「……そうして一人の地球人の魂は救われ、天に昇っていきましたとさ」
めでたしめでたし――と締めて、私はこの話を終える。
本当は五分程度で終わらせるつもりだったんだけど、どうやら話している間に感情が入りすぎてしまっていたらしい。貴重な時間を奪ってしまって申し訳――いや、今となっては時間はそこまで貴重な物でもないか。
この世界――「あの世」と呼ばれる死後の世界には、時間という概念が存在しないのだ。
だからこそ私は、あれから一年経った今でも身体が成長していないし、目の前に居る青年の姿もまたずっと若いまま変わらない。肉体が全盛期の状態のまま維持出来るというのは、武道家達にとっては願ってもない好条件だと思う。
あの世は死後の世界と言っても、彼らのように生前に徳を積んだ人間であれば下手すれば死ぬ前よりも充実している、などということも普通にありえるのだ。
「ウッホウッホ、ウッ……」
「バ、バブルス君? そんなに泣いてどうしたの? どこか痛いの?」
「ウッホ……!」
いつから聞いていたのやら、私の隣に座っていたチンパンジーらしき動物が器用にも自らハンカチで目元に溜まった涙を拭っていた。
このとっても可愛い動物の名前はバブルス君。死後の私にとって恩人の一人でもある、北の界王様がお飼いになられているペットだ。銀河系を管理する神様のペットというだけあってかその知能は高く、今彼が見せたように人の言葉を理解するし、人みたいに泣いたりもする。まあ泣いた姿は今回初めて見たわけだけど。
そんな彼の毛並みの整った頭をよしよしと撫でていると、私の目の前にあぐらをかいて座っている青年――孫悟空さんが珍しく難しい顔をしていた。
孫悟空さん――そう、彼こそが私を救ってくれた私の英雄、孫悟飯のお父さんだ。私がこの「大界王星」で彼と出会うことになったのはあの日――私が死んだ一年前のことで、界王様の他に一番最初に声を掛けてくれた縁もあってか、今日のように時々組み稽古の相手をしていただいたりしている。
今は丁度、彼との組み稽古が終わった後のインターバル、休憩時間だった。
さて、地球にたくさんの島があるように、死後の世界にも色々とたくさんある。
総称して「あの世」と呼ばれるこの世界は天国も含めた界王界、閻魔界、地獄という三つのエリアに分かれて成り立っており、その規模は地球の何万倍以上も大きく、一つの惑星に留まらず宇宙中の死者の魂が集まる場所だ。
あの世に集められた死者には基本的に肉体が無く、魂だけの状態になってそれぞれの世界で暮らすのが一般的らしいけど、各々の惑星の神の判断で肉体を持ったまま閻魔界――死後の世界の入口を訪れる死者も居て、閻魔様が許可をした死者だけがあの世でも肉体を持てるらしい。
私もまた神様と閻魔様から一応の許可を頂き、肉体の存在を許された死者の一人だった。
私の場合は地球の神様――デンデ様のご厚意によって生前の肉体のまま閻魔界に連れて行ってもらい、そこで閻魔様の判決を受けることになった。
『むう……何ともまた面倒な経歴じゃな……』
当時のことを振り返った際に真っ先に思い浮かんだのは、机の上で書類と向き合って唸っている閻魔様の巨人のような大きな姿だった。
生前の戦いで多くの人間を巻き込んでしまった私は、その罪の深さから考えれば間違いなく地獄行きを言い渡されると思っていたんだけど……閻魔様は即決せずに、私の処遇を熟考してくださった。
『ベビーの奴は容赦無く地獄に突き落としてやったが、この者にも責任があったと言えるのか? ううむ……』
『閻魔様、そこのところをなんとかしていただけませんか? この方は、ベビーを七年もの間封じ込め続け、地球を守ってくれたのですよ!?』
『しかし、この者……いや、「この者とベビーが同化した者」によって受けた被害は大きい。地球にはドラゴンボールがあるからまだ取り返しが付くかもしれんが、閻魔として被害に遭った負傷者や建物の数を見逃すことは出来んのだ』
『それはベビーが取り憑いていたからであって、この方の意志ではないでしょう? 寧ろこの方は被害を出来るだけ抑えるように、操られながらもベビーに抵抗していました! 怪我人は大勢出てしまいましたが……死者は0人だったじゃないですか!』
『むう、今の地球の神は前より攻撃的じゃわい……』
『閻魔様、冷たいオニ』
『いつもその時の機嫌で決めてるくせにオニ』
『鬼としてはこの人間には地獄に行ってほしくないでオニ』
