僕たちは天使になれなかった   作:GT(EW版)

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原作とはパラレルワールド

 

 孫悟飯という少年の存在を知ってから、私はずっと彼のことが気になっていた。

 孫悟空というサイヤ人の父とチチという地球人の母の間に産まれ、四歳の頃から過酷な戦場に身を置き、私の両親の仇である二人のサイヤ人と戦った少年。

 やがて心身共に成長した彼は地球を守る最強の戦士となり、父をも超えて人造人間セルを打ち破った。

 その人生は、まさに英雄である。そしてそんな彼とひょんなことから対面することになった私は、彼と出会えた幸運を心から感謝した。

 彼の姿を一目見たその時から、私は彼の話を聞いてみたいと思った。

 私の知らない彼の戦いや、平凡とは程遠い波乱万丈な体験談を。

 私にとってのそれはミスター・サタンの特番なんかよりもずっと価値があり、そして興味があった。

 思えばその時から私は、半分以上彼のストーカーになっていたのかもしれない。

 私がそうまで彼のことを想っていた理由は、自分のことを救ってほしかったからなのだろうと今ならわかる。

 

 ――そんな身勝手な感情を、あの時の私は彼に押し付けていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネオンと名乗る不思議な少女と出会ってから数週間後、悟飯は同じサタンシティにて再び彼女と会うことになった。

 この広いサタンシティで、一度会っただけの人間が連絡も無しに再会するなど奇跡的な確率である。尤も悟飯がその気になれば彼女の「気」を読み取ることで彼女の居場所を正確に把握することが出来るのだが、この時は完全に無意識下での再会だった。

 この日の悟飯は勉強の為、資料を漁りに図書館を訪れていた。そしてその場所に、何の因果かネオンの姿があったのである。

 

「あっ」

「うわ、すっごい偶然」

 

 彼女にとってもこの再会は狙っていたわけではなく、悟飯と同じように驚きの表情を浮かべていた。

 だがそれも最初だけで、彼女はすぐに柔和な表情を浮かべ、顔見知りへの挨拶をした。

 

「こんにちは」

「こんにちは。えっと、ネオンさんでしたよね?」

「覚えていてくれたんだ、嬉しいね。悟飯は勉強かい?」

「はい。ここには、家には無い本がたくさんありますから」

「君も物好きだねぇ。君みたいな力があれば、学者になんかならなくても余裕で食べていけるだろうに」

「あはは、でも、好きでやっていることですから」

 

 図書館のマナーを破らない程度の声量で、二人は言葉を交わす。

 ネオンの言葉遣いは二回目の対面とは思えない馴れ馴れしさだったが、それに対して悟飯が不愉快に思うことはない。それは彼自身が温和な性格であることもあるが、ネオンという少女にはそんな馴れ馴れしさを許容出来る、見た目以上に人懐っこい雰囲気があることが大きかった。

 

「でもそうやって自分の目標に直向きな姿は、とても格好良いと思うよ」

 

 頬を緩めながら、ネオンが言った。

 その横顔には微妙な影が窺え、およそ十代前半の少女のものとは思えなかった。

 何気ない筈の言葉が何故こうも気になるのだろうか、そう不思議に思いながら、悟飯が彼女に話題を振る。

 

「ネオンさんには、目標が無いんですか?」

 

 自分には目標が無いかのような口ぶりが、悟飯には気になった。

 大人ならばともかく、彼女も自分と同じぐらいの子供なのだ。普通の子供は将来に対して何かしらの目標を持っているものだと母から教えられて育ってきた悟飯には、それが無いということが不思議に思えたのである。

 ネオンは数拍の間を置いて、手元の書棚から一冊の本を取りながら応えた。

 

「仇討ちだよ」

 

 にっこりと笑いながらそう言ってみせた瞬間、彼女の小さな「気」の性質が僅かに変化した。

 そして彼女が手に取った本の表紙には、「町を襲った怪事件! 謎の宇宙人サイヤ人とは!?」というタイトルの下、町一つ分に及ぶ巨大なクレーターを映した航空写真が広がっていた。

