僕たちは天使になれなかった   作:GT(EW版)

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神と神と魔王と乙女と青年と戦闘民族

 魔人ブウ復活を阻止すべく地球を訪れた界王神であったが、ここまで誤算にうろたえるばかりだった。

 最初の誤算は、この星に生きる戦士達の強さを大きく見誤っていたことだ。そのことに気付いたのは天下一武道会の一回戦。大界王星一の武道家である孫悟空と、サイヤ人の王子ベジータの試合である。

 二人の卓越した戦闘技術と底知れぬエナジー。加えて「超サイヤ人」への変身を可能とする彼らは、通常の状態からさらに何十倍ものエナジーへと飛躍させることが出来る。

 試合で見せた実力は彼らにとってほんの小手調べに過ぎなかったが、実際にそれを目にしたことで界王神は恐れすら抱いたものだ。

 そんな二人の心を読心能力で覗き込んだ瞬間、界王神はさらなる事実に驚かされることとなる。

 孫悟空の息子である孫悟飯と、同じく大界王星で修行していた地球人のネオン。その二人もまた、彼らに近い実力を備えていることがわかったのだ。

 それに関してはもちろん嬉しい誤算であったが、同時に嬉しくない誤算も見つけることになった。

 それが界王神第二の誤算。ベジータ――彼の心の中が、想像以上に危うかったことだ。

 これも孫悟空との戦闘中に心を読んでわかったことだが、彼はあまりにも激しい執着心を抱いていた。何が何でもカカロット――孫悟空を倒してみせると。それこそ、どんな手を使ってでもだ。

 それ自体は決して悪い感情ではないが、魔導師バビディと対面することを考えるとやはり面白くない。バビディはそう言った人間の人間らしい心につけ込み、泥沼に引き込むことに長けている性悪な魔導師だ。操り方次第では、ベジータさえもあのダーブラのように利用されかねなかった。

 しかしそのことに未然に気づくことが出来たのは、界王神達にとって幸いだった。

 魔人ブウと言う宇宙の存亡に関わる脅威を前に、不確定要素を残しておくわけにはいかない。故に界王神は、ベジータをこの戦いから遠ざける方針に切り替えたのである。

 元々彼にとっては孫悟空との戦い以外はどうでも良い為、意図してバビディとの戦いから遠ざけるのは簡単だった。バビディのこともブウのことも、彼に対しては何も話さなければ良いのだから。

 その結果彼と共に孫悟空も離れてしまい、貴重な戦力を二人も失うことになったわけだが、それでもまだ手元には孫悟飯とピッコロ、ネオンという強力な味方が残っている。そしてその三人の実力が当初の想像を大きく超えていたことは、界王神にとって何よりも嬉しい誤算だった。

 

「し、信じられん……! 二人とも、あのダーブラを上回っている……!」

「どうやら、私達は驕っていたようですね。もっと早く、彼らの力を知っておくべきでした」

 

 暗黒魔界の王ダーブラと戦っている悟飯とネオンから感じる膨大なエナジーを後方に、キビトが驚愕し、界王神が苦笑を浮かべる。

 そして、そんな二人の言葉を聞いたピッコロの表情はどこか誇らしげであった。ネオンはともかくとしても、かつて弟子だった孫悟飯という少年が大宇宙の神に称えられて嬉しいのだろう。

 

「な、なにをやっているんだよダーブラ! そんな奴らさっさと片づけて僕を守るんだよ~!」

 

 彼らは暗黒魔界最強の男を相手に優勢――いや、圧倒していた。

 彼らが強いのは知っていた。しかし、流石にそれほどのレベルだとは思わなかったものだ。界王神にとっては非常に嬉しい誤算であったが、バビディにとっては堪ったものではないだろう。

 呼んでも呼んでも自分の元に戻ってこないダーブラ。そして、目の前に降り立った界王神とキビト、ピッコロ。ただならぬ力を持つ三人を前にして、魔導師バビディは明らかに動揺している様子だった。

 

「バビディ、お前の野望もここまでだ! 魔人ブウの復活は、私達が阻止する!」

「界王神……パパの仇めぇ! お前さえ居なければ……!」

 

 最強の配下であるダーブラが食い止められており、普段こそこそしているバビディ本人が宇宙船の外に出ている今が最大の好機だ。

 界王神たる者、地球の戦士達が切り開いてくれたこの機を逸するわけにはいかなかった。

 