『そうオニ。見るからに天国向きだオニ』
『全部悪いのはドクターなんとかとベビーって奴だオニ』
『ええい! うっさいわ鬼共っ!』
悟飯から色々と聞いていたのだろうか、地球の神様であるデンデ様はあの世での私の立場を出来るだけ良くする為に、立場上は上位である筈の閻魔様を相手に食って掛かっていた。あと閻魔様の部下の鬼さん達も、意外にもそのほとんどが私の味方をしてくれた。生前の私は鬼と聞くと怖いものを思い浮かべていたけど、実際に閻魔界で見た彼らは案外普通の姿をしていたものだ。……ちょっと可愛いかもとか思ったりして。
天国行きになるか、地獄行きになるか……私は判決が下されるまで、一言も喋らずにその場に佇んでいた。
自分の処遇について私自身の意志が無いことは無かったけれど、私はどんな判決であろうと甘んじて受け入れるつもりで居た。……いや、違うか。私はあの時、本当は不安で不安で仕方が無かったのだ。
本当はきっと、怖かったんだ。ここで地獄行きを告げられるということは、私が生前にしていた行いを全て否定されるということだ。確かに客観的に見ればろくでもない人生だったけれど、それでも私は自分なりに正しく在ろうと頑張っていたつもりだったから。
『おー何とか間に合ったか』
ああでもない、こうでもないと延々と続く神様と閻魔様の討論に待ったの声を掛けたのは、彼らよりもさらに上の立場に居る銀河の管理者――界王様だった。
神様よりも偉い神という地球の一般市民である私にとっては雲の上の存在であるお方の登場に、私はその時、色々な意味で圧倒されてしまった。
虫のような触覚。
丸っこい身体。
短い足。
私と同じぐらいか、それより小さいぐらいの身長。
何というか……噂には聞いていたけど、思っていたのと違った。ほら、閻魔様が凄く大きいから、もっと偉い界王様はもっと大きな人なのかなーって。
……コホン。
見た目は思っていたのと違った界王様だけれど、登場した後の神様と閻魔様の反応を見るに、その位の高さは間違いなかった。
『界王様っ!』
『おおう、これはこれは界王様。お久しぶりで』
『うむ、閻魔も私情を交えず仕事をしているようで感心じゃ。地球の新しい神も、早速やっているようじゃな』
『すみません……しかし、今回ばかりは譲れません。悟飯さんの為にも!』
界王様は閻魔様と神様、そして私の居る間へとトコトコと入っていくと、サングラスの先を光らせるなりニッと笑ってこう言った。
『あ~、そこのネオンについての処遇じゃが。わしに一つ妙案がある』
『妙案、ですか?』
『天国か地獄で決められんのなら、しばらく様子を見る気は無いかのう?』
『……どういうことで?』
『あっ、まさか……!』
『左様』
私は神々の話に口を挟まなかったが、皆さんが私のことについて色々と考えて話している以上は、言葉の内容が今一つ把握出来ないながらも一言一句逃さずに聞いていた。
『せっかく地球の神が与えた身体を早々に無駄にするのも勿体無いじゃろう。そこでじゃが、こ奴のことはしばらくの間大界王星で監視し、そこでの立ち振る舞いから天国行きか地獄行きかを決めるのはどうじゃろう? こ奴には、地球の神の言う通り地球の為にベビーを封じ込め、しかも倒したという功績があることじゃし、大界王星に入る資格はわしが与えよう。異論はあるか?』
『そういうことでしたら、私にはありません!』
『界王様がおっしゃるのなら……ふう、これで厄介払い出来る』
『聞こえとるぞ閻魔』
この時の私は彼らのやり取りに終始ポカンとしていたが、この後界王様と一緒に「大界王星」行きの飛行機に乗りながら界王様から直々に説明を受けたことでようやく理解した。ベビーと同化した経験から多少は頭が良くなっている筈なんだけど、私はその辺の要領まで良くないのだ。
界王様が取り計らってくれた私の処遇は、わかりやすく言えば「執行猶予」だった。
生前の「私」が犯した悪事は、私がやったことなのかベビーがやったのか判別しにくい。だからしばらくの間天国でも地獄でもない場所に私を置いておいて、そこでの立ち振る舞いによって判決を決める――という、驚くほど甘すぎる処遇だった。
『それって事実上、ほとんど天国行きみたいなものじゃないですか』
『気付いておったか。まあこんなチャンスを与えられて真面目にせんような奴は、そうはおらんじゃろうしな』
『ウッホウッホ』
