ラブライブ!~輝きの向こう側へ~   作:高宮 新太

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番外編 人生ってめんどくさい。息をするのもめんどくさい。ああ、飼い犬になりたい

「ゆーきちゃんっ♪」

「凛」

 桜が舞い散る四月。だんだんと温かくなっていく気候に準ずるように、僕らの中に流れる空気も穏やかそのものだ。

 背丈や知識、他にもいろいろなものがちょっとずつ成長した僕らは。

 そんな穏やかな四月に、晴れて高校三年生になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで?仕事のほうは慣れた?生徒会長」

「うぇぇ。全然だよぉ」

 穂乃果達が卒業して、音ノ木坂の第何代目かの生徒会長に、凛は選ばれた。

 選ばれた当初はそれはそれは張り切っていたものだが、今ではすっかり消沈している。

「雪ちゃんは二期連続でしょ?疲れないの?」 

 対する僕の方はというと、未だに生徒会長と呼ばれている。一年のころからだからもう約二年はやっていることになる。我ながら感心だ。

 最初に引き受けた時にはまさかここまで長くやるとは思ってなかった。

「ほら、僕はもう慣れちゃったから」

「いいな~」

 いいな~って、別に今まで苦労がなかったわけじゃないんだよ?

 まさにぐでーっとした表情を浮かべる凛に苦笑する。

「それより、今日は一体全体どうしたのさ?」

 凛と僕がいるのは音ノ木坂の中庭。そこに僕は凛に呼び出されていた。

「いや、ちょっと疲れたから雪ちゃん成分を補充しようと思って」

 なんだその成分は。俺の体から何か特殊な光線がでているとでも言うのか。

「あ!やっぱりここにいた」

 そういって声を上げるのは花陽。花陽は生徒会では書記に所属している。

「げ!」

 きっと隣で僕を盾にしている生徒会長を連れ戻しに来たのだろう。

「ほーら、お仕事たまってるんだよ。真姫ちゃんに怒られるよ?」

「いーやーだーにゃー。真姫ちゃんに怒られるのもお仕事するのも嫌だにゃー」

 花陽にズルズルと引きずられていく凛を手を振って見守る。

 その姿が過去の自分と重なって、ああ僕もああやって書記さんに怒られたなーとか、いやに仕事の効率悪かったなーとか。

 舞い散る桜に、郷愁にかられる。

「雪ちゃん助けてー」

「頑張ってー」

「うらぎりものー」

   

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう!ちょっとぐらい休憩したっていいじゃん!」

「そういうのは入学式の準備が終わってから言って頂戴」

 目の前の真姫ちゃんは本当に焦っているのか、いつもよりカリカリしている。

 生徒会長のネームプレートが置かれている席には山のように書類やらなんやらが積まれていて、それを見るだけで体中のやる気が吸い取られていく気分だ。たぶん元気玉一つ分くらいは吸い取られている気がする。

「雪ちゃんに手伝ってもらおうよー」

「駄目だよ凛ちゃん。これは私たちの仕事なんだから」

 かよちんに優しく、けれど確実に、諭される。

「でもー」

「そんなこと言ってる暇あったら仕事して、生徒会長」

 パラリとまた一枚、目の前に書類が積まれた。

「生徒会長ってもっと派手だと思ってたー」

「何言ってるのよ。穂乃果達見てたでしょ?」

「そうだけどー」

 真姫ちゃんはただ黙々と目の前の仕事を片付けている。

 真姫ちゃんも、かよちんも、ちょっとだけ大人になったとふとした時にそう思う。二年という月日が、それを感じさせる時がある。

 ちょうど今みたいに。

「よーし!じゃあこの仕事が終わったらみんなでミントンするにゃー!」

 凛は、それがちょっとだけ寂しかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 UTXの自習室には今年受験生を迎える三年生がちらほらと。

 かくいう僕もその一人。去年まではツバサさんやら英玲奈先輩なんかに勉強を教えてもらっていたから、あまり使う機会がなかったがもう二人は卒業してしまった。

「んー」

 ペンを置いて一つ伸びをする。凝り固まった肩がボキボキと音を鳴らした。

「あれ?雪君」

「あんじゅ」

 だらしなく下げた頭の上ではいまだ生徒会副会長のあんじゅがいた。

「何してるの?」

「うん?ほらこれ、大学の資料」

 あんじゅが手に持っていたのは辞書並みに分厚い資料。重たそうに両手で抱えている。

 僕らは三年生。もうそういうことを考える時期だ。

「雪君はもう決めたの?」

「うん?うーん」

 曖昧な返事。そういえば凛たちはもう決めたのだろうか。

 まだ四月。けれど、もう四月だ。

 この頃よく考える。僕には何ができるのだろうかと。何ができて、何ができないのだろうかと。

 多分みんな、もうとっくにそういう悩みと向き合っているんだろう。だけど僕は、この時期になってようやく考え始めた。今までその日その日を生きるのに精いっぱいだったから。

