緋弾のアリア 欲望の交差   作:彩花乃茶

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裏切り者と可能性とショットガン

「くっ!?」

 

 俺はいきなり襲い掛かってきたダイナモホタルヤミーをメダガブリューで斬り付ける。

「ぐおっ!?」

 

 セルメダルを数枚落としたダイナモホタルヤミーは俺とヒルダの間に立って、俺をヒルダに近寄らせないようにしてきた。

「きーくん。理子も・・・色々考えたよ。これを付けられてから」

 

 するとヒルダの腕から出てきつつ、理子は俺に言ってくる。

「理子は元々怪盗の一族。きーくん達とは違う、闇に生きる・・・ブラドやヒルダ側の人間だったんだよ。それがいつの間にか、きーくんやアリア側についてた。理子は人としてブレていたんだ。ヒルダは闇の眷属。生まれながらの悪女だよ。でも・・・自分を貫いてる。ブラドが捕まって、最後の吸血鬼になったのに・・・誰の庇護もなく、戦い続けてる。理子よりずっと・・・自分が何者かって分かってる」

 

 ヒルダと俺の間に立った理子がさらに続けて言ってくる。

「それにヒルダは仲間には貴族精神を持って接してくる。変装食堂の衣装を作った夜・・・ホントはね、理子はヒルダにあって交渉したの」

 

 士さん達と別れたあの日の夜、矢車を除いたバスカービルの面々は教室に集まって、理子に衣装を作ってもらっていた。しかし理子は衣装を作り終えてから、誰かに呼び出されて教室を出て行った。・・・あの時からすでにヒルダに接触されていたのか。

 

「その時は物別れになっていたけど・・・理子は驚いたんだ。ヒルダの態度はとても丁寧だった。理子が『眷属』と同盟をする条件を出してもいい、とまで言ってきた。その後、外堀通りで戦ってから、理子はまたヒルダと話したよ。その時はもうこのイヤリングがあったから従うしかなかったけど・・・理子は『組むから、あたしを4世と呼ぶな』って言ったんだ。そしたらヒルダは・・・それから一度も、理子を『4世』とは呼ばなくなった」

 

 俺達に語る理子の背後で、ヒルダは満足げに目を細めた。そして理子の頭を撫でてから、何かを言おうとした時・・・もごもごと俺の横の方からくぐもった声が聞こえた。

「アリア・・・」

 

 ダイナモホタルヤミーを取り押さえながらも俺は振り向くと・・・アリアは自分の口を塞いでいる布を、猫っぽい犬歯で何度も噛んで、まさに食いちぎっているところだった。

「ぷはっ!・・・一通り聞かせてもらったわ。理子、あたしは・・・あんたを責めはしない。誰だって命は欲しいものよ」

 

 大きく呼吸をしたアリアは、ヒルダから見て俺に隠れるような位置で、割と物わかりのいいことを言っている。

「でもね理子。貴族として言わせてもらうけど、ヒルダの貴族精神は見せかけのものだわ。あんたにずいぶん甘いらしいけど、それは言うことを聞かせるためにキャンディーをあげてるのと同じこと。あんたはソイツに見下されて、子供扱いされているのよッ!」

 

 ヒルダの目が図星を突かれて鋭くなった気がする。

「誰も言わないならあたしが代わりに言ってあげるわ。ヒルダはあんたをその殺人イヤリングで奴隷にしてるだけなのよ!」

 

 ヒートアップするアリアにヒルダは・・・

 

「人間の分際で・・・高等種族たる吸血鬼に偉そうな口を利くわね・・」

 

 案の定、怒り出した。

「吸血鬼はちっとも高等じゃない!教えてあげるけどね・・・イギリスでは1833年に奴隷制度廃止法が成立しているわ。あんたは軽く150年は遅れてるのよ!人間は奴隷制度なんかとっくに卒業してるの!」

 

 あなた初めてあった日から、俺をドレイ扱いしてきませんでしたか?

