ハロウィンフェスタも大成功をおさめ、季節は完全に冬に移り変わっていた。
ネットではミューズの知名度も高まり、いよいよ最終予選突破も現実味を帯びてきた頃。
穂乃果の家にある、一枚の紙が問題を運んでくることになった。
給料日になっても、十一月になっても、俺のもとに父が訪れることはなかった。
最初は日にちを間違えたのかもと思った。だが、ハロウィンフェスタが終わっても、月が変わっても、一向に訪れる気配がない。
今まで、そんなことはなかった。どんなに約束が反故にされ、とぼけられても、この約束だけは違えられたことはなかった。
俺のバイトでためた給料をあげる代わりに、独り暮らしをさせてほしいという約束。別に自立したかったわけじゃなくて、距離を置こうと思った。もしかしたらまた元の優しくも不器用な父に戻ってくれるかもという淡い希望を抱いた結果だった。
結果、父は変わらなかったが、給料日以外会わないことで、衝突は格段に減った。
父は一月ごとに給料をせびることになった。それはこっちに戻ってきてから今まで一度も忘れたことはない。律義に毎月給料日にうちのドアを乱暴に叩く。
渡したお金がどこに消えて行っているかなど知らない、父が今どこでどんな風に生活してるかも知らない。
だけど、決して裕福な暮らしができているわけじゃないことは分かる。いつも着ている服はよれよれだし、身だしなみは整えられているところを見たことがない。
お金など、持っているはずがないのだ。まして、今さら息子に罪悪感を感じたわけでもあるまい。
なのに、一向に家のドアが乱暴に叩かれることはなかった。
「ちょ、ちょっと雪君?」
「・・・・・・・・・・」
「あ、あの。どうして私の二の腕を掴んでいるの?」
ぼーっとしていた。考え事をしていた。気付くと目の前に、ゴミを見るような目でこちらを睨んでくる真姫ちゃんと凛が。そして隣には花陽がいた。花陽の手にはでっかいおにぎりが握られていて、ほおばっている仕草の途中で止まっている。なんでも新米なんだそうだ。傍目から見る分には違いなど分からないが、米通の花陽から言わせると、今年の新米は出来が良いんだそうだ。
「あ、ああ。ごめん。つい気持ち良くって」
言いながらなおも俺の右手が花陽の二の腕をふにふにし続けていると、穂乃果が部室にやってきた。
「やー、今日もさっむいねー。あ!雪ちゃんだ」
「-―――――――――。」
「ど、どうしたの?」
俺がじっと見つめていたからだろう。穂乃果がたじろぐ。
「いや、穂乃果ちょっと太った?」
「な!」
そう指摘すると穂乃果は身をのけぞらせ、えびぞりのようになる。
「・・・・・う、うわーん」
するとゆっくりとうなだれたかと思ったら、次の瞬間に泣きだして走り去ってしまった。
「雪、あなた―――――――」
「雪ちゃん―――――――――」
穂乃果が去って行った場所から海未とことりがこちらを見ている。二人の目からは呆れの色が見える。
「雪、あなた大丈夫?ちょっと変よ」
「え?」
真姫ちゃんが本気で心配している眼で俺を見つていた。
「いや、雪ちゃんはいつも変にゃ。いつもデリカシーないにゃ」
「でも、今日はいつもより変だよ。今だってずっと私の二の腕揉んでるし」
あれ?もしかして俺結構な事を言われてる?
