はつながっているんだろう。実感なんてないが。
似ているところなんて見つからないし、別に見つけようともしてないけれど。
家族なのだという感覚は、正直ない。
(あ・・・っと、ごめん)
僕の表情が暗かったせいだろう。ツバサさんは、はっ、と何かに気づいたように僕に気を使ってくれた。
ああ、こういう時だ。こういう時に自分が一番嫌になる。
「これ、おばあさんたちが収穫したんだよね」
そんな自分を払拭するように僕は結構な勇気を振り絞って会話の糸口を見つける。
「え、ええ。ちょうど今が旬の野菜をね」
食卓には色鮮やかなキャベツや、ホクホクのジャガイモなどが並んでいる。
味はよくわからないけど、きっとこの状況じゃなきゃ美味しいと思うんだろうな。
・
・
・
結局、頑張った甲斐も虚しく会話は長続きせず食事は終了した。
「・・・・・つ、ツバサさん」
「高坂さん・・・・私達、頑張ったわよね」
「もう、疲れたよ・・・パトラッシュ」
「なんでボケる体力はあるのよ・・・」
二人はぐでーっと机の上に倒れこんで意気消沈といったご様子。
ごめん二人とも。僕の力じゃどうしようもなかったよ。
「・・・・・・」
そしてその空気を作り出している一人。
姐さんはずっと黙ったままだ。
色々な思いは、きっと僕よりも多いのだろう。
積み重ねた思い出も、ここで過ごした日々も。確実に僕よりも多い。
「風呂・・・入るか」
「!」「!?」
そんな姐さんがやっと口を開いたかと思えば。
僕のほうを真っ直ぐ見て、真剣な表情で言うからツッコミづらいな。
ほらもうー、さっきまで死んでた二人が蘇っちゃったじゃないか。
僕への視線が突き刺さるように痛いんデスケド。
「入るわけないだろバカ」
冷たくあしらう僕に。
「いいじゃないか、姉と弟だぞ?」
えー、なんだってこの人説得してくるの?しかも表情が真剣だからガチかと思われるじゃん。
「だ、ダメダメ!もう高校生ですよ!」
痛い穂乃果。そんなに力強く腕を引っ張らないでも入らないから。
「そうよ!姉だか、知らないけどね!ポッと出てきて勝手すんのも大概に・・・・」
「ああ!?」
右隣に来たツバサさん。最初の威勢はどこへやらで、姐さんの威嚇に借りてきた猫状態だ。
「うう・・・」
「ま、負けないでツバサさん!」
おいおいおーい?何故に二人して僕の背中に隠れるの?姐さんの虎のような目線が全部僕に注がれてるんですけど?ただでさえ居心地悪いのに、さらに悪くなりそうなんですけど?
もう、帰っていいですかね?
「チッ、もういい。お前ら来い」
「はい?」「え?」
唐突なご指名に二人とも面食らっている。僕?僕はほら、もう脱出態勢に入ってますから。
「拒否権はないぞ」
怖い顔。中学時代によく見た顔だ。
「ひゃい」「・・・・まあ、雪よりましか」
ツバサさんはげっそりと、穂乃果は怯えている表情で了承するしか道がなかった。
ご愁傷様と心の中で手を合わせて、僕はその部屋を後にした。
「つ、疲れた・・・・」
「」
なぜにお風呂に入る前よりもげっそりとしてるんだろうか。穂乃果に至っては白目をむいて今にも魂が天に昇りそうな勢いである。
僕?僕はずっと黙ってテレビを見てました。内容は頭に入ってはこなかったけれど。
対して姐さんは何か目的を達成したのか、少し満足気に見える。
「ほら、フロ空いたぞ」
簡潔に僕に促してくる姐さんと、また姐さんと三人っきり(おばあさんはいるけど)になると知り驚愕に顔を染める二人を見送りながら、僕はお風呂へと向かった。
「ええー・・・」
道は教えてもらったので向かうと、そこにあったのはお風呂である。
いやまあ当然なんだけど、お風呂といっても檜風呂。しかも外を見るとあれだ薪をくべるタイプのやーつだった。
あるんだ。こういうの本当に、この現代に。
そういえば最初の出だしも電報だった。それを思うとこれも当然だという気さえしてくるが。
まあ何はともあれ、流石にお風呂はこれ一個しかないし入らないという選択肢もない。
「どうすんのこれ?」
ないのだが、いかんせんやり方がわからん。
ああ、姐さんが一緒に入るかと真面目な顔で言っていたのはこれか。僕一人じゃ物理的に入れないと。
ようやく意味が分かった時にはもう遅い。一人でやらなければ。
「ってあれ?」
そう思って薪をくべるべく釜戸へと来たのだが。
「炎、ついてんじゃん」
てっきり消火されていると思っていたけど、案外炎は轟々と燃え盛っている。
というか、燃え盛りすぎじゃね?ちょっとした火事くらいに燃えてるんだけど?大丈夫なのこれ?
