僕たちは天使になれなかった   作:GT(EW版)

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とびっきりの悟飯スキー対悟飯スキー

 

 

 天下一武道会少年の部は、思いのほか呆気ない幕切れに終わった。

 

 それも、無理もないことだと思う。幼い二人の超サイヤ人にとって、あの会場はあまりにも狭すぎた。

 決着は、ほんの一瞬の差で決まった。超サイヤ人に変身した二人が真正面からぶつかり合い、同時にお互いの力によって二方向に弾き飛ばされたのである。……武舞台の場外まで。

 

 そこからはほんの誤差であった。弾き飛ばされた二人が体勢を整えるまでの、ほんの僅かな時間差だ。

 

 ベジータの子が僅かに早く空中で体勢を立て直し、悟天が僅かに遅れて足のつま先を観客席に着けてしまった。たったそれだけの誤差が、二人の勝敗を明確に分けてしまったのである。

 

《悟天選手、場外っ! よって、トランクス選手の勝ち! 優勝はトランクス選手に決まりましたぁ!》

 

 マイクを手にした司会兼レフリーのおじさんが、この試合の勝者の名を言い渡す。

 何とも消化不良な結末だけれど、悟天もベジータの子も本当によく頑張った。二人の戦いに対して、私は会場に詰めかけた多くの人々と一緒に惜しみない拍手を送った。

 

「はっはっはっ! おい! 残念だったな。どうやら貴様の息子より、俺の息子の方が血統が良かったらしい」

 

 ……だけど意外だったのが、この勝敗に誰よりも喜んでいたのがトランクス君の父親であるベジータだったことだ。

 試合の最中もトランクス君がピンチになればイラつきながらも心配そうな顔をしていた様子が窺えたが、どうやらそれは私の見間違えではなかったらしい。

 悟空さんの肩を叩きながら得意気に息子の自慢を言い放つ姿は、なんだかどこにでも居る普通の親バカのようだった。

 

「ベジータさんも、最近はあんな感じです。トランクス君のことを真剣に鍛えていたりしていて、前よりもずっと良い人になったと思いますよ」

「……そこで良い人って言える辺り、相変わらず君もお人好しだね」

 

 サイヤ人の王子と言えど、家庭を持てばこうも変わるものか。

 それとも、悟飯達の影響を受けて穏やかになってしまったのか。

 ……おそらくは、後者だろう。他でもないベジータ自身が、誰よりも自分の変化に戸惑っているに違いない。

 

「……わかるような気がする」

 

 だけどこの時だけは、私もベジータの心境がわかるような気がした。

 

「君達と居ると、なんだか憎しみとか悪意とか、そういうのが薄くなるんだ」

「多分、お父さんのおかげだと思います。ここに居る人達だって、昔はみんな嫌いあっていたみたいですし」

「君のおかげもあるよ、悟飯」

 

 考えてみれば、本当に不思議な話だ。

 昨日の敵は今日の友という言葉は確かに存在するが、それをこうも実現することが出来る人間を私は彼ら親子以外に知らない。

 殺し屋も大魔王も神様も殺戮の王子も、気がつけば仲間がどんどん増えていく。私だって罪を犯しているのに、彼らは一緒に居ることを許してくれる。

 

 悟空さんと悟飯が持つその清い心は、この宇宙で一番必要なものなんだろうと私は思う。

 

「……さて、私も戻ろうかな」

「あ、そうですか。僕はどうしようかなぁ」

 

 そうこう話している内に、悟空さん達は「そろそろ戻るか」と言って武舞台会場を後にしていた。

 どうやらそろそろ予選が終わると思ったようで、選手の控え室に戻ることにしたようだ。

 予選は多分、私がパンチングマシンを壊してしまったせいでまだ終わっていないんじゃないかと思うけど、私も悟空さん達に着いていくことにした。

 ……悟飯と話している間、ビーデルさんの視線が怖かったというのは内緒の話だ。

 

「ビーデルさんはどうします? この後、トランクス君とミスター・サタンが戦うみたいだけど」

「……私は見てから行くわ。パパがどんな戦いをするのかとか、色々と確かめておきたいから」

 

