ラブライブ!~輝きの向こう側へ~   作:高宮 新太

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予選通過って案外難しい

 ついにこの時が来た。ラブライブ予選当日の朝だ。

 澄んだ青空が眩しく、日差しが強い。もう十月だというのに、季節外れに太陽が仕事をしている。片手で日の光を遮りながら、俺はとぼとぼと自身の学校であるUTXへと歩いていた。

 結局、ツバサさんの提案に乗ることにしたミューズはUTXの屋上で予選のライブをすることになっている。

 今日は学校で最後の練習確認。そしてUTXに移動して、リハーサルを行った後、ツバサさん達アライズのライブ。そしてその後いよいよミューズのライブが行われる。

 そう考えると自然、足取りが早くなる。緊張と不安と、楽しみと期待とが入り混じった胸の内は、早く皆に会いたい、その気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

 

「さぁ会長。仕事してください」

「・・・・・へ?」

 UTXにつくやいなや校門で待ち伏せしていた書記さんに、腕を引っ張られ連れてこられたのは生徒会室だった。生徒会長でありながら未だほとんど仕事目的で来たことはない。

「ツバサ様やあんじゅちゃんはライブのあれこれで忙しいんだから、仕事たまってるんです。本職であるあなたが頑張って仕事してください」

 書記さんに叱られる。まあ今まで仕事しなくてよかったのが奇跡みたいなもんだったし、仕事をするのにやぶさかではない。ていうかそれが当たり前で普通なんだけど。

 がしかし。

「これって今日やんなきゃいけないの?「今日です。マストでナウです」」

 やんわりと先延ばしにしようと思ったのだが、やや食い気味に押される。ついでに資料も手渡される。

「せ、せめてツバサさん達に挨拶くらいは・・・・」「ノーですノットです否定形です」

 ライブまであと数時間。せめて挨拶ぐらいしておきたかったのだが、それすらも拒否される。

「他の役員は?」「とっくに仕事終えてるに決まってるじゃないですか」「決まってるんだ」

 やや気分が滅入る。一人で仕事するのは辛いからだ。それにこの量を一人だと、アライズのライブどころか、ミューズのライブにまで支障をきたす可能性がある。

 ぶっちゃけ間に合う気がしない。

「ていうか、さっきからなんで書記さん敬語なの?」

「イライラしてるからに決まってるじゃないですか」「いや知らないよそのローカルルール」

 なに?書記さんはイライラすると敬語になるの?丁寧な口調で痛いところをビシビシとついてくるの?

「はぁ。いいから、早く仕事終わらせるよ」「あ、はい」

 ため息をつきながら書記さんは、普段は副会長、つまりあんじゅが座っている席に腰掛けた。つまり俺の隣だ。

「?」

 俺が不思議そうな顔をしていたのに気づいたのだろう。慌てて弁解をする。

「あれだから!!私もアライズのライブ見たいし!!こっちの方が仕事捗るし!!間に合わないと私が怒られるんだから!!分かった!?」

 顔を熟れたトマトみたいに真っ赤にして、まくし立てる。どうやら、手伝ってくれると言っているようだ。確かに隣の方が仕事はしやすい。

 後から聞いた話によると、どうやら仕事が残っていることに気づいたツバサさんが、書記さんに手伝うように指示したようだ。よほど必死に頼み込んでいたのだろう。間に合わないと怒られるとはそういう意味だ。

 勿論そんなの、今の俺には知る由もない。

「わかったわかった。じゃあ早く取りかからないとね。二人でやればぎりぎり終わるでしょ」

「・・・・・本当に分かってんのかなー」

 不満げに文句を言う書記さんはとりあえずスル―して、渡された資料をパラパラとめくる。それにしてもホントに終わるかな、この量。

 先ゆく未来に、若干の不安を残しつつ。それでも終わると信じて。ページをひたすらにめくり、ハンコを押し。サインを書き。静けさが灯る生徒会室で、二人っきりで。交わす言葉は事務的なもののみ。だが、志は共にして。ただひたすらに仕事をこなした結果。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おわった・・・・」