こういう釜戸で焚くお風呂って初見じゃ火加減わかんないよね。
とにかく、火がついているというのなら何も問題はない。熱々の檜風呂、ちょっとワクワクする。
「ええー・・・・」
先ほどと同じ反応で申し訳ないけど、こればっかりはしゃーない。
だって、ワクワクしてお風呂の脱衣場で服を脱ぎ、ワクワクしてお風呂の扉を開いたら。
ガッツリお爺さんが入っていたんだもの。僕のほうを驚いたように見ていたんだもの。
いやどこの国のTOLOVEる!?少なくともこの国のTOLOVEるじゃないよ!
心の中でスパークする僕の表情は引きつったままだ。
勿論、お爺さんの表情も引きつったままだ。
・・・ちょ、待ってよ。入ってるなら入ってるって言ってよ。いや確かに姿が見えなかったけどさ。
もう寡黙とかそういうレベルじゃないよ。軽いホラーだよ。心臓止まりかけたよ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
流れる空気は最悪で、間違いなく僕が生きてきた中でベスト3に入る気まずい瞬間だ。
そんな中、裸で突っ立っている僕を気遣ってくれたのか、お爺さんは黙ってスッとスペースを空けた。
いや入れと!?今日会ったばかりのほぼ他人レベルのお爺さんとお風呂一緒に入れって!?それどんな拷問だよ!?
はい当然のように断れませんけどね!!
僕は、渋々お湯に全身浸かる。
ていうか炎がついていた時点で察するべきだった。あの姐さんが僕のために火を残してくれてるはずなかった。
ああー、全然癒されない。この時間が地獄でしかねえ。
くそー、さっきまでのワクワク返せよー。完全に前フリになっちゃったじゃねえかよー。
せっかくの檜風呂も、せっかくの一人の時間も台無しだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
スキップ!イベントスキップ機能を!!はよ!!
「お前・・・・」
「はい?」
瞳を閉じてただただ時間が過ぎるのを願っていると、ふと、お爺さんが口を開く。
「いや、なんでもない」
・・・いやなんだよ!!なんでいいかけてやめるんだよ!!意味深なことやってんじゃねえぞ!!
「・・・・・」
またダンマリだよ!好きだなそれ!!
あ、ヤバい。これ疲れる。心が二倍増しで疲れる。
無常の心でさざ波をたてずに行こう。
「クシュン」
・・・いやくしゃみ!!女子か!
「ふー」
おもむろにお爺さんは立ち上がって、どうやら頭を洗いに行くようだ。
シャンプーをとって、泡立てる。シャワーを・・・シャワーを・・・・いや、そっちじゃなくて、もっと右・・・いや、行き過ぎ行き過ぎ、もっと真ん中、あ、惜しい!
ってなんやねんコレ!!なんで僕がお爺さんのシャワーに一喜一憂しなきゃなんねえんだよ!
そんでスッととれよシャワーくらい!!てめえん家だろ!!
ああもう無理!無の心とか僕には無理!!
上がろう。これ以上ここにいたら、僕の心は壊れてしまう。
「雪ちゃん!お帰り!」
「うん・・・ただいま・・・」
「なんでアナタまで疲れてるのよ」
色々あったんだよ。聞かないでよ。
「そんでさ。僕からも一つ聞いていいかな」
僕がお風呂から上がって、確実に部屋には変化が起こっていた。
穂乃果、ツバサさん、そしておばあさん。
うん、ここまではいい。さっきと何ら変わらない。
見た目にも、空気にも。明るくなったとは思わないし、暗くなったとも思わない。
「で、この子誰?」
なんだろうなあ、なんでこう僕の人生はスッと物事が終わらないんだろう。なんで絶対面倒ごとがあるんだろう。
自分の人生が嫌になるのはこれで何度目か。
それでも結局やるしかないんだ。だって、ほかの誰でもない。自分の人生なのだから。
「あ、まだ続くんだこれ」
でもたまにはなんの問題も起こらずに終わってもいいんじゃないでしょうか?ねえ?
どうもオルガアアアアアアア!!高宮です。
なんだろうなあ、一か月ぶりだというのに僕の日常が驚くほど変化してない。
浪人決まったくらいでなんの変化もないわー。なにも書くことがないわー。
でも大丈夫、鉄華団なら退社後のアフターケアも完璧だから。
ということで地球にのこったタカキと家族ぐるみの付き合いをしたい僕を次回もよろしくお願いします。