僕たちは天使になれなかった   作:GT(EW版)

17 / 30
あの世で一番強いヤツ

 

 孫悟空と共にあの世から帰ってきた少女、ネオン。

 悟空の仲間達一同と顔を合わせた彼女が早々に行ったことは、三年前の事件に関わった者達への謝罪だった。

 家を壊してしまったチチとブルマ、その手で殺してしまうところだった悟天とトランクス。この四人との対面は、ネオンにとってこの世に帰ることを渋っていた理由の一つでもあったのだ。

 心苦しいが、あらゆる糾弾も受けるつもりだった。しかしそう言ったネオンの心配は杞憂に終わり、彼女の謝罪はあっさりと聞き受けてもらえた。

 ネオンのことを悟天同様に記憶していたトランクスだけはかつて自分の命が狙われ、戦いで実父を傷付けられたこともあってか複雑そうな顔をしていたが、最終的には「悟天が許してんのに、俺だけ許さないのも馬鹿みたいじゃん」と、幼少とは思えない器量の良さを見せて許してくれた。

 その言葉を受けて幾分気が楽になったネオンは、四人の後で三年前の戦いで悟飯の次に迷惑を掛けたと自覚している男――ベジータと向き合った。

 

「息子さんとブルマさんに迷惑を掛けたことは謝る。でも、お前にだけは謝らないからね」

「……好きにしろ」

 

 申し訳程度の意地だが、ネオンはベジータにだけは謝罪出来なかった。

 三年前、ベジータを襲ったのは確かにベビーの意志もあったが、ネオン自身の意志も存在していた。彼らに両親共々街を葬られた過去は永久に変わらない以上、ネオンの彼に対する感情も変わらなかった。

 しかしその言葉の内容ほど、ネオンの声色は厳しいものではない。

 ベジータが犯した罪に関しては今後も許す気は無いが、今のネオンにはこの期に及んでまた彼に復讐するような気も持ち合わせていなかったのだ。

 因縁の相手と言葉を交わした後で、ネオンは呼吸を整えてから今回が初対面となるその他大勢の者達へと自己紹介を行う。

 

「はじめまして。私の名前はネオンって言います。あの世では悟空さんと一緒に修行していました。たった一日だけですけど、今日はよろしくお願いします」

 

 たった一日限りのこの世での生活。観光気分と言っては真剣に武道会に出場する人間に対して失礼かもしれないが、ネオンは今日という日を精一杯楽しんでいくつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背が伸びていてすっかり大人っぽくなっていたけど、彼が私の英雄――孫悟飯だということはすぐにわかった。

 だけどなんだか……たった三年ぶりの再会だというのに、最後に別れたあの日のことが随分と昔のことのように思える。

 彼の姿を一目見た瞬間、私はずっと会いたかったんだなと、自分の気持ちを今一度再確認した。

 

「ところで悟飯、その服装は何だい?」

「訳あって正体を隠しているんです。正義の味方、グレートサイヤマンっていうんですよ」

「へえ、格好良いじゃない」

「あっ、ネオンさんにはわかります!? こんなに格好良いのに、みんなの受けが悪くて困ってたんですよ」

「あー……そうだね。私も、君以外の人がその格好をしていたら嫌かも」

 

 彼らと再会を果たしたその時から、明日にはあの世へ帰らなければならない恐怖などすっかり頭の中から抜け落ちていた。

 またこうして彼らと話せている事実がただただ嬉しくて、私はこの時を純粋に楽しんでいたのだ。

 一応、武道会での試合も楽しみにしている。インチキで手に入れた力とは言え、私の力が今まで地球を守ってくれた戦士達を相手にどこまで通用するのかも気になっていたし、あの世では周りの人達が強すぎるせいで今一つ自分の力を自覚しきれていなかったから。この天下一武道会は、私が腕試しをするにはこれ以上ない舞台だったのだ。

 強者であれば子供も大人も獣人も関係なく、それぞれに同じ舞台で戦い、鍛え上げた技と技をぶつけ合うことが出来る。私は悟空さん達とは違って天下一の座には興味無いけれど、この天下一武道会という大会自体は昔から好きだった。実は私の死んだお父さんが俗に言う武道マニアで、私も小さい頃から悟空さん達が子供の頃に出場していた昔の天下一武道会の話をよく聞かされていたのだ。私が初めて彼らのことを知ったのも、元々はそれが切っ掛けだったりする。

