「えーっと、それではまずは自己紹介からかな」
麗らかな春の陽気が続く今日この頃に、まだ着慣れていないであろう制服に身を包んだ新入生がきっちり12人。
皆、各々椅子に座っている様からは緊張感が醸し出されている。
教室が広く感じるくらい少ない、とはいえこの学校全体を合わせたって100人にも満たないのだ。これも仕方ないと言えよう。
そう、仕方ない。大人になるにつれてそうやって諦められることが増えてきた。
「海田雪。25歳、担当は国語。一年間、君たちの担任をします。よろしくね」
パチパチパチパチ。
掴みは上々のようでキラキラした瞳と人数のわりに力強い拍手をもらい、僕は内心ほっとする。
新入生の生徒も期待と不安で胸を一杯にさせているとは思うが、当然先生である僕だってそれは同じことだ。
そのことに同じ立場になってみてようやく気付いた。
そう、”今度はちゃんとやらなきゃいけないんだし”。
「じゃあ、初日ということで簡単に自己紹介していこうか」
笑顔は崩さず、近寄りがたさを出さずにでも必要以上に近づかない。
穏やかで平和な学園生活。
それが僕がこの三年で学んだ先生というポジションの立ち位置だ。
「堕天使ヨハネと契約して、フフッ、あなたも私のリトルデーモンに、なってみない?」
が、しかし。
早々にしてその平和の二文字が崩れ去る音が聞こえる。
(え?何?なんて言ったのこの子今?)
あまりにも唐突過ぎて、あまりにも毛色が違い過ぎて僕は思わず目が点になる。
それは生徒たちも同様のようで面喰ったようにポカンとなった空気。
最初は誇らしげにそう言っていた彼女も、だんだんと空気を察したのか。
「・・・・・—————————っ!」
その空気に、やってしまったという表情の後一瞬にして彼女。
頭の上で髪でわっかを作るこだわりが光るセミロングな女の子。
「えええー」
そのすべての出来事が一瞬過ぎて、対処のしようもない。フリーズする僕とwith生徒。
「・・・ごめんな、ちょっと待っててもらっていいかな?」
まだ信頼関係も何も築けてないこの状態で、この異常とも呼べる状況をどうにかしないわけにはいかない。
例え多少踏み込んでしまうのだとしても。
「ちょっと待ってよ、津島さーん」
「ひゃあああ!?」
なぜか玄関の靴箱で運動靴に履き替えてる津島さんに声を掛けたら思いの外、絶叫で返された。
「大丈夫?」
「せ、先生・・・?」
あ、よかった先生という認識はされてたみたいだ。
あんな一瞬しか出会ってなかったから、心配だったけど。
「えっと、取り敢えず教室に戻ろう?」
教師としては初日のそれも初回の授業からサボりは見過ごせない。
「い、嫌です」
まあ、見たところ不良ってわけでもないしちょっと頭を冷やせば戻ってきてくれ・・・あれえ?
「あ、あんなことまたやっちゃって、高校では普通で行こうって決めてたのに・・・」
ブツブツと聞こえるか聞こえないかくらいの声で彼女はそう言った。
結構力強く拒否されるとは思ってなかったから半分くらい聞き取れなかったけど。
まあでも理由はわかるし戻りづらいのも分かる。
本当なら一緒にちょっとくらいサボってもいいんだけど。
残念ながら担任という立場である僕がそれをするわけにはいかない。
これでも多少の責任感はある。
ここは一つ、大人が励ましてあげるとするか。
「大丈夫さ!君のその”痛い”発言も皆笑って忘れてくれるって!」
「ぎゃああああ!!」
あれえ?間違えた?なんか傷口に塩を塗りたくられたのかってくらい悶絶してるけど。胸の奥をかきむしろうと必死だけど。
「も、もうヤダ!お家帰る!!」
「ちょちょちょ、流石にそれは!」
思わず腕をつかんで押しとどめようとする僕と、必死に玄関先へと邁進しようとする津島さん。
「離して!もう私帰るんだから!」
「ちょっと待ってよ!あともうちょっとで終わるから!ほら!一回!一回だけ!一回だけならいいでしょ!?」
なんだこれ?なんか変な会話に聞こえる。なんかセリフだけ聞くとラブホ前で必死に食い下がる男みたいな感じになってないこれ?