「くぅ……! もういい! 出てこい僕のしもべ~!」

 

 父の仇である界王神を目の前にした激情からか、バビディが冷静さを失ってすぐに宇宙船の中に引っ込まなかったことも幸いだった。

 彼もまたここで一気に勝負をつけるべく、魔術によって数十人もの配下を一斉に召還したのである。

 皆、バビディにその心を支配された哀れな星々の兵士である。数多の種族の兵士達が界王神達三人を取り囲むと、奇声を上げて飛び掛かってきた。

 

「雑魚が!」

 

 一瞬。

 界王神の身を守るように飛び出したピッコロが、全身から内なる「気」を一気に解放した瞬間、その衝撃波によってバビディの兵士達は塵一つ残らず吹き飛んでいった。

 

「使えない奴らめぇ……プイプイ!」

「お任せあれ!」

 

 超サイヤ人には劣るが、ピッコロの強さは圧倒的だった。替えの効く雑兵とは言え、ここまで簡単に全滅するとは思わなかったのだろう。動揺を隠せないバビディは、縋るように側近の兵士をけしかけた。

 バビディの配下はダーブラ一人だけが飛び抜けて強く、他は然程の戦力ではないのかもしれない。そう考えたのはここまで良くも悪くも誤算だらけである界王神だったが、その読みに関しては見事に的中していた。

 

「キビト!」

「はっ!」

 

 プイプイと呼ばれた兵士――バビディの側近が前に現れたのを見て、界王神は自身の側近であるキビトをぶつける。

 見たところこのプイプイという兵の力は先ほどの雑魚共とは一味違うようだが、キビトとて伊達に界王神の付き人をやってはいない。一定時間、プイプイの攻撃が主に及ばないように食い止めておくことぐらいは容易いだろう。

 

「くそぉっ、ならヤコンだ! 出てこいヤコン、あいつらを殺せぇー!」

 

 バビディの配下はまだ尽きてはいない。畳みかけるように魔法陣から召還した巨大な怪物が、その腕を振り上げて界王神の身体を切り裂かんと襲い掛かる。

 だが、緑色の戦士がそれを許さない。その腕が界王神へと到達する前に、ピッコロの右足が怪物ヤコンの身体を蹴り飛ばしたのである。

 

「界王神様! コイツの相手は引き受けます! 貴方はバビディを!」

「……感謝します、ピッコロさん」

 

 孫悟飯とネオンがダーブラを。

 キビトがプイプイを。

 ピッコロがヤコンを。

 そしてこの界王神が、バビディを倒す。

 それが全て終わった時、宇宙は平和になる。こんなにも早く、目的を果たす時が来たのだ。

 ことごとく嬉しい誤算を与えてくれた地球の戦士達に対して、界王神は言葉に表せない感謝を感じていた。

 

「お、おのれ……! なんなんだよあいつらは……」

 

 自身を守る配下が皆手元を離れてしまった今、流石に分が悪いと判断したのだろう。バビディが背を向けて宇宙船の中へと退避しようとするが、もう遅い。

 

「う……うごけ……!」

 

 界王神が左手をかざした瞬間、背走しようとしたバビディの足がピタリと止まったのである。

 界王神の放つ強力な超能力によって、バビディの動きを封じ込めたのである。

 バビディは宇宙全体で見ても最高クラスの魔導師であるが、その肉体は弱く、心も臆病で強靭な精神力も無い。そんな彼の動きを超能力で一時的に止める程度、界王神にとっては造作もなかった。

 

「ここまでお膳立てされたのです……逃がしはしませんよ、バビディ」

「……ッ……ま……待っ……!」

 

 恐怖に歪んだバビディが、その口から命乞いの言葉を吐き出す前に――界王神の右手から放たれた一条の光線が、彼の脳天を無慈悲に撃ち抜いた。

 

「迂闊でしたね。精々地獄で苦しみなさい」

 

 白目を向いてその場に崩れ落ちたバビディに対しても、界王神は一切慈悲を掛けない。念には念をと気攻波を乱射し、絶命したバビディの遺体を完全に焼き払った。

 

 今ここに、宇宙最強の魔人を蘇らせんとする極悪の魔導師は滅び去ったのである。

 

 

 

「バビディ様!」

「貴様も……くたばれぇーっ!」

「ッ!」

 