「「「大丈夫?」」」
三人で言われた。綺麗にハモった。
「別に大丈夫だよ。いたって健康だよ」
熱は平熱だし、喉も痛くない。体の節々だっていたって良好に今日も稼働している。
だから大丈夫だと、心配させないように俺は皆に伝えたのだが、皆の目から不審さは消えなかった。
「ま、これで穂乃果もダイエットに本気になるでしょう」
俺を見る目は変わらず、やれやれといった形で海未が口を開く。その様子は本気で困っていそうだった、
ダイエット、ということは本当に太ってしまったのか。穂乃果の家は和菓子屋だから試作品の味見など、誘惑が多いのだろう。俺も昔はよく一緒に味見をしたものだ。和菓子はおなかにたまるし、お菓子なんてあんまり食べなかったから嬉しかったのを良く覚えている。
「ダイエットかー、今の季節は辛いねー、新米が食べられなくなっちゃう」
そう言って花陽は持っていた特大おにぎりをほおばる。気付くと花陽の顔の何倍もある特大のおにぎりはすでに半分が消化されていた。
「・・・・・かよちん」
「・・・・・気のせいかと思ってたけどあなた」
「?」
おにぎりをほおばり続ける花陽に凛と真姫ちゃんはじっとりとした視線を送る。
あー、やっぱり花陽の二の腕は気持ちいい。
「ぐ・・・ぅ・・・ふっ・・・ぃ」
ガチ泣きだ。練習する前に、怪しいということで花陽を保健室へ連れて行き体重計に乗せたところ、案の定体重が増えていたらしい。何キロから何キロになったか聞いたところ、びっくりするくらい凄く怒られた。ただ聞いただけなのに、納得がいかない。
それはさておき、花陽のテンションの落差がひどい。体重計に乗る前は、あんなに笑顔だったのに、今やその眩しい笑顔は見る影もない。まるで別人だ。
そのくせ手元にあった特大のおにぎりはなくなっているのだから最早病気だ。
「ダイエットですね」
海未の呟きも、耳に入っていないようだった。
「ということがあったんですよ」
「へー、大変なのね」
「他人事じゃないよツバサ!私たちだって気を付けないと!!」
「あんじゅは特にそうだな」
「英玲奈、それどういう意味?」
昨日、海未が穂乃果と花陽にダイエット大作戦を決行していたことを、ツバサさん達にストレッチを手伝いながら話していた。
最近は生徒会の仕事も落ち着いてアライズの練習を見る時間も増えてきた。
「私だけじゃないよ。世の女の子は皆その命題と戦っているんだよ!」
あんじゅは俺に背中をぐいぐいと押されながら力説している。
「あんじゅはどんなダイエットしているの?」
海未がいれば大丈夫だと思うが、少しでも穂乃果や花陽の為に情報を集めようと思いそんな事を聞く。傷付けてしまったようだったし。ちょっぴり罪悪感。
「――――――それは、暗に私が太っているとでも言いたいのかな雪君は」
「え?あ、違う違う。参考にしようと思って」
ぶんぶんと首を振って否定する。背中を押しているあんじゅから威圧感が放たれる。いつものほわほわしたあんじゅからは想像もできないほど鋭い声だった。
「はぁ。別に大したことはしてないよ。夜は食べるのを抑えるとか、炭水化物は抜くとか」
よかった。機嫌はおさまってくれたみたいだ。それでもまだちょっと不機嫌そうだけど。
そうか、やっぱりちゃんとすれば効果はあるんだな。
「英玲奈先輩は?」
「私か。私は特に何もしてないぞ」
「でた。スタイル良いくせに何もしてないって言うやつ」
あんじゅがおかしい。普段では考えられないほどどす黒いオーラを放っている。よっぽど大変なんだな。女の子って。
「いや、そう言うわけではないが、そうだなあえて言うなら規則正しい生活だ。早く寝て早く起きて、ご飯を三食しっかり食べる。あとは適度な運動だな」
簡単そうに言うが、それはしっかりと身についてないとなかなか難しい。現に俺は一つもあてはまっていない。いや、バイトで適度な運動はしてるか。でもその分夜更かししてるのでどちらかというとマイナスだろう。あー、耳が痛い。
でも英玲奈先輩の言い分によると穂乃果は多分、間食のしすぎだな。練習中にも菓子パンやらお菓子やらを食べている姿をよく見かける。花陽は言わずもがな米の取り過ぎだな。二人とも練習で適度な運動はクリアしているはずだから、食事制限すればすぐだろう。
といってもそれが一番の問題みたいだが、鬼教官の海未がいるから安心だ。
そう思ってたら海未から一通のメールが来た。内容は穂乃果達のダイエットを手伝ってほしいということらしい。場所は神田明神ということだ。
「あー、すいません。急用が出来ちゃったみたいで」
「む、そうなのか。ならば仕方ないな」
「えー、残念。今日はずっと一緒だと思ってたのに」
あんじゅに詫びて、ツバサさんを振り返った。するとばっちりと目が合う。
「――――――――ええ、また明日」
その事に多少動揺しながらも、また明日と返すことができた。
「どうしたのツバサ?」
「なんだか今日の雪。いつもより変だったような・・・・気のせいかしら?」
「そうか?そう言われるとそうだな」
「疲れてるんじゃないかしら。ここのところぼーっとしてるし」
「そうね。それだけだと良いのだけど―――――――――」
俺は嘘をつくのが上手いと思う。バイトの面接だってそうだし、具合が悪くても元気なふりをして気付かれなかったこともある。自分を偽ることも、他人を騙すことも何ともないことだと思ってた。
「ああ、ほら、雪が来ましたよ」
「げっ!雪ちゃん呼んだの!?ずるいよ海未ちゃん!」
「穂乃果ちゃんの為だよ?」
神田明神の長い階段を上り、段々と皆の顔が見えてくる。
穂乃果は海未を恨めしそうな顔で見たかと思うと、一転して花陽の両手をぐっと掴んだ。
「がんばろうね花陽ちゃん!同じ仲間として!」
「・・・・・・・仲間?」
「今、目、反らしたね?」
うがーっと穂乃果が花陽に掴みかかっている。きっとダイエットということで気が立っているのだろう。あんじゅもその話題を出すと機嫌が悪くなるし。
「おーっし目指せスリム体型!」「体重元に戻すぞ―!」
「二人とも燃えてるね」
いつの間にか肩まで組んだ二人は階段の前で青空に向かって叫んでいる。
「その調子で脂肪も燃やせればいいのにねー。あ、そういえば俺はなんで呼ばれたの?」
「「――――――――がはっ」」
あれ何気なく言ったその一言に、先ほどまでやる気十分だった二人が急にその場にうずくまってしまった。
「いや、雪がいれば二人とも必死になるかと思ったんですが、これは想定外でした」
「しっかりするにゃかよちん!!」「穂乃果ちゃん!」
凛とことりが二人を抱きかかえる。なぜか皆の俺を見る目が冷たい。俺が悪いの?