 最後の一枚にハンコを押して、机に突っ伏す。その拍子に最早紙くずとなった資料が空を舞うも、もう気にしない。

「う、腕がしびれてる・・・・」

 隣を見やると、書記さんも同じ恰好をしていた。同じように空を舞う紙くずから覗く二人の顔はまるで写し鏡のように同じ表情をしている。二人とも今日の天気の様に、晴れた眩しい笑顔だった。

「はっ!!いま何時!?」

 仕事が終わった脱力感と、少しの達成感で忘れていた。アライズのライブは午後6時から。ただいまの時刻、午後5時50分。

「やべー!!もう後十分しかねーじゃん!!」

 お昼前からぶっ通しでやり始めてこの時間かよ。どんだけ仕事してたんだ俺達。

「ちょ、もう!海田君がもたもたしてるからじゃないですか!大体、普通に仕事してればこんなにたまらなかったんですよ!!」「それは本当にごめんなさいね!!」

 いや、今はどっちが悪いかで言い争っている場合ではない。いや俺が100%悪いけど。今、早急にするべき事が他にあるはずだ。

「ていうか早くせなホンマに遅れてしまうやないか!!」「なんでエセ関西弁入ってんねん!!」「移ってもうてるやんけ!」「ねぇなんか段々変なテンションになってきてるんだけどこれ!!」「仕事のしすぎで頭おかしくなっとんちゃうんかい!」「なんで関西弁濃くなっていくんだよ!!」「とりあえず一回落ち着こうか!!」

 書記さんの提案にとりあえず乗る形でいったん落ち着く。

「とにかく!ライブがやってる講堂までなら、走ればまだ間に合うから!」

 そう言って差し出された手を握る。未だに講堂までの道のりが分からないので、引っ張って行ってもらい、何とか講堂に到着した。

 講堂の重苦しい扉を開く。薄暗い闇の中、こちらの存在に気付いた数名が手を振っているのが分かった。

 書記さんに引っ張られたまま、その手を振っている一団のもとへ近づくとその一団は、他の生徒会役員並びに俺が生徒会長になるとき手伝ってくれた女子たちだった。

「遅いよ!海田君!」「ほら!ここ座って!」「もうすぐ始まるよ!」

 女子達に引っ張られる。どうやら席を確保していてくれたようだ。

「ありがとうみんな」

 お礼を言い、席に座ろうとすると、ぐん、と重力を感じる。

 重力がかかっている方向へと目線を向けると、書記さんがその場に佇んでいた。いまだ手はつながっているので、俺も動けない。

「書記さん?」

「・・・・・・・」

 薄暗闇の中、書記さんの表情ははっきりとは汲み取れない。だが少し、緊張しているのが汗ばんできた手を通して分かった。

 そういえば、書記に立候補した時も人知れずだったみたいだし、この人たちと喋っている所を見たことはない。俺達をツバサさんの指示でUTXに連れてきてくれた時もミューズに対して緊張しているようだったし、学校に着いた瞬間どっか行っちゃったし。