 程なくして、ピッコロやキビト達の戦いにも決着がついた。

 ピッコロとヤコンの力はややピッコロの方が上回っており、そして何よりも彼には地の利があった。ヤコンという怪物は元々、光の無い暗闇の星に住んでいた生物なのだ。

 本来ならばバビディの魔術によって母星へと戦場を変え、そこで100%の力を引き出すことがヤコンにとっての勝利への道筋だったのであろう。しかし地球と言う慣れない環境下では本来の力を引き出すことが出来ず、ピッコロの「魔貫光殺砲」によってあえなく心臓を貫かれ、そのまま死亡した。

 

「チェアアアアッ!!」

「うっ、うああああっ!?」

 

 ヤコンを仕留めた後、すぐさまキビトの加勢に回ったピッコロが勢いのままにプイプイを圧倒。こちらは単純に力の差が離れていた為に始めから勝負にならず、ピッコロがフルパワーで放った気攻波によって呆気なく消滅していった。

 驚くべき力を持っていたのはサイヤ人達だけではなく、彼もまたそうだったのである。

 彼ら地球の戦士達が敵でなくて良かったと……切実にそう思いながら、界王神は唖然とした顔でその光景を眺めていた。

 

 

 ――そして、悟飯とネオン対魔王ダーブラ。その戦いも、間もなく終わろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダーブラは、思っていたよりもずっと強かった。

 悟飯と二人で戦わなければ、もう少し苦戦したかもしれない。少なくとも、こんなに早く追い詰めることは出来なかっただろう。

 界王神様の言っていた触れた相手を石にしてしまう唾は確かに厄介だけど、警戒していれば「気」で掻き消したり出来るし対処は難しくなかった。

 

「バ、バビディ様が……そんな……」

 

 私達の優勢で進む戦闘の最中、バビディの「気」がプツリと途絶えた。どうやら、界王神様達が上手くやってくれたらしい。

 これで恐ろしい魔人の復活を阻止出来たというわけだけど……バビディが死んでも、ダーブラの戦意が衰えることはなかった。

 

「おのれえええええ!!」

 

 主を失い、怒り狂ったダーブラの「気」が一段と跳ね上がる。

 彼はその手に持った魔剣を振り上げると、悟飯の身体を縦に切り裂こうと一気に振り下ろしてきた。

 

「ふんっ!」

「……!?」

 

 私が助けに行くまでもないとばかりに、悟飯が危なげなくその剣を白刃取りで受け止める。そして超サイヤ人2として発揮される凄まじい腕力によって強引に刃面を圧し折ると、反撃の拳をダーブラの顔面へと叩き込んだ。

 

「はっ!」

「ぐっ……!」

 

 それを見るなり私は瞬間移動で吹っ飛ばされたダーブラの先へと回り込み、追撃の踵落としを喰らわせてダーブラの身体を地面へと叩き付けた。

 こう言った連携を取るのはこれが初めてだけど、案外上手くいくものだ。戦いが始まってからずっとこの調子で、ダーブラを圧倒している。悟空さんがこの戦いを見れば、きっと「フェアじゃない」って嫌がるだろうね。

 だけど私にとっては、戦いの面白さなんかよりも悟飯と地球の平和の方が大事だ。だからこそ、卑怯と自覚しても手を抜くわけにはいかなかった。

 

「くそ……! この俺が……この俺がああああっっ!」

 

 ダーブラのプライドはさぞやズタズタなことだろう。暗黒魔界では敵の居なかった自分が、たかだか人間の子供二人を相手に良いようにやられているのだから。

 狂乱して叫ぶ彼の姿は行き場を失ったオオカミのようで、いっそ哀れですらあった。

 

「もう諦めたらどうだい? バビディも死んだし……これ以上戦う必要はないだろ」

 

 そんな彼を空から見下ろしながら、内心無駄だと思いながら言ってやった。

 恐ろしい魔王とは言え、彼だってバビディに操られている被害者なのだ。彼が諦めて降参し、今後の人生をひっそりと誰にも迷惑を掛けずに過ごすと誓うのなら、わざわざとどめを刺すこともないだろう。

 同情したらいけないってことはわかっているけど……いや、同情とは違うのかな。私の場合。

 私はただここで彼に忠告したってことを、戦いの後で言い訳にしたいだけなのだろう。本当の優しさを持つ悟飯とは違う、極めて自分本位な偽善だ。

 

「バビディ様……バビディ様を……よくもオオオオッ!!」

 

