僕たちは天使になれなかった   作:GT(EW版)

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新生の「N」  【後編】(終)

 

 

 地球の十年間は激動の日々だった。

 

 ――その日、あの世では地獄の魂の邪念達が「ジャネンバ」という史上最悪の怪物を生み出した。

 

 そしてそのジャネンバは手始めとばかりにあの世を管理する閻魔大王の力を館ごと結界で封じ込め、明確な悪意によってあの世とこの世の秩序を崩壊させたのである。

 

 ジャネンバの力によってこの世とあの世の境界が曖昧になった結果、地獄の魂達が一斉に肉体を取り戻し、この世の地球へと姿を現した。

 

 かつて死んだ筈の悪人達は、その暴虐によって地球中の人々を苦しめた。そして生き返った悪人の中にはフリーザやセル、ボージャック一味らの存在もあり、地上にかつてない混乱を巻き起こしたのである。

 

 Z戦士達はこれに対し、各々が混乱を収めるべく対処に当たった。

 

 フリーザには悟天とトランクスのチビコンビが勝利をあげ、セルにはベジータが雪辱を果たし、ボージャックやその一味は悟飯が再び葬り去った。時を同じくしてあの世では四人の界王と大界王の働きによって閻魔大王が力を取り戻し、事態は終息に向かったかに思えた。

 

 ――しかし、本当の悪夢はここからだった。

 

 生き返った悪人達と戦士達の戦いは意図せずして地球上に膨大なエネルギーを撒き散らし、地下に厳重に封印されていた筈の魔人ブウの玉を再び地上へと掘り起こしてしまったのである。

 その事実に気づいた地球の戦士達や界王神界から再び駆けつけてきた界王神が早急に対処に当たろうとしたが、時は僅かに遅かった。

 

 数多の妨害に遭いながら、やっとの思いで玉の在り処まで到着した一同を待っていたのは、封印が完全に解かれてしまった魔人ブウと……地獄からフリーザ達と同様に蘇っていた魔導師バビディの姿であった。

 

 復活した魔人ブウは、誰もの想像を絶する強さだった。

 

 セルやボージャック、ネオンベビーさえも遥かに凌ぐ強大な力で戦士達を蹂躙していく魔人ブウ。

 

 最初の犠牲者は、ベジータだった。

 

 あまりにも次元が違いすぎる強さを前に、ベジータは己の命を捨ててブウに挑んだ。

 最後に「さらばだブルマ、トランクス、そしてカカロット……」と言い残し、壮絶な光の中に消えていくベジータの姿は決して悪逆非道なサイヤ人の王子などではなく、この世に生きる一人の父親のものだった。

 生まれて初めて自分以外の者の為に戦い、そんな彼が放った自爆という最後の攻撃は魔導師バビディの存在を跡形も無く消し去り、一度は魔人ブウの肉体をも吹き飛ばした。

 

 しかし、それでもブウは死ななかった。魔人ブウの肉体は肉片から完全に再生してしまい、その無邪気な恐怖を力なき人々へと撒き散らしていったのである。

 

 

 

 ――そこから先は、死闘と死闘の連続だった。

 

 魔人ブウと心を通わせ、本当の意味で人々の救世主になったミスター・サタン。

 

 悪しき人間の弾丸によって分かれてしまった、二人の魔人ブウ。

 

 Zソードの封印から解き放たれた老界王神と、その力によって潜在能力を限界以上まで引き出された孫悟飯。

 

 解放された力によって悪のブウを圧倒していく悟飯。無邪気なブウを吸収した悪のブウは、そんな悟飯の究極パワーに対して苦肉の策として悟天やトランクスやピッコロと地球の強力な戦士達を次々と吸収していったが、それでもなお悟飯がブウを上回っていた。

 

 しかし、ブウを追い詰めた悟飯の前に、それまで沈黙を守っていたジャネンバが姿を現したのである。

 

 そして魔人ブウとジャネンバ――本来出会う筈の無い二人の巨悪が対峙したその時、最強最悪の敵が生まれた。

 

 ブウがジャネンバを吸収し、ジャネンバは最初からそれを求めていたようにブウに取り込まれたのである。

 

 ジャネンバを吸収したブウにはもはや理性と呼べるものが存在せず、ただひたすらに邪悪であった。その力は悟飯でさえもまるで歯が立たず、宇宙の命運はもはやこれまでかと思われたその時――彼が復活を果たした。

 

 誰もが待ち焦がれていた孫悟空が、この世に蘇ったのである。

 