 そのビーデルさんは、まだこの場に残るようだ。

 レフリー兼司会のおじさんが言っていたが、どうやら今から少年の部の優勝者であるベジータの子が、みんなのチャンピオンミスター・サタンと戦うアトラクションが始まるらしい。

 今のミスター・サタンの心境を思うと、何とも笑えてくる。彼がこの状況をどう切り抜けるのかには些か興味があるが、彼だって伊達に世界を騙してはいないだろう。上手いことわざと負けたように見せたりするなりして、今回も自分の名誉を守ってみせるのだろうことは案外簡単に想像出来た。

 ……正直言って、私は悟飯の功績を横からかっさらっていった彼のことは今でも嫌いだ。内心ではあんな奴ボコボコにしてしまえとベジータの子に黒いエールを送ったりもしているが、彼の娘を前にしている以上はそんなことは言えなかった。

 

「私が言うのもなんだけど、彼のことは嫌わないであげてね。君にとっては、大切なお父さんなんでしょ?」

「……本当に、貴方には言ってほしくないわね。私だって、パパを嘘つき呼ばわりなんてしたくないわよ」

 

 ビーデルさんには白々しく聞こえたのだろうけど、これも一応は私の本心だ。

 家族は仲良くするに限る。ビーデルさんがこれから先真実に納得した時、彼女の家庭ではひと悶着あることだろうけど、どうか悪いようにはなってほしくないとも思っている。

 そんなことになったら、悟飯が悲しんでしまうから。彼女に真実を話したのは私だけど、それは私にとっても不本意だった。

 

 

 

 

 

 アトラクションの終了後、私達が出場する大人の部の開始までに三十分の休憩を挟むという通達が役員の方から聴こえてきた。

 すぐに抽選が始まるものだと思っていた悟空さん達は拍子抜けした様子で、それならば軽くご飯でも食べようという話になった。

 

 大会出場者の分のご飯は、専用の食堂で特別に無料で食べられるようになっている。

 もちろん予選を突破した人でなければ門前払いを受けるわけだけど、無事私達は予選を突破したようで、名前を言えば受付の人も簡単に通してくれた。

 ……っていうか、予選はもう終わっていたのか。次のマシンは割とすぐに起動できたらしく、私の心も少しは軽くなった気がした。

 

「しかし、死人なのによく食うなお前。大体、腹減るのか?」

「あの世では食っても食わなくてもどっちでもいいんだけどよ、やっぱり飯は下界の方がうめえや!」

 

 試合前にご飯をがっつり食べようと言う人も少ないようで、食堂の中には私達以外の出場者の姿はなく、ほとんど貸切同然の状態だった。

 そして、相変わらず悟空さんの食べっぷりは異次元だった。彼と競うように肉を頬張るベジータの食べっぷりも凄まじく、料理を運んでくる人達はみんなして引きつった顔をしていた。

 しかしここの料理が美味しいというのは私も同意見だ。武道家達の修行場である大界王星にはもちろんプロの料理人なんてものは居ない為、料理の節々にある味わい深さの差が随所に出ていた。

 

「ああ、ここに居ましたか」

「おう悟飯、おめえの分も頼んでおいたぞ。食うだろ?」

「あ、はい。それじゃあ僕もいただきます」

 

 十分ほど経つと悟飯とビーデルさんがこの場に合流し、悟飯が彼らに混じって戦闘民族サイヤ人の圧倒的胃袋の力を全面に見せつけてくれた。

 呆気に取られるビーデルさんの姿がとても印象的だったけれど、私にもその気持ちはよくわかった。

 

 

 

 そして抽選が始まる五分ほど前に食堂を出た時、私達は奇妙な二人組に出会った。

 変わったヘアースタイルの少年と、それに付き添うようにして半歩分後ろに下がって立っている大男。

 どちらも地球人の肌色には見えず、少年に至っては舞空術で宙に浮いていた。

 

「こんにちは。貴方が孫悟空さんですね?」

「な、なんでオラのことを?」

「噂を聞いたことがありましてね。一度手合わせをお願いしたいと思っていたのですよ」

 

 何とも不気味と言っては失礼だが、そんな薄い笑みを浮かべながら少年が悟空さんに対して握手の手を差し伸ばす。

 悟空さんが快くその手を受け取ると、お互いに何かを感じ取ったのだろう。二人の表情が僅かに変わったように見えた。

 