 私の声が聞こえなかったわけではなかろうに、ダーブラは尚もこちらに向かってくる。が、怒りに任せすぎて単調になっている攻撃は、私には一つも当たらない。

 カウンターの裏拳を喰らわせ、間髪入れずに正拳を突き刺す。見事に吹っ飛んでいったダーブラに今度は悟飯が追撃を浴びせ、再びその身体を地面へと叩き落とした。

 

「こんな……馬鹿なことが……バビディ様、私に力を……! 力をおおおっ!!」

 

 ダーブラの叫びが、哀れに響く。

 失った主の仇を討つ。それが本心からの叫びならば美しくもあるが、全てはバビディに心を支配されてしまった結果だと思うとやるせない気持ちになる。

 ……バビディが死ねば彼の洗脳も解けるんじゃないかという期待も少しあったけれど、どうやら現実はそう都合よく出来ていないらしい。

 

「うおおおおおおお!!」

 

 ダーブラが高々と飛び上がり、その手に直径100メートルはある特大のエネルギーボールを生成する。

 バビディが死んだ今、彼にとってもはや失うものはない。だからこの地球を消し去ることによって、私達全員を道連れにしようと言うのだろう。

 魔王らしい、恐ろしい思考だ。だけど今の私には、何の恐怖もなかった。

 

「……あの世では、自由になれるといいね」

 

 全ての力を注ぎ込んだエネルギーボールを、ダーブラが私達に向かって放り投げる。

 スピードは遅く、避けようと思えば簡単に避けられる。しかしそれではこの地球は粉々になってしまい、バッドエンド。

 単純かつ考えられた行動だが、この地球で戦っている以上、最終手段として彼がそう来ることは予想の範疇だった。

 私も。

 悟飯も。

 

「悟飯!」

「はい!」

 

 だからこそ、私達の対応は素早かった。

 地球ごと私達を滅ぼす。なるほど、それは確かに恐ろしい。

 だけどそれはミスだ。最大のミスだよ、ダーブラ。

 

 ……そんなことをしたら、君を殺すしかないじゃないか。

 

「波ああああっ!!」

 

 隣に並んだ私と悟飯が、最大出力でエネルギーボールを押し返す。

 同時に放った「かめはめ波」によって、私達はダーブラ最大の攻撃を迎え撃ったのである。

 私の放ったかめはめ波は見よう見まねで撃った三年前とは違い、あの世での修行で悟空さんから教えてもらった本場式のかめはめ波だ。故に威力も高く、そして悟飯のかめはめ波に関しては今更語るまでもないだろう。

 私達の両手から放たれたかめはめ波は唸りを上げてダーブラのエネルギーボールへと衝突し、拮抗は一瞬だった。

 ダーブラのエネルギーボールは呆気なく弾け飛び、有り余る波動がダーブラ自身の肉体へと襲い掛かったのである。

 

「……っ!」

 

 交錯する光の中で私達が見たのは、自分の力が一切通用しなかったことに言葉を失い、断末魔すら残さず消えていくダーブラの姿だった――。

 

 

 

 

 

 

 

 地球の、宇宙の危機を未然に防ぐ戦いは私達の圧勝という形で幕を下ろした。

 恐れ多くも界王神様からは感謝の言葉を貰い、悟飯と私はそれを笑って受け取った。

 魔導師バビディは死に、その配下も全て消え去った。これで魔人ブウの復活の芽は、完全に絶たれたと思っても良いだろう。

 残ったのはバビディの宇宙船とその中に眠っているであろう魔人ブウの玉だが、最後はこれをどうするかが問題になった。

 

「本当なら私達が責任を持って持ち帰るべきなのですが、下手に刺激を与えることになるかもしれない……空気が変わることでも、何か悪い影響があるかもしれません。それが理由で、以前はこの地球に置いたままにしていたのですが……」

「なら、今回もそれでいいんじゃないでしょうか?」

「……しかし、界王神としては心苦しいですね。お世話になった皆さんの地球に、災いを残してしまって」

 

 魔人ブウの封印を解くことが出来るのは、魔導師バビディの血族のみ。故に、魔人ブウが再び蘇ることは決してない。

 しかし、誰だって不吉な物を近くに置いておきたくはないだろう。そう言った心情に配慮して苦々しい表情を浮かべる界王神様だけど、悟飯は特に気にしていない様子だった。

 そんなこんなで結局魔人ブウの玉はこのままの状態にし、せめて誰にも見つからないように宇宙船に細工を施しておこうという話に落ち着いた。

 それはピッコロさんから送られたテレパシーによって地球の神様であるデンデ様の方も承知したらしく、そこまで話が行けば一般人かつ死人である私から言うことは何もない。後は上手くいくだろうと安心し、私はようやく肩の力を抜くことが出来た。

