ラブライブ!~輝きの向こう側へ~   作:高宮 新太

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家族の楔

 ラブライブ最終予選まであと数週間もない。だというのに彼の心は晴れなかった。

 自らの抱える問題を、結局のところミューズの誰ひとりにも打ち明ける事が出来ないままだからだ。

 ツバサさん、お隣のお姉さん、打ち明ける事それ自体は容易とまではいかないまでも、可能なのに。

 ただ、ミューズにだけは言えなかった。

 決心して、決意して、理解して、それでも打ち明ける事が出来ない。待ってると言ってくれたのに。それは想像以上に彼の心の負担となっていた。

 木々は既に枯れ葉も落ち、真っ裸で風に揺られている。

 父親はもう一ヶ月は見ていない。どこで何をしているのかさえ、知らない。父親だというのに。

 思えば彼は父親の事を何一つ、理解していなかった。どういう人間なのかも、どういう人生を歩んできたのかも、考え方も、苦労も、楽しみも、何一つ。

 理解していなかった。

 彼はいい加減、辟易していた。父親の事で悩むことも、お金の事も。

 だから決着をつけたい。どんな最悪な結末でもいいから。そして一から始めたかった。もう一度一から、父親の事を理解したかった。

「あーあ」

 バイトが終わり、家のベットに倒れ込む。空はまだ明るいが、これから急速に日が落ちていくのだろう。

 バイトの疲れというよりか、皆に言えない気苦労の方が負担で、思わず声が出た。

「ピンポーン」

 ベットに突っ伏して、このまま寝ようかなんて考えていると。不意にチャイムが鳴った。

 大家さんだろうかと、その扉の向こうにいる相手に適当に見当をつけて扉を開く。

「・・・・・・希?」

「えへへ。きちゃった」

 そこにいたのは笑顔の希だった。いるはずのない、いてほしくない人物だった。

「・・・・・・な、なんで?」

 それはどういう意味のなんで?だったか、彼は自分でも分からなかった。なんで自分の家が?なんでこのタイミング?練習は?なんで?なんで。

「うん?いやほら、雪君最近元気ないやろ?だから料理でも作ってあげようかなって」

 見るとその両手には材料が入っているだろう買い物袋が。

 明らかに気を使われていることは、彼でも分かった。それが彼の心にずっしりと刺さった。

「――――――ごめん。今日は帰って?」

「え、でも―――――――――」

「ごめん」

 それだけ言うと、彼は扉を閉めた。

 ずるずると扉を背に倒れ込む。

 何をやっているのか分からない。ただ、家を当てられたことが、なんというか驚いて。急だった。なにか自分ですら触れられないところに触れられたような。

 上手くまとまらない。上手くまとまらない頭でそのままベットに倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日も、その次の日も、希は来た。来るなんて思ってなかった彼はわけが分からなかった。あんなに理不尽に自分勝手に追い出したのに、希はそれでも笑顔で毎日材料を持ってきて最初に来た時と同じセリフを言う。

「えへへ。きちゃった。料理、作ってもええ?」 

「なんで?」

「うん?」

 そう聞かれた希は優しく頷く。

「なんでそんなに笑顔なんだ。ひどいだろ僕は。なのにそんなに笑顔で、僕は、そこまで笑顔になれない」

 彼は俯いている。彼の視界がとらえるのは玄関の冷たい床だけだ。

「うーん。別に雪君が笑顔になる必要はないんやない?」

 希は、その場に買い物袋を置いて、彼の顔に包み込むように両手を支える。

「雪君は、雪君なんやから。ウチになる必要はないよ。そんでもってウチが笑顔なんは嬉しいから。やっと雪君に近付けて。嬉しいから」

 彼の視界は自然と上がる。希の顔はやっぱり笑っていた。

 嬉しいと、希はそう言っていた。近づけて嬉しいと。だけどそれは彼の方だった。彼の方がみんなに追いつきたいとそう昔願っていたから。

「僕だって。みんなに近づきたい。でもみんな遠いんだ。僕と違う、そればっかりが目に入って。嫌になるんだ、自分ってやつが」

 前を走っているとばかり思っていた。最近背中が見えてきた気がして嬉しかった。背中に追いつこうとそれだけを願うことはやめたけど、やっぱり憧れは変わらなかった。

 憧れだったのに、いや憧れていたからこそ違いが嫌というほど目についた。知っていた違いで、分かっていた違いで、納得していた違いだったはずなのに。その気持ちはまたうずうずと頭を出してくる。