「なるほど、噂通りとてもいい魂をお持ちだ」

「え?」

「……では、お先に」

 

 礼儀正しくそう言い残して、彼は大男と共に武舞台会場へと立ち去っていった。最後に、私の方も一瞥して。

 そんな彼からはただならない雰囲気を感じたのか、ピッコロ大魔王さんが悟空さんに何者なのかと訊ねたが、やはり悟空さんの方も初対面だったらしく、彼のことは知らないようだった。

 

「わからねえけど、オラ達だけが楽勝の試合じゃなくなったことは間違いねえだろうな……」

 

 これは何か、ひと波乱があるかもしれない。そんな根拠のない私の予感を後押しするように、悟空さんが言った。

 

 

 

 

 

 

 生前、私のお父さんは天下一武道会の大ファンだった。

 その頃は今みたいに会場が大きくなくて、興行目的も薄くメディア放送も無かった時代で。

 お父さんはそんな時代の天下一武道会の話を、小さな私によく聞かせてくれたものだ。

 特に悟空さん達が出場した第二十一回から第二十三回までの大会がお気に入りだったみたいで、私にとっては生まれてくるよりも前の話を何度も楽しそうに語っていた。

 当時全世界を恐怖に陥れていたピッコロ大魔王が怖くて、第二十三回大会の決着をその目で見届けることが出来なかったのが人生最大の心残りだと、お父さんは飽きもせず何度も言っていたことを思い出す。

 私はこれでも女の子だから、当時はあんまり武道に興味は無かったけど、武道会のことを楽しそうに話すお父さんの姿は今でも記憶に残っている。

 

 ……それを思うと、私が今この場に立っていることがなんだか感慨深くなる。

 多分お父さんは私の弟が武道家になることを夢見ていたんだろうけど、私がここに来ることなんかは夢にも思わなかった筈だ。

 もし私が天国に行くことが出来たら、きっとこの体験はお父さんにとって最高の土産話になるだろう。尤も、「お前がそんなに強いわけないだろう」と笑われるか。……うん、それが正しい反応だ。

 私自身、今の自分の変わりっぷりには時々笑ってしまうことがあるから。

 

 

 

 ――第二十五回天下一武道会、開幕――。

 

 

 予選を勝ち抜いた十六人の武道家達が武舞台の上に集まり、大勢の観客達が見守る中でそれぞれの対戦相手を決める抽選が行われた。

 そして決まった一回戦の組み合わせがホワイトボードに書き込まれ、司会によって一同へと伝えられた。

 

 

 第一試合、クリリン対プンター。

 

 第二試合、ビーデル対グレートサイヤマン。

 

 第三試合、孫悟空対ベジータ。

 

 第四試合、ネオン対マイティマスク。

 

 第五試合、18号対キビト。

 

 第六試合、ヤムー対マジュニア。

 

 第七試合、スポポビッチ対ミスター・サタン。

 

 第八試合、シン対ヤムチャ。

 

 

 激動を予感させる、一回戦の組み合わせである。

 注目のカードはやはり悟空さん対ベジータの第三試合か。別の意味で注目しているのが、ビーデルさんと孫悟飯もといグレートサイヤマンの試合だ。どちらも試合が終わった後で、もうひと波乱が待っていそうな予感だ。

 そしてこの武舞台の上に思わぬ人物の姿があったことに驚いたのだろう、クリリンさんが意外そうな顔でその人物の元へと駆け寄っていた。

 

「ヤムチャさん、今回は出ないって言ってませんでしたっけ?」

 

 そう、まるでその辺で買ってきたようなジャージに身を包んで、彼は武舞台で私達を待ってのだ。

 ヤムチャさん。悟空さんが昔、初めて出会った強敵らしく、亀仙流を極めた者の一人である。しかし私も彼のことはチチさん達と一緒に観客側に行ったものと記憶していたので、彼の名前が読み上げられた時は正直驚いた。

 

「そのつもりだったんだけどな。あの後気が変わって、俺も出ることにしたんだ。正直言って恥かくだけだろうけど、一度くらいは一回戦を突破してみたくなってな」

「ヤムチャさんなら、次の天下一武道会に出れば優勝間違いないと思うんすけど」

 

