僕たちは天使になれなかった   作:GT(EW版)

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颯爽登場ピッコロさん

 

 超サイヤ人になった彼は強かった。

 流石はあのセルから地球を守ったヒーローだ。最近は自分の修行が疎かになっていると彼は言っていたけど、それでも彼の力は私の想像を大きく超えていた。

 

 この時点で彼が私を倒してくれれば、全てが丸く収まったのだろう。

 

 突然現れた何だかよくわからない敵と戦い、よくわからないまま倒してしまった――そうなっていれば、彼も余計なことを考えずに済んだのだ。

 

 ……だけど現実は、そう上手くはいかなかった。

 

 その時、私の中に居る怪物――「ベビー」の力は既に超サイヤ人を上回るほどにまで成長していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超サイヤ人となった悟飯が全身を黄金色の気で覆うと、半瞬後には黒い鎧の顔面が目の前に来ていた。凄まじい速さで、悟飯が黒い鎧に詰め寄ったのだ。

 右腕を最小限の動作で振り上げその顔面を殴りつけようとするが、敵の左腕に阻まれる。だが、悟飯の攻撃はそれで終わりではない。

 悟飯は素早くその身を半歩分ほど退かせると、左右に反復するように飛び回り、敵の目を攪乱した。そして頃合をはかって突進すると、右足から擦れ違い様に敵の華奢な胴部へと蹴りを叩き込む。しかしその一撃は敵の左腕によって阻まれ、目標に達し得なかった。

 カウンターを警戒する悟飯は直ぐ様身を翻すと、敵が放ったエネルギー弾の閃光が先ほど悟飯が居た場所を通過していく。

 地上で巻き起こる着弾の大爆発を背景に、悟飯は再度黒い鎧に向かって飛びかかっていった。

 それはまるで空中を疾走する閃光が、見えざる壁を足蹴にして反転していくような光景だった。

 

「でりゃあっ!」

 

 超高速で接近する舞空術の勢いを利用した悟飯の拳が、迎え打つ黒い鎧の拳と激突する。

 力と力の拮抗から生じた凄まじい衝撃波が大地を裂き、その影響は遥か遠方の大海にすら及び、波を激しく荒れ狂わせていた。

 そんな惨状であったが、悟飯としては地球に対して最大限の配慮を持って黒い鎧と戦っているつもりだった。

 彼が地球の大地や海に影響を及ぼすことが避けられないほどに、黒い鎧は強力だったのだ。

 音を置き去りにしていく速さで縦横無尽に空を翔けていく黒い鎧に対し、悟飯は同等の速度を持って熾烈な肉弾戦を繰り広げる。

 拳の先を前方の空間に突き出す度、爆ぜるような衝突音が響く。

 この短い時間の中でも、二人の拳は何度衝突したかもわからなかった。

 

 一撃、悟飯は敵が両足から繰り出した蹴りに防御の腕を叩きつけられ、その勢いで吹っ飛ばされていく。

 

「ッ! はあっ!」

 

 雲の上を滑るように背面で飛行しながら、悟飯は痛撃に迫る黒い鎧に対して気功波を連射する。

 だが、敵の動きは悟飯が予想していた以上に理性的だった。鎧に見合わない軽快な動きを披露すると、鋭角的な軌道で全弾かわしてみせたのである。

 

 やっぱり、手強い……!