「それにね、理子!あんたはママの裁判があったから、あんたと利害関係があった。別件で裏切られても理不尽には思わない。でも、キンジはどうなの!?キンジとあんたの間には命を張るほどの貸し借りはなかったはずよ。それなのにキンジは何度もあんたの命を救ってる。あんたはキンジを信頼するべきだわ!ヒルダなんかじゃなく!」

 

 縛られたまま、アリアは陸に揚げられた魚のように跳ねている。

「キンジを信じないで罠にハメるってんなら・・・キンジのパートナーとして、あたしもあんたと戦う義理があるんだからね!覚悟しときなさいよ!」

 

 アリアは跳ねながら・・・鎖から抜け出そうとしている。・・・ちょうど揉まれたネコジャラシの穂が人の手から抜け出るのと同じ原理で。それに気づいた俺はダイナモホタルヤミーを押して、俺の背でアリアの動作をヒルダから隠す。

 

「おしおきしてあげるわ理子!そこのヒルダと2人並べてねッ!」

 

 鎖から抜け出たアリアはすかさず俺の背に隠していたワトソンの十字泊剣を抜いた。

「ッ!?」

 

 それを見たヒルダは腰から鞭を外そうとする。だが、反撃には間に合わない。

 

「やッ!!」

 

 理子の改造制服を着せられたアリアは俺の右肩を踏み台にして跳び上がり、小さな手に握られた十字泊剣が流れ星のように突き出された、その時・・・ヒルダは翼の羽ばたきと足を併用してアリアの突きを大きなバックステップで避けた。

「やっぱりこれがニガテなのね」

 

 フリフリの制服のまま構え直そうとしたサーベルに、ヒルダの振るった鞭が絡みつき、アリアとヒルダが綱引きをするような状態になった時・・・

「ンッ!」

 

「きゃあっ!?」

 

 ヒルダの流した高圧電流が伝わり、アリアが短い悲鳴を上げた。

「下等な・・・人間の分際でッ!」

 

 ショックで硬直してしまい、柄を放せずにいるアリアを銀剣ごと引っ張り上げたヒルダはパニエのスカートを思い切り跳ね上げつつ、ハイヒールの足で蹴飛ばした。

「あうっ!」

 

 俺の方へ逆戻りしてきたアリアは電流でノビている。

「こんな汚らわしいモノを・・・よくも私に向けたわねッ!・・」

 

 ヒルダは鞭で絡め取ったままの銀剣を頭上に振り上げると・・・カタパルトと呼ばれる中世期の投石機のように、剣を大きく振り回して、勢いをつけてから放り投げてしまう。

「ネズミの分際でヴァンパイアハンターを気取るなんて・・・嫌いよ、そういう冗談。私、少し怒っちゃったかもしれない。・・・アリア、お前の手術を早めることにしたわ」

 

「ジャマだッ!」

 

 謎の駆動音にダイナモホタルヤミーを殴り飛ばしながら顔を向けると・・・いったん少し離れたヒルダがツタ植物の下に隠していた、小型のチェーンソーを持ち上げていた。

「お、おい!よせ!何だ、手術って!」

 

「アリアの胸を開いて心臓を摘出するのよ。人間の肋骨って案外硬いんだもの」

 

 叫ぶ俺に・・・ヒルダは白い頬を引きつらせるように笑う。俺はあのチェーンソーを凍らせようかとも考えるも・・・あまりにもアリアが近すぎて、アリアごと氷付けにしてしまいかねないので、凍らせることはできない。

 

「トオヤマ、ここまでお前を殺さなかったのは、これを見せるためよ。アリアが生きたまま心臓を抉られる様を、よく御覧なさい」

 

 アリアに近づいたヒルダがセーラー服の防刃ブラウスをめくり上げてしまう。

「さぁ見せなさいアリア。その心臓に据えた『緋弾』を」

 

 痺れて声すら出ないアリアの下着が露出する。トランプ柄の丸出しにされたアリアは、痺れで声は出せないものの、激しく赤面した。そして力を振り絞るように首を振ってもがいている。

 

「安心しなさい。私はお前を気に入ってるの。胸以外は切り刻んだりしないわ。身体は剥製にして館に飾ってあげるから、安心して私に身を任せるのよ」

 

 ヒルダはゆっくりとアリアの胸にチェーンソーを近づける。その