 人見知りする子なんだろう。

「ふふっ」

「な、なんで笑うの!?」

 きっと、緊張が伝わっている事、書記さんは気付いていた。だからこそ、こんな薄暗闇の中でもわかるくらい真っ赤になってるんだと思う。

「ううん。なんでもない。ほら、早く座ろう。本当に始まっちゃう」

 書記さんを通路側の端っこに座らせて、俺はその隣に座る。

 きっと俺は嬉しかったんだ。今まで書記さんの事なんて、病的なまでにアライズが好きという事しか知らなかった。ほぼ毎日お昼を共にしているというのに。

 それが、今日一日で色々と知れた。怒ると敬語になる事。意外と恥ずかしがりやなこと。仕事ができるということ。人見知りするところ。

 それが俺はたまらなく嬉しくなった。ミューズのみんなと同様に。

「書記さん、俺これからももっと、書記さんの事知れたらなって思うよ。だからこれからもよろしくね」

 薄暗闇の中に、カラフルな照明が灯る。これからライブが始まることを知らせる照明に、観客は沸いた。その声援に俺の声はかき消えたかもしれない。

 そう思って隣を見る。緊張した面持ちが、講堂内を駆け巡る照明に一瞬照らされる。そして、なぜかまだ握っていた右手に、力がこもった。

 時刻は定時を過ぎている。こういうものは大抵、時刻を過ぎてからライブが行われる。そのおかげで間に合ったんだけど。

 瞬間、講堂内を巡っていた照明が突如消える。真っ暗闇に支配され、一瞬のうちに、ステージ上が照明により煌びやかに彩られた。

 そのセンターにいるのは、煌びやかな色に負けない。むしろその色々が引き立て役にしかならないほどに、輝いた綺羅ツバサ。統堂英玲奈。優木あんじゅ。

 アライズの登場に、曲のイントロに観客は一層割れる。隣の女子達も、生徒会役員も。誰一人として例外なく、アライズに、ライブに飲み込まれる。

 ただ二人を除いて。

 この光景を見て、きっとまだ、ミューズはアライズに勝てないと知った。けれど、そう遠くないいつの日か。彼女たちは、彼女たちを追い越すのだろう。それは願望でもあり、希望でもあり、ただの想像にすぎなかったけれど、それでも確かに、胸の内にある確信。

 その確信を胸にしまって、とりあえず今は、このライブを楽しむことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、すごかったねー。アライズのライブ」

「ぜ、全然楽しめなかった・・・・・」

「え?なんで?」

 講堂から出て、廊下を歩く。俺はとっても、満足げな表情をしていたけれど、書記さんは正反対の表情を見せていた。とってもげっそりとしていた。

「海田君が変なこと言うからでしょ!?女の子にああいうこと言っちゃだめなんだから!!」

 こぶしを握り締めて叱られる。右手はつながったままなので左手のみだ。

「変なことなんて言ってないよ。ただ、本当に素直にそう思っただけなんだ」

 それをただ、伝えたくて伝えただけ。

「それが、駄目だって言ってんの!勘違いしちゃうでしょ!?」

 勘違い?勘違いする要素なんてあっただろうか?俺はただこれからもよろしくと、お願いしただけなんだけど。

 でもそれは、送り手の言い分で。受け取り手の言い分も、あるのかもしれない。というかあるからこんなに怒ってるんだ。

 あ、いや、敬語じゃないから怒ってはいないのか。

 いや、それ以前に。こんなとこでもたもたしてる暇はない。

「ほら、早く行くよ!!」

「え?ちょ、どこに!?」

「そんなの、ミューズのライブに決まってるじゃないか!」

 今度は俺が引っ張る番だ。さんざアライズの良いところを聞かされたんだ。今度はミューズの良いところだって聞いてもらわなくちゃいけない。屋上までの道のりは、もう覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上の扉を開くと、もうすでにミューズのみんなは衣装に着替え、スタンバっていた。 間一髪ギリギリセーフ?

 見ると音ノ木坂の制服の生徒が、何人も詰め掛けている。応援団といったところだろうか。

 その後ろに二人、そっと移動して、ライブが始まる。

 その曲も、振り付けも、何度も練習で見たはずのものなのに、いや、何度も練習で見たからか、まるで違って見える。

 花陽が間違った腕の振りも、穂乃果がド忘れした歌詞も、凛が転んでいたステップも。今は完璧だ。  

 アライズの様な、熱狂的ファンも、派手さもない。だけど、確かに伝わる、確かに引き込まれる。不思議な9人の魅力。

 その様子はネットで全国に配信される。そして投票の後、予選通過者が決まる。

 だけどそんなこと、きっと今の彼女らは微塵も考えてない。

 ただこのライブを、楽しんで、成功させることだけを考えている。

 だから俺も、俺たちも。今この瞬間だけは何も考えずに、アライズのライブと同様に。ただ、楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなありがとう!」