 ドラゴンボールを使ったのではない。老界王神がその命を譲り渡すことによって、悟空を蘇らせたのである。その手に宇宙最後の希望、「ポタラ」を託して。

 

 目には目を。

 合体には合体を。

 ポタラが親子二人の耳へと装着されたその瞬間、孫悟空と孫悟飯――二人の力が溶け合った、奇跡の合体戦士が誕生した。

 

 名も無き地球育ちのサイヤ人――全ての銀河に轟き渡る力を持った合体戦士を前に、ブウは完膚なきまでに叩きのめされていく。

 そんなブウは、起死回生の手段として合体戦士の吸収に打って出た。そして合体戦士はまんまとブウの策にやられてしまった――かに思えたが、それこそが合体戦士の策略だった。

 彼はわざとブウの体内に取り込まれることによって、吸収された悟天達を救出しようとしたのである。

 目論見通りブウの体内に侵入すると、そこに発生していた奇妙な空気によって二人の合体が解除され、それぞれの存在が悟空と悟飯に戻った。

 そしてブウの体内で悟天達を見つけた二人は即座に皆を引きはがすと、続いてブウの弱体化を狙って同じくブウの体内で眠っていた無邪気な魔人ブウとジャネンバの二人を引きはがすことに成功した。

 

 ――その瞬間、二つの異変が起こった。

 

 一つはブウの肉体の変化だ。悪のブウに取り込まれていた無邪気なブウを引きはがしたことによって、ブウは本来の姿である純粋な魔人ブウへと回帰したのである。

 

 そして、もう一つの異変――悟飯が引きはがしたブウの中のジャネンバがこの時を待っていたとばかりに開眼し、瞬間移動のように一瞬にして悟飯を何処かへと連れ去ったのである。

 

 予期せぬ事態によって一人になってしまった悟空は、悟天達を抱えながらブウの体内から脱出し、ブウの変化を見届けた。

 

 そして純粋に戻ったブウは何の躊躇いもなく地に向けて気弾を放ち、地球を粉々に吹き飛ばしたのだ。

 

 今まさに爆発しようとする地球に急いでキビトが瞬間移動で救出に向かったが、助けることが出来たのは悟空と、運よくその場に居合わせていたミスター・サタンとデンデと一匹の子犬だけだった。

 

 

 ――その後、魔人ブウとの戦いは、界王神界へと舞台を移した。

 

 超サイヤ人3孫悟空対純粋魔人ブウの戦い。純粋な者同士による全人類の命運を賭けた戦いの一つには、あの世で閻魔大王から肉体を与えられていたベジータや、ブウの口から吐き出された無邪気なブウも参戦した。

 しかし、純粋ブウは強く、悟空の超サイヤ人3を持ってしても彼を消し去ることが出来なかった。

 長期戦になればなるほどこちらだけが消耗していく。そんな絶望的な状況の中、最後の手段としてベジータが導き出したのが、ナメック星のドラゴンボールによって地球と地球人を蘇らせてからの特大の超元気玉だった。

 

 地球人達の元気とあの世のパワーを集めて完成させた超元気玉は魔人ブウの力と拮抗し、最後はドラゴンボールへの願いが決め手となって彼らの戦いを終わらせた。

 

「おめえはすげぇよ……よく頑張った。たった一人で、何度も姿を変えて……いい加減やになっちまうくらいによ」

 

 超サイヤ人化した姿で元気玉を押し込みながら、悟空はブウに対して言った。

 今度はいい奴になって生まれ変われよ、と。

 一対一で勝負したいと、オラももっと腕を上げて待っている――と。

 

「またな!」

 

 そして悟空の超元気玉は文字通り、ブウの身体を細胞一つ残さず完全に消し去ったのである。

 多くの人々の尽力によって、遂に魔人ブウは滅びた。しかし何と言っても、この戦いの救世主はミスター・サタンであろう。

 ベジータと悟空の言葉では何度呼び掛けても地球人達は元気をくれなかったが、サタンの呼び掛け一つによって全ての民が応えてくれたのだ。サタンが居なければ、元気玉は完成しなかった。そして無邪気なブウが味方をしてくれることもなかっただろう。

 力は自分達よりもずっと弱いが、彼は間違いなく世界チャンピオンであると――その場に居る誰もが、彼の働きを認めていた。

 

 

 

 ――そして、同じ頃。

 

 

 もう一つの戦いが、終わろうとしていた。

 

 

 

 