私と界王様、界王様のペットのバブルス君を乗せた飛行機がマッハを超える速さであの世の空を飛翔していく。窓の外を見下ろせば、色とりどりの綺麗な花畑に覆われた世界――天国の風景が見えた。
しかし私達の向かう場所は、天国ではない。そして、蛇の道の下に広がっている地獄でもなかった。
『それでな、今向かっている大界王星というところじゃが……』
『あの世の武道家達が集まって、修行している場所ですよね?』
目的地の名前は大界王星――実は以前、生前に悟飯から聞いたことがあったのだ。
彼の死んでしまったお父さんは、今はそこで武道の修行をしているのだと。そもそも死後の世界があることを知らなかったその時の私はいくら悟飯の言葉でもピンと来なかったが、今ならばわかる。
そのことを話すと、界王様は最初から最後まで自分で説明したかったのかつまらなそうな顔を浮かべた。
『なんじゃ、知っとったのか』
『そちらに居らっしゃる、孫悟空さんのお子さんから色々聞きましたから』
『その悟空じゃ。あいつめ、お前と戦ってみたいとか我が儘言いおって……』
『えっ? じゃあ、もしかして界王様がお迎えに来てくれたのは……』
『わしは界王じゃぞ! 神様よりも偉いというのにあいつはいつもいつも便利屋扱いしおってからに……!』
そこで知ったのが、私にとって衝撃の事実である。
界王様の計らいによって大界王星に行くことになった私だが、実は悟飯のお父さんである悟空さんが私と会いたいが為に界王様に頼んだことらしい。
銀河の神である界王様を連絡係に使うとは何という大物だろうかと、当時の私はまだ会ってもいないのに悟空さんに対して畏敬の念を抱いたものだ。
しかし界王様も拒否しようと思えば出来たし、私を迎え入れたのは界王様自身の意思もあるのだと補足した。
『あの世でも、あいつとまともに戦える人間は少ないからのう。悟空がお前のような強者に飢える気持ちもわからんでもない。他の連中にも良い刺激になればとか、わしもそんなことを思っていたりしていたところじゃ。偶にはこういうのも良いじゃろう』
『ウッホッホ』
界王様ともなれば、あの世からでも私のことを把握出来るのだろう。しかし正直言って私にはその期待に応えられる自信が無かった。
バブルス君の隣の席でホッホッホと笑いながら、界王様が続ける。
『それに……やはりわしの目には、お前が地獄に落ちるべき人間だとは思えなかったというのもある。界王が誰かを特別扱いするのはあまり良くないのじゃがな』
『……ありがとうございます』
界王様のような偉い人に、私の行いが認められた気がしたのは素直に嬉しかった。
しかし、あの世の達人達が集う場所――大界王星。武道家でもない私がそこへ行くのはやはり場違い感が半端じゃない。
けれど、目的地が迫るに連れて案外乗り気で居る自分に私は気付いた。
『こんなことを言うのもなんですけど、私はこの処遇に安心しています。天国に行くにも申し訳なくて、地獄に行くのも怖かったから……どちらでもない選択肢があるなら、それが一番良かったって』
『言っておくが、大界王星の環境は修行馬鹿でもない奴にはかなーりきついぞ。飯も天国の方が美味いしな』
『……丁度良いです』
『妙な奴じゃのう、お前は』
『ウッホ』
地獄には行きたくなかった私だが、かと言ってのうのうと天国に行くのも違うと思っていた。そんな私にとって、大界王星行きの話は渡りに船だったのだ。
天国にはきっと、サイヤ人に殺された私の家族も居るのだろう。
みんなに会いたい、とは思う。
だけど、会いたくないと思う私も同時に存在していた。
地獄に落ちるのと同じぐらい、私は今の自分が家族と顔を合わせるのが怖かったのだ。
何とも私らしい、優柔不断で、馬鹿な悩みだった。
『……孫悟空さんに、会いたいな』
そんな私も大界王星に行って修行をすれば――悟飯のお父さんに会えば、自分の中で何かが変わるかもしれないと根拠の無い希望を抱いていた。
――答えは多分、正解だったんだと思う。
『オッス! オラ悟空!』
と、そんな感じで、私は悟空さんと出会った。これが一年前のことだ。
大界王星に到着し、彼と初めて会った時、初対面から掛けられた第一声がそれだった。
左右に複雑な形に伸びた特徴的なヘアースタイルに、程よく引き締まった筋肉。山吹色の道着を着た二十代中盤ぐらいの青年が私の英雄のお父さんだとわかったのは、その声や顔立ち、そして纏う雰囲気に彼の面影があったからだろうか。
