ラブライブ!~輝きの向こう側へ~   作:高宮 新太

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EX カラオケは誰が最初に歌うかで大抵揉める

「会議だよ!雪穂!」

「急に何?亜里沙」

 外を吹きすさぶ風は人々を震わせるくらいには冷たい。その風に反して穂むら邸のこたつでぬくぬくとくるまっていたのは雪穂と亜里沙の二人だった。

「事件は会議室じゃなくてこたつで起こってるんだよ!」

「いや現場で起きてるんだと思う」

 こたつで起きる事件なんてせいぜいコンセント切るの忘れた程度のものだろう。そんな深刻になるほどのものじゃない。 

 受験も終え、へにゃりとこたつで丸まりながら雪穂は話を右から左に聞き流す。

 横には食べ終わったミカンの残骸。どてらにメガネという完全にオフスタイルの雪穂となぜか燃え盛る炎が背景に映るくらい燃えている亜里沙の間には明確な温度差が生じていた。

「聞いてよ雪穂ー」

「あーはいはい。わかったわかった」

 ぐりぐりとほっぺをこすりつけてくる亜里沙に、雪穂は観念したように話を聞く。

「あのね!前に雪さんに受験合格祝いになんでもしてもらえるって約束があったでしょ?」

「あー、あったね。そんなの」

 確か雪君が釈放されたときに亜里沙が合格を伝えて、それでそのお祝いに雪君ができることであれば何でもお願いしていいと、そういう話が合った。

「で?それがどうしたの?」

「どうしたの?じゃないよ!なんでそんなそっけないの!?雪さんになんでもお願い聞いてもらえるんだよ!?」

 亜里沙は蒸気した頬を抑えながら興奮気味に喋る。

「いや、なんでもって・・・・別に」

 雪穂はあまり興味がないといったように口元を尖らせながら目を反らす。 

 手元には超高速で剥かれていくミカンが量産され続けている。

 動揺しているのがモロバレだった。

「雪穂だってどんなお願いにしようか悩んで、ベットでウキウキしたり、一日中そのことで頭が一杯で他のことが手につかなくなったり、寝られずに夜が明けたりするでしょ?」

「しないし!」

 まるで機械のように精密にミカンを剥いていた手を止め否定する。

「またまたー。顔赤いよ?」

「―――――――っ!」

 亜里沙に指摘されて初めて、自分の顔が真っ赤になっていると気づく。

「ち、違う!これは、こ、こたつ!そう!こたつが暑くって!」

 雪穂の言い訳を、ニヨニヨと見守る亜里沙。大体いつもの光景だった。

「と、とにかく!雪君のお願いがなんなの!?」

 そんな目線に耐えられず、雪穂は話を戻す。

「そうそう、その話。だから、雪君へのお願いなんにするって、そういう相談」

「そんなの一人で考えればいいじゃん」

「ダメだよー、一人じゃ決めきれないもん」

 ぐでーっとこたつの上に体重を預ける亜里沙に、雪穂は困ったようにため息をつく。

 亜里沙はいつもは行動力があるくせに、こと雪君に関してはこういった優柔不断なところを見せる。

(ほんと、罪作りだなぁ、雪君って)

 じたばたしてる亜里沙を見ながら他人事のようにそう思う雪穂。

「ねえ。雪穂も一緒に考えよ?」

「別にいいけど、それ以前に雪君そのこと覚えてるの?」

「・・・・・・え?」

 何を言っているのかわからないと言いたげに亜里沙はきょとんと小首をかしげる。

「だって、そんな何気ない一言を覚えてるかなぁ。あの雪君だよ?」

 あの雪君。たったそれだけ。たったその一言で、すべからく皆を不安にさせてしまうのだから恐ろしいものだ。

「・・・・・・・・・(ピポパ)」

 亜里沙は光彩の消えた眼差しですくっと立ち上がったかと思うと、携帯を取り出しどこかに電話をかけ始めた。

 まあ、大体相手の想像はつく。

「・・・・・・あ、そう亜里沙です・・・・・それで・・・・はい・・・わかりました」

 小さな声で二、三、言葉を交わすとそれだけで亜里沙は電話を切った。

 

 

「覚えてなかった」

 

 

「やっぱり!」

 だから言ったじゃん!だーから言ったじゃん!

