僕たちは天使になれなかった   作:GT(EW版)

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復讐鬼覚醒!! 奇跡の炎よ燃え上がれ
オリキャラ登場


 

 世界中を恐怖に陥れた人造人間セルを倒したのは、一般人からはミスター・サタンとして認識されている。

 それ以降、ミスター・サタンは地球を救った英雄として持て囃され、お茶の間では「緊急特番! 人類を救った地球最強の格闘技の超天才、ミスター・サタンのすべて」などという特番が幾度もテレビで放送され、絶大な人気を博した。

 セルの脅威が去って四年が過ぎた今でも、英雄ミスター・サタンの名声は留まることを知らない。

 その影響力がどれほど凄まじいかと言えば、彼の住んでいる町が「サタンシティ」という名で改名され、今も尚爆発的に人口が増え続けているということを聞くだけでも推して察することが出来るだろう。

 だが人口の増加に対して着いて回ったのが、治安の悪化であった。

 セルの脅威が去って三年が過ぎたところまでは至って平和だったのだが、四年目にもなればそんな平和にも慣れ始め、愚かな者が出始める。人とはそういうものだ。

 

 この日もまた、とあるスーパーマーケットを襲う事件が発生していた。

 

「オラオラッ! さっさと金を出せ! 食糧もだからなぁっ!」

「ひゃっはー!」

 

 覆面で顔を隠し、ライフルで武装した集団――若者で構成された強盗団である。

 店員に対してライフルを突きつけて金と食糧を要求する彼らであるが、別段彼らは日々の生活に困窮しているわけではない。金や食糧よりも、彼らは日常での刺激が欲しかったのだ。

 ライフルを発砲するのが楽しく、正義ぶったムカつく人間に撃ってみたい。車を全速力で乗り回すのが楽しく、警察と命懸けのカーチェイスをしてみたい。女が好きだから、好みの子が居たらついでにかっぱらっていきたい等、彼らは各々にそんなしょうもないことを考えながらこのような騒ぎを起こしていた。

 彼ら全員に共通するのは、他人に迷惑を掛けるのが大好きな人種だということだ。適当に天井に向けて発砲してみれば店員やその場に居合わせた顧客達が聴き心地の良い悲鳴を上げ、彼らの心に愉悦を与えてくれた。

 

 しかしたった一つだけ、彼らはどうしようもない不運と突き当たってしまっていた。

 

「おじさん達、帰ってもらえませんか? おじさん達のせいで、みんな買い物が出来ないんです」

 

 黒髪の少年が一人、買い物かごに詰め込まれた商品を片手に困ったような表情を浮かべながら強盗団のリーダー格の男に近寄ってきた。

 殺伐としたこの場においてあまりにも不釣合いである呑気な口調は、まるで男の持つライフルが見えていないかのようだった。

 だが少年にははっきりとライフルの姿が見えていたし、その上でこのような危機感の無い口を聞いていた。

 

「ああ? なんだこのガキ」

「坊やよぉ、喧嘩は相手見て売りな」

 

 客観的に見れば勇敢を通り越してただの馬鹿とも言える少年の態度に顧客の大人達が息を呑み、強盗団の一同がケラケラと笑う。だがこの時、本当に喧嘩の相手を選ぶべきだったのはどちらだったのか、この場において正確に理解出来ていたのは少年を含めた「二人」しか居なかった。

 

 強盗団の不運――それは強盗をするに丁度良いと思っていたチンケなスーパーマーケットに、宇宙最強の人間が居合わせていたことだった。

 

 

 ――数秒後、強盗団一同は一人残らず地に這い蹲り、遅れてやってきた警察によって無事お縄についた。

 

 警察が登場した頃に広がっていた光景は強盗団の一同が皆揃って仲良く気絶しているという有様だったが、その全てがたった一人の少年が起こしたことであると、一部始終を目撃した者達の口から証言された。

 しかし、証言に出てきた黒髪の少年の姿は、警察が取り調べを行おうとした頃には既にその場から居なくなっていた。

 このことは数日間サタンシティにニューヒーローが誕生したと密かに噂されることになるが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雑踏を抜け、落ち着いた通路に出たところで孫悟飯は一息つく。

 ここまで来ればもう警察の目は届かないだろうと、まるで犯罪者のようなことを考えている自分に苦笑する。

 しかし地球が平和になったというのに、この町はいざこざが絶えない。何だか町に降りる度に事件に首を突っ込んでいるような気がするが、彼が事件体質なのは昔からのことだ。そもそもこの程度の些事、悟飯にとっては事件の範疇にすら入らなかった。