「そういうあんじゅは?」

「決まってたらこんなものもってないよ」

「それもそうだ」

 二人で声を殺して笑いあう。

 けれど意外だ。あんじゅはなんかそういうのに苦労しないタイプだと勝手に思ってた。

 そういえば、ツバサさんも英玲奈先輩も案外愚痴をこぼしていた気がする。

 案外そんなものなのだろうか。案外みんな悩んだり苦労していたりするのかもしれない。

「二人とも、自習室ではお静かに」

 おっと、見張りの先生に怒られてしまった。二人して謝りながらちょっとだけ笑った。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし終わったにゃー!」

「ギリギリだったけどね」

 真姫ちゃんはずいぶん疲れた様子。かよちんも同様に終わった安堵感からか疲れてるって顔。

 入学式まであと数日といったところでようやくすべての準備が終わった。これでもう心配事はなくなったはず。

「じゃあ雪ちゃんも呼んでみんなでパーティーにゃ!ミントンするにゃ!」

「はぁ、どんだけミントンやりたいのよ」

 真姫ちゃんがあきれたように声を出す。

 だけど違うよ真姫ちゃん。凛はミントンがやりたいってわけじゃないんだ。 

 ただ、みんなで前みたいに騒がしくけれど楽しいことをしたいだけなんだ。

 だんだんとみんな卒業していって、人数が減って。今でも偶に会うことはあるけれど、それでもあの日々の日常に比べれば格段に減った。

 

 凜はそれが寂しくて。

 

 最初は十人いたはずなのに、今では三人。それでも楽しいけれど、でもやっぱりあの日々のことを思い出す。

 この生徒会室も、部室も。前より広くなったと感じる。それがすごく、凛は寂しい。

「もう雪ちゃんに電話しちゃうもんねー」

 けれど一番寂しいと感じるのは――――――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入学式が無事に終わり、ほっと一息胸を撫で下ろす。

 二回目とはいえ慣れない。いつものようにいつものごとく緊張しっぱなしだった。

 書記さんにはもっと堂々としてろと怒られるのだが、こればっかりはきっと治らないだろう。

「ミントン?」

『そうだにゃ!入学式も無事に終わったことだしミントン大会するにゃ!』

 携帯越しから聞こえてくる凛の声は大きい。テンションが上がっているときの凛の声だ。

「ああ、ごめん。僕これから生徒会でご飯行くことになってるから。本当にごめんね」

『え・・・・・・あ、ああ。そっか・・・・・・わかったにゃ』

 姿が見えなくてもわかる。落ち込んでいるのが。

 悪いことをしたなと思いつつも、こればっかりはしょうがない。もう一度電話越しに謝って電話を切った。

 

 

 

 

 

 ぐでーっと机に倒れこみ、凛は見るからに落ち込んでいた。

「・・・・・・断られちゃった?」

 かよちんの言葉にこくりとうなずく。

「で、結局どうするの?」

「・・・・・もういい」

 雪ちゃんに断られたことによる深刻なダメージが気力を蝕む。

 最近、特に穂乃果ちゃん達が卒業してから。雪ちゃんと会う時間はめっきりと減った。会う理由がないのだ。ミューズが終わりをつげ、みんなが卒業して。それぞれの道を歩みだして。

 雪ちゃんも、たぶんようやく自らの道と向き合いだして。

 それは喜ばしいことのはずなのに。

 ずっと昔から一緒にいたわけじゃない。けれど雪ちゃんがどういう風な人生を歩んできたのか、手に取るようにわかる。

 ずっと見てたから。ずっとずっと、見てきたから。

 だからこそ、減った時間が。過去ばかり目に留まって、いつだって理由を探していた。

 大した理由もないのに呼び出したり、こじつけて困らせたり。

 そんなことをしてしまう自分はまだまだ子供。だって雪ちゃんはそんなことしない。

 たいして理由もないのに呼び出されたりしないし、こじつけて困らされたこともない。

 いつだってどこでだって、凛だけが。

 凛だけが雪ちゃんを見てる。

 

 

 

 

 

 

 