 悟飯を守るという私の目標――そしてビーデルさんとの約束は無事果たせたというわけだ。張りつめていた緊張の糸が切れたように、気付けば悟飯の背中に寄り掛かってだらーっとしている私が居た。

 

「ネオンさん? 大丈夫ですか?」

「……ごめんね。少し、力を使いすぎてしまったみたい。しばらくこうさせて」

「いいですけど……本当に大丈夫だったんですか、あの変身」

「だいじょーぶ」

 

 ダーブラとの戦いで消耗した体力は、既にキビトさんの力で回復している。

 だけどどうにも倦怠感が拭えないのは、私の変身の反動が原因である。

 超地球人ツフル――私が安直にそう名付けたあの変身は、肉体以上に精神への負担が大きいのだ。だからなるべく使いたくなかったのだけど、そうしなければダーブラとの戦いには着いていけなかったのだから仕方が無い。

 傍目からはあっさり倒せたように見えたかもしれないが、戦闘中の私は結構精神的にはギリギリだったのだ。多分、一緒に戦っていた悟飯はそのことに気づいているのだろう。心配そうなその顔が、申し訳ないと同時に嬉しくもあった。

 

 私がだらしなく寄り掛かった彼の背中はとても大きくて、頼もしくて、温かい。ビーデルさんに悪いと思いながらも、この温かさを誰にも渡したくないと思う自分も確かに存在していて……駄目だな、私。

 

 けれどもその温もりから離れたくなくて、気付いた時には安心から眠気を催していた。

 そしてその意識が夢の中に落ちそうになった……その時だった。

 

 

 ――バビディの宇宙船が、爆発したのである。

 

 

「あ」

 

 と、声を上げたのは悟飯。

 

「いっ!?」

 

 と、口をあんぐりさせたのはキビトさん。

 

「うっ……ううん?」

 

 と、爆音により意識を覚まし、眠気を払うべく目を擦っているのが私。

 

「え……」

 

 と、呆然とした顔で宇宙船の残骸を見つめているのが界王神様。

 

「お、おい……!」

 

 と、慌てふためくのが、硬直から復帰したピッコロさんの言葉だった。

 

 

 宇宙船が、爆発した。

 それはもう、盛大な爆発だった。

 あまりにも大きな爆発は地下に向かって埋まっていた宇宙船を丸ごと飲み込み、破壊し尽くすほどのものだった。

 その爆発はもちろん、中に入っていたであろう封印されたし魔人の玉にも届いただろう。玉に刺激を与えると何が起こるかわからないとあれだけ警戒していた界王神様はと言うと、ついさっきまで宇宙船があったクレーターを眺めながら呆然と立ち尽くしていた。

 その顔は普段よりもさらに青く、呼吸すら止まっている様子だった。

 

「おいベジータ! おめえ今なんか吹っ飛ばしたぞ!」

「うるさい! 弾き飛ばした貴様のせいだ!」

「いや、そんなこと言われても……って、あれ?」

 

 途方に暮れたように立ち尽くす私達五人の耳に聞こえてきたのは、聞き覚えのある二人の男の声だった。

 ……ああ、すっかり気を抜いていたから、彼らの接近に気付かなかったのだ。それは間違いなく、私達の落ち度だろう。

 

「お、お父さん?」

「悟飯にピッコロも、ネオンまで……なんだおめえら、大会はどうした?」

「ご、悟空! お、お、お前なんてことを!」

「そんなに慌ててどうしたピッコロ? もしかして今吹っ飛ばしちまったの、まずいもんだったのか?」

 

 宇宙船爆発の原因――それは、孫悟空さんだった。

 いや、正確に言えばベジータと戦っていた悟空さんが、ベジータの気弾を弾いた結果起こってしまった偶然の出来事だった。悟空さんが弾いたベジータの気弾が、ピンポイントでバビディの宇宙船を破壊し爆発させたのである。

 ……うん、ということはベジータが悪いね。ベジータが悪いよベジータが。

 私はそう思うことで、爆発した宇宙船の跡から目を逸らすことにした。

 

