「先生ー、行ってきたずらよ?」
「ああ、ありがとう。国木田さん」
授業と授業の合間の休憩時間、僕は次の授業の準備をするべく教室にいた。
そんな僕の背中から話しかけてきたのはセミロングの髪の毛はさらさらと輝いて、顔の造形は一年生の中でもトップクラスだと評判の、評判というところで僕個人の意見ではないことを重々承知していただきたいのだが、ほら僕ってば教師で大人だからね!淫行条例とか怖いからね!
とにかく評判の
「それで、どうだった?」
やや不安げになりながら僕は国木田さんに尋ねる。
尋ねた時の彼女の顔で大体は察したのだが。
「ダメだったずら。玄関のドアは開かなかったです」
肩をすくめながらそういう彼女に、僕は「そっか」とあまり重くならないように返す。
津島善子さんの不登校はどうやら時間が解決してくれるようなものではないらしい。
入学の初日の自己紹介でやらかしたことがある人なんてまあまあの割合でいそうなものだが、彼女にとってどうやらそれは他人が考えるよりも重い事実だったらしかった。
そこで、津島さんと幼稚園が一緒だったという国木田さんにプリントを届けるついでに様子を見に行ってもらっていたのだ。
「開かなかったかー」
結構な勝算があったこの作戦だったが、結果は見ての通り。
まあ致し方ない。
「うん、ありがとう。今度は僕が行ってみるよ」
正直、こういうので大人の教師が行く、それもまだ信頼関係も何も築いていない時にいっても嫌がられるだけだと思ってたけど。
幼稚園の時の友達でもダメとなると、これは僕が行くしかない。
信頼関係はその時築けばいいわけだし、ハードルは高いが。
多少なりともナーバスな気持ちがないわけではないが、きっと津島さんのほうがもっとナーバスに違いないと思いなおして。
その日の放課後、僕は津島さん家に行くという決心をした。
「で?その後ろの黒澤ルビィさんは何をやっておられるので?」
それとは関係なく、なぜかずっと国木田さんの後ろで隠れているのはツインテールにおどおどした表情がくっついた黒澤ルビィさん。
苗字でお分かりかと思うが、生徒会長黒澤ダイヤさんの妹である。
「ああ、気にしないでほしいずら。ただの人見知りですから」
いや、気にするよね。不自然極まりないよね。
「じゃ、私たちはこれで」
「あ、うん」
ペコリと一つ丁寧にお辞儀して、国木田さんはトコトコと廊下を歩いていく。
その後ろに顔だけひょっこりだした形をキープした黒澤さんをつれて。
「いやどんな友情?」
千差万別、人それぞれあれどあんな形のものは見たことない。学会とかあれば名前つけてくれ。
まあ、あれでも本人たちが納得しているならいっか。と、思い直したところで授業開始の合図が鳴る。
「・・・いや授業は!?」
さらっと見送ってしまったけど、あの子ら僕の授業受ける気ないな!さらっと抜け出しやがった!
なんてこともありつつ放課後。
僕は、住所録を手に津島さんの家の前まで来ていた。
家はわりかし普通の一軒家。学校からの距離も通えない程ではない。
わずかにあった不登校になった他の可能性も順調に消えたところで、僕は意を決してインターホンを押す。
『はい』
・・・津島さんの声ではない。少女というよりかは年齢を感じさせる声。
「あ、どうも。津島さんの担任の海田雪です」
きっとお母さんが出たのだろう。これは幸先がいい、家に入れてくれる確率がグーンと上がった。
『あー!あー!あー!』
名乗った途端に声色が一段階も二段階も上がって。
それ以降、ピタッと声が出なくなった。
するとドタドタと家の中から音がして。
「先生!お待ちしてました!」
満面の笑みでお母さんが出てきた。
いや、お母さんが出るのはいい。予想通りだ。
けどなんでそんなに笑顔なんです?てっきりもっと暗い感じかと思ってたけど。なんか怖い。
いやしかしこれは逆に考えれば案外すんなり行くのでは?そう思い、僕はお母さんに連れられるまま家へと入った。
「いやー、もう家の子はすぐ変なこと言うでしょう?心配なんですよぉ。今もねえ、家にこもりっきりで」
マシンガントーク。マシンガントーク。マシンガントーク。
井戸端会議をしている奥様方なみのトークの速さと話題の移り変わりの凄さがエグイな。
なんかふっと気を抜くとすぐ次の話題になってる。
「最近もねえ、芸能界とか不倫とか多いでしょう」
いや何の話題だよ!気を抜くと話題が変わるとかそういうレベルじゃねえよ!?瞬間移動したよね今!
「あ、あの。すんません、娘さんの話が聞きたいんですけど」
「ああ!ごめんなさいねえ!なんかお話が弾んじゃって!」
いえ、弾んでたのお母さんの方だけでしたけどね!僕は一方的にボールぶつけられてただけですけどね!