 雪穂はツッコミを爆発させる。予想通りすぎて最早呆れるレベルに達していた。

「ていうか覚えてないの!?本当に!?それもう天然ってキャラ付けで許されていいことじゃないよ!ただの物忘れがひどい人だよ!」

 雪穂だって本音を言えば少なからず期待していたのだ。亜里沙の言う通り寝られない夜を過ごしたことだってあったのだ。

 それを覚えていないとは、よくやられた方は覚えているけどやった方は覚えていないということがあるが、まさにそれだった。

「うん。だから思い出してもらったんだ。さっき、すぐに」

 さっき、すぐに。といった言葉が、心なしか恐怖を感じる。心なしか背筋が寒くなってくる。

 亜里沙から明確に怒りを感じた。

「そ、そっか。ヨカッタネ」

「うん!じゃ、会議の続き始めようか」

 雪穂はもうそれ以上、何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?結局何をしてもらうの?」

「そこなんだよ!なんでもって言っても一個だけでしょ?やっぱり慎重に選ばないといけないと思うんだ」

 亜里沙の言葉通り、うんうん唸って頭を働かせて考えてみたもののやっぱりそうそう妙案は思いつかない。

「なんでもって言われると逆に思いつかないよねー」

 雪穂は考えるのに疲れたのか、ミカンを口に運びつつそんなことを口にする。

 自由における不自由さ、不自由さにおける真の自由。自由とは何か、幸せとは何か。

 そんな哲学の迷路にはまっていき、二人はどんどんぬかるみにはまっていく。

「こうなったらさ!最初のお願いで私たちのお願いをすべて聞くってことにすれば!?」

 迷走した亜里沙はグルグルと瞳が回っている。

「亜里沙、そんな子供の屁理屈みたいなのが通るわけないでしょ?」

「ううう」

 まさか、お願い事一個でここまで悩むことになろうとは。

「もうさ、一緒にお買い物とかでいいんじゃない?」

「ダメだよ!お買い物なんて一回やったし、マンネリだし、そんなんじゃアイデアが出ない貧困なやつだって思われるじゃん!」

「誰の意見それ!?亜里沙の意見じゃないよね絶対!誰かの意見が入っちゃってるよね絶対!」

「とにかく、目新しくてかつ私たちの欲求が満たされるような。そんなアイデアが欲しいの」

「欲求とか言うな!」

「ねえユキエモーン、二次元ポケットで都合のいい展開を用意してよー」

「持ってないから。二次元ポケットも四次元ポケットも持ってないから」

 いつの間にやら、ミカンがない。どうやら全部食べてしまったらしい。どうしてこたつに入っているとこんなにミカンがおいしく感じるのだろう。

「ていうかもうよくない?ぶっちゃけ私たちがいくら頑張ったところでお姉ちゃんたちには敵わないよ。きっと私たちのこと女としてみてないと思うよ雪君は」

 ミカンもなくなり、少々口調が投げやりになる。寝っ転がってこたつを占領する。

「・・・・・・・知ってるもん」

 その言葉に雪穂は驚かない。

「お姉ちゃんたちに敵わないのなんて知ってるもん。私たちが知らないこと、お姉ちゃんたちが知ってるのだって知ってるもん。私たちが女の子として見られてないことだって、知ってるもん」

 雪穂はただ、黙って聞いている。

「でも、それでも。黙ってみているだけなんて、分かった振りして諦めるなんてそんな割り切ったこと出来ないよ。そんな簡単に気持ちの整理なんてつかないよ」

「―――――――――、」

「だって、好きだもん。初めて好きになった人だもん。そんなの、無理に決まってるよ」

「うん」

 なお、寝っ転がったまま、雪穂は肯定した。

 きっと、二人と一人の関係と、九人と一人の関係は違うものだ。そこには明確に差異がある。

 けれども、それでも、ああそうですかと納得ができない。頭ではわかっていても、心が、それを拒否する。

 認めようとすればするほど、その気持ちはむしろ強く、くっきりと線を表していく。

 

 

 きっとそれが、好きってことなんだ。

 

 

「ごめん亜里沙。やっぱりもう一回、ちゃんと考えよっか」

 諦められないから、納得なんかできないから。

 きっとこの気持ちは、惨めで正しくなんかないんだろうけど。

 それでも――――――――――。

「うん」

 それでもきっとこの気持ちは、大事にしていいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、僕は結局何をすればいいの?」

