僕たちは天使になれなかった   作:GT(EW版)

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超サイヤ人に変身するまでやけに引っ張る

 

 

 私が「気」の使い方を覚えれば、あのまま「怪物」を封じ込めておくことが出来ると思った。

 その推測は、あながち間違いではなかったのだろう。現に彼に教わってからの数日間は、私の身体は随分と楽になったと思う。

 

 ただそれは、遅すぎたのだ。

 

 私程度の人間が身につけた付け焼刃の気では、宇宙規模まで広がろうとする「怪物」の力を封じ込められる筈もなかった。

 寧ろ中途半端に学んだ為に、かえって「怪物」の動きを活性化させてしまったのかもしれない。

 

 こんな馬鹿な私がなんで筋斗雲に乗れたのか……世の中、わからないものだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネオンが舞空術をマスターしてから、早くも四日が過ぎた。しかしあの日以来、ネオンは一度も悟飯の家を訪れていなかった。

 それまではほとんど毎日訪れていた彼女だが、最近は彼女の周りも忙しいのだろう。悟飯はそう思い、この時はあまり気にかけていなかった。

 しかしそんな悟飯とは違い、弟の悟天は一日ごとに「今日はお姉ちゃん来ないの?」としきりに彼女のことを聞いてきたものだ。たった数日とは言え、悟天は随分と彼女のことを気に入っており、修行に訪れた時はまるで姉のように慕っていたほどだ。

 彼女の方もまた、悟天と接するのは心地が良いと言っていた。亡くなった弟が、丁度今の悟天と同じぐらいの歳だったとも。

 そんなお互いの心象もあり、修行の合間や悟飯が勉強をしている時など、彼女はよく悟天と遊んでくれた。家族や動物達を除けば西の都に居るトランクスぐらいしか遊び相手の居ない悟天にとって、彼女は数少ない遊び相手だったのだ。

 そんな彼女が最近は家に来ないこともあり、悟天は寂しそうにしていた。

 

「あっ、そう言えば電話番号教えてもらってたっけ」

 

 そんな弟の姿を見かねた悟飯は、そこに来てようやく彼女との連絡手段を持っていたことを思い出す。

 ここパオズ山は本来なら電波が届かない場所だが、天才科学者であるブルマに協力してもらうことで電話やテレビなども問題なく使用出来るようになっている。悟飯は電話によって、彼女と話をすることにした。

 

 ――そう決めた時である。

 

 悟飯が電話機の受話器に手を伸ばした瞬間、奇遇にもプルルルル、と着信の音が鳴り響いた。

 素早く手に取って耳に当てると、スピーカーから悟飯の知っている少女の声が聴こえてきた。

 

「もしもし」

《その声……ちょっと低いから悟飯?》

「はい、悟飯です。ネオンさんですよね?」

《うん、ごめんね。最近、修行サボっちゃって、私から、頼んだことなのに……》

「いえ、そちらにも都合がおありでしょうし」

 

 四日というそれほど久しくもない日にちぶりに聞いた彼女の声だが、無事に聴けてどこか安心している自分に悟飯は気付いた。

 どうやら自分は、自分が思っていた以上に日頃の日常生活に彼女が居ることに慣れていたらしい。ほんの数日前出会ったばかりなのに不思議なものだと、思いのほか深くなっていたネオンとの関係に悟飯はそう思った。

 

「ねえねえ誰!? もしかしてネオンお姉ちゃん!?」

 

 すると、隣からズボンの裾を引っ張りながら悟天が電話の相手のことを訊ねてきた。

 元気な声だから向こうも受話器越しに聞き取れたのか、苦笑を浮かべた様子でネオンが言った。

 

《今の声は、君より高いから悟天だね。君達、本当に、声がそっくりだよねぇ》

「は、はは……よく言われます。悟天が話したがっているので、替わってもいいですか?」

《うん、私も、悟天と話したいことがあったから……》

「ネオンさん、どこが調子が悪いんですか? ちょっと辛そうですよ?」

《あはは、まあ、そんなところかな……》

「無理はなさらないでくださいね」

 

 彼女自身は誤魔化そうとしているが、受話器越しに聞き取れる彼女の声からは普段よりもどこか元気が無いように感じた。

 風邪気味ならば最近家に来ないのも頷けると、悟飯は彼女の言葉からそう納得する。

 そして先ほどから彼女と話したがっている悟天に、苦笑しながら受話器を手渡してあげた。その際悟天に対して、力が余ってうっかり受話器を握り潰さないように言っておくのは忘れなかった。

 

 しばしの間、悟天とネオンが電話越しに談笑する。

 それはいつもこの家で二人がしていたように、他愛も無い話を行っているようだった。

 

 しかし、突如として受話器を持つ悟天の目が変わった。

 

「えっ!? どういうこと!?」

 

 驚きに目を見開きながら、酷く慌てた様子で悟天が叫ぶ。

 