「善子ったらねえ、昔っから変な言葉とかが好きでねえ」
どうやらお母さんの会話を聞くに、入学初日のあれは突発的なものではなく普段からの習慣から出た行いらしかった。
とはいえ、それでここまで塞ぎこんでいるということは、自分ではやるつもりがなかったからに他ならない。
きっと高校ではそういうことから卒業しようとしていたのだろう。いわゆる高校デビューというやつを。
「善子ー、善子ー」
コンコンとドアをノックしてお母さんが呼びかける。
しかし、部屋の主からの返事はない。
「あら?おかしいわね、寝てるのかしら」
「いやちょ!お母さん!?」
そう言ったお母さんはなんの躊躇もなしに娘の部屋の扉を開けた。
デリカシーとかどっかに置いてきちゃったんですかね!
「寝てるみたいね」
当の本人の津島善子さんはというと、自分のベットでスヤスヤとお昼寝中だった。
「あ、もうこんな時間。私買い物兼井戸端会議の時間だわ」
いやどんな時間だよ!さっきあんだけ喋ってたのにまだ喋りに行くの!?
「じゃ、先生。後はご自由にどうぞ」
ホホホ、と笑いながらお母さんはそれっきり、マジで買い物兼井戸端会議へと外出してしまった。
「・・・世のお母さま方は皆あんなんなのかな」
圧倒されながらも、一人、ポツンと取り残された僕は。
「お邪魔しまーす」
んんっと喉を鳴らして、起こさないように抜き足差し足で津島さんの部屋へと侵入するのであった。
僕も大概デリカシーは持ち合わせていないらしい。
「ん・・・・んん」
津島さんが起きたのはそれから十分も経たないくらいだった。
「・・・・・はへ?」
寝起きで髪はボサボサ、目は重そうにまぶたとまぶたがくっつきそうになっている。
「ああ、おはよう」
僕はそんな彼女の傍、具体的に言うならばベットの横。床に座って彼女の顔が背中に来てしまうようなそんな場所で。
読書に耽っていた。
「—————————っ!?だ、誰!?」
数秒間のタイムラグ、覚醒しつつある頭が混乱したように津島さんはベットの端っこに逃げ隠れる。
直後、そのドタバタから上に置いていた荷物というか置物がバラバラと頭の上に落ちてきたけれど。
「大丈夫?」
「いたた・・・ってそうじゃなくて!誰ですかアナタ!」
慌てっぷりが面白かったのでしばらく見守っていたが、そろそろ名乗らないと通報されそうな勢いだったので。
「覚えてないかな?キミの担任の海田です」
実質一回会っただけだし、その一回もさんざんだったから覚えてないのも無理はない。できるだけ印象を良くしようと爽やかに自己紹介してみるけど。
「たん・・にん・・?」
何それ美味しいの?くらいの勢いで、目が点になるのは津島さん。
「な、なんで担任の先生が・・・?」
「お母さまがいれてくれたのさ」
「そ、そんな・・・誰も入れないようにしてたのに。う、うう」
ついにきたか、来てしまったか。そんな心の声がこちらにも漏れ聞こえてくる。
「まあまあ、落ち着いてよ。それにしても凄い部屋だね」
改めて彼女の部屋を見回してみても、異質というか異様な部屋である。
一面真っ黒に覆われたこの空間は天体やら黒魔術やら悪魔やら、偏った趣味嗜好のグッズに埋め尽くされていた。
にこちゃんの部屋が僕の中ではダントツ凄かったのだが、これはそれを超えてくるかもしれない。あらゆる意味で。
「好きなんだ?こういうの」
「う、うう・・・」
まるで隠し事が見つかった子供のように頭を抱えてうなる津島さん。
「・・・や、やめようと思ってたけど。つい、中学生の時の癖が抜けなくて・・・」
悲痛さが伴ったその声の主は今にも泣きそうだ。
「それで、学校に行きづらくなっちゃった。と」
僕の言葉に、小さく頷く津島さん。
まあ、気持ちはわからんでもない。
「ていうか先生、さっきからそれ何読んで・・・って!!」
「ん?」
「そ、それは!私が中学生の頃にしたためていた堕天使日記目録!!」
あ、やっぱそうだったんだ。解説ありがとう。
津島さんが青ざめた表情で見つめていた先には、僕が手にしていたごてごてした装飾で飾られたそのノート。
「な、なぜそれを・・・!?」
「ああ、君が寝てる間ちょっと読んでたんだ」
「寝てる間・・・?ちょっと・・・?読んだ・・・?」
わなわなと震えている彼女の顔は顔面蒼白と呼ぶにふさわしく。
「で、で、で」
「で?」
「出てってーーーーー!!」
バタン!!