 雪穂と亜里沙の二人に呼び出された雪は結局、その肝心な中身を聞いていない。合格祝いでなんでもいうことを聞くと言った件だということは分かるが、それ以外がまったくもって不透明だった。

「別に。何も特別な事をしろって言ってないし」

「そうそう♪いつも通りでいいんですよ♪」 

 そういう亜里沙が怖い。先日電話で覚えていないといったことをまだ根に持っているらしい。

「で?本当にどこいくのさ」

 駅前は休日とあって人でごったがえしている。その中で右に亜里沙。左に雪穂を携えている雪はどう映っているだろう。

 そのことを考えると若干の憂鬱さは残るのだが、しかし、雪に拒否権などない。

 

 

「「カラオケ!!」」

 

 

 二人は揃ってそう言った。

「カラオケって、そんなんでいいの?」

 前に電話してきたときにはいったいどんなお願いをされるのだろうと戦々恐々としたものだが。

 実際に二人のお願いはただ、一緒にカラオケに行ってほしいとそういう可愛いものだった。

「いいんです。いろいろ考えたんですけど、やっぱり一番やりたいことにしようって、そのほうが楽しめると思うし」

 そう言った亜里沙の顔は本当に今からの出来事にワクワクしているといった様子で、微笑ましい限りだ。

「そっか」

「まあ亜里沙は最後の最後まで悩んでたけどね」

「もう!雪穂!」

「あはは」

 三人、笑いながら道を歩く。

 するとビル群の一角、目立たない路地裏に小さなビルが一つ。

 どうやら看板を見るに、カラオケ屋のようだ。

「ここ?」

「そうここ」

 言いながら雪穂と亜里沙はずんずんと先に行ってしまう。

 雪は一抹の不安を抱えながらも、その二人の確かな足取りを信用しついていくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 カラオケの中は若干古ぼけていて、おじいさんが一人で接客をしているようだった。あまり人の気配もない。

「本当に大丈夫?ここ?」

「大丈夫だって、私たちもいつも使ってるし」

「そうですよ。確かに内装はちょっと古いけど、機種だって最新ですよ」

「そ、そっか・・・」

 どうやら多少ビビッているのは雪だけで、二人は手慣れている様子だ。

 そのことに若干の驚きを感じつつも、二人も中学生なんだなぁなんてそんな感慨めいたものまで沸いてくる。

(いかんな、こんな感慨二十年後くらい先でいいぞ僕)

 そんなことを思っていると、どうやら部屋についたらしい。人の気配も誰かが歌っていると思しき音も聞こえてこないのに、通されたのは五階の一室だった。

 

 

 ガチャン。

 

 

 部屋に入ると鍵を閉められた。

「な、なんでカギ閉めるの?」

「え?何言ってるんですか雪さん。カラオケなんだからカギ閉めなきゃ外に音漏れちゃいますよ?」

「あ、そう、だっけ?」

 あまりカラオケなんていかないからよくわからないけどそうだっただろうか。それで外には音が一切聞こえてこないんだろうか。防音対策しっかりしてるところなんだな。うん。

 なぜか踏み込んだらヤバいと脳が警鐘を鳴らしていた。

「ほら、何やってるの。早く座りなよ」

「う、うん」

 なんだかよくわからないけれど。いやな汗が噴き出る。

 雪が座ったのと同時に、雪穂と亜里沙も座る。

 広いとは言えない部屋だが、三人座るスペースはある。

 にもかかわらず、二人は雪の隣に肌と肌が密着するレベルでくっついていた。

「あー、あっつい」

 雪穂はチラチラと雪を見ながらファーがついたロングコートを脱ぐ。下に来ているのはタンクトップのみだった。

「寒くないの?」

「・・・・・・ぐっ」

 なおも密着したまま、右にはセーターを今まさに脱いでいる亜里沙。おなかとおへそがチラ見している。

「寒くないの?」

「・・・・・・ぐっ」

 まったく同じ反応だった。

(ど、どうしよう雪穂!)