 その景色に、悟飯は見覚えがあった。

 

「それって……」

「丁度良いところに丁度良い本が置いてあったね。こんな大事件が今では世間から忘れられているなんて、可笑しな話だとは思わないかい?」

「………………」

 

 今から約八年前、二人のサイヤ人――ベジータとナッパが地球に襲来した時の写真である。

 それは悟飯にとって初めて実戦を行った日のことであり、直接現地に居合わせたわけでこそないが、思い入れの深い出来事だった。

 

「二人の宇宙人が何もかも消した……この町にはね、私の家族が居たんだ。あの日まで私はお父さんとお母さんと、四歳の弟と暮らしていた……」

 

 その写真を眺めるネオンの目はひたすらに悲しげで、今にでも泣き出してしまいそうな顔だった。

 彼女が何故そんな話を自分にするのか、悟飯はそのことを考えるよりも先に、彼女のことをただただ可哀想だと思った。

 

 あの町に居た人間は、死んだままだ。

 

 あの町の人間は、「フリーザ一味に殺された人間を生き返らせてくれ」という願いの範囲内から外れてしまい、ドラゴンボールで生き返ることが出来なかった不幸な者達だ。

 彼女の家族がそこに居たと聞かされて、同情する以外に何が出来るというのだろうか。自分にとって大切な存在がいなくなる気持ちを、悟飯は他の誰よりも理解しているつもりだった。

 

「……ごめんね、湿っぽい話をしちゃった。別にそんなつもりじゃなかったんだけど、この写真を見るといつもこうなんだ」

 

 目元を擦る彼女に悟飯が声を掛けられないでいると、頼んでもいないのに勝手に込み入った話をし始めた自分が悪いとネオンが頭を下げる。すると、彼女から感じられる「気」がスッと穏やかな性質へと戻った。

 

「仇討ちっていうのは、もしかして……」

「そう、私の目標はこれをやった二人の宇宙人を倒すこと――だったんだけどね。そんなの、出来るわけなかった。あの頃の私は小さかったけど、調べれば調べるほど彼らがどんな化け物なのかわかっちゃったんだ」

 

 本の表紙と仇討ちと言ったネオンの言葉とを照らし合わせ、悟飯はその意味を理解する。

 そして同時に、彼女の言う通りそんなことはどうひっくり返っても達成不可能な目標だと思った。

 人並みの矮小な気しか持たない普通の地球人の少女が、人外の力を持つ二人のサイヤ人を倒せる筈がないのだ。

 全てはネオンの、諦め切った表情が物語っていた。

 

「……それでね、二人の宇宙人――ナッパとベジータのことを調べていた時に、君と君のお父さん達のことを知ったんだ。孫悟空と孫悟飯、クリリン、ヤムチャ、天津飯、餃子、ピッコロ大魔王……みんな人間離れした、地球最強の戦士。ミスター・サタンが赤ん坊みたいに見えてしまう、本当にとんでもないよ、君達は」

「そうか、だから僕のことを知っていたんですか」

「そういうこと。ストーカーみたいで気持ち悪いと思うでしょ? 私もそう思う」

「すとーかー? 僕は別に、気持ち悪いなんて思いませんけど」

 

 あの戦いの被害者――その境遇に対して、サイヤ人と戦った者として思う部分は多い。

 情けなくて、弱虫だったあの頃の自分に今の力があればと……傲慢だとは思うが、そんなことを考えてしまう自分が居るのだ。

 ただ彼女の話を聞いて、悟飯は彼女が自分達のことを知っていることについては純粋に嬉しく思った。

 

「でも、僕達の仲間以外にも、お父さん達の凄さをわかる人が居てくれて嬉しいです」

「そうかい? 私としては、世界中の人が君達の凄さを知るべきだと思うけど」

 