「海田君、何してるんですかアナタこんなところで」
「うおおお!?」
絶対零度よりもなお一層冷たい声。思わず全身が逆立って震える。
なんてことだ懸念が現実に。いや別になにもやましいことはしていないのだけれど。
「書記さん?ちょ、書記さーん?なんか髪が凄いことになってる!浮き上がってるから!鎮めよ!一回鎮めよ!?」
なんかこの世の終わりみたいになってた。怒髪天貫いてた。キタロウよりキタロウみたいになってた。
「今の隙に!!」
「ああ!ちょ!」
僕が書記さんに震え上がっていたその瞬間を狙って、するりと僕の手から津島さんは逃げおおせていた。
逃がすまいと掴みかけた腕はしかし、寸でのところで引き戻される。
「今のは、どういうアレなのかしらあー?」
あれ?なんかコォオオオ、って聞こえるんだけど?冷気が見えるんだけど?瞳が赤く充血してるんですけどぉ?
「あの、書記さん痛い。肩が、肩が、もげそうな勢いで、爪が、爪が、食い込んでるから」
涙目になりながら訴えかける僕の安否は、はたして無事なのだろうか。
と、他人事のようにそう思った。
「えっと、それじゃあ一限目を始めます」
「先生ー、なんでボロボロなんですか?」
無事じゃすまなかったからです。
などという波乱に満ちた初日も午前で終わり、僕は職員室でぶーたれる。
「だ、だから謝ってるじゃない。勘違いだったって」
「ベッツにー、なんにも言ってないんですけどー。ただ肩が痛いなって呟いただけですけどー?」
「うぐぐぐ、もう、めんどくさいなあ」
二人っきりの職員室で、僕は口を尖がらせながら書記さんに抗議をしていた。
書記さんの早とちりで僕の肩がもっていかれたことを。別に全然いいんだけどさ。全然気にしてないんだけどさ。
「だ、大体、海田君だって悪いんだからね。あれほど女子生徒との距離感は気を付けなさいって言ったでしょ?」
「気を付けてるよー、これでも」
「ただでさえ、アナタには前科があるんだから、もっと気を付けてってこと」
「・・・・」
「あ、ごめん。言い過ぎた」
はっと気づいたように書記さんは少し、バツの悪そうに誤った。
「いいや、書記さんの言う通りだ。気を付けるよ」
「そ、そう?なら、いいんだけど・・・ただでさえ、女子高って特別な場所なんだから」
わかっている。書記さんが僕のことを心配してくれていることくらいは。
「ま、それと肩の痛みは全然関係ないんだけどね!」
「も、もう!」
なんて笑いあっていると不意にコンコンと扉をノックする音が聞こえる。
「あ、あの。失礼します」
「どうぞー」
この学校のいい所は良くも悪くもアットホームな所だろう。生徒も先生も数が少ないためか、皆仲が良くて友達のような距離感だ。
だから結構この職員室も生徒がゆるく出入りしたりする。
その中でこんなに礼儀正しいのは。
「三年、
若干緊張した面持ちでそう名乗る彼女は、黒髪がきらめいており口元のほくろがチャーミング。凛とした佇まいはこの学校の生徒会長の名に恥じないものである。
「はいはーい、ってあれ?」
一瞬、黒澤さんの方に向いていた体を元に戻すと、そこにはもう書記さんの姿はなく。瞬間的に自身のデスクへと戻っていた。
・・・徹底ぶりが凄いな。
「先生?」
「あ、ああ。鍵ね、鍵」
そんな書記さんに相変わらず面喰いながら、よっこいせっと、椅子から立ち上がり僕は並ぶ鍵の中から目当てのものを取る。
「はい、鍵」
「ありがとうございます」
「にしても、今日会議だっけ?僕も行った方がいい?」
「いえ、少し仕事が残ってて・・・」
そう、何を隠そうこの僕が、生徒会顧問である。
とはいえ、教師陣が人数が少ないために回ってきたお仕事なので実質その名前に見合う働きはしていないのだが。
「あ、それで先生。前回言っていた、学校の統廃合の件ですが」
「うん・・・その様子だと上手くいかなかったみたいだね」
「はい・・・・」
黒澤ダイヤという女の子は良くも悪くも真面目である。
それだけじゃなくて柔軟性もあってかつ冷静に物事を見れる生徒だと思う。
そんな彼女は生徒会長に相応しく、またそれに賛同し集まってくる生徒たちも優秀そのものだ。
「そっか、でも、皆頑張ったと僕は思うよ」
形だけの慰め、形だけの優しさ。
そんな優秀な生徒たちが頑張って、それでダメたったら仕方ない。
今の僕はそう思うことにしている。
「・・・・はい」
当然、そんな上辺だけのものは彼女にはすぐに見抜かれる。
ああ、なんてつまらない大人になってしまったのだろうかと。彼女に会う度に思ってしまう。
「・・・じゃあ、僕は仕事に戻るね」