「・・・・大丈夫。走ろう花陽ちゃん」
「・・・ほ、穂乃果ちゃん」
「走って、痩せて、雪ちゃんを見返してやるんだよ」
「・・・・・そうだね。もう二度と私の二の腕は掴ませないよ」
どうやら二人とも復活したようだ。目がぎらついている。良かったよかった。
「どうやらやる気になった見たいやね」
「まったく、アイドルの自覚ないんじゃないの?」
「まぁまぁ、この時期で良かったわよ。最終予選直前になって発覚するよりかは」
神田明神の後ろの方で三年生は見つめている。一練習終えた後なのか、三人ともうっすらと体が汗で濡れている。
「でも、にこちゃんはもうちょっと食べたほうがいいんじゃない?ほら、発育的に」言った瞬間金的を食らった。クリーンヒットして息ができない。
「謝って」
見上げると、にこにーモードの晴れやかな笑顔で謝罪を要求された。
「謝って」
「すいませんでした」
なんでなんだ。
「はいそれでは最後に街をランニングしてきてください。ほら、行った行った」
海未が考えた効率良く脂肪を燃焼させるというメニューをこなし、文句は言いながらも二人とも順調にメニューを消化していた。
この分だと心配せずとも大丈夫なように思う。
後は食事制限だけど、これは雪穂に言っとけば多分大丈夫。
「それでさ、ずっと気になってたんだけどその手に持ってる衣装何?」
「これ?これは一番最初に講堂でしたライブの時の衣装だよ」
「いや、それはわかってんだけどさ」
ことりの手にはハンガーに掛けられた衣装が見せつけるように握られている。衣装の色からして穂乃果のだ。
「なんでもその衣装が入らなかったんですって、それで忘れないように持って来たのよ」
ことりのかわりに絵里先輩が答えてくれた。入らなかったんだ。それはご愁傷さまだ。
穂乃果が轟沈している光景を想像して思わず手を合わせてしまう。
「そんなことより、雪。何かありましたか?」
「え?」
急に海未からそんな事を言われる。表情はいたって真剣で、その表情に俺の心臓はとび跳ねた。
「昨日といい、今日といい発言が変ですよ?」
「そうかにゃ?雪ちゃんいつもこんなんだと思うけど。雪ちゃんにデリカシーという概念はないと思うにゃ」
凛が俺をどう思ってるかはよーく分かったとして、それでも海未の表情は硬いままだ。
「いえ、確かに雪はときどき空気読めない発言をしますが、それで私たちを傷付けることはありません」
なにか、あったのではないですか。そう海未は言葉を続ける。
正直、俺の心は揺さぶられていた。確信を突かれていたといっても良い。ツバサさんも不審がっていたが、上手く隠せていたつもりだった、いや、肝心な部分がばれたわけじゃない。それでも
やっぱり海未に隠し事は出来ないな。
俺は言ってしまいそうになった。実は俺の父親はクズで、今もこんなにも迷惑をかけられているのだと。その父親が最近姿を現さないのだと。
正直、それだけの事なのだ。言ってしまえば、口にしてしまえば、たった一行で収まってしまう。たったそれだけの事。それだけの事に、ここまで動揺してしまっている自分がいる。
「あ―――――――」
口に出そうとした。けど駄目だった。凝り固まったように、心の奥底になにか固くてドロっとしたものが流れているのを感じる。息苦しくなって、喉がひりつき、肺が酸素を欲しがる。
それほどまでに重いものだった。自分にとってこの問題は、空気のように体にまとわりついている事さえ気がつかない。それなのに、実際はとても重くて。
「そう?季節の変わり目だからかね、疲れてるのかな?」
そういって笑ってごまかした。
海未の目から、表情が柔らかくなることはなかったけど。
どうも、監獄学園高宮です。
ラブライブ映画凄いですね。Ⅴ3ですか。マッドマックスや海街ダイアリーを抜いているという事実。すさまじいですね。それほどまでに完成度は高かったわけですが。
これからもⅤ4Ⅴ5目指して頑張ってほしいです。
あとCDもね。まじエンジェリックエンジェル。