 

 悟飯は久しく解放した闘気の意志をさらに昂ぶらせていく。

 黒い鎧もまたそんな彼に同調するようにさらに速度を上げると、両者は互いに急迫し、ぶつかり合った。

 黒い鎧が悟飯の拳を防ぎ、黒い鎧の拳を悟飯が防ぐ。

 殴りつけ、防がれ、蹴りつけ、防がれ、時折襲い掛かってくるエネルギー弾をいなせば、再び渾身の一撃を互いに見舞う。

 拳と拳が唸る度、攻撃と防御の衝撃が両者の肉体に響き渡っていった。

 

「ふんっ!!」

 

 悟飯が拳を突き出すのと同時に黒い鎧も拳を突き出し、両者はまるで爆風の煽りを喰らったかのように左右へと弾き飛ばされた。

 距離を空け、空中でそれぞれに体勢を立て直す。

 

「こんな奴が居たなんて……!」

 

 どちらも決定打を与えられないまま、戦況は膠着状態に陥っている。ここまでの戦いは、完全に互角だった。

 その事実には驚きを禁じ得ない。決して自惚れではないが、悟飯は自分とここまで戦える者がベジータ以外にこの世に居るとは思っていなかった。

 

「……ようし」

 

 このままでは埒が開かない。そう判断した悟飯は、亡き父から教わった必殺技の使用を決める。

 

「か」

 

 超高速で接近し、右腕から拳を放つ。

 黒い鎧が、左手で受け止める。

 

「め」

 

 続けて左手から突き出した拳を、黒い鎧が右手で受け止める。

 両手の拳を受け止められる形となった悟飯だが、その表情に焦りは無い。

 

「は」

 

 内なる気をさらに引き上げ、右足の蹴りで黒い鎧を吹っ飛ばす。

 その隙に、悟飯は素早く構えを取った。

 

「め」

 

 身体の前で両手首を合わせて手を開き、その両手を腰付近に持っていきながら体内の気を集中させ、上体を捻り両手を完全に後ろへと持っていく。その瞬間、悟飯の纏う気の量が爆発的に上昇した。

 

「波あああっっ!!」

 

 その叫びに合わせて前方へと放たれた特大の閃光が、光をも超える速さで黒い鎧へと向かっていく。

 かめはめ波――それが、悟飯の放った技の名前である。

 生前の(恐らく今でも元気にあの世で使っているのだろうが)孫悟空が使っていた得意技であり、元々は彼の師匠である武天老師が編み出した技だ。体内の潜在エネルギーを凝縮させて一気に放出させる――という悟飯達にとっては極めて単純な原理だが、単純ながらもその威力は凄まじい。

 使い勝手が良い上に威力もあるこの技は、かつて精神と時の部屋内での修行で覚えて以来、悟飯の中で最も使用頻度の高い技となっていた。

 あのセルですら、この技で葬ったのである。今の悟飯にはあの時ほどのパワーは無いが、その事実だけでも孫悟飯のかめはめ波の威力は十分に物語れた。

 蹴りで吹っ飛ばされた黒い鎧は即座に体勢を立て直すが、追い打ちに迫り来る膨大な気功波への回避には到底間に合いそうになかった。

 

 ――捉えた!

 

 かめはめ波の直撃を確信し、悟飯の頬が緩む。

 超サイヤ人の状態で放てる、渾身の力を込めた超かめはめ波だ。悟飯にはこの一撃で倒せなかったとしても、大ダメージは免れないだろうという自信があった。

 

 しかしその自信は、予想外な形で覆されることとなる。

 

「なっ……!?」

 

 敵に直撃させた筈のかめはめ波が、悟飯の元へと跳ね返ってきた(・・・・・・・)のである。

 予想だにしていなかった現象に悟飯は反応が遅れ、自身に襲い掛かる自らのかめはめ波を避けることが出来なかった。

 しかし自分の技にやられるなどまっぴらゴメンだ。その一心で悟飯は自身のコントロールから外れたかめはめ波と相対し、両手で押さえ込むように受け止めた。

 

「ぐっ……ぐぐぐッ、だあっ!!」

 

 数秒に及ぶ拮抗の果て、悟飯は最大まで高めた気の力によってかめはめ波を耐え切ることに成功する。

 しかしその両手のひらは真っ赤に焼き焦がれ、悟飯は銀河戦士との戦い以来久しく感じたことのない激痛に襲われた。

 だが、悟飯のダメージはそれで終わらない。

 跳ね返された自身のかめはめ波をやり過ごした後、彼に襲いかかってきたのは背後からの衝撃だった。

 