 対峙する存在は孫悟飯とジャネンバの二人のみ。

 そこは、あの世の果てとも言える、地獄の最も深い領域にあった。本来であればあの世の魂しか入れない場所に、ジャネンバが瞬間移動で悟飯を連れ去ったのである。

 その場所で二人は、空前絶後の超決戦を繰り広げていた。

 

 

 ――お互いに、呪いを込めた憎悪の叫びを上げながら。

 

 

「サイヤジン!  サイヤジン!! サイヤジィィィンッ!!」

「この気っ……まさか……!」

 

 この世界に連れてこられてから初めて聞いたジャネンバの声は、その全てが怨嗟の込められた言葉だった。

 それは存在その物が負の感情の塊と言っても良いほどで……常人であれば、向かい合っただけでも失神してしまうほどおぞましい憎悪に溢れていた。

 

「ナゼオマエハイキテイルンダッ!? オレタチハコンナニモクルシンデイルノ二……! ナゼオマエハアアアアアアアアアッ!!」

「貴様……!」

 

 その声は、一人の人間ではない。ジャネンバの姿をしてはいるが、その言葉には大勢の人間の声が混ざっていた。

 だがその内の一人の声を、悟飯は知っていた。

 それはサイヤ人の存在を最後まで憎み、大切な友達を死なせる原因を作った忌むべき敵――

 

「ベビー……! 貴様が全ての元凶だったのかっ!」

 

 ジャネンバ――地獄の魂達の邪念によって生まれた彼の媒体となったのは、かつて彼が地獄に叩き落したツフル人だったのだ。

 通りでセルやフリーザが蘇ってもコイツだけは居なかったわけだと、悟飯はその正体を知って納得する。

 同時に悟飯は、その心にかつてないほどの激しい憎しみを抱いた。

 

「だったら、何度でも殺してやる! 貴様だけは俺が!!」

「コノ……サルヤロウガアアアアアアッッ!!」

 

 激しい怒りに染まった悟飯は内なる力をさらに増幅させると、狂ったように叫び続けるジャネンバを一気に圧倒し、徹底的に殴打を浴びせていく。

 

「お前がっ! お前なんかの為に! あの人はっ!!」

 

 全てはコイツのせいだ。コイツさえ居なければ、あの少女が苦しむことはなかったのだと……彼女と死に分かれてから既にぶつけようのなかった感情を、悟飯は盛大に爆発させた。

 今まで無意識に抑え込んでいた感情の爆発によって、悟飯の力は無限と言っても良いほどに跳ね上がっていく。

 ジャネンバ――その正体であるベビーに対して、心から膨れ上がっていく憎悪は留まることを知らなかった。

 

「ずっとあの人と居たくせに、お前は何も学ばなかったのか!? 何年経っても! お前は憎むことしか出来ないのかっ!!」

「グウ……ッ!」

「何が猿野郎だ! お前は猿以下だよ……! ただのクズ野郎だッ!」

 

 潜在能力を老界王神に引き出された上に激しい怒りに染まった悟飯の力は、既に完全にジャネンバを超えていた。

 その力はあまりにも強大すぎるが故に、悟飯自身ですら制御が出来ていなかった。

 故に、この時の悟飯は完全に暴走していた。ジャネンバの憎悪に呼応するように膨れ上がっていく憎悪には、もはや際限が無い。

 悟飯はジャネンバをその力で制圧すると、あまりにも過剰な暴力で一方的に叩きのめしながら叫んだ。

 

 ――その時である。

 

 深い憎しみに染まり、もはやジャネンバと同じ次元にまで心が堕ちかけていた悟飯の頭に、一人の少女の声が響いた。

 

「――っ!」

 

 それは、鈴が奏でる音のような一人の少女の声だった。

 周りを見てもジャネンバ以外の者は誰も居らず、もしかしたら異常な精神状態がもたらした彼の幻聴だったのかもしれない。

 しかし悟飯はその声が聴こえた瞬間、それまでに感じていた異常な憎しみからハッと我に返った。

 この世にもあの世にも居ない筈の少女の声が、彼を憎しみの戦士から穏やかな心を持つ優しい英雄へと引き戻したのである。

 

 

「ネオンさん……」

 

 悟飯は先までの自分を恥じる。

 静かに目を閉じて、かつて心を通わせたあの少女との別れを思い出す。

 そして悟飯は、今度は殺意とは違う眼差しでジャネンバの姿を見つめ直した。

 

「……今度こそ、ヒーローになるよ。あの時、君がそう言ってくれたように」

 

 