 悟空さんがあの世から帰ってきて、仲間達も集まって、彼も観客席から見ているだけではつまらないと思ったのだろう。

 ……まったくなんていうか、ミスター・サタンにはご愁傷様としか言い様になかった。

 

 しかし、私の相手はマイティマスクって人か。覆面を付けた正体不明の武道家みたいだけど、胴だけが長くて極端に手足が短い不思議な体型をしている。何だろうか、まるで子供二人が重なっているような……。

 

「早速第一試合を始めたいと思います! クリリン選手とプンター選手、武舞台へどうぞ!」

 

 私とベジータがパンチングマシンを破壊してしまったせいで、どうやら予定よりも時間が押しているらしい。

 レフリーのおじさんがスピーディーに司会を進行させると、私達は控え場へと下がり、早速第一試合が始まった。

 

 ……とは言うものの、この組み合わせではあまりにも結果が見えすぎていた。

 プンター選手は大会出場者の誰よりも大きな体型をしていたが、今回ばかりは相手が悪すぎたというか、出る大会を間違えたとしか言い様がない。

 小柄なクリリンさんが相手だからと見下している様子が試合前からもちらほら見えたが、試合開始とほぼ同時に彼は白目を剥き、場外へと放り出されていた。

 

《はい、場外! クリリン選手の勝ちです!》

 

 レフリー兼司会のおじさんは以前からクリリンさんのことを知っているらしく、その結果に対して動ずることなく当然のように目の前で起こった試合の結果を言い渡した。

 湧き上がる歓声に、クールに左腕を突き上げるクリリンさん。そんなクリリンさんだけれど、彼の娘さんも見に来ているからか、こちらに戻ってきてからは「今の俺の戦い、見てくれたかな」とチラッチラとにやけ笑いを浮かべながら観客席を見回していた。娘さんにいいところを見せることが出来て、彼もほっとしていることだろう。

 

「当たり前だ、ばーか……」

 

 そんな夫の様子に、満更でもなさそうな顔で呟く18号さんの声が聞こえた。

 

 

 ……さて、お楽しみは次からだ。

 

「貴方の本当の実力、見せてもらうわよ」

「は、はい。よろしくお願いします」

 

 第二試合、ビーデルさん対孫悟飯。

 彼女ももうほとんどわかっていると思うが、今度こそそれは決定的になると思われる。

 部外者の私としては、もはや何も掛ける言葉は無い。

 

 ……あ、そう言えば昔、小さい頃にこんな話を聞いたことがある。

 

『そこで、孫悟空は言ったんだ。「じゃあ、結婚すっか」ってな!』

 

 昔、お父さんから聞いた天下一武道会の思い出話。第二十三回天下一武道会の一回戦でそれは起こった。

 一回戦で戦うことになった悟空さんとチチさんが、拳と重なる言い争いの果てになんとその場で結婚してしまったのだそうだ。ちょっと近所に出掛けてくるようなノリで結婚を決めてしまったところは何とも悟空さんらしく、それを面白おかしく話すお父さんもなんだかおかしく思った記憶がある。というか、今思い出した。

 ……しかしまあ、なんだってこんなタイミングで思い出すのかなぁ、私は。

 

「……流石に、それはないよね……? 悟飯……」

 

 いずれはそうなるのだとしても、流石に息子の悟飯まで父親と同じ道を辿るとは考え難い。

 いやしかし……血は争えないという言葉があるように、その可能性がゼロともまた言えなかった。

 

「ま、まあそうなったらおめでとうしか言えないよね、私には。うん……うん……」

「ネオン、なんでさっきからこえー顔してんだ?」

「触れてやるな。こういう時はそっとしておいてやるのが男ってもんだぜ悟空」

「流石ヤムチャさん、経験者は語りますね」

「……クリリンも生意気になったもんだなぁ」

 

 どうか無事にビーデルさんが真実に納得して、悟飯が勝って、二人が何事もなく戻ってくるようにと……自分で言っていてよくわからないことを願いながら、私は二人の試合を見守った。

 

 

 

 

 

 


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