と、拒絶の意志と共に勢いよく追い出された僕。
「・・・えっと、デリカシー置いてきすぎちゃった?」
正解。
しかし、時すでに遅し。で、あった。
「くっそー。やらかしたなぁ」
千歌ちゃんの家に帰るまで、ずっとうだうだうだうだ言っていた僕。
これで次に会うハードルが軒並み上がってしまった。せめてもの救いのお母さまだけはなんとしてでも好感度をキープしておかなければならないのだが。
津島さんから悪い印象でも与えられたら手詰まりだ。
しかしまあ、あえて良かった点を与えるとするならば彼女の悩みが聞けたことだろう。
予想通りだったとはいえ、それを彼女自身の口からきけたのが大きい。これがあるのとないのでは月とスッポンだ。
「ただいまー」
「あ、先生ー。おかえりー」
「ただいまです、美渡さん」
そんなこんなで家の玄関を開けると、僕よりさらにうだうだしている声が聞こえてきた。
「もー、先生聞いてよ。千歌ってばスクールアイドルになるなんて言ってんのよ」
そこには妹がまた馬鹿なこと言い出したと呆れる姉の姿がある。
「それでさー、うちの会社の人何人いるかー、だって。なんか体育館を埋めなくちゃって息巻いてんの」
なるほど、使えるツテは使わないととてもじゃないがあの体育館を埋めることなんてできやしない。
手っ取り早く家族ってのは悪くないと僕は思う。
「先生?なに笑ってんの?そりゃ、笑っちゃうような話だけどさー」
「え?僕、笑ってました?」
どうやら自分でも気づかぬ内に口角が上がっていたらしい。いかんな、気を付けよう。だらしないとみられる。
「でもほら、いいんじゃないです?楽しそうで」
「そうかなー?」
「そうですよ、それがなんであったって、真剣に何かをやんのって凄いことだと僕は思いますよ」
今はまだ、何も成していない彼女たちだから、口だけだと言われたってしょうがないけれど。
それでも多分、彼女たちにはそんなの関係がないのだ。自身の中にある気持ちが本物だと知っているから。
「・・・・・まあ、そうかも」
それを知っているのは、きっと僕なんかよりずっと近くで見てきた美渡さん自身であろう。
伏目がちに納得した彼女に、僕は千歌ちゃんの居場所を尋ねた。
千歌ちゃんは部屋にいると言うので、階段を上がっていると上からぐでーっと力の抜けた彼女が現れる。
「やあ、千歌ちゃん。美渡さんに断られたんだって?」
「あ!先生、おかえんなさーい」
「うん、ただいま」
どうやら相当人集めに苦心しているらしい、体全体からそれがひしひしと伝わってくる。
「先生、先生たちは見に来てくれるよね?」
がっしりと肩を掴まれ、切ない表情でまるで子犬のようだ。
「あー、まあ、言うだけ言ってみるけど」
「ソレじゃあだめなんだよ!先生も知ってるでしょ!あの体育館を埋めなきゃなんだよ!?」
「うん、知ってる知ってる。知ってるから、ぐわんぐわん肩を揺らさないでね。落ちちゃうからね。危ないからね」
言葉の強さと比例するように肩の手も力が入る。
「えー!?じゃあ先生も何か案出してよお!」
なにが「えー!?」なのかとんと見当もつかないけれど、そこまで言うなら一つだけ考えがないことはない。
その旨を告げると。
「ホント!?え!?なに!?なに!?」
さっきまでの消沈した気持ちなど知らん!とでも言うように、顔をキラキラ輝かせ、鼻息荒く近づいてくる。
「ほら、駅前とかでビラ配りすればいいと思うよ。というか、現状できることなんてそんくらいでしょ」
かつては穂乃果たちもやったビラ配り。ここは東京より田舎だし、ご近所さんづきあいとかありそうなイメージ。
あやかれるもんはあやかって損はないだろう。
「ビラ配りぃ?なんか地味」
「こらこらー、バカにすんなよ。噂によるとあのμ'sもやってたらしいよ」
「ウソ!?μ'sも!」
「ほんとほんと」
その一言で、魔法のように再度顔を輝かせた千歌ちゃんは。
「やる!!」
と、力強く宣言した。
彼女にとってそれほどμ'sは特別なんだろう。
「よーし!そうと決まったら早速チラシ作んなきゃ!ありがと!先生!」
実に生き生きとした顔でそんなことを言っている彼女に適当に相槌をしながら。
もし、もしもあの体育館を埋めるなんてことが出来るたのなら。
もしかしたら、もしかするのかもしれない。
なんて、肥大化した妄想ってやつだろうか。
「がんばって」
「うん!」
彼女の満面の笑みを見て。
そう思った。
「あ」
ようやく肩から手を離してくれたために、僕の体重は振り子のように後ろへと推進して大きな音を立てて転んでいくのだが。
それはまた別のお話で。
「ご、ごめん先生!大丈夫!?」
遠くの方で聞こえる声と、チカチカする視界の中で。
千歌ちゃん、君は明日宿題二倍だ!!
というのもまた、別のお話で。
どうも!一狩り行こうぜ!高宮です。
ついにモンハンワールド買ったぜ!超楽しいぜ!時間が過ぎるのが早いぜ!
キャラメイクした瞬間、「こいつの名前はレオナルドだ!それ以外考えられない!」っていう経験あるぜ!今回正にそれだったぜ!オトモアイルーの名前は必然的にワタナベになったぜ!娘ができたら杏って名前にして東出昌大と結婚させんだぜ!そんなゲームじゃないんだぜ!
ということで、次回もまた一狩り行こうぜ!