「なーんてね。思ってたんだよ」

 時は移ろい十一月。

 舞い散る桜はすっかりその姿をなくし、代わりに寒い寒い冬がやってきていた。

 十一月一日。凛の誕生日。

 この日凛の家でかよちんと真姫ちゃんと、そして雪ちゃんが凛のためにバースディパーティを開いてくれていた。

 もう生徒会も任期を終わり、残すは受験ただ一つだけ。

 だけど、その前に。本格的に忙しくなってしまうその前に。

 

 

 

 凜は、告白することにした。

 

 

 

 振られることはわかってる。卒業式と同時に絵里ちゃんと希ちゃんとにこちゃんが告白したけど、結局雪ちゃんは首を縦には振らなかった。

 穂乃果ちゃんもことりちゃんも海未ちゃんも。

 誰も、雪ちゃんは選ばなかった。

 前に一度だけ、聞いてみたことがある。なんで誰ともお付き合いしなかったのかって。

 そしたら。

「だって、僕じゃだめだから。僕のこの気持ちで、彼女たちは幸せにできない」

 その言葉を聞いて、悟った。きっと雪ちゃんはこの先も、ずっとずっとこの先も誰も選ばないんだって。

 例えどれだけ雪ちゃんが好きだっていう女の子が現れても、その気持ちに雪ちゃんは答えることはないんだって。

 だけど、だけど諦めることができなかった。何度も何度も自分を説得しようとしてみたけどダメだった。自分に嘘はつけなかった。

 好きという気持ちに蓋をすることができなかった。あふれてあふれて止まらなかった。日に日に増していった。

 告白してしまったら、きっと前みたいな関係に戻ることはできない。

 

 友達よりちょっぴり特別で、だけど恋人というほど神秘的でもない。

 

 そんな関係に戻ることはできない。凛は卑怯者だ。かよちんや真姫ちゃんと同時に告白しても勝ち目はないから。

 だから、今。不意打ちのように先に告白する。これしか凛には望みがない。一縷もない望みだけど。

 だけどかよちんも真姫ちゃんもそんな凛を応援してくれた。そんな凛をそれでも背中を押してくれた。

 今は二人はいない。凛のために席をはずしてくれていた。

 二人とも、雪ちゃんのことが狂おしいほど大好きなはずなのに。

 ギュッと緊張で震えるこぶしを握り締める。

「凛・・・・・」

「凛ね。最近雪ちゃんと会うことめっきり減ったなーってそう思うんだ。前はほんと、少なくとも週に一度は会ってたのに。今じゃ月に一度会うかどうか。それもたまたまとか、凛が強引に呼び出してとか。そういうの」

 自然に会うことが当たり前で、そこに何の疑問も持たなかった過去。

 今は、会えるかどうかにも一喜一憂して会うことに必死にならなきゃ消えてしまうようなつながり。 

 会うことすら、どうしても不自然になってしまうような。そんなつながり。

「あのね。凛、凜ね。もっと会いたいの。もっと、もっと雪ちゃんと一緒にいたいの。離れ離れになるのは、嫌なの」

 どうしようもない気持ち。あふれてあふれて仕方のない気持ち。嘘偽りのない、純粋な願い。

 まっすぐにその思いをぶつける。

 雪ちゃんに、誰でもない雪ちゃんに。

 好きだよって。

 

「あのね、凛。僕まだ大学決めてないんだ」

 

 ――――――――――――――ああ、そっか。振られちゃうんだな。

 瞬間的にそう悟った。話を逸らされてしまい、自然、顔がうつむく。

 でもそっか、好きだよの一言も言えないんだ。

「えー?それは遅すぎるよ雪ちゃん!」

 落ち込んでいる素振りなど見せずにきわめて明るく、いつものように自然体を装ってそう言った。

「だからね、僕ね。凛と一緒の大学に行きたいなって。そう思ってるんだ」

 ??? 

 話がよく見えずに凛は首をかしげ、頭に?マークを浮かべる。

 

 

「凜が好きだから」

 

 

「・・・・・ふぇ?」

 思わず変な声が出た。それくらい気が動転している。

 どういうことだろう。さっきまでは凛が告白するのに勇気を振り絞って玉砕していたはずなのに。何がどうなったらこっから凛が告白されるなんてことになったの?

