僕たちは天使になれなかった   作:GT(EW版)

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ベジータの王子宣言

 

 許さない……少女の憎悪の声が響く空の下、ベジータの頭は戦闘中の興奮状態の中でも冷静だった。

 一度戦い、敗れた相手であるネオンに対して彼が再び戦いに舞い戻ってきたのは、無策ではない確かな勝算があったからだ。

 

「何度やっても同じだベジータ! お前は私には勝てないっ!」

 

 パワーもスピードも、力を完全に解放した今のネオンの方が超サイヤ人のベジータを大きく勝っている。

 それはベジータの方とて熟知している。しかし彼の顔に焦りは無く、「新しい自分」に対しての確固たる自信の色があった。

 

「ツフル人、貴様はサイヤ人のことをわかっていないようだな」

「何!?」

 

 ネオンの繰り出した拳を受け止めながら、ベジータが不敵に笑む。

 その瞬間、ネオンが仮面の下で驚きの表情を浮かべたが、彼女が驚いた理由は彼の言葉ではなく、自身の攻撃を受け止められたという一点にあった。

 今のネオンの力は、全てにおいて超サイヤ人のベジータを上回っている。

 しかし、それはあくまでも普通の(・・・)超サイヤ人のベジータの場合だ。

 

 今のベジータの力は、超サイヤ人の状態を遥かに超えていた。

 

「俺達は戦えば戦うほど強くなる! 今貴様の前に居るこの俺は、あの時の俺ではないということだっ!」

 

 それは、超サイヤ人を超えた超サイヤ人――セルや銀河戦士との戦いで孫悟飯が至った、後に「(スーパー)サイヤ人(ツー)」と呼ばれることになる新たな変身形態だった。

 

「今の俺は……超サイヤ人を超えた究極の(スーパー)ベジータだぁっ!!」

 

 ベジータの超音速のパンチが、ネオンの頭部を捉える。

 稲妻のような火花が散ると、ネオンは頭を下にして街へと墜落していき、ハイウエイを貫通して土煙が豪快に跳ね上がる。

 その光景を見下ろすベジータは青白いスパークを迸らせた黄金色のオーラを纏い、大きく弧を描いて空中を旋回すると、そのまま街へと光の矢となって落下していった。

 ネオンは脳震盪を起こしたボクサーのように二、三度頭を振りながら飛び立ち空中へと戻ってきたが、先手を打ったのはベジータの方だった。

 

「ちゃああああっ!」

 

 咆哮を上げ、上空からの勢いを利用した踵落としを仕掛ける。

 黒い鎧のネオンは上体を捻らせてそれを紙一重でかわすが、ベジータの攻撃はそれで終わりではない。左肩を突き出した猛烈なショルダータックルを浴びせかけ、両者はそのまま空へと消えた。

 

 ――それは、超サイヤ人を超えた力同士による激しい一進一退の攻防だった。

 

 空の下で両者が衝突する度に地上の路面がめくれ上がり、火の柱が立ち昇る。

 光の玉となって激突する両者は、様々な閃光を放ってはそれをかわし、またしても地上に落下した。その度に巨大な高層ビルが一つずつ崩れ去り、人々が逃げ惑った。

 

 

「いいぞー! いけぇパパ! やっちゃえー!」

「そこよベジータ! よくわかんないけど悪い奴なんかパパッとやっちゃいなさい!」

 

 その戦いぶりを半壊した家の中から目の当たりにしたトランクスが、黒い鎧を相手に奮戦する父親の姿に母親のブルマと一緒に応援の声を上げる。

 今の彼には彼らの動きがほとんど見えていなかったが、それでも父親が戦っていることだけははっきりとわかった。最近になって格闘技に興味を持ち始めたトランクスが、自分では及びもつかないその姿に憧憬の念を抱くのも何ら不自然ではない。

 そしてそんな彼と同じように、母親のチチに抱き抱えられた悟天も二人の戦いに目を輝かせていた。

 避難も忘れて、一同の目は二人の戦闘空間へと釘付けとなる。

 ――が、しかし。

 

 黒い鎧の放った気弾が、彼らの元へと向かった。流れ弾である。

 

「ああ!」

 