 曲が終わり、同時にライブが終わる。生徒たちの観客にこたえる穂乃果の顔は、充実感にあふれていた。

 他の皆も、ハイタッチをしたり、抱き合ったり。ライブの成功を実感しているようだった。

「あ、雪君!」

 少し離れたところでその様子を眺めていると、ことりが俺を見つける。俺を見つけるということはつまり、俺と一緒にいる書記さんも見つけるということで、ことりの眼の虹彩がロンダルキアの落とし穴かってくらいに落ちた。

「あれ?またその子と一緒にいるの?」

「雪、来てたんですか?遅いですよ。てっきりこないものかと―――――――」

 はい、海未もロンダルキアの餌食にー。

「でたわねキャラ被り!」

 にこちゃんは先日の一件以来、書記さんの事をキャラかぶってると敵視するようになった。かぶってるのは髪型だけなんだけどね。

「あれ?にこちゃん髪型変えたんだ。確かにそっちの方が衣装に似合ってるね」

「な///」

 しかも、その髪形すら、今はにこちゃんがお団子にしているのでかぶってない。

「ていうかライブ見てたのかにゃー?全然気付かなかったにゃ」

「私は気付いてたよ。凛ちゃん」

 凛と花陽が近づいてくる。その周りには生徒たちが、しきりに称賛の言葉を述べている。

 みんなとそんなやり取りをしていると、不意に、右手が強く握られる。

 書記さんにしてみれば、ほぼ知らない人たちに囲まれることになるんだから、人見知りを発動してしまっているのかもしれない。

 そう思い、右手を握り返してちらりと横を見る。

「あ、そんな強く握らなくても。逃げないわよ///」「なんで絵里先輩!?いつの間に!?」

 見るとそこには書記さんの姿など跡形もなく。代わりに絵里先輩が俺の右手を握っていた。恋人つなぎになっていた。

「ふんぬ!!」

 速攻で海未に腕にチョップをかけられる。痛い。最近は海未もアグレッシブになってきた気がする。主に俺に対しての暴力行為のみ。

「とにかく、ライブお疲れ」

 痛む腕を抑えつつ、皆を労う。そういえば書記さんはどこに行ったのだろうと気になり、辺りを見回す。すると、屋上の出入り口の陰から、こちらをひょっこりと見ているのが分かった。

「海田君あの子誰!?」「海田君ってさー、いつも違う女の子と歩いてるよねー」「天然ジゴロだ!女たらしだ!」「リア充め!爆散しろ!!」「そのうち刃物で刺されればいいのに」「なんか段々辛辣になってきてません!?」爆散って何!?普通爆発でしょ!それも勘弁してもらいたいですけど!

 海未だけじゃなかった。なんか段々音ノ木坂の生徒の皆さんも、俺にあたりが強くなっている気がする。いや、当然か。彼女たちからしてみれば、俺は女子高に公にごまかしてまで侵入してくる変態。風当たりが良いわけない。 

「あの子はあれですよ。ただの同じ生徒会役員ってだけですから」

「本当に本当に本当に本当に本当?」

 俺の一言を待っていたのか、ピッタリと脇にくっついたことりから再四訪ねられる。 

 周りからも疑いの視線をバシバシと浴びせられたので、もうこれは本人に説明してもらおうと、出入り口へと歩く。

「ちょ、何!?」

「大丈夫だよ。あの真姫ちゃんでさえ友達できるんだから」「どういう意味よ!!」

 うわー、真姫ちゃん地獄耳ー。

 書記さんをみんなの前に引っ張って行き、二度目の自己紹介をさせる。

「う、う、あ、か、海田君のバカーーーー!!」

 顔を真っ赤にした書記さんは、そのまま走り去って行ってしまった。

 やっぱり人が多かったのがいけなかったのか。

 なにはともあれ、ライブはアライズ共に無事成功。仕事も完了。あとはただ、結果を待つのみとなる。




どうも太助は僕です。いや間違えました高宮です。
なんかもう後書きがただの日記みたいになってきたような気がする。
使い方あってる?大丈夫?大丈夫だよね?

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