 嫉妬。

 結局それだ。前も、前も、その前も。それで痛いほど失敗しているのに。反省しているのに。忘れてなどいないのに。

「違うのは、雪君がそう思っているからじゃないかな?」

「・・・・え?」

「違うことなんて当たり前だよ。みんな違う。家庭も、人生も、考え方も。雪君と、ウチも。だけどそんなの些細なことなんだよ。雪君が違うってそう思ってるから。決めつけてるから違うんだ」

 彼は固まっていて動けない。依然顔に両手が添えられたまま、おでことおでこがコツンとくっつく。

「遠くなんてない。見て。こんなに近くにいるじゃない。遠いってそう感じるのは雪君だよ。雪君が遠いからそう感じるんだ。目を見て、顔を上げればすぐそこに私達はいるのに。いつだっているのに」

 違うところもある。違わないところもある。ただ彼は違うところにしか目が行っていなかった。違わないところだってちゃんと知っていたのに。

 不安になって視野が狭くなって。人に当たって。それでも希は笑顔で。さっきまでその笑顔を受け入れられなかったのに、今は違う。

 今はその笑顔に、救われていた。

「無理に打ち明けなくても良い。問題を知っていても、知っていなくても。私達は変わらない。変わらないよ?」

 ゆっくりとおでこが離れて、希の顔がよく見える。

「―――――――――――強いね。希は」

「ウチが強いんやないよ?みんなが強いんや。みんながおらんかったら多分ウチは強引に話聞いてたろうし、結局、我慢できんくてこうして来てしもうたもん」

 たははと、バツが悪そうに笑う希に彼もいっしょに笑う。

 希が言った通りだ。彼は自分で遠ざけて、自分と違うところしか見なかった。前を向けば、みんなはただそこにいるだけだったのに。近づけなかった。それはきっと怖かったから。近付いて、自分をさらすことが、どうしようもなく怖かったんだ。

 ツバサさんのように、強引に話を聞かれた時は感じなかった恐怖。自らが偽ることができない自分を、自分で開ける恐怖。お隣のお姉さんのようにはいかない恐怖。なまじ友達と呼ぶよりも特別な存在だから。余計それが怖かった。

 その自分をさらして、関係が変わってしまうんじゃないかって。怖かった。

 正直、今だって怖い。自分で口に出して相手に伝えることが、こんなにも怖い。

「あ!材料買ってきてたの忘れてた!・・・作ってもええ?」

「―――――――――もちろん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一人暮らしやったんやね」

「うん」

 作ってもらったのはお味噌汁と、ハンバーグ。おふくろの味というやつなのかもしれないと、ちょっと思った。

「――――――――――――おいしい」

「ホント?良かったー、ウチおみそ汁が一番得意やねん」  

 不安だったのか、希はほっと胸をなでおろす。

 ご飯も食べ終わって一息ついている頃、またもやピンポンとチャイムが鳴った。そして後に続くのは切羽詰まったようにドアをたたく音。

 今日は来客が多いなと、のんきなことを考えていた彼はその後に続く怒声で我に帰る。

 その怒声は耳をつんざくような悲鳴ともとれる声だった。

「希!隠れて!」

 切羽詰まった彼の鬼気迫る顔に事態の深刻さを悟ったのか、キッチンの隅に強引に押しやられる。

 急いでドアを開けると、そこにいたのはもう一カ月も来なかった、会っていなかった父親だった。

 顔はひどく憔悴していて、普段だってやつれていたのに、その何倍も顔に生気が宿っていなかった。

 ただごとじゃないことはすぐに分かった。

「・・・・・どうしたの?」

 意を決して彼は聞いた。父親を理解したくて。

「金、金くれよ。今月はまだ貰ってなかったよな。かね。かね」

 ぶつぶつと口元でしゃべる父親に彼はひどく不安になったが、とりあえず取っておいた封筒を取りに行く。その時、希と目があった。希の目は不安げに揺れていて。そこに移る彼の顔も不安げに揺れていた。  