 ブルマが叫んだが、もはや遅い。

 白銀色の光の弾は、一同の居場所に集中した。

 トランクスもまた反射的に目を閉じた。だが――。

 

 光弾は、彼らを、いや、彼らを救う為(・・・)に彼らの前に割って入ったベジータの身体に突き刺さった。

 

「……チッ、俺も、甘くなったもんだぜ……」

「パパ!」

「……邪魔だ、引っ込んでろ!」

「わわっ!?」

 

 戦闘服のプロテクターは破け、正に満身創痍である。

 悲痛の表情で駆け寄るトランクスだが、ベジータはそんな彼の襟を掴むと、空き缶を扱うように乱暴に投げ飛ばした。

 投げ飛ばされたトランクスの身体はそのまま空中で放物線を描き、ストンとブルマの腕へと落ちていった。

 

「ベジータ! あんたねぇ!」

「死にたくなければ下がれと言うのがわからんのか!?」

「――ッ、ベジータ……」

 

 自分を心配してくれた息子に対してその扱いは酷いのではないかと糾弾しようとするブルマだが、続くベジータの態度にその言葉を取りやめる。

 気付いたからだ。彼はこの戦いに、自分達を巻き込みたくないのだということに。

 

「はあああああっ!」

 

 気合いを込め直し、ベジータが上空へと舞い戻る。

 そして交錯――黒い鎧と再度衝突した。

 ベジータ対ネオン。

 超音速対超音速。

 空中を疾走する二人の戦士は、まるで黄金と白銀の尾を引いた二つの彗星がもつれ合いながらダンスを踊っているかのようだった。

 時に殴り、時に殴られる。二つの力が正面からぶつかり合えば、互いに腕を動かした直後、まるで爆発の煽りを受けたように左右へと吹っ飛んだ。

 その二方向に分かれた二つの彗星――ベジータとネオンが、互いにそうすることがわかっていたかのように同時に旋回し、再び正面から突進し合う。

 

「戦うことしか能の無いサイヤ人の分際で、家族を守るか? それで善人になったつもりか!」

「余計なお世話だ。生憎俺は、俺が気に入らん奴がどこでどうなろうと知ったこっちゃないんでな!」

「だから殺したのか!? 私の家族を、街を! ツフル人の同胞達を!!」

「今回はやけに饒舌じゃないか、そんなにこの俺が憎いか? だが強い者が生き、弱い者が死ぬ! 力こそが全てなんだよっ!」

「ベジータァァァァッ!!」

 

 そして、二人の拳がぶつかり合った。

 ベジータの拳がネオンの頬を打ち付け、ネオンの拳がベジータの頬を打ち付ける。

 クロスした二人の腕から、激しい光とスパークが四散する。

 二擊目は、どちらも互いの攻撃を受け止めた。

 ベジータの拳はネオンの手に、ネオンの拳はベジータの手に抑え込まれたのである。

 力の拮抗した二人の戦士は放出する「気」の量を上げながら静止していたが、それぞれの戦士が相手を睨みつけるかのように顔をにじり寄らせた。

 網膜に焼き付くような光の中で、ベジータとネオンが叫ぶ。

 

「貴様らツフル人が滅びたのは、弱いくせに俺達サイヤ人を奴隷のように扱ってきた報いだ!」

「だったら今度は私がお前を消してやるよ! それが罪のない地球人を殺したお前の報いだ!」

「やれるもんならやってみやがれ!」

「絶対に許さない! 私が、みんなの仇を討つんだっ!!」

 

 しばらく拮抗していた力が傾いたのは、ネオンの方だった。

 ベジータの脇腹に右足から蹴りを入れると、よろめいた隙を突いてその胸部に一瞬で十発もの拳を叩き込んだ。

 

「死ねぇぇぇっ!!」

 

 狂気の篭った叫びを上げ、ラッシュの締めとなるパンチがベジータの額を襲う。

 それを受けたベジータは真っ逆さまに地上へ墜落していくが、地面と激突する前に体勢を整えた。

 しかし、彼に反撃を与える隙を、黒い鎧のネオンは与えなかった。

 

「喰らえ……! これがベビーとネオンと、お前達に殺されたみんなのリベンジデスボールだ!」

 