 ……しかし何とも、そう言った普通の人間だった頃の思い出を語ると、自分が大会に出ることが感慨深くなるものだ。

 

「えっ!? 少年の部!?」

「もちろんそうですよ」

「え~!?」

「嫌だよそんなの! 大人の方でやらせてよ!」

「そーだそーだ!」

「駄目駄目、規則ですからね」

 

 そんなことを考えながら受付に並んで待っていると、前の方からちびっ子達による抗議の声が聴こえてきた。

 大人も子供も入り乱れて戦うのが天下一武道会の良さだとさっき私は言ったけど、どうやらその良さは、今の時代では無くなっているらしい。

 受付の人が言うにはどうやら十五歳以下の子供は大人の中に混じることが出来ず、「少年の部」という別枠の大会に出場する規則になっていると言うのだ。

 小さな子供を怪我させたら駄目だとか、親とのいざこざが大変だとか、そんな普通の理由なんだろうけど……私としては何と言うか、少し寂しいと思った。

 

「おや? お嬢さんも出場するのですか?」

「うん。でも私は大人の部でお願いするよ。これでも十七歳なんだ」

「はあ……わかりました」

 

 私はと言うと肉体は生前の十四歳当時のままだから肉体年齢的には少年の部に参加しなければいけないんだけど、あの世で過ごした時間分を加算すれば十七歳になるから受付はそっちで通した。少年の部に参加して悟天と戦ってみたかった気持ちもあったけど、他の子供達には年齢を詐称しているようで悪い気がしたから。

 少年の部どうこうの前に受付の人は私の姿を見て大会に出場すること自体に困り顔だったけれど、別に女の子が出場しちゃ駄目だって決まりまではないから無事通してくれた。まあ、どうせ予選で軽く落ちるから大丈夫だとでも思っているんだろう。それは18号さんを受付する時もまた、似たような反応だった。

 

「じゃあ行ってきます!」

「みんな、ほどほどにね。あと悟飯君ははしゃぎ過ぎないように!」

「えっ、なんで僕だけ?」

「そうだ! 幾らオラでも昼ドラみたいなのは勘弁だべ」

「母さんまでどういうことですか?」

「悟飯、何かトラブルがあったら俺に相談しろよ! 俺はここに居る誰よりもそういうことには慣れているからな」

「ヤムチャさんまで……」

 

 大会出場者全員が受付を済ませると、ブルマさん達観戦組のみんなと別れて会場へと向かった。

 ベジータとその息子やクリリンさん達のように私服から武道着へと着替える人達は先に更衣室へと向かったけど、悟空さんと同じく既にあの世で着替えを済ませていた私にその必要は無かった。

 私が今着ているのは丈の短いワンピース状の白い武道着で、上下に纏っている肌の露出を少なくした黒いタイツ生地のインナーの上に上着としてそれを着ている。インナーの方はベジータの着ている戦闘服と大元は一緒の物――元々はツフル人の技術によって造られた、通常の服よりも軽い上に頑丈な素材で出来ている服だ。

 

 今の私には人格に影響こそ無いけれど、ベビーと一度同化したことによって頭の中に彼の持つツフル人の王様の知識が断片的に備わっているのだ。このインナーはそれによって得ることが出来た副産物的な知識を元に、私があの世で製作した物だ。

 このインナーさえ着ていれば別にその上に上着なんか着なくても戦闘服としての機能は十分に備わっているのだが、流石に公衆の目前を全身タイツで戦う勇気は私には無かった。ベジータのような筋肉質な男性が着ているならばともかく、私はこんなでも女の子だし……全身タイツの格好は恥ずかしいのだ。

 予選が始まるまでの待ち時間中、そんなくだらない話を真面目な顔で悟飯にしていると、彼はははっと青いタイツ姿のベジータの姿を横目にしながら乾いた笑みを零した。

 