「お姉ちゃん、にげてってなに!? どういうこと!? ねえ!? ねえっ!」

 

 普段暢気な弟が今まで見せたことのない表情に、悟飯も表情を険しく変える。

 事情はわからないが、何やらただ事では無い何かが二人の会話にあったのだろうと悟飯は察した。

 

「どうした、悟天?」

「兄ちゃん! お姉ちゃんが僕ににげてって……わけわかんないよ!」

「貸してくれ!」

 

 彼女から言われたことを必死で伝えようとする悟天だが、四歳児の語彙力では要領を得ない。

 見かねた悟飯が受話器を奪うように取ると、再びネオンとの通話に戻った。

 

「ネオンさん、悟天に何言って……」

 

 一体、彼女は悟天に何を言ったのか?

 それを聞き出すべく声を掛ける悟飯だが、受話器の向こうから聞こえてきた言葉は予想だにしないものだった。

 

《……私ハ……サイヤ人ヲ許サナイ……》

「!?」

 

 彼女のものとは思えない、深く濁りきった声。

 鼓膜に触れただけで身震いするような、おぞましく冷たい言葉だった。

 そこには、悟飯がしばらくの間向けられていなかった感情が込められていた。

 

 フリーザやセルと対峙した時と同じ――明確な殺意である。

 

 その声を発したのは、ネオンではない。少なくとも、悟飯はそう思った。彼女のような穏やかで優しい子が、こんな声を出せてたまるかと。

 

「誰だお前は!?」

 

 回線の向こうに居る人物に、悟飯が声を荒げて問おうとした次の瞬間だった。

 カッ――と、窓の外から紅い何かが光った。

 

「伏せろ、悟天!」

 

 それを知覚した瞬間から、悟飯の身体は動いていた。

 受話器を持つ手を離し、横に立つ悟天の身体を窓側から覆い隠すように立ち塞がったのである。

 

 ――刹那、孫家の壁が轟音を上げて爆発した。

 

「くっ……!」

 

 自分の背中を盾にすることで爆発の煽りから弟の身体を守りながら、悟飯は横目で背後の様子を窺う。

 その時、ちらりとほんの一瞬だけ人型の黒い影を認識した。

 

「なに? なにがおこったの?」

 

 爆風がおさまった後、彼らの居る場所は酷い有様だった。

 家の大半が消し飛んでおり、天井の無くなった部屋には粉々になった家具や壁の破片が辺りに散らばっている。

 唯一の救いは母のチチが現在川で洗濯を行っている最中であり、今の爆発に巻き込まれなかったことだ。

 だが悟飯の反応が僅かでも遅れていれば、幼い悟天は無事では済まなかっただろう。

 

「悟天は、母さんのところに行ってなさい……!」

「う、うん……」

 

 悟飯は抱きかかえていた悟天の身体を胸から離すと、即刻母と合流するように促す。しかし、すぐには言う通りに動かなかった。

 悟天の方からは悟飯の後ろに立っている存在が見えているのだろう。悟天はそちらに視線を向けながら恐る恐る後ずさると、兄に対して「負けちゃ駄目だからね!」と激励の言葉を放ち、ようやくこの場から駆け去っていった。

 

 そして、この場に「二人」だけが残った。

 

「お前は何だ?」

「…………………………」

 

 悟天の気配が無事離れていくのを感じながら、悟飯は目つきを鋭くしてゆっくりと背後へと振り向く。

 

 ――そこに居たのは、「黒い鎧」だった。

 

 大きさは、思ったよりも小さい。160センチ台中盤程度の身長の悟飯と比べてもほとんど差は無く、体格も随分と華奢だった。

 しかしその姿は、悟飯の目には人間の物とは見えなかった。

 深い闇その物を体現したような、暗黒の鎧。

 頭の頂上から足の先まで無骨な鎧に覆われており、顔面もまた全体を覆う兜のような装甲に隠されている。その鎧の形状は鋭角的で刺々しく、闇の色に見合う禍々しい外見だった。

 対面した瞬間から感じ取れる圧倒的な威圧感を前に、悟飯は只者ではなさそうだと息を呑んだ。

 

 ――そしてその黒い鎧の姿が、悟飯の視界から消えた。

 

「ぐっ!?」

 

 直後、悟飯は目の前で交差した両腕に日常生活では感じることのない痺れを感じた。

 ズシンッ!と、山を揺るがす衝撃音が鳴り響く。黒い鎧の放った文字通りの鉄拳が、一瞬にして悟飯の両腕へと叩き込まれたのである。

 その鉄拳の速度は人間が出せるレベルを明らかに超越しており、悟飯の反応がほんの少しでも遅れていれば間違いなく彼の胸に突き刺さっていたことだろう。

 久方ぶりに感じた腕の痺れに唇をしかめながら、悟飯は地を蹴ってその場から距離を取る。

 何者かはわからないが、この黒い鎧は普通ではない。そして今しがた無言で攻撃を仕掛けてきたことから彼がこちらに対して敵意を持っていると悟り、悟飯は戦闘態勢に入るべく体内から気を解放した。