なんとかしたいと思わないわけじゃあないけれど、あの頃のような力は僕にはもうなかった。
あの頃の彼女たちといればなんでもできそうでいた力は。
「あ、あの!」
「うん?」
会話の終了を暗に示唆して、僕は自身のデスクへと戻って行こうとした時。
彼女は職員室に響く一際大きな声で僕を呼び止めた。
「勉強、そう!勉強を見てもらえませんか!?」
まるで用もないのに呼び止めてしまったかのように、多少の焦りを含みつつ。
多分、今思いついたであろうその用事を僕に向かって嘆願する。
「勉強?試験は随分と先だよ?」
新入生ならば確認という名の学力テストがあるが、彼女は三年生だ。そんなものはない。
「え、ええっと・・・受験生、ですから」
目を泳がせて苦し紛れに出てくる言葉は、しかし、教師からすれば無視できないものだった。
例えこの学校がなくなってしまうのだとしても彼女たちの未来は変わらず訪れるのだから。
「そっか、そうだった」
にしても真面目な彼女らしい、他の生徒ならもっと遠慮なしに話したいことをぶつけてきていたのに。
どちらが悪いという話ではないけれど、でも、いざとなったときちゃんと彼女は口に出すことが出来るのだろうか。
ちゃんと、自分のやりたいことを、やりたいように出来るのだろうか。
(なんて、ちょっと考え過ぎだな)
最近、センチメンタルになることが増えた。
シュボッというライターが着火する音が部屋に響く。
「・・・・フー」
「先生、生徒会室は禁煙ですよ」
「あはは、いいじゃんいいじゃん。誰も見てないんだし」
年々、この煙草が手放せなくなってきた。今や、僕の金の使い方は酒かタバコという、ダメな大人まっしぐらな使い道をしている。
だぁってー、他に使い道ないしー、家賃と食費を払って残ったお金を全部ギャンブルに突っ込まないだけ褒めてほしいわー。
「私が見てます」
「だからこうやって、窓に向けて換気してるじゃん」
「はぁ、もう、先生は」
呆れられた。こめかみをもみもみしている黒澤さんは、諦めたように勉強道具を出していた。
「あ、本当にするんだ勉強」
「だからそう言ったじゃありませんか」
黒澤さんは、先ほどまでのどこか緊張した空気などそれこそ換気してしまったように強気になる。
しおらしくて可愛かったのになー。
なんていうと今のご時世TPOだか平成教育委員会だかに訴えられそうなので思うだけだけど。
「いやー、てっきり話したいための嘘だと思ってたから」
ごめんごめんと僕は謝る。彼女の真面目さはわかったてたつもりだったけど、どうやら本当に”つもり”だったようだ。
「な、ななななな、なな!」
「なに?」
ガタガタと椅子を揺らしながら、頬を赤らめななな言っている彼女。何?ジョイマン?ジョイマンなの?Twitterで小説のような文章書いちゃうの?
「何言ってるんですか!!そんなこと!あるわけないじゃないですか!何言ってるんですか!本当、何言ってるんですか!!」
わーお、すっごい怒られた。え?そんなに?そんなに怒られること言ったかな僕。
ブンブンと行き場のない怒りが両手に表れてるので僕は取り敢えず平謝りする。何が悪いかわからなくても謝ることは大事なんだよ?
「まったくもう!そんなだから先生は!!」
「わかった、わかったから。ほら、勉強!勉強しよう!ね!」
取り敢えず宥めるためにタバコを消して、僕は椅子を持って隣に座る。
「ほら、どこがわからないの?」
「・・・日本史、ですわ」
あー、日本史かー。なんで専門外のこと聞いてくるんだろ。僕国語教師ですよ?
まあ、生徒から頼られるなんて教師冥利に尽きることだし、答えてあげなきゃあね。
そういや前はよくこうして勉強を教えてたなー。
なんて思いなおして、二人して机に向かっていると。
「たのもー!!」
勢いよく扉が開き、軋む音と共に見慣れた一人の少女が入ってくる。
「あれ?先生じゃん!なんでここに?」
「それはこっちのセリフ、”高海さんこそどうしてここに”?」
「ぶー、千歌ちゃんで、いいのにー」
そう、騒々しく入ってきたのは笑顔満開の千歌ちゃんで。
「どうも」
ひょこっと、後ろにくっついているのは渡辺曜さんだった。
「・・・・・何してたんですか先生?」
「いや何って、勉強を—————————————もごっ!」
ジト目でなぜか敵対心を感じる渡辺さんの視線に僕は弁解しようと口を開こうとした。
のだが、その寸前で黒澤さんに手で塞がれてしまう。
「別に、なんでもありませんわ。アナタ達にお話しするようなことは、何も」
あれー?なんか心なしか黒澤さんまで敵対心を感じる!バチバチにやりあっている音が聞こえる!幻聴かな!?幻聴だよね!病院いこ!