「でも似合ってますよ、その道着。何て言うか、白い色はネオンさんのイメージにぴったりですし」

「ん、ありがとう。今はあの時みたいに、髪の色まで白くはないけどね」

 

 今の私は白い服に、黒い髪。黒い鎧に白い髪の装いだったあの頃とは、丁度色が反転しているのだと私は自分事ながら初めて気付いた。

 ……まあ、それに気付いたところで何かあるわけじゃないけどね。

 

 

「それでは只今より、天下一武道会の予選を始めます!」

 

 天下一武道会の出場者全員が予選会場に揃い、係員のおじさんによる合図によって予選が開始する。

 予選の方式はゲームセンターに配置されているようなパンチングマシーンでパンチの威力を測り、スコア上位の者が本選に出場するというユニークなものだった。

 参考の為に測ることになった全大会優勝者のミスター・サタンの叩き出したスコアが137であることから、その辺りの数値ならば本選出場は間違い無いようだと窺える。だけどあんなマシーンが悟空さん達のパンチを受け止められるとは思えないから、彼らにとってはいかに上手くマシーンを壊すことなくミスター・サタンのスコアを超える程度に手加減することが出来るかという別の競技になるだろう。ベジータ辺りイライラしてマシーンを壊しそうだ。

 

「少年の部に参加するちびっ子達はこちらへ集まってくださーい!」

「ちぇ、俺も大人の試合に出たかったのになぁ……」

 

 予選開始とほぼ同時に少年の部が始まるらしく、ベジータの子はつまらなそうな顔でそちらへと向かった。その後に続く悟天もまた同じような表情をしているが、彼らの気持ちは尤もだと思う。

 あの子達としては大人の試合に出るつもりでトレーニングに励んできたんだろうし、それだけの実力もあることは潜在パワーを探ればわかる。そんな彼らが別枠の大会に出なければならないのは可哀想じゃないか……そう思った私は、悟天の背中を呼び止めて言った。

 

「君達からしてみれば大人よりも子供達と試合した方が危険だよね、相手の方が。でも、ベジータの子とは全力で戦えるでしょ?」

「うん……」

「じゃあ、彼との試合を頑張って。もし勝ったら、私があの世から持ってきたおもちゃをあげるから」

「えっ、本当!?」

「うん、約束だよ」

「ようし! 僕、頑張ってくるね!」

 

 せっかくの武道会、楽しまなければ損だ。何でも良いから彼のモチベーションを上げられないかと声を掛けてみたが、思っていたよりも反応は良かった。うん、やっぱり純粋な男の子は可愛い。

 手を振って悟天を見送ると、悟空さんが不思議そうな顔で私に訊ねた。

 

「おめえ、おもちゃなんか持ってきてたっけ?」

「実はこっそり占いババ様のところに預けてます。大会が終わった後で悟天にあげようって思ってたんですけど、この際だからそれでやる気を出してもらえないかなぁって」

「ふーん、だけどおめえ子供の扱い上手いんだなぁ」

「昔は、私にも小さな弟が居ましたからね」

 

 悟天にあげると約束したおもちゃだが、私があの世でツフルの技術を注ぎ込んで製作した物だ。一応界王様に聞いて、この世に持ち込んでも大丈夫だと許可を貰っている。

 あの世の土産と言うとなんか冥土の土産みたいで嫌な言葉の響きだけど、私はそれをこの世に持ってきている。それは悟天が試合に勝とうが負けようが関係なくプレゼントするつもりだけど、彼の期待に応えられるかと言うと少し不安だったり。

 因みにベジータの子にはお詫びの品としてあの世印のお菓子を用意している。味はあの世の中ではそこそこだが、金持ちの子供の舌を満足させられるかは悟天へのプレゼント以上に不安だ。

 

 

「お父さん、僕ちょっと友達捜してきます」

「ん、ああ」

「友達?」

「はい。一緒に大会に出る、ビーデルさんって言うんですけど……」

 

 ちびっ子達を見送った後、今度は悟飯がこの場から離れると行った。

 彼が言うにはこの天下一武道会には彼らの仲間以外にも、悟飯が通っているハイスクールの友達が出場しているらしい。

 それは何となく、私の興味をそそる話だった。

 