 しかし、解せないことがあった。

 

「やっぱり気を感じない……! お前はっ」

「…………………………」

 

 目の前に居るこの黒い鎧からは、全く「気」を感じないのだ。それも普段の悟飯達のように、彼が気を抑えているだけということではないだろう。

 人間は大なり小なり気を持っており、意識して気を消そうにも攻撃の瞬間まで気を消したままにすることは不可能な筈だ。そのことを、悟飯は自分達の経験から深く理解していた。

 その点、この黒い鎧からは先ほど攻撃を仕掛けてきた瞬間すらも気を感じなかった。それは即ち、黒い鎧には元から気が存在しないからだとしか考えられなかった。

 機械のように気が無い上に、自分の腕を痺れさすことが出来るほどの存在――そこまで考えれば、悟飯の知識から浮かび上がってくるこの黒い鎧の正体はたった一つだった。

 

「人造人間か!?」

 

 父孫悟空を倒す為、元レッドリボン軍の科学者ドクター・ゲロが生み出した人造人間。

 人の手で生まれながら、宇宙最強の戦士である超サイヤ人をも上回る力を持った存在。

 クリリンの妻である人造人間18号のような存在を思い浮かべ、悟飯は彼に正体を問い掛ける。

 そしてセルとの戦いで散っていった心優しき戦士の姿を脳裏に浮かべる悟飯は、彼が本当に人造人間ならば戦いたくないと思う。

 しかし、黒い鎧は何も語らない。

 答えは言葉ではなく、拳で返されるだけだった。

 

「くっ! やる……っ!」

 

 舞空術で空中に漂う悟飯に対し、黒い鎧は同じく舞空術を持って急迫、左右の拳によるラッシュを仕掛けてくる。

 激しい攻撃を前に防戦になりながらも、悟飯は辛うじて直撃を避けていた。

 

「場所を変えるぞ! こっちだ!」

 

 ……ともかく、本気で戦うにはこの場所では近くに居る悟天や母、自然や動物達に被害が出る。

 そう判断した悟飯は解放した気を纏いながら全速力で飛行し、その場から超スピードで離脱していく。

 黒い鎧はそんな悟飯の誘いに乗り、光のような速さで彼の後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここなら、誰にも迷惑にならないだろう」

 

 そう言って悟飯が降り立ったのは、パオズ山から遠く離れた人気も生物の気配も無い広大な砂漠地帯だった。

 存命だった頃の父悟空から聞いた話だが、ここは悟空が初めて後の仲間となるヤムチャとプーアルと出会った場所だと言う。当時のヤムチャは自分がパオズ山から出て戦った初めての強敵だったと、懐かしそうに語っていたことを思い出す。

 無論のことながら、悟飯がこの場所を戦場に選んだのは周りの者にとって安全だと思ったからに過ぎず、全くの偶然である。そして父の思い出の場所だという感傷に浸っていられる余裕すら、今の悟飯には無かった。

 

「僕のスピードに余裕で着いてきた……やっぱり、只者じゃない」

 

 悟飯の足が地に着くと同時に、黒い鎧の足も地に着く。

 ここまでの移動で全く遅れを取らなかった黒い鎧の姿に、悟飯は改めて彼を強敵として認識する。

 ネオンとの電話とこの黒い鎧の出現――偶然とは思えないこの二つには、何か関係があるのだろう。

 気になることは山ほどある。敵の正体も定かではない。だが、この期に及んで戦いを避けられないことは、これまでの黒い鎧の行動から鑑みて十分にわかった。

 

「うあああっ!!」

 

 両手に拳を握り、両足を力強く踏みしめて気合いを込める。

 瞬間――悟飯の黒い髪が瞬く間に黄金色へと変わり、周囲を覆うオーラの色もまた同じ黄金色へと変化した。

 凄まじい気の奔流がハリケーンのように吹き荒れ、砂漠の大地を揺らしていく。

 超サイヤ人――悟飯にとっては久しぶりの「変身」だった。

 それを行ったのはあの黒い鎧がドクター・ゲロの生み出した人造人間の一種だと考えた場合、通常時の状態では勝てないと判断したからに他ならない。

 

「……行くぞ!」

 

 三年半前の、銀河戦士以来の本格的な戦闘になるか。

 超サイヤ人となった悟飯はピッコロ仕込みの戦闘の構えを取り、碧眼に変わった眼差しで黒い鎧の動きを窺う。

 

 

 ――そして、「金」と「黒」の衝突が地球を震わせた。

 

 

 

 





 サブタイトルは私が個人的に劇場版ドラゴンボールZにありがちだなと思っていることです。もちろん、そこが良いのですが。(ベジータの扱いを除いて)

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