『オッス! 私ネオン!』
……とりあえず、挨拶は相手に合わせてフランクに行った。
なんだか何となく、彼の前で色々と悩んでいるのは失礼以上に馬鹿馬鹿しいと思ったんだ。
だけどそう思っていても、私は今でもずっと悩み続けている。
一年前に悟飯と別れたあの日から、私の心にはぽっかりと穴が空いていたのだ。
――そして私は、ある日の修行の休憩時間がてら、私の生前の出来事を彼に話したのである。
出会ってから気が付けば一年も経ってしまっていたけれど、私は悟飯のお父さんである彼に聞いて欲しかったのだ。
自分の息子みたいになりたくて近づこうとした、馬鹿な女の子の話を。
どうしようもなく惨めで、だけど最後には勝手に救われて勝手に幸せな気分に浸りながら死んでいった小さな物語を。
悟空さんが言うには当時の私と悟飯達の様子は界王様経由で大まかに見ていたようだけど、その詳細までは知らなかったらしい。話中、私の一言一言に一喜一憂していた彼の純粋な反応を見ていると、やっぱり親子なんだなぁと彼の姿から悟飯の姿を連想させた。
そして私が全てを話し終えた時のことである。
しばらくして彼はその目を上げて、私の顔に視線を寄せた。
その表情は笑んではいないが、怒ってもいない。だけどこの時、私は心臓の奥をちくりと突き刺されたような感覚を催した。
それほど悟空さんは、私の話を真剣に聞いてくれたということだ。
そして彼は、開口一番に言い放った。
「おめえ、本当はここに来たくなかったんじゃねぇのか?」
戦闘時と同様に、超高速で懐に飛び込んで急所を抉るように、彼はそう言った。
あまりにも的確に核心を突いてきた彼に、私はこの親子の容赦の無さに苦笑する。
「……私はこの星、結構気に入っていますよ? みんな優しいですし、三日も経てば空気にも慣れました。私なんか武道家と呼ぶにはまだまだ未熟だけど、これからも頑張って修行して――」
「そうじゃねぇよ。オラが言いたいのはそっちじゃねぇ」
あえて論点をずらすことで彼の攻撃を避けようとする私だが、彼にそんなものが通用するわけもなく。
「おめえ、本当は生きたかったんじゃないのか?」
二発目の言葉で、私の心を覆っていた感情の柱はいとも簡単に崩れ落ちた。
そんな私に対して、彼は言葉を続ける。
「オラ、おめえの話聞いて嬉しかったぞ。悟飯もチチも新しい子供も、みんな元気で楽しくやってるんだなって。……おめえ、あいつらのことを話す時、すげえ楽しそうだったからな」
そう言われることを、私は心の中で期待していたのかもしれない。
英雄のお父さんである悟空さんなら、文字通り生気の抜けてしまった今の私を徹底的に叩きのめしてくれるんじゃないかって、そう期待していたんだ。
だから私は話したかったんだって、この時ようやく理解した。
「おめえ本当は生きて、悟飯達と居たかったんだろ? 話してる時のおめえの顔を見てれば、オラでもわかるぞ」
「……だったら……だったら! どうすれば良かったんですか!?」
自分で自分がわからなくなった。
そんな時、悲劇のヒロインぶって英雄に頼るところは死んでも変わらなかったなと内心で苦笑しながら、私は自身の心に最後の決着をつけることにした。
ベビーも他の誰も混じっていない、私自身の心に。
「私が生き返ればベビーも生き返る! そうなればたくさんの人が犠牲になってしまう! ああするしかなかったんだ! ベビーに同化された時点で私はっ……それが、私の運命だったんです……!」
「おめえの言うことは、気持ちじゃねぇだろ」
「……っ」
「おめえは本当に、そんなんで良かったのか? まだ子供なのに死ぬのが幸せなんて、オラにはどうしても納得出来ねぇよ」
――いつも、そうだった。
私の心はほとんどが状況に支配されていて、肝心の私自身の気持ちが置き去りになっていた。無力な私には、自分自身の心を置き去りにするしかなかったのだ。
家族が殺された。
家族が好きだった。
サイヤ人が憎い。
復讐なんかしたくない。
戦わなければならない。
戦いたくない。
殺さなければ気が済まない。
殺したくない。
ベビーが居る。
私が居る。
死ななければならない。
死にたくない。
――私の気持ちはいつだってそう、状況の方が優先されてしまっていた。
ようやく言うことが出来たのは、ただ私はベビーではなくネオンだということだけだった。
――なら、ネオンの気持ちは何なんだ?