「はい」

「――――――――――――たりねえ」

「え?」

 封筒を乱暴に引き裂いたかと思うと、たった一言、そう言った父親は段々と顔に怒りが現れてくる。

「たりねえんだよ!!こんなんじゃ!もっとだ!もっと金を持ってこいよ!」

 怒声を飛ばしながらずんずんと家に入ってくる。投げ飛ばされた封筒が土足で踏みにじられた。

「ちょ!待ってよ!!」

 彼はわけが分からず父親の裾野を掴んだ。封筒には十分な額が入っていたはずだ。少なくとも一ヶ月分は余分にあった。

 だというのに、足りないという。

 何かがおかしい。その何かを考える暇もなく、父親は乱暴に手を払いのけ、家を漁る。

「てめえ――――――――」

「―――――姐さん!?」

 振り返ると開け放たれたドアからここにいるはずのない姐さんの姿が。

 姐さんはそのまま靴を脱ぎ家に入る。父親をその目で見据えながら。

 その間、父親はなおも家を漁っており一つの通帳を見つける。彼の生活費が入った通帳だった。

「それは――――――――」

「うるせえ!!」

 彼が取り返そうとすると父親は鬼のような形相で何かを振り回す。

 ナイフだった。

 刃渡り約数センチ。果物ナイフのような小さいものだったが、まぎれもなく本物のナイフだった。

 チクリと頬に痛みが走る。振り回されたナイフが彼の頬を掠めたのだ。

「ヒュー、ヒュー」

 息が荒い、目も血走っている。明らかに異様なその男はなおも固くナイフを握り締めたままだった。

「アンタは、いったいどこまで―――――――――――」

 姐さんの表情も険しいままだ。そもそもなぜ姐さんがこんなところにいるのか、彼はとんと見当がつかなかったが、何よりも今、目の前にナイフを持った父親の事で精いっぱいだった。

「なあ、そんなのしまおうよ。ね?危ないよそんなの」

 努めて冷静に、刺激しないように細心の注意を払いながらナイフを手放す事を促す。

「うるせえ!!おれぁもう駄目なんだよ!駄目なんだ!かねがあればやり直せる!またいちから」

 目の焦点も合わない、まるで何かのクスリをやっているかのようだった。

「無理よ。アンタは何やったって結局最後はこうなる。そう言う人間よ」

 姐さんは反論する。その言葉に彼はギョッとした。むやみに刺激しないほうが良いはずなのに、そんな反論してどうするんだと。

「違う!アイツが死ななければ俺はまともだった!!」

 アイツ。きっとお母さんの事。その言葉は彼に思い出させる。生まれてこなければと言われた時の父親の表情を。

「そんなこと言ってる時点で終わってんのよ人として!!」

 なぜだか、いつの間にか父親と姐さんの言い合いと化していた。姐さんの言い方にはどこか他人とは思えないほど熱がこもっている。

「あん?何?何の騒ぎ?」

 カンカンと階段を上るヒールの音がしたと思ったら、お隣のお姉さんがひょっこりと顔を出す。きっと今仕事から帰って来たところなのだろう。普段よりキラキラしている。

 お姉さんは目線を一周させると、事の事情を一瞬で把握したのか、すばやく持っていた携帯を取り出す。

「アンタ、この子が話してた前々からちょっかい出してた人ね。・・・・その手に持っているものを手放さないなら警察呼ぶわよ」

 化粧で多少緩和されていた鋭い目つきが顔を出す。

「けいさつ、ケイサツ、警察?警察を呼べばあいつらから逃げられる?」

 なおもぶつぶつと口元でしかしゃべらない父親の言葉を、しかし彼だけは聞いていた。

「あいつら?」

「あいつら、そうだあいつら俺から金を巻き上げやがって、金。金がない。金がないと、あいつらに殺される」

 男はカッと目を見開いたかと思うと、今一度ナイフに目線を落とし、何かを決心したように据わった目で彼の顔を見据えた。

「おまえ、バイトで生命保険入ってるよなぁ。おまえが死ねばかねがてにはいるってことだよなぁ、ヒヒッ。そうすれば俺はまたやりなおせる。そうさかねさえありゃおれは――――――」