 寧ろ強盗団のような悪党を倒すよりも、その後に降り掛かってくる警察からの事情聴取の方が遥かに厄介だった。もちろん警察が善意で行っているのはわかっているのだが、近い将来この町で学校に通う予定のある悟飯にとって、極力目立つのは避けたかったのである。

 そういう意味では今回、「彼女」には助けられた。

 

「ありがとうございます、貴方のお陰で助かりました」

 

 隣に振り向いて、悟飯はそこに居る少女へと礼を言う。

 事件の後即行で買い物を済ませた悟飯は即座にその場から離脱――しようとしたのだが、店の出口は事件と聞いて集まってきた野次馬達の群れで固まっており、脱出不能になっていたのだ。

 無論、その気になれば野次馬に塞がれた出口など簡単に突破出来るのだが、下手に加減を誤って誰かに怪我をさせては目も当てられない。強盗団のような悪い人間ならばある程度は容赦を捨てられるが、罪のない一般人が相手であればそうもいかない。十三歳に成長したことで今日のように一人で町に繰り出すことが多くなった悟飯にとって、一般人を相手にした日常での力の使い方は大きな悩みとなっていた。

 そのように出口の前で右往左往していた悟飯に救いの手を差し伸べてくれたのが、隣に居る少女だった。

 店の外に出られない悟飯を、人気のない店の裏口まで案内してくれたのだ。

 

「どういたしまして。でもあの出口、本当は店員専用で、お客さんは使っちゃ駄目なんだけどね」

「えっ、そうなんですか!? まずいことしちゃったなぁ……」

「へーきへーき、君は店を救った救世主なんだし、そのぐらい許されてしかるべきだよ」

「いや、でも……」

 

 次にあの店に行った時は店員の人に謝ろう、そう心に決める悟飯を見て、少女がクスッと笑う。

 そうしていると、何だか悟飯は妙な気分に陥った。

 それは話している相手が異性――である以前に、自分と同じ年頃の子供だからだろうと気付いた。

 思えば昔から、自分と歳の近い人間とはほとんど話したことがなかったものだ。生まれ育ったパオズ山には弟の悟天以外に他の子供は居ないし、友人と言える関係であるクリリンなどは実父よりも歳上。ハイヤードラゴンとは今も仲良しだが、残念ながら人間ではない。ピッコロは――実はあまり自分と年齢に差がないことを知って驚愕したものだが、それでも尊敬する師匠である彼には歳の近い人間に対するものとはやはり違う感情を持って接している。

 そういう人間関係であるが故に、このように少ないながらも歳の近い人間と言葉を交わすのは新鮮な経験だった。

 

「許されなきゃ駄目だよ。君は立派なことをしたんだから」

「そうかな?」

「そうそう、君は謙虚すぎるよ。それだけの力があるなら、もっと威張り散らしたってバチは当たらないさ」

 

 そしてそう言った人間から自分の行動が褒められるのもまた新鮮な体験であり、妙な気分だった。

 自分が今日行ったことはほんの小さなことだが、そうやってヒーローみたく扱われるのは心地が良い。同時に照れくさく、恥ずかしいという思いもあったが。

 買い物袋を持つ側とは別の手で頭を掻く悟飯に対して、少女は微笑みながら言う。

 

「それこそあの強盗団をみんな殺しちゃっても、君なら許される。強盗団だけじゃない。人の功績奪ってふんぞり返っているあのホラ吹き野郎をとっちめたって、君なら許されるんだよ」

「いや、それは駄目ですよ」

 

 少女の口から放たれたそんな物騒な言葉を聞いた瞬間、悟飯は少女の僅かな「気」の変化を感じた。

 悟飯からしてみれば他の一般人と何ら変わりのない、極めて矮小な「気」――彼女から感じ取れるそれから、妙な感覚を覚えたのだ。

 穏やかな空気が一点、悟飯の中でざわざわと胸騒ぎが起こる。

 足を止めて少女の姿を見てみると、彼女もまた足を止めてある方向を見ていた。

 ミスター・サタンの巨大ポスター――スポーツジムの看板に貼り付けられたそれを、少女はつまらなそうに眺めていた。

 

 悟飯が少女の姿をはっきりと認めたのは、今更ながらそれが初めてだった。

 

 生い立ちから美的感覚に乏しい悟飯からしても、少女の姿は素直に美しいと思えるものだった。

 歳の頃は十代前半と言ったところで、最初に思った通り悟飯と同じぐらいだ。しかしその整った顔立ちには、年齢相応のあどけなさが微塵も感じられない。きめ細やかな白い肌と艶やかな黒髪のロングヘアーも相まって、可愛らしいというよりも凛々しいという言葉が似合う姿だった。