あの時、悟飯と笑顔で別れたのは彼に心配を掛けたくなかったからで、それも状況に過ぎない。
確かにあの時の私の心は幸せで一杯だったけど、それで満足するほど私は欲の無い人間じゃない。
当たり前なことなんだ。
私だって……私だって……!
「オラも結構好き勝手して、周りに迷惑かけたりしたけど……最初に死んだ時は辛かったし、生きてた頃はすげぇ楽しかったぞ」
死にたくなかったに……決まっているじゃないか。
「おめえは、ずっと死にたかったのか?」
「そんなことない! そんなことあるはずないっ! 私だって、生きたかったよ! 生きて、もっと、もっと幸せになりたかった……こんな私でもっ……生きたかった……! 本当は、死ぬのだって怖かった……でも、そんなところ、悟飯に見せたくなかったから……!」
ようやくその感情を出すことが出来た私の顔はきっと涙に溢れていて、見苦しいものだったろう。
でも悟空さんはそんな私を見て驚くことはあれど、呆れはしなかった。
寧ろ、安心しているようで――
「……おめえ、もうちっと自分のこと大事にしなきゃ駄目だぞ」
息苦しい空間から脱したように、悟空さんが晴れやかな表情で言った。
もしかしたらそれまでの私は、彼から不気味がられていたのかもしれない。
しかしこれで、彼との距離も少し縮まったのだと思う。
基本的に穏やかで優しいのに、時に厳しく大切なことを教えてくれる姿は天国に居るであろうあの人と似ていた。
「……おとうさん……」
生の最後にて一人の少女である「ネオン」に戻った私は、死の最初にて人間であれば当たり前のように持っている感情を取り戻すことが出来た。
天国か地獄か、これから先、私がどこへ行くことになるのかはわからないけれど。
許されるのなら私はここで修行して、彼らのように心も身体も強くなりたいと思う。
――そしていつの日か天寿を全うしてここへ来るであろう英雄と並んで、また一緒に空を飛びたいなって。
……そう願ってもいいかな? 悟飯。
グラウンド・ゼロ――爆心地にたった一つだけ聳え立つ墓石に、少年はそっと花を添える。
彼の後ろには母と弟、そして師匠の姿があったが、今の彼の目が彼らの姿を映すことはない。瞳を閉じて、静かに黙祷を捧げていたのだ。
目を開けば光が射し込み、その発信源たる太陽が雄々しく輝いている青空が浮かんでいた。
どこまでも広く、青い――そんな空をおもむろに振り仰ぐと、少年の脳裏に少女の声が響いた。
『ねえ、悟飯。こうも広い青空を見上げるとさ、なんだか勇気が湧かないかい?』
あまりにも感傷的なその言葉に対してされど嘲ることはなく、淀みのない純粋な笑みを浮かべる少年はここには居ない少女へと返す言葉を言い放った。
「僕も勇気が湧きましたよ、ネオンさん」
この空の下なら何でも出来ると――そんな気がした。
【 お わ り 】
やっぱり最後は悟空さがやらねば誰がやる。良くも悪くもそれが劇場版ドラゴンボールZのお約束だと思っています。
色々と突っ込みどころが多かったかと思いますが、作中で書き切れなかった設定は後ほどおまけとして出して補完していきたいと思います。
以上で本作は完結となります。ご愛読ありがとうございました!