 顔は邪悪に歪み、まるで汚物の様な腐った表情でナイフを利き手に持ち変える。 

 瞬間。男は飛んだ。

 距離にして一メートル。歩幅にして一歩半。そのわずかな距離を、最大限体重をかけるように、実の息子を確実に殺すために。 

「ひっ―――――――」

 その迫力に、執着とも呼べる何かに彼は恐怖し、足がすくんだ。

 結果。彼の足は動かず、逃げようと体重移動に失敗した上体が後ろに倒れ込んだ。 

 そして目標が外れた男のナイフが―――――――――――彼の肩に刺さる。

「雪君!!」

 キッチンから事の一部始終を見ていた希が、ようやく動いた足で、彼のもとに駆け寄る。

 その瞬間、姐さんは一瞬の隙をすかさず男を取り押さえることに成功したが、彼の肩に刺さったナイフを間一髪止めることができなかった。、

 ジクジクと痛む、服に赤い染みを作る肩を押さえて、荒い息のまま、彼は目の前の男を見る。姐さんに完全に関節を決められ、動くことすらままならない。そもそも動く気配すらない男を。自らを殺そうとした男を。

「そんなに、そんなに()の事が嫌いかよ!!アンタにとって俺っていったい何なんだよ!!」

 痛いのは、体か、それとも心なのか。視界が涙でぼやける。

 いくら言葉で言われても、我慢できた。しょうがないって、仕方がないと言い聞かせれた。

 だけどこうなってしまっては。目の前で本気の殺意を浴びせられたら、もう自分の心に歯止めなど効かない。

「俺、生命保険なんか入ってねえよ。詐欺まがいの手口でバイトしてるからさあ、そういうのは入ったことねえんだよ!そんなことも知らねえよな!息子の事なのに!でも、でもさ!俺もなんだよ!俺もあんたの事知らねえんだ。父親なのに今も、今までも何一つ、知らなかったんだよ」

 言葉尻は段々しぼむ。いつの間にか聞こえるサイレンが、ぽっかりと空いた身体を突き刺すような寒空に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結末はあまりにもあっさりとしていた。彼を縛っていた、締め付けていた鎖は警察という国家権力により、いともたやすく腐れ落ちた。

 あっさりとしすぎていて、何も残らない。問題を解決したという達成感も、仲直りしたという満足感も、あるのは脱力感だけだった。今まで悩んでいたものすべてを無に帰すような、すべてをぶち壊しにするようなそんな結末だった。

 今まで悩んでいたのがバカに思えるほど。

 最悪な結末で良いから決着をつけたいと願っていた。だけどこれはあまりにも最低のピリオドだった。

 白と黒にペイントされたパトカーが、三台ほど止まる。アパートの住人は何事かと外に出て野次馬のように見物していた。

 赤に染まる肩を押さえ、警察官に抱えられながらパトカーに乗り込む。ナイフが小さかったからか、それとも当たり所が良かったのか、幸いそこまで深い傷にはならず、血も止まり応急処置だけで済んだ。

 パトカーに乗り込む瞬間。希の顔が見えた。希には申し訳ない事をした。追いだしたりなんかしなければこんなことに巻き込まなかったのに。

「寒い」

 出血したからか、いつもより寒い。

 皮肉なことに満天の星空が見える夜空に、サイレンの音が悲しく鳴り響いた。




どうもめぐねええええええ!!高宮です。
想像以上に話が重くなって自分でも若干引いてますが、皆さんはどうでしょうか?ドン引きされてなければ幸いです。

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