(お、落ち着いて亜里沙!こんなの想定の範囲内よ)

 そう、もうお気づきの通り、これはただ楽しめればいいと企画されたカラオケじゃない。

 そこは打算と思惑に満ち満ちていたわけだ。亜里沙のセリフが台無しである。上のやり取りまるまるパーだ。

「よ、よーし亜里沙歌っちゃおーっと」

 気を取り直して亜里沙が歌う。

 曲目はロシア民謡。

「いやわかんねーわ!」

 雪のツッコミが狭いカラオケルームに響く。

「え?なに?ロシア民謡?ロシア民謡歌うの?いやいいけどさ。全く知らないよ僕。全く乗れないよ僕」

 気持ちよさげに歌う亜里沙に、雪はもうそれ以上何も言えない。

 まあ何を歌うかなんて個人の自由だし、亜里沙ちゃんの歌いたいもの歌えばいいか。

 最後に採点結果が出る。

『96点。素晴らしい歌声です。抑揚をつけるともっとハラショー』

 ハラショー!?ハラショーって言った今このカラオケ!?

「今はこれくらい高性能なんだよ?」

「そ、そうなんだ」

 高性能っていうのあれ?そういうので片づけていいやつなのあれ?

 そして二曲目。

「な、なんか雪君の前で歌うのって変な感じ///」

 曲目、ヘビメタ。

「いやセリフと曲目あってねえ!」

 本当に?本当にこれ入れたの雪穂?機械の故障とかじゃなく?

「lkgじぇいk「@;;;;p574好き」

 なんて言っているのかさっぱりわからない。頭を振り、今にもファックユーしそうな勢いだ。   

『95点。歌っているときの太ももが素晴らしいと思いました』

「おっさん!!おっさんみたいな評価の付け方しだしたよ!歌関係ねえじゃねえか!つか本当にこれ機械!?」

 あとなんでみんな軒並み点数高いの?地味にプレッシャーなんですけど。

「ほら、次は雪さんの番ですよ」

「あ、ああ」

 あれ?待てよ。雪はそこでふと思う。僕何入れたっけ?と。つーか入れてなくね?と。

 そして流れる曲目は。

 ベートーベン ピアノソナタ 第8番「悲愴」第2楽章

「いやクラシックぅぅぅ!!」

 マイクを使って盛大にシャウトする雪。

「おかしいだろ!なんでクラシック!?なんでカラオケでクラシック!?どう歌えってんだ!?」

 それでも流れ続ける曲に雪穂と亜里沙がアドバイスをする。

「ほら!あの、エアギターみたいな感じで口でピアノの音を奏でればいいんじゃないですか?」

「いや無茶言わないで!?そんなビックリ人間みたいなことできるわけないじゃん!」

「じゃああれ。口でヴァイオリン弾けば?」

「いや同じことだよね!?むしろ難易度上がったんですけど」

 そんなことを言っている間に、曲は終わる。

 採点結果は。

『0点。やるきあんのお前?』

 残念なBGMと共にコメントが流れる。

「なにこれ!?何このコメント!?さっきとまるで違うんですけど!機械に馬鹿にされたんですけど!」

「まぁまぁ、いいじゃん・・・っく」

「そ、そうですよ。機械なんですから・・・っぷ」

「そう思うなら、ちゃんとこっち向いて?ちゃんと僕の目を見ていって?」

 二人とも完全に顔をそらして体が震えている。寒いのかな?寒いんだよね?寒いって言って。

 まるで先ほどのことを根に持っているようだった。

 そうこうしながら、しかし時間は進んでいく。

 その後も災難は続きながら、けれど楽しい時間を過ごした。  

 当初の目的も忘れて、ただ楽しんだ二人と一人。

「はー、歌ったー」

「亜里沙、喉痛いよー」

「はは」

 だからこそ、きっと彼らの関係は終わらない。変わって、曲がって、遠ざかっていくんだとしても。

「ねえねえ、雪君。ちょっと屈んで?」

「ん?」

 それでも、彼女たちが想っている限り。

 

 

「「ちゅー」」

 

 

 この関係は終わりはしないのだ。




 はいということで新年あけましておめでとうございます!高宮です。
 2016年ということで、例年のごとく未だ実感はありません。
 大晦日は紅白で年を越し、ミューズで一年を締めくくった年でありました。僕の2015年はといえばやっぱりラブライブ。やっぱりミューズの年だったと思います。
 裏トークチャンネルでバナナマンと一緒に画面に映ってるミューズのメンバーを見るのはなんだか不思議な気持ちで、思い返すと感慨深いです。その後のそんなバカなマンにでてるうっちーも見れたし、まじうっちー可愛い。
 ということで今年もまたよろしくお願いします。
 次はリボーンとニセコイの新作を投稿したいと思います。

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