 ――そして悟飯は、自らの手でこの因縁を終わらせた。

 

 

 悟飯が放った最後の拳が突き刺さった瞬間、ジャネンバの姿は朧のように掻き消え、その中から彼がずっと憎んでいた存在――ベビーの姿が見えた。

 一瞬だけ見えたベビーの姿は泣き腫らしたように弱々しく、最後に魂の形となって消えていく姿には憐れみさえ抱くほどだった。

 

「ベビー……お前も生まれ変われ。もう二度と、地獄なんかに落ちるんじゃないぞ」

 

 彼の犯した罪は、決して許されるものではない。しかし感情の部分で、願わくば彼もまたいい奴になって生まれ変わってほしいと思う自分も居た。

 それはベビーだけではない。フリーザやセル達だってそうだ。

 いつか生まれ変わる彼らとも殺し合い以外で話し合うことが出来たらと……キビトが迎えに来るまで悟飯は一人、そんな感傷に浸っていた。

 

 

 ――それが、この十年の間に起こった中で最も大きな戦いである。

 

 

 その他にもこの地球にはしばしば事件が起こることがあったが、今となってはどれも戦士達の働きによって解決しており、至って平和な時間を過ごすことが出来ていた。

 

 自分達の手によって取り戻したこの平和の中で、悟飯は遂に学者になるという夢を叶えた。

 成人し、結婚もした。ビーデルという、生涯を添い遂げる最高のパートナーを得た。

 結婚してから、程なくして子供も生まれた。名前はパン。目に入れても痛くないほどに愛しい、ビーデルとの間に産まれた最愛の娘だ。

 パンの性格は母に似たのだろう。好奇心旺盛で活発な子であり、祖父である悟空とは積極的に修行を行ったりしている。悟空も悟空で初孫が可愛くて仕方がないようで、好んで彼女の面倒を見てくれていた。

 

 

《お待たせしました! それでは天下一武道会、一回戦を始めます!》 

 

 そしてこの日は、パンが初めて出場する天下一武道会の日だった。

 その出場者の中にはパンだけではなく、悟空と悟天、トランクスにベジータの名前もある。

 悟空いわくどうやらこの大会には魔人ブウの生まれ変わりが出場しているらしく、悟空は元々それが目当てで出場を決めたらしい。

 しかし悟空ほど魔人ブウに執着を持っているわけではない悟飯は、あくまでもこの日は父親として、娘の試合を応援する為に会場を訪れていた。

 

「始まるわね……どうしよう、私まで緊張してきちゃった。パンちゃん、大丈夫かしら?」

「大丈夫だよ。パンのことは、父さんも今うちで一番根性あるって言ってたし」

 

 ミスター・サタンの親族とその友人達ということもあってか、この大会の観戦に訪れた悟飯達は特別席から武舞台を眺めていた。その中には悟飯と妻ビーデルの他にも母チチやピッコロ、ブルマとその長女ブラの親子二人、クリリンと18号の夫妻、亀仙人やウーロンにヤムチャ等と言った馴染みの姿も見える。

 昔とは変わっている者も、変わっていない者も、悟飯は久しぶりに彼らと会ったが、変化は人ぞれぞれだった。

 

「おっ、第一試合からいきなりパンちゃんの出番か」

「相手も可哀想になぁ」

 

 地球最強の武道家達が揃う豪華な顔ぶれが見守る中で、天下一武道会の第一回戦、第一試合が始まる。

 十年以上前からも変わらず司会を務めているサングラスの中年が壇上に上がると、今しがた戦うことになる選手達の名を読み上げた。

 

《第一試合はパン選手対ノエン選手! なんと驚くなかれ、両者とも年齢は一桁! そしてパン選手は、あのミスター・サタンのお孫さんなのです!》

 

 パンのことが紹介されると、会場が一気に沸き立つ。筋骨隆々な武道家達が集う過酷な予選を勝ち抜いた、僅か四歳の天才少女だ。ミスター・サタンの孫というネームバリューもあってか、会場に詰めかけた多くの観客達が彼女を応援し、激しい声援が起こった。

 しかし悟飯には、同時に読み上げられた彼女の対戦相手の名前がどこか引っ掛かった。司会が言うには、そちらもまた一桁の年齢の選手らしかった。

 

《一方! ノエン選手は巷で話題の天才少年拳士! 若干九歳にして猛血虎氏とのエキシビジョンマッチを制したと言われている噂の実力を、どのように披露してくれるのでしょうか!》

 