「ま、まずかったと思いますよ……すみませんが、二人ともこっちに降りてきてください!」

「ああ、なんかさっきまでおめえ達の気が上がってたり、近くで変な気を感じたけど、そのことか?」

「はい、そのことです」

「わかった。ベジータ、そういうことだから一旦やめるぞ」

「チッ」

 

 ここは周りに巻き込むような人気が無い為、戦場としてはうってつけな場所だ。

 そう思ったからこそ、彼らもまたこの近くを戦いの場所として選んだのだろう。

 実は私と悟飯もダーブラと戦っている最中に、悟空さんとベジータが割かし近い場所で戦っていたことは気付いていたのだ。尤もその時点ではまだこの場所に影響が無い程度の範囲だったけれど、どうやら戦っている間に、知らず知らずのうちに彼ら二人はこの場所へと近づいていたらしい。

 そして気付いた頃にはこの始末。バビディの宇宙船は彼らの戦いに巻き込まれ、無惨にも粉々というわけだ。

 

 悟飯に呼ばれた悟空さんが私達の居る場所へと降り立ち、続いて不機嫌そうな面持ちのベジータが降りてくる。二人とも超サイヤ人を超えた超サイヤ人2の姿をしており、吹き荒れる「気」の嵐には私と悟飯以外のみんなが驚いている様子だった。

 

 そして界王神様達が宇宙船跡地となったクレーターの中から恐る恐る魔人ブウの玉を探している間、悟飯とピッコロさんがこれまでに起こった出来事を二人に語ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 界王神様に、魔人ブウに、魔導師バビディ、魔王ダーブラ。これまでの詳細を大方伝え終わると、悟空さんとベジータの方も無事理解してくれたようで、知った後で悟空さんはすまなそうに頭を下げた。

 だけど、その後で「魔人ブウか……そんなにつえー奴なら、一度戦ってみたかったなぁ」と名残惜しそうに呟いていたのはいかにも悟空さんらしいと思う。

 実際、魔人ブウの恐ろしさは界王神様達しか知らないし、私としては悟空さんなら例え魔人ブウが復活しても勝利することが出来ただろうと思っている。ベジータとの戦いではまだなっていないみたいだけど、彼の「超サイヤ人3」はそれほどまでに異次元な戦闘力なのだ。

 

「まったく、貴方達という人は……」

 

 そんな彼に対して、宇宙船跡地のクレーターから戻ってきた界王神様が呆れを滲ませながらそう言う。

 しかしその表情は決して怒っている様子ではなく、どう言って良いかわからず苦笑いを浮かべている様子だった。

 

「界王神様、魔人ブウは……?」

「大丈夫です。思った通り、ブウの玉は宇宙船の中に保管されていたようですが何の変わりもない状態でした。もちろん、ブウは封印されたままです。ある程度の衝撃は問題ないとわかったので、地中深くに埋めた後で厳重に封印処置を施すことが出来ましたよ」

「そうですか……」

 

 今の爆発で魔人ブウが復活してしまったなどということになったら目も当てられないが、界王神様によるとどうやらそれは杞憂だったようだ。

 安堵するピッコロさんと疲れ切ったキビトさんの表情が、どこか中間管理職員みたいに見えたのは内緒だ。

 

「カカロット、いつまで話している。さっさと続きを始めるぞ」

「ああ、これで思いっきりやれるな!」

 

 そして心配の要因を作った二人はと言うとさっさと意識を切り替え、お互いに構えを取って戦闘を再開しようとする。

 流石は純粋な戦闘民族と言ったところか。彼らにとっては見も知らぬ魔人がどうこうよりも、目先のライバルとの対決の方が大事のようだ。

 

「お待ちなさい」

 

 今にもぶつかり合おうとする二人に対して、界王神様が制止の声を掛ける。

 真剣勝負に水を差すような形になってしまったが、今回ばかりは仕方が無い。二人の戦いを止めるだけの正当な理由があるのだから。

 

「貴方達は強すぎる。本気同士でぶつかっては地球への被害が大きく、地中に封印したブウにも影響が及びかねません」

 

 それでも「魔人ブウのことなどどうでもいい!」とでも言いたげなベジータの強烈な視線を受けて頬を引きつらせながら、界王神様が人差し指を立てて提案する。

 

「ここは一つ、私が貴方達に戦いの場所を用意しましょう。皆さんを、界王神界に招待します」

「カイオウシンカイ?」

「私達……今住んでいるのは私とキビトだけですが、遠い宇宙の果てにある界王神の聖域です」

 