若干の気まずさを感じていると。
「あれー?先生、怪しいなあー?何してたのかなー?なー?」
ちょっと千歌ちゃんマジで黙ってて!つか!空気読んで!このままだと矛先が僕に向くって知ってるんだ!長年の勘で!
「んんっ。それより二人とも、生徒会室に何か用だったんじゃあないかい?」
芝居がかっているのは百も承知で僕はなんとか矛先を降ろすように努める。
「誤魔化したね曜ちゃん」
「うん。誤魔化した」
「誤魔化しましたわね」
なんなんだよ!なんなんだよその一体感!君ら本当は仲良しだろ!
「まあ、そんな冗談はさておいて」
置いとくんだ、そんでもって本当に冗談だよね千歌ちゃん?さっきから後ろの渡辺さんの目が一ミリも優しくなってないんですけど!?鋭いまんまなんですけど!?
「これ!部活申請しに来ました!」
「部活?」
僕の怪訝な声もそのはず、彼女らは二年生だ。それに統廃合されるかもしれないという噂を知らないわけではないだろう。
こんな時期に新しく部活を作ろうなんて、彼女らくらいのものだ。
「はぁ・・・またですか」
「はい!またです!」
うん?二人の言い草だと、以前にも一度来たのかな?部活申請しに。
ちらと、千歌ちゃんが黒澤さんに手渡した申請書をチラ見すると、そこには『スクールアイドル』の文字が。
あー、本当だったんだ千歌ちゃんが言ってたアレ。
別に疑ってたわけじゃないけれど、行動が速い。
「前も言いましたわよね?承認はしないと、しかも、一人が二人になっただけじゃありませんか」
確かに、黒澤さんの言う通り、その部員が名前を書く欄には高海千歌と渡辺曜の二人しか埋められていない。
「高海さん。部の申請には最低五人が必要だよ?」
「知ってるよー先生。だから勧誘してたんじゃないですかぁ?」
「えー?なんで僕の方が笑われてるの?確実にツッコミたい所が二、三個あるわー」
なにを当たり前のことをプークスクスみたいな感じで笑われた。絶対納得いかねえし、ていうか部の申請も下りてない段階で勧誘してたの?それなんて悪徳商法だよ。
「悪気はなかったんです」
「そうだね、君に足りないのは頭だね」
しおらしくしてる千歌ちゃんに足りないものは確実に頭だね。
「うおっほん!よろしくて?」
「あ、はい」
「すんませんでした」
冷たい黒澤さんはの声に、思わず僕まで謝ってしまっていた。あれ?本当に僕ってば教師かな?
「とにかく、この学校にスクールアイドルは必要ありませんわ」
「なんでです!」
引き下がれない千歌ちゃんは、黒澤さんの明らかな拒絶の意志にも立ち向かう。
黒澤さんと面を向かって、目と鼻の先で対立する。
「アナタに言う必要はありませんわ!」
次第に、ヒートアップしていく二人の声は比例するようにつんざき、大きくなっていく。
「まあまあ」
渡辺さんが宥めてようやく彼女らは距離を取った。
「大体、やるにしても曲は作れるんですの?」
「曲?」
ラブライブに出るためには、オリジナルの曲が必要だ。その曲を作れる人がいなければ端からそれは夢物語の域を出ない。
「東京の高校ならいざ知らず。こんな田舎でそんな人がいるんですの?」
それは言外に諦めろと、現実を知れという一言だった。
「うぐぐぐぐ」
その現実を見ないふりをするほど、千歌ちゃんはバカではなかったらしい。
「お、覚えてろよおー!」
「いや悪役みたいな捨て台詞吐いていったよあの子」
入ってくるときも勢いがあれば、また出ていくときも勢いがあった。なに?あの子静かにドアを開閉できないの?そういう病気なの?
「おーい、廊下走るなよー」
そんな僕のなけなしの教師としての注意も届いたかどうかは怪しい。
「先生」
「え、どうしたの?渡辺さん」
去り際、扉を閉める直前で彼女は流し目で僕を見た。
「千歌ちゃんに手えだしたら・・・コロス」
ピシャリと、扉が閉まる音が静まり返った部屋に、こだました。
「いや、どんな捨てゼリフぅぅぅぅぅぅ!?」
僕のツッコミも、こだました。
どうもピギィ!高宮です!
ということでね、前回言うの忘れてましたけどね、はい、100話目です。
ね、なんかさらっと来ました。100回。
ね・・・なんか・・・ね。
感慨深いのかな、どうなんだろうな、わかんないなこれ。
ということで次回もまたよろしくお願いいたします。