 そしてその中には、触れれば掠れてしまいそうな儚さが混在していた。

 

「……なんで、君は何も思わないんだい?」

 

 ミスター・サタンのポスターを眺めながら、少女は悟飯に問い掛ける。

 その問いの意味が理解出来なかった悟飯は、下手に取り繕うことなく素直に聞き返す。

 

「何のことですか?」

「君の功績を奪った、ミスター・サタンのことだよ」

 

 そんな悟飯の反応を予測していたかのように、少女は間髪入れず説明する。

 

「セルを倒したの、君なんだろう? 子供なのに地球の為に必死に戦って、戦って、戦い抜いて……その結果があんなのに奪われたとなれば、普通恨み言の一つも言いたくなりそうなものだけど」

 

 ――その言葉に、悟飯は驚いた。

 ミスター・サタンがセルを倒したという真実と掛け離れた話は既に世界中に広まりきっており、悟飯達のことを知らない一般人は皆その話を間に受けているものだろうと思っていたのだ。

 しかし、この少女は知っていたのだ。本当にセルを倒した戦士が誰なのかを。

 

「僕のこと、知っているんですか?」

「うん。でも私としては、寧ろなんでみんな知らないのかがわからないよ。セルみたいな化け物、ただの地球人が倒せるわけないじゃない」

 

 まあ、そんなことはどうでもいいんだ、と少女が言う。

 そして、再度悟飯に問い質した。

 

「で、どうなの? 本当のところ、サタンのこと恨んでないの?」

「恨んでなんかいませんよ。寧ろ僕、あの人には感謝していますし」

「銀河戦士の時に助けられたからかい?」

「それもありますけど……」

 

 真剣さを漂わせた少女の栗色の目を受けて、悟飯は嘘偽りの無い正直な言葉を返す。

 セルを倒したのは悟飯だが、世界にはミスター・サタンが倒したこととして広まっている。そのことに対して、師のピッコロからも似たような問い掛けをされたことがあった。

 その時もまた、悟飯は同じ言葉を返している。

 

「僕は救世主じゃなくて、偉い学者さんになるのが夢なんです。戦うことも、あまり好きじゃなくて。だからセルをサタンさんが倒したってことになってても、みんな喜んでいるんだからそれでいいじゃないですか」

 

 人々から持て囃される救世主になりたいだとか、悟飯は生まれてこの方一度も思ったことはない。

 悟飯が地球の為に戦ってきたのは自分の好きな自然や動物達、そして大好きな人々を守りたくて、自分に偶々その力があったからなのだ。本来目指したかったことは平和な世界で学者になることであるが故に、今のミスター・サタンのような立場には一切興味が無かったのである。

 ミスター・サタンもあれで人々の心の拠り所になっており、世界に多大な貢献をしている身だ。そんな彼の元で人々が笑っていられるのなら、悟飯に思うことは何も無かった。

 もしもサタンが権力を盾に人々を悲しませるようなことをする悪人だったのなら話は別だが、そういう面においては彼は極めて善人であり、その心配は無い。いざという時は死を覚悟してでも戦いに赴く漢なのは銀河戦士の一件で実証済みであり、悟飯自身も実際に助けられたこともあってか彼には感謝の思いがあった。

 そのことを伝えると、少女は呆れたように溜め息をつき、そして口元を綻ばせた。

 

「……君は凄いよ、孫悟飯」

 

 言って、少女は唐突にその場から走り去る。

 そうして十メートルほど離れた後、彼女は振り向いて手を振りながら言った。

 

「うん、ここなら人は居ないから、空を飛んで帰っても大丈夫だよ!」

 

 次から次へと叩き込まれてくる発言に、悟飯はまたも驚かされる。

 どうやら彼女には、自分がパオズ山に帰る為に飛べる場所を探していたことがバレていたらしい。

 あまりの詳しさに、悟飯は少し怖いとも思ってしまった。

 しかし彼女から感じられる気に邪悪なものは感じない為、この時の悟飯はそれほど警戒することもなく、素直に「ありがとうございます!」と手を振り返すことにした。

 そして、次の瞬間である。

 

「私の名前、ネオンって言うんだ。また会おうね、悟飯!」

 

 その言葉から、悟飯は彼女の名を初めて知った。

 一口に不思議な少女と片付けてしまうには、何とも不思議が過ぎているように思える少女、ネオン。

 

 

 ――これが孫悟飯にとって、彼女との初めての会遇だった。

 

 

 

 

 


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