 観客席から生暖かい声援を送られながら、パンが照れた表情で武舞台へと上がっていく。

 そんな彼女とは対照的に対戦相手の少年は自身に送られる声援に少々眉をしかめ、不遜にも鬱陶しそうな表情を浮かべていた。

 

「巷で話題ですって。チチさん知ってる?」

「いや、全く知らねぇべ」

 

 司会と観客達の反応によるとどうやらパンの対戦相手は幼いながらも無名というわけではないらしく、それなりに名前が売れているようだ。しかしこの場に居る者の中には、その「ノエン」という少年のことを知る者は一人も居なかった。

 世界チャンピオンであるミスター・サタンのことをセルゲームまで一同が知らなかったように、彼らは基本的に、俗世間で有名な武道家に対しては興味が薄いのである。

 

「まだ子供なのに、パンちゃんが相手じゃ心が折れちゃいそうだな。天才とか言われてたら余計にさ」

 

 一桁の年齢でこの舞台に立っていることは、予選のレベルが低いとは言え賞賛に足ることだ。しかし、今回は相手が悪かったとしか言いようが無い。パンはまだ四歳児とは言え、サイヤ人の血を引く悟飯の娘なのだ。実力の差は歴然であると、この場に居る誰もが考えていたであろうことをクリリンが同情的に呟く。

 しかしこの時の悟飯には、上手く言葉には出来ないが何かが違うように思えた。

 

(なんだろう……? あのノエンって子……何か……)

 

 悟飯が少年の名前を聞き、その姿を一目見た時から感じた――奇妙な引っ掛かりであった。

 

「ノエン……のえん……」

 

 名前を連呼しながら、悟飯はじっくりと少年の姿を眺める。

 九歳の子供としては至って普通の体型をしており、少し大きめの胴着を身に纏っているところからすると寧ろ実年齢以上に小柄な方にも見える小さな少年だ。

 肌の色は武道をやっている者とは思えない色白さであり、顔立ちは幼いながらも整っていると言えよう。

 顔を見ると目つきが幼子にしては凛々しく、瞳の色が空のような青色であることまではわかったが、髪の毛に関しては頭部を覆う大きめのターバンに隠れており、悟飯の居る場所からでは見た目の特徴がわかり辛かった。

 そんな少年の姿を見つめてぶつぶつと呟きながら、悟飯は思考を重ねていく。

 

「ノエン……アルファベットにするとNOEN……NOEN? 待てよ……これって、反対にしたら……ネオン……ッ!?」

 

 

 ――そして、真実にたどり着く。

 

 

「悟飯君、急に立ち上がってどうしたの?」

「あっ、いや、なんでもないよ。……そうか、そうだったのか……」

 

 そこに思い至った途端に、悟飯の心に引っ掛かっていたものは綺麗さっぱりなくなった。

 そして堪えきれないほどの喜びに、思わず頬を緩ませる。偶然の一致である可能性はあるが、真実は慌てずともすぐにわかるだろう。

 今から始まるパンと彼の戦いが、存分にそれを教えてくれる筈だ。

 

《それでは第一試合、始めてくださーい!》

 

 試合開始のゴングが鳴り響くと同時に、パンと少年ノエンが武舞台を駆け抜ける。

 瞬間、ズシンッ!と、およそ子供の拳が衝突したものとは思えない衝撃音が会場全体へと響き渡った。

 観客一同が呆気に取られているのを他所に、幼い二人の武道家は目にも止まらぬスピードで激しい攻防を繰り広げた。

 

「お、おい……嘘だろ?」

「あの子、パンちゃんと互角じゃないか!」

 

 パンの動きに余裕で着いていく少年の姿を見て、悟飯はやはり思った通りだと彼の正体を確信する。

 ……いや、正確には彼ではなく彼女か。激化していく戦いの中でパンが祖父譲りの「かめはめ波」を放った瞬間、悟飯は別の意味で少年の正体を知った。

 

 パンのかめはめ波の衝撃がノエンのターバンを破き、それによって少年の白銀の髪(・・・・)が露わになったのである。

 

 ウェーブの掛かったその髪の長さは腰に届くほどもあり、はっきりと見えた少年の素顔はどこからどう見ても少女にしか見えなかった。

 

 

 

 

 この広い世界には、たくさんの強い人間達が居る。

 

 そんな人間の数ほどワクワクする戦いがあるのだと、パンは物心ついた頃から祖父の悟空に教わっていた。

 そしてこの時のパンは、まさにその「ワクワク」を感じていた。

 