「ぐああっ!」

 

 蹴られた――そう認識した頃には既に、悟飯の身体はミサイルのように地面へと墜落していた。

 かめはめ波に気を取られている隙に、黒い鎧は彼の背後へと回り込んでいたのだ。

 それは戦いにおいて、片方が片方に与えた初めてのクリーンヒットだった。

 

「くそっ!」

 

 0.1秒でも地べたに寝転がっている暇はいかない。跳躍し、ダメージから復帰した悟飯は砂漠の地に佇みながら敵の姿を探すが、禍々しい黒い鎧の姿は視界には映らなかった。

 空気の流れから自身の危険を察知する悟飯。しかし対応間に合わず、地割れを引き起こすほどの衝撃音と共に、悟飯の身体は黒い鎧の右アッパーによって上空へと打ち上げられていった。

 

(なんてスピードだ……! 目で追うしかないのに、目で追うのが精一杯なんて……っ!)

 

 今まで実力を隠していたのか、黒い鎧のスピードは超サイヤ人の状態の悟飯よりも明らかに上回っていた。

 しかもただ速いだけではなく気を感じ取ることも出来ない性質も相まって、悟飯の体感では完全体のセルと同等か、それ以上に速く感じられた。

 そして優勢に悟飯を攻め立てる黒い鎧の強さは、それだけに留まらなかった。

 

「うあああっ!?」

 

 黒い鎧は上空に打ち上がった悟飯の先に瞬間移動の如き速さで回り込み、両手を組んで振り下ろしたハンマーのような追撃をその背中に喰らわせる。

 絶叫を上げながら再度墜落していく悟飯の身が、豪快な水しぶきのように砂漠の砂を高々く舞い上げた。

 

 

 

 

 

 口から砂と一緒に血を吐き出しながら、悟飯はややふらついた足取りからゆっくりと立ち上がる。彼の纏う衣服は所々破けて原型を留めなくなっており、至る箇所から真っ赤な血が滲んでいた。

 

 対してそんな彼の姿を上空から見下ろす黒い鎧の姿には未だに傷一つなく、そしてあれだけの動きを見せながらも疲労の色一つ浮かべていなかった。

 

 両者対照的なその光景は、互角から始まった二人の戦いにはっきりと優劣が決まったように見えた。

 超サイヤ人を超えるスピードに、たった三発のパンチやキックでこれほどのダメージを与えるパワー。そして悟飯全力の超かめはめ波を跳ね返したことから、気功波の類を反射する特殊能力を持っていると推測出来る。

 何も語らないが故に未だ本当の名もわからないが、黒い鎧の戦闘能力は超サイヤ人となった悟飯をも上回っていたのだ。

 

 ――いや、

 

「……まだだ」

 

 超サイヤ人の状態の悟飯では勝てない。しかしだからと言って、それ即ちこの戦いで悟飯が勝つことが出来ないという道理ではなかった。

 超サイヤ人では勝てないのなら、超サイヤ人を超えれば良い。

 セルを倒し、銀河戦士の一団を滅ぼしたあの姿に変身すれば良いのだから。

 

(思い出すんだ……あの時の力を!)

 

 銀河戦士との戦いで最後に会った、幻のような父の言葉を思い出す。

 

 ――僕に「地球を守れ」と言っていた。

 

 ――僕に「甘ったれるな」と言っていた。

 

 今、この地球で一番強い戦士は、他でもない自分なのだ。

 この星の危機を幾度となく救ってきた孫悟空は、もうこの世には居ない。

 

「僕がやるんだ……!」

 

 あの黒い鎧の正体が何であるかも、その目的もまだわからない。

 だが一つ確かなのは、ここで自分が死んだらセルのような邪悪にまた地球が狙われた時、誰も守れる者が居ないということだ。

 負けるわけにはいかない――その思いが悟飯の内に眠る真の力の一片を蘇らせ、また一段と「気」が高まっていく。

 しかし悟飯の姿を見下ろす黒い鎧は、彼の変化を最後まで見届けてはくれなかった。

 

