雪穂が帰ってきてから、なんだかんだで夕飯までご馳走になってしまい辺りはもうすでに真っ暗。
「それじゃ、俺はそろそろ帰るよ」
「えー、まだいいじゃん。なんなら泊っていけばいいのに~」
「穂乃果、女子の家に殿方が一人で泊るなど言語道断です。ありえません」
「それに、雪君は受験生なんだからあんまり遅くまで拘束してちゃ悪いよ~?」
「そうだった!雪君、受験ファイトだよ!」
「うん、頑張るよ」
そう言い残して、店を出る俺に三人+雪穂が外までお見送りしてくれる。
「「「「バイバイ」」」」
「バイバイ」
手を振ってくれる四人に対して、恥ずかしいやら嬉しいやら。
そのままの足で家路に着く。
鍵を開け、ドアを開ける。
「ただいま」
返事が返ってこないさびしさにはもう慣れた。家賃2万6000円。1DK風呂トイレ付は破格のお値段だろう。我ながらいい物件を探だしたものだ。これと同等、もしくは超える物件はそうそうないはず。
お隣さんも、大家さんもよくしてくれるし。一つ気になっていることと言えば、この安さの理由を大家さんに聞いたとき「人が、ね。五人ほど立て続けに・・・」と目をそらして言っていたぐらいだろう。そういえば、最初に部屋に入った時も、赤いペンキ?かなにかが散布されていた、いやに鉄くさかったし、マスコミみたいな人も訪ねてきたこともあったなー。最近は見かけなくなったけど。
ベットに倒れこみながら、どうでもいいことを思い出しては泡のように消えていく。
さきほどの喧騒がまだ耳に残っている。楽しい時間というものほど時が流れるのは早い。
久々に味わった孤独感と闘いながら、いつもと変わらない一人っきりの朝を迎えた。
結局、穂乃果たちには言えなかった。いったらきっと気にしてしまうだろうから。
でも、もしも言えていたら。そんなIfを考える。考えても穂乃果たちがどうするのか結局わからなかった。いつだってどこでだって、穂乃果は俺の想像の上を行くんだ。
受験当日だというのに、のんきだなとは自分でも思う。足取りが軽いのを自覚する。
「いってきます」
今度は帰ってこない返事も気にはならなかった。
四月。俺は無事、UTX学院に入学し、日々を過ごしていた。
穂乃果たちに合格を告げると熱い抱擁が帰ってきて、その体温がいやにあったかかったのを一月以上たった今でも思い出す。
そしてこの学院、入ってみてわかったのだがスクールアイドルなるものがいるらしい。オリエンテーションのときにライブがあったのだが、それがもの凄かった。普段アイドルに触れていない俺でもわかるくらいに。周りの歓声や目が、物語っていた。
「ねぇねぇ、プール行かない?」
「あ、いいねー行こう行こう」
どうやら周りの女子たちがキャッキャッしながら、備え付けである屋内プールに行くようだ。時刻は四時過ぎ。下校の時間。
びっくりすることにここには、プールやらスパなどがあり、敷地内に入るときは学院証を機械にかざさねばならない。
ぶっちゃけ、身分が違いすぎる。あまりなじめていない。中学の時も似たようなものだから慣れてはいるけど。慣れって恐ろしい。
バイトまで、時間はまだある。どうしよう。音ノ木坂にでも行こうかな。こう、女装すれば何とか・・・無理か。無理かな。
俺が、羞恥に身悶えしていると、不意に携帯が鳴る。穂乃果だ。
「はい、もしもし」
「雪ちゃん!!!今から穂むらに来て!!!」
ブツッとそこで切れてしまった。
ものすごい圧迫感だった。ものすごい切迫感だった。どうしたというのだろう。もしや強盗とか?