 戦いが楽しい。パンは今、その心に溢れてくる興奮を抑えることが出来なかった。元より彼女には抑える気も無い。幼き武道家のパンはこの試合をただ純粋に、全力で楽しんでいた。

 パンにとって自分と実力が近い者との戦いはこれが初めてであり、故に今、彼女はかつてないほどに心が躍っていた。

 自身が本気で放ったかめはめ波を受けながらもダメージ一つない姿で煙から出てきた少年――もとい少女(・・)の姿に、パンは驚きと憧憬を抱く。

 

「うっそー! わたしのかめはめ波、ぜんぜんきいてない!」

 

 祖父から教わったかめはめ波は、今のパンが放てる最強の技だ。その威力は彼女の身内の人間達ほどではないが、それでも決して低いとは言えない威力の筈だった。

 現にその一撃を受けた少女――ノエンはパンの四歳児らしからぬ強さに、それまでのポーカーフェイスを崩して驚きの表情を浮かべていた。

 

「驚いた……キミ、ちっこいのに凄いパワーだね」

「むう……そっちだってちいさいでしょ!」

「ムッ……なんかボク、キミのことあんまり好きじゃないや」

「ええ!? ひどーい! なんで?」

「さあ? なんでだろう」

 

 自身の対戦相手であるこのノエンという少女とは戦いが始まってから初めて言葉を交わしたが、不思議なことにこの時のパンにはそんな気はしなかった。

 それは決して、前にどこかで会ったことがあるというわけではない。元々パンが人懐っこい性格であることも理由の一つだが、なんとなく彼女には戦闘中に会話が出来るほどの親しみやすさを感じたのである。

 

「まあ、そんなことはどうでもいいか。パンちゃんって言ったね? そろそろボクは本気を出すけど、泣かないでよ」

「なかないよ! でも、ノエンって女の子だったんだね!」

「ん……? ああ、あれ被ってたから男の子に見えたのかな。別に隠してたわけじゃないんだけど」

 

 そう言って、ノエンが会話を切り上げる。そして、パンも顔つきを変えた。

 集中力と身に纏う「気」を一層引き上げた二人は、それぞれの流派に沿った構えを取り――

 

「いくよ!」

「こっちだってぇ!」

 

 ――再び、ぶつかり合う。

 

 それは、そう遠くない未来……共にこの地球を守り、時に良きライバルとして切磋琢磨することになる二人の少女が初めて出会い、初めて拳を交えた記念すべき日となった。

 

 二人の力強い技と技がぶつかり合う度に、会場からは次世代の戦士の登場を祝福しているかのような歓声が沸き上がっていく。

 

 

「どっちも頑張れー!」

 

 妻のビーデルと共に、悟飯もまた身を乗り出してそんな二人の戦いを応援する。

 そして悟飯は、どこかできっとこの戦いを見ていると信じている「彼女」に対して、喜びと感謝の思いを込めてこの言葉を贈った。

 

 

「……おかえりなさい」

 

 

 ――いつか新しく生まれてくる彼女を、時を経てこうして見つけることが出来た。

 かつて心魅かれた眩しい笑顔が、悟飯の脳裏に浮かんでは消えていく。だがそれは決して、寂しくはなかった。

 

 魂は形を変えて、彼女は再び生まれてきた。

 

 果てない闇から飛び出して、彼女は新しい命としてこの世に帰ってきたのだ。

 

 だから。

 

 

 

 ――新生した彼女の帰還を、孫悟飯は安らぎの中で祝福した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       僕たちは天使になれなかった

 

        【 THE END(お し ま い) 】

 

 

 

 








 ここまで読んでいただいた読者の皆様に感謝を。

 これで番外編は完結となります。この番外編をIFと取るか、続編として取るかは読者の皆様にお任せします。
 このIFを書く前に、最初は今回ダイジェスト的に出てきた「ベビージャネンバ編」を連載しようかと思いましたが、私の力量でそれを書こうとするとまた長編になりすぎてエターな目に遭ってしまうと思ったので断念しました。
 DB二次は初めてで、オリキャラに関しても自分で書いておいて結構無理のある設定だと思いましたが、書いている方としては最後まで楽しく書くことが出来ました。これも原作の偉大さ所以です。
 本作で今後の投下があるとすれば、小ネタや一話完結の短編になるかと思います。ネオンの話は私の中ではやりきっていると思っているので、生まれ変わりのノエンの話とかZ戦士視点の話とか、オリキャラ紹介とかを書くかもしれません。

 ここまでお付き合いしていただき、ありがとうございました。


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