 ベジータがその姿を見上げた時、彼女は高々と天に向かって両手を挙げていた。

 その両手の先には直径三十メートルを超す巨大なエネルギー弾が生成されている。

 まるでカカロットの元気玉のようだ、とエネルギー弾から感じられる途方も無い力にベジータは舌打ちする。

 超サイヤ人を超えた超サイヤ人となった今のベジータならば、彼女が投げたそれを避けるのはそう難しくない。

 しかし、ベジータの後ろには地球がある。妻が居る。息子が居る。ほんの少し前まではまともに見向きもしなかった、彼が初めて「守りたい」と思ったものがあるのだ。

 気を解放し、ベジータはネオンの全てを受け止める構えを取る。やはりどこかの地球育ちのサイヤ人達に影響され、随分と自分は穏やかになっているらしい。

 二度の舌打ちをしたベジータは、自分をこんな様に変えてしまった張本人の姿を脳裏に浮かべ、心の中で呪詛を吐いた。

 

「俺は逃げも隠れもせん! この俺こそが誇り高きサイヤ人の王、ベジータだあっ!!」

「ならば私達の恨みを受け、一欠片も残さずこの世から消え失せろォォッ!!」

 

 覚悟を決めたベジータを見下ろしながら、ネオンが完成させた「リベンジデスボール」を投げつける。

 瞬く間に視界全体に広がっていったそれを、ベジータは両手一つで受け止めた。

 

「ぐっ……! おおおおっ!」

 

 圧倒的な「気」の質量に、ベジータは皮膚という皮膚が一斉に爆ぜたような激痛に呻く。

 彼が後に超サイヤ人2と呼ばれることになるこの変身形態になっていなければ、この時点でその肉体は跡形も無く消滅していたことだろう。

 

 だが、ベジータは強くなった。

 

 無力さに苛立ったセルゲームの頃よりも、戦う意志を取り戻した銀河戦士との戦いの時よりも。

 

「こ、こんな力に……」

 

 そして何よりも、命を賭しても守りたい者を得たことが、絶対に負けない為の極限を極めさせた。

 

「やられる、ものかァッ!!」

 

 ベジータに内包されていた全ての潜在能力が、この時、一瞬だけ完全に解放される。

 全宇宙に響き渡るその力は、セルを葬り去った時の悟飯すらも超えていた。

 

「おおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

 この地球に落とさせるわけにはいかない。

 大地を揺るがす咆哮を上げ、ベジータはネオンのリベンジデスボールをその身体へと取り込んでいく。

 それは、無我夢中の行動だった。ベジータはこの時、自分が何をしているのか自分自身すらもわかっていなかった。仮に同じことをやれと言われても、意識して二度と出来ることではないだろう。

 しかし、その愛する者を持った最強の戦士にこそ許される「奇跡」はこの地球を救い、敵であるネオンすらも驚愕させた。

 

「まさか……!」

「でああああああああああッッ!!」

 

 リベンジデスボールを、吸収した。

 ネオンがベジータを殺す為に放った一撃は彼の「気」と同化し、彼の一部となったのである。

 

「あり得ない……!」

 

 全ての憎しみを込めた一撃を完全に受け止められ、あまつさえ取り込まれた。

 理解出来ない現象にネオンとベビーが慄然とし、その心に彼への恐れを抱いた。

 そして誇り高きサイヤ人の王は、そんな彼女らの隙を見逃さなかった。

 

「消えて無くなれぇっ!」

「ッ!」

 

 リベンジデスボールを吸収したことによって桁外れに「気」を増幅させたベジータが、満身創痍の身体でネオンへと飛び掛かっていく。

 ネオンは一歩も退かない。

 それはベジータがこちらの全てを受け止めたのなら、自分が彼を逃げてたまるかという意地であった。

 そしてその意地が、彼女の勝敗を分かつこととなる。

 

 お互いが最後のつもりで放った拳が天空で激突し、黄金と白銀の光が混ざり合い、弾けて消えた――。

 

 





 ベジータがこの時点にしては家族にデレすぎかもと思いましたが、原作ブウ編開始時点ではヤコン戦からカカロットコンプレックスさえ発症しなければ割とデレていたと思ったのでこんな風になりました。

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