「………………」

 

 黒い鎧が無言のまま、胸の前で両腕を交差させる。

 すると彼の両腕を覆う装甲の一部分がスライドしながら開き、翠色の水晶のような物体が奥の方からそれぞれの腕に一つずつ迫り出してきた。

 攻撃が来る――今まで見せなかった敵の挙動から直感的に悟飯が判断するが、悟飯にはそれをわかっても尚その場から離脱することが出来なかった。

 否、攻撃が来るとわかったからこそ離脱出来ないのだ。

 今、悟飯は地上に居て、黒い鎧は上空に居る。その位置関係は悟飯にとって、地球その物を背にする形というだった。

 

 ――今なら避けられる。

 

 ――でも、避けたら地球が無くなるかもしれない……。

 

 ――ならアイツが何かする前に攻撃を!

 

 ――駄目だ! 気功波は跳ね返されるし、近づこうとしてもこの距離からじゃ間に合わないっ……!

 

 戦ってみてこの敵にセルと同等近くの力が備わっていると見えたからこそ、悟飯はその一挙一動を過剰に恐れた。強くなりすぎてしまった今の悟飯にとって、この地球というフィールドはあまりにも脆すぎる。

 黒い鎧の真意はわからないが、その脆い地球を守護する立場である以上、地球を盾にする戦い方をされた場合は否が応にも不利に回らざるを得なかった。

 敵がただ強いだけならばかめはめ波で迎え撃つことが出来るのだが、あの黒い鎧には先に見せた気功波の反射能力がある。撃ち合いで勝ったとしてもまた跳ね返された場合、この位置では地球が吹っ飛ぶ。

 これが彼の父悟空ならばセルとの戦いの時のように地球を守りつつ敵に攻撃を与える機転が働くのかもしれないが、今の悟飯が彼のような戦い方をするには才能や戦闘経験はともかくとしても三年半のブランクが長すぎた。

 今はまだ身体が鈍っているわけではないが、悟飯の「戦闘のカン」はセルゲームの時と比べて明らかに衰えていたのだ。

 

 ああでもない、こうでもないと策を講じれないでいる間に、黒い鎧は交差した両腕からその攻撃を放つ準備を完了させていた。

 

 ――リベンジャーカノン……。

 

 ぼそりと、その技の名を放つ黒い鎧の声が聴こえた。

 交差された両腕に輝く二つの水晶は、悟飯の懸念した通りこの星を消すには十分なほどの膨大なエネルギーを集束させる。

 その姿を認めた悟飯はイチかバチか、反射される恐れを振り切ってかめはめ波の構えを取る――その時だった。

 

 ――上空を猛スピードで横切っていく緑色の影が、黒い鎧の行動を中断させた。

 

 体格差を利用した体当たりから、大技を放とうとする黒い鎧の身を強引に突き飛ばしたのである。

 黒い鎧は死角からの不意打ちをまともに受けた形だが五メートル程度までしか飛ばされることなく、ダメージを受けたようにも到底見えなかった。

 しかし地球ごと纏めて悟飯に放とうとした一撃は未然に防がれ、悟飯は一時の安堵に浸る。

 

 そして見事なタイミングで駆け付けてくれた緑色の影――自身の敬愛する元師匠に向かって、悟飯は喜色を込めた声音で名を叫んだ。

 

「ピッコロさん!」

 

 白いマントを風に靡かせながら、彼は真っ直ぐに黒い鎧の姿を見据える。

 緑色とは彼の肌の色、彼がこの星で生まれた人間ではない、「ナメック星人」である証だ。

 

 史上最強のナメック星人、ピッコロ――悟飯にとっては誰よりも頼もしい人物の加勢だった。

 

 


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