 界王神界――本気同士で戦うのならば、界王神様の母星で戦ってくれと言ったのである。

 それは大界王星みたいな星をイメージすると、何となく想像出来る気がする。名前の響き的に大界王星よりも頑丈なのだろうから、それならば超サイヤ人2同士の戦いでも耐えられるだろう。

 界王神様の世界ということは当然私達人間が簡単に足を踏み入れて良い世界ではないのだと想像出来るが、提案した界王神様の顔は至って晴れやかだった。

 魔人ブウという長年苦しんでいた悩みを解決したことで、心にゆとりが生まれたのだろう。

 

「いいんか? 悟飯達は頑張ったみたいだけど、オラ達は何もしてねぇぞ?」

「ふふ、楽しみにしていたゲームを台無しにしてしまったお詫びですよ。では、キビト」

「……わかりました。地球の戦士達よ、私に触れてくれ」

 

 キビトさんの指示に従い、悟空さんとベジータが彼の肩を掴む。成り行きで私達も掴まり、全員がキビトさんの身体に触れた状態になると、キビトさんが「カイカイ」と何かの呪文を唱えた。

 その呪文がキビトさんによる大規模な「瞬間移動」の呪文であることに気付いたのは、私達の目に映る視界が地球の岩場地帯から、一瞬にして見たことのない美しい自然の景色へと変わった時だった。

 

 ――神秘的。この景色を簡潔に言い表すと、何よりもその言葉が当てはまるだろう。

 

 神様より偉い界王様より偉い大界王様よりも偉い界王神様の聖域――決してその名前に負けていない綺麗で秀麗な世界が、そこに広がっていた。

 

「この界王神界なら、余程のことがない限り壊れることはありません。その上、ここではこの世とあの世の両方の空気が混ざっているので、あの世と同じように戦うことが出来ますよ」

「本当か? ってことは、こっちに居るうちはこの世に居られる時間も減らねぇってことか」

「はい。なので、時間を気にせず戦ってください」

 

 この世でもあの世でも界王界でもない。そんな世界で死者である悟空さんと生者であるベジータを戦わせる、界王神様の粋な気遣いだった。

 私としても、時間を気にせず二人の戦いを特等席で観戦出来るのは嬉しい。ここには居ない悟天達には、後で謝っておいた方がいいかもしれないけどね。

 

「何から何まですまねぇな。サンキュー界王神様」

「……礼は言わんぞ」

 

 色々と障害はあったが、そうしてようやく、今度こそ二人の激突が始まった。

 超サイヤ人2になった二人が最大まで「気」を引き上げ、環境への被害を度外視してぶつかり合う。

 邪魔にならないように離れた距離で応援しながら、私達はそんな二人の戦いを眺めていた。

 

「なんて奴らだ……二人とも、あの時の悟飯……いや、それ以上の強さだ」

「ずっと修行してましたからね。でも、ベジータさん凄いですね……七年前の差をここまで埋めるなんて」

 

 超サイヤ人2同士の戦いは一進一退。私から見ればほとんど互角に見えるが、悟飯とピッコロさんの目にもそう見えるようだ。

 確かにこれは、物凄い。特にベジータの強さは、三年前に私と戦った時よりも全てにおいて遥かに上回っていた。

 

「戦えば戦うほど強くなる、か……」

 

 何度打ちのめされても熱く立ち上がり、またぶつかってくる。敗れても敗れても決して折れないプライドが、ベジータというサイヤ人の強さなのだろう。

 私の家族を奪い、今も我が物顔で生きている彼のことはやっぱり許せないけれど……彼のそんな強い生き方に関しては、一人の人間として心から尊敬出来ると思った。

 

「全くの互角なんてな……おめえはオラ以上に修行してたんだな!」

「まだだ……! 俺の本領はこんなもんじゃないぞ!」

「オラだって、まだこっからだ!」

 

 激化する戦いに界王神界の大地が揺れ、ぶつかり合う拳が衝撃波となって数十キロメートル先に立つ私達の髪を靡かせる。

 それは、いつか来る終わりが勿体ないと思うほどに、素晴らしい戦いで。

 ただ強いだけではなく、純粋だった。

 

 悟空さんとベジータの二人はどこまでも純粋にこの戦いを楽しんでおり――そこに、憎しみは無かった。

 

 

 

 

 


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