「ねえ、私もその子と会って良いかな?」

「良いですよ。多分、あの子とならネオンさんとも気が合うと思います」

 

 学者を目指している以上彼が学校に通っているのは当然のことだが、彼の力は普通の学生の中に溶け込むにはあまりに難しすぎるほど強大なものだ。そんな彼と友達付き合いしている人間とは一体どういう人物なのか等、様々な理由で私は気になった。パンチングマシーンの順番が回ってくるまで少し時間があることだし、私も一度悟空さん達と別れて悟飯に着いていくことにした。

 

 

 悟飯の話によると彼の友達も私と同じで彼に舞空術を教わったらしく、「気」の扱いと言った修行を色々と手伝ってあげた仲のようだ。と言うことは、その友達は彼の強さを知っている人間なのかと思ったが、彼に聞く限りではそうでもないらしい。彼が並の人間よりも強いことは知っているが、その友達からはあくまで人間のレベルでの強さだと認識されているらしかった。

 悟飯ほどの強さと実績があれば少しぐらい自慢したってバチは当たらないと思うのだが、彼の相変わらずの謙虚ぶりに私は口元が綻んだ。

 

「少し気が強いですが、悪い奴は放っておけなくて、とても良い子なんですよ」

「君と同じだね」

「それと……あのミスター・サタンの娘なんです」

「え?」

「あ、ほら、あそこに居る子です」

「え? あの子が……全然似てないね」

 

 悟飯の友達のことを話しながら二人で会場内を歩き回っていると、噂をすれば何とやら、捜している間に向こう側がこちらを見つけたらしく、それらしい人物が人混みの中で手を振って待っていた。

 

「よく見つけましたね」

「その格好をしてれば一発でわかるわよ……」

 

 その子は私が言うのはなんだけど、筋骨隆々の武道家達の中に居て非常に違和感のある華奢な女の子だった。

 髪の毛は短くショートカットの長さで、パッチリと開いた瞳は噂通りの気の強さを窺える活発な印象を受ける。彼女は悟飯の衣装である「正義の味方グレートサイヤマン」の格好を見て何とも言えない表情を浮かべていたが、私にもその気持ちは痛いほどわかった。私もあの格好は、悟飯じゃなかったら正直格好悪いと思うから。せめてサングラスが仮面とかだったら良いと思うけど……あ、武道会だから仮面は駄目なんだっけか。

 その武道大会に出場するとは思えない格好の悟飯に小さく溜め息をついた後、彼女は悟飯の隣に立っている私の姿へと目を移す。身長は彼女の方が私よりも少し大きいからか、私からはやや見上げる形になった。

 

「それで、その子は誰? ジュニアハイスクールぐらいの子に見えるけど……まさか、悟飯君の彼女?」

「ち、違いますよ」

「はじめまして、悟飯の友達(・・)のネオンです」

「あ、う、うん。私はビーデルよ」

 

 どうにも私の顔を見つめる彼女の目にはほんのりと不安の色が見えたから、私はあえて悟飯の「友達」という部分を強調して挨拶した。すると途端にその不安の色が薄くなったところから見ると、この子はやっぱり――そうなのだろう。本人はどの程度までその気持ちを自覚しているのかわからないけど、彼に舞空術を教わったりと同じ時間を過ごした仲なら、そんな感情を抱いていても不思議じゃなかった。

 

 ――私だって、そうだったのだから。

 

 しかし、驚いた。

 あのミスター・サタンの娘と聞いてどんな子なのかと思えば、彼女はきっと母親に似たのだろう。見た目からは全くもって父親の遺伝子が働いているようには見えなかった。性格もミスター・サタンに似て悟飯の力を自分の為に利用したりするようなあくどいものではないのかは気になるところだけど、子の人格を親で判断するのは早計過ぎる。

 だから、彼女と話をしてみたいと思った。私は悟飯の友達であるビーデルという子に対して、偉そうにも彼女の性格の善し悪しを見極めておきたかったのだ。

 

 もしも私の頭の上に輪っかが無かったら……もう少し彼女に対して感じるものはあったんだろうけど、ありもしない仮定は虚しくなるだけだ。

 

 

 既にこの気持ちには、私の中で整理をつけているのだから――。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。