考えがそこに至った瞬間、飛び出していた。ないとは思うが、言い切ることはできない。大抵おじさんがいるので大丈夫だとは思うが、万が一がある。
それに急ぐに越したことはない。違うなら違うほうがいい。
酸素がやや足りない脳みそで結論付け、走ることに集中した。
み・ち・に・ま・よ・っ・た
「はぁ、ふぅ、はぁ、ふぅ」
もう一度言おう。道に迷った。そりゃそうだ、いくら昔住んでいたとはいえ、まだ引越して三カ月も経ってない。街並みも多少は変わっている。そもそも学院から穂乃果の家までの道が分からない。
これは人に聞くしかないか。そう思い辺りをきょろきょろと見回す。すると、人だかりを見つけた。あそこにしよう。
人だかりに来てみると、どうやらここでライブがあったらしい。チャンスだ。それなら快く教えてくれるかもしれない。
「あのー、すいません」
「はー、やっぱアライズって神だわー、今度の新曲も絶対ゲットしなきゃ」
「あのー」
「?何よアンタ」
二度目の応答でようやく振り向いてくれる。みるとマスクにサングラスという奇抜なファッションだった
「道を聞きたいんです。穂むらというお店なんですけど」
「穂むら?知ってるけど?ちょうど用事もあるし」
「ああ、良かった。あ、なら一緒に行きます?」
「一緒に?!な、なにあんたこのスーパーアイドルにこちゃんのストーカー?」
「いえ、そういうわけじゃ・・」
そこで、スーパーアイドルにこちゃんが何かに気づき声を上げる。
「ていうか、その制服UTXのじゃない?」
「ええ、そうですけど」
「やっぱり!じゃ、じゃあアライズのDVDとストラップ、持ってる!?」
DVD?ストラップ?ああ、確かそんなもの入学式のとき貰ったような。
「はい、持ってると思いますけど」
「そ、それ。譲ってくれない?あれヤフーオークションにもなかなか出品されないのよ!」
「ええ、いいですけど」
正直、いらないし。欲しいという人がいるなら、譲ったほうがいい。
「やった!ほんとーに、にこってばラッキーすぎて困っちゃう」
今どんな表情をしているのかは分からないが、雰囲気から察するに喜んでいるようだ。なんだかよくわかんないけど微笑ましい。小学生の娘がおもちゃを買ってもらった時のような、そんな感じ。
「それで、道なんですけど」
「ああ、こっちよ」
そのにこちゃんに連れられ、ようやっとの思いで店の前に到着した。
「やっと、着いた。ありがとうございます、にこちゃ」
振り返ると、すでにそこには誰もいなくなっていた。もしや、にこちゃんは俺が生み出した幻想?ストーリーに迷ったら出てくるモーグリ的な何かだったのだろうか。
まぁ、当然そんなわけわない。よーく辺りを見回してみると、物陰からこちらをみつめるモーグリが。
「なにやってるんですか?」
「私の事はいいから、ほっときなさい」
そういわれても、ここからみると不審者にしか見えないし。
どうしようか悩んでいると携帯が西野カナばりに震えていた。
「はいもし、」
「遅い!今どこで何やってるの雪ちゃん!!」
やや食い気味に聞いてくる穂乃果に弁明する。
「ごめん、今店の前だから、いますぐいくから」
にこちゃんのことなどきれいさっぱり頭の中から消え、急いで店の中へとはいって行った。
階段を上がりいつものようにドアを開ける。
「みんな~、きてくれてありがとー」
鏡の前で極上のスマイルを浮かべる海未がそこにいた。
・
・
・
ピシャッ
い、今のは?何?姿かたちだけは海未に見えたけど、まさかドッペルゲンガー?ドッペルゲンガーなの?ドッペルゲンガーはないよね?
も、もういちどだけ。こんどはそっと覗きこむように。
「・・・」
真顔でじっとこちらを見つめる海未が目の前にいた。
ピシャッ
こ、ここ、怖かった。
「あー、遅いよ雪ちゃん!何してたの?」
「い、いやドッペルゲンガーが・・」
「ドッペルゲンガー?」
ことりと、穂乃果に説明する前に、穂乃果がドアを開けてしまう。
「あっだめ――――――」
「海未ちゃん、雪ちゃん来たよ」
「そうですね、ではあの話をしましょうか?」
あ、あれ?いつもの海未だ。
さっきのは見間違い?
「ね、ねぇ。海未?さっきの奴って―――――」
海未の隣に腰掛けながら聞いてみると。
ガンッと足の指先、それも小指にひじ打ちを食らう。
「先ほどとはいったいいつの事なのでしょうか何時何分何秒地球が何回回った日の事でしょうか」
これ以上言ったら殺すと目が言っていた。
「それで、何の話?」
どうやら、強盗ではなかったようで一安心。とはいえ。
何かただならぬ雰囲気がこの部屋を支配していた。
「うん、じつはね。音ノ木坂が廃校になっちゃうかも知れなくて」
「え?」
廃校?なくなるってこと?音ノ木坂が?生徒数が年々減少していると嘆いていたのは、あれはことりだっただろうか。
「じゃ、じゃあ穂乃果たちはいったいどうなるの?」
「それについては、大丈夫です。たとえ仮に廃校が本決まりになったとしても、今いる生徒が卒業してからの話ですから」
「そ、そっか」
にしても、自分の母校、それにことりのお母さんにとってはそれ以上のものがなくなるってことだ。
面白い話ではない。
「それでね、私たちスクールアイドルをやることにしたの」
「スクールアイドル?」
?廃校の話だよね?なんでスクールアイドル?