 何もかもがわからずに目を白黒させていると、照れたように雪ちゃんがしゃべりだした。

「凜が、好きなんだ。多分、ずっと前から」

 その言葉の意味を理解するのに数分はかかった。

 だって、ありえない。雪ちゃんは誰かを好きになることなんてないとばかり思ってたのに。

 そのことをしどろもどろになりつつ伝えると、雪ちゃんは笑った。

「ええー?そんな風に思われてたの僕って。そりゃ人を好きになることくらいあるよ」

 最後の方は心外だといいつつ唇を尖らせている。

「だ、だって!僕じゃだめって言ってたじゃん!」

「うん?そんなこと言ったっけ?」

「いったよ!!」

 確実に言ったよ!すっごく覚えてるよ! 

「言ったんだとしたらそれはほら、凛を好きな僕じゃ彼女たちの気持ちにこたえることはできないでしょ」

「そういう意味!?」

 まわりくど!わかりづら!遠まわしすぎるよ! 

「じゃ、じゃあなんで凛たちに会うのを避けての!?」

「避けてないよ」

「避けてたよ!」

 会う回数が目に見えて減っていって、あれが避けてないんだとしたらそれこそ凛は好かれてなんかいない。

「それは、ほら。・・・・恥ずかしいから」

「はぁ?」

 予想外すぎる答えに素っ頓狂な声が出る。

「だって!男がなにも用事ないのに会いに行くとか不自然じゃん」

「じゃあ用事作ればいいじゃん!ていうか前は作ってたじゃん!」

「それはそうだけど、改めると恥ずかしいじゃん。なんか僕がすごい会いたがってるみたいで」

 照れたように前髪をいじる雪ちゃんに、凜の頭はオーバーヒート。

「そんなこと!?そんなことで避けられてたの!?凛はいつも会いたかったのに!!」

「――――――テンション高い?」

「うるさい!!」

 なんだか告白された高揚感で、足が地面についていないような感覚。不意打ちを狙ったのに、逆にカウンターを決められた気分。

「それで、返事が、聞きたいんだけど」

 顔を朱に染めて、手で口元を隠したりなんかしちゃってる雪ちゃんが空気を元に戻す。 

「そんなの――――――――――――――」

 そんなの答えは決まってる。最初から最後まで選択肢など一つしかない。

 だけど、だけど聞いておく必要があった。聞かなきゃいけないことがあった。

「なんで?なんで凛なの?」 

 そこがわからない。そんな素振り一切見せなかったくせに。

「なんでって、好きなるのに理由なんかいる?」

「う。い、いらない、と思う///」

 確かに、凛だって雪ちゃんの好きなところは言えるけど好きになった理由といわれるとすぐには出てこない。そしてきっとそういうものなのだろうとも思う。

「うん」 

「うん」

 ・

 ・

 ・

 二人してなんだが気まずいような恥ずかしいような空気が伝染する。

「あっと、返事、だよね」

「・・・うん」

 ・・・・・どうしよう。返事ってどうすればいいの?どうするのが正解?告白することしか考えてなかったからわからないにゃ!

「やっぱ、駄目かな?」

 たははと、頭をかく雪ちゃんに凛は首をぶんぶんと振る。

「ちが、っくて。どうやって返事していいのか、分からない」

 うつむいて正直に告白する凛に、雪ちゃんは盛大に笑った。

「ちょっと!」

「ごめんごめん。でも返事なんて、はいかいいえでしょ?」

「じゃあ、はい」

 勢いに任せてそう返事をする。決まっていた返事を。

 そんな凛の中では当然の返事なのに、雪ちゃんは安心したように破顔する。

「よかった。花陽たちに相談して」

 まるでぽろりとこぼれた言葉に凛は過敏に反応する。

「ちょっと今なんて言ったにゃ!?」

「え?ああ、花陽たちに相談したんだ。告白したいんだけどどうすればいい?って。そしたら今日がいいって」

 なんてことだ。かよちんたちは知ってたのか。今日このイベントを。雪ちゃんが告白するってことを。

「はー。なんか一気に力抜けたにゃー」

 まったく、あんなにいろいろ考えていたのがばからしくなってくる。

 だけど、凜たちらしいといえばそうなのだろう。

 きっと――――――――――――――これからもずっと一緒にいるのだから。

「ああそうだ。言うの忘れてた」

「うん?」

「ハッピーバースデイ。凛」

「―――――――――うん!!」




どうもまじえんじぇー高宮です。
ということで十一月ですもう。もう二か月切りました今年。早い。早すぎる。
まあそんなことは置いておいて凛ちゃんまじえんじぇー!ハッピーバースデイ!!
今回は余裕で間に合いました。やっぱりスケジュール管理って大事。
ではまた次回。

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