 自分のことはともかく、自分が大好きな人達が他人から認められるのは嬉しいことだ。

 父に似て名誉に対するこだわりが薄い悟飯ではあるが、それは心から思うことだった。

 そんな悟飯を微笑ましい物をみるような目で眺めながら、ネオンが言う。

 

「私がこんな話をしたのはね、君に聞きたいことがあるからなんだ」

「え? 聞きたいことですか?」

「そう、回りくどい言い方をしてごめんね」

 

 自分と二人のサイヤ人の因縁は、話の本題ではない。そう言って、ネオンは真面目な表情に変わって悟飯に訊ねた。

 

「これをやったサイヤ人の一人、ナッパが今どこに居るか知ってる? やっぱり、君達がやっつけたのかな?」

 

 彼女の境遇から、ある程度は予測出来る質問だった。

 それを聞いて、確かに前置き無しでは切り出せない質問だなと悟飯は納得する。

 

「はい。お父さんがやっつけました」

 

 そして質問に対して、簡潔に答える。

 二人のサイヤ人の内一人、ナッパは悟飯の父孫悟空の手で打ち倒された。その命に止めを刺したのは本来仲間である筈のベジータだったが、悟飯はあえてそのことには触れなかった。

 ベジータのことを良く思っていないであろう彼女の心境を考えれば、悪は悪に滅ぼされたと言うよりも悪は善に滅ぼされたと言う方が彼女の為に良いと思ったのだ。嘘はついていないが、詳しいことまでは言わない。詐欺師のような話術だが、普段馬鹿がつくほどの正直者の悟飯がついた彼なりの気遣いだった。

 

「……そっか。じゃあこれで、私の家族も安心して眠れるんだ……」

 

 その気遣いは間違っていなかったようで、聞かされたネオンは晴れやかな笑みを浮かべた。

 仇の一人が討たれた――その事実を喜んでいる様子だった。

 もう一人の仇――ベジータのことについては複雑な立場上言うべきか言わないべきか非常に悩むところだったが、意外にもネオンは彼の件については触れてこなかった。

 

「ありがとうって、君のお父さんに伝えたいところだけど……お父さん、セルゲームで死んじゃったんだよね?」

「……はい。お父さんは地球を守る為に」

「……嫌なことを聞いてしまったね」

「い、いえ、大丈夫です。そのことはもう、大丈夫ですから!」

 

 浮かべた笑みも束の間、礼を言うべき相手がこの世に居ないことを知り、ネオンが悲しげに肩を落とす。

 悟飯の父、孫悟空の死。そのことについても知っている様子だったが、彼女が本気で悲しんでくれることが悟飯には嬉しかった。

 この人は、良い人なのだろう。その姿から、悟飯は自然とそう思った。

 

「……なら、息子の君に言わせてほしい。私の家族の仇を討ってくれて、ありがとう。それと、セルを倒してくれて、この地球を救ってくれてありがとう」

「ど、どういたしまして? なんか恥ずかしいなぁ、そう言われるの……」

「ふふ、照れないでよ救世主」

 

 面と向かって礼を言われ、慣れない状況に悟飯は顔を赤らめる。

 サイヤ人襲来の時はろくに力になれなかったし、セルの時も自分の思い上がりで父を死なせてしまったりと誇らしさよりも後悔の方が大きい。

 だがそんな自分でも、こうして認められるのは嬉しい気分である。決してミスター・サタンを羨むほどではなかったが。

 

「そんな救世主な君に、厚かましいけど一つだけお願いがあるんだ。どうしても、聞いてほしいお願いが」

「お願い、ですか?」

「うん」

 

 喜びで少々心の舞い上がった悟飯に、続けざまにネオンが言った。

 

「ほんの少しで良いんだ。私に、「気」の使い方を教えてください」

 

 それが彼の人生において、初めて「教える側」の人間を経験することになる切っ掛けだった――。

 

 

 

 


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