「うん、スクールアイドルになって音ノ木坂はいいところだよって伝えるの!!」
ああ、なるほど。確かにいい手かもしれない。スクールアイドルは流行ってるし、当たればそれこそ生徒はドカンと入ってくるだろう。
当たればの話だが。
「勝算はあるの?」
「ない!!!」
プッと思わず吹き出してしまった。だってあまりにも穂乃果らしかったから。みるとほかの二人も苦笑い。きっと強引に誘われたのだろう。でなきゃあの恥ずかしがりの海未が承諾するはずがない。
「あー、ひどい。笑うことないじゃん」
「ごめん」
謝ったあとで一呼吸おいて。
「いいんじゃない。って俺の許可がいるわけじゃないけど、それでも俺はいいと思うよ」
きっと穂乃果なら何とかしてしまう。昔からそう思わせてくれた彼女に、期待して。
「ほんとに!?そっか雪ちゃんもいいと思うかー、これはもう本格的にやるしかないね」
「ちょっと、今までは本気じゃなかったのですか」
「本気だよ、本気の思いが強くなっただけ」
こうなった穂乃果はだれにも止められない。
「それで、これからどうするの?スクールアイドルするにしたっていろいろ必要でしょ?」
その一言で、ことりが必要なものを書き出していく。
「曲でしょ「ない」振り付けでしょ「ない」衣装でしょ「ない」ライブやるとしても人手もいるし「ない」そういえば名前も「ない」」
「ちょっと、ちょっと」
ほんとにやる気あるんですかこの子は。ないないずくしじゃないですか。
ジトッとした目を向けると穂乃果は先ほどまでの勢いがしぼみ、座り込んでしまう。海未はため息をついているし、ことりは苦笑い。
「ど、どうすればいいかな?」
しぼみようが面白くてちょっと笑ってしまいながら。きっと手を貸すんだ。
「ふふっ、一緒に考えよっか」
きっとこんな思い付き、成功するほうがおかしい。だけど、不思議と先ほどまでの倦怠感は一切感じなかった。
会議の結果。決まったことはこれから毎朝、毎放課後、神田明神で練習するということ。そして名前やら人員やらは、学校で募集をかけること、この二つだ。そして今しがた決まったことがさらにもう二つ。
「わ、私には無理です」
「大丈夫、海未ちゃんならできるって。穂乃果しってるよ海未ちゃん中学の時ポエムみたいなの「わー!わー!わー!」」
「ゆ、雪!い、今の聞きました?!」
「今のって、海未ちゃん中学の時ポエムみたいなのまでしか聞こえぎゃう」
うぐっ、お腹に重たい一発が。見上げると海未が「わすれろ」「はい」
なんだ、何がいけなかったって言うんだ。ちょっと穂乃果の声真似をしたからか、似てないなとは思ったけど、そんな怖い顔しなくていいじゃん><。
「うう、いっそ殺して」
「海未ちゃん、おとなしく歌詞書こう。ね。」
「ことり、笑顔が怖いです」
こうして、海未が歌詞を書くことになった。
「ことりは、衣装作るの嫌じゃないんですか?」
若干恨みがましい目つきなのは、気のせいだろうか。
「うん!昔から裁縫得意だし、かわいい衣装作れるのすごく楽しみ!」
「そうですか」
これで衣装担当も決定する。残っているのは俺と穂乃果だけ。
「穂乃果は何するの?」
といっても、残っているもので、穂乃果ができそうなのないんだけどね。
「え、えっと踊るよ!」
「うん、それはみんな同じだね」
「う、歌うよ」
「それ以外で何かない?」
「・・・」
わー、黙っちゃったよ。仕方ないけど。
「じゃあ、穂乃果は元気担当だね」
「元気担当?」
「うん。みんなが元気ないなーって時、元気を与えるようなそんな担当」
「!それならできそうな気がする!」
アホ毛がぴょんぴょこ動く。こういうところは見ていて飽きないので案外アイドルに向いているかもしれない。身内びいきかもしれないけど。
「じゃ、今日はこの辺でお開きにしよう、もう辺りも薄暗いし」
「そうだね、じゃあ明日は6時に神田明神に集合だー」
「もちろん、雪君も来るんだよ?」
「あー、わかった。行くよ」
というか、完全にバイトの事を忘れていた。まだ間に合うけど、余裕はない。
「それじゃ」
振り付けや衣装を三人で考えている姿はみていてとても微笑ましくて。あんまりこういう言い方は好きじゃないけど、青春だなって思ったりもした。
小さな声でさよならをして、そっとそっとドアを閉める。
「朝のバイト、休み貰わなきゃな」
言葉とは裏腹に、顔がほ綻んでいるのが分かってしまってなんだか恥ずかしくなる。
やっぱり穂乃果はいつだって俺の想像の上を行く。
多分、これからきっと忙しくなる。
どうも、最近小指の爪が割れた高宮です。土曜プレミアム「ジャッジ」見ました。めっちゃ面白かった。何がどうっていうと、長くなっちゃうんであれですけど生きててもいいのかなー、なんて考えてしまいます。人の温かみみたいな。俺もああいうの書きたい。がんばろ。
明日は更新する。言っとかないとやらないと思うから言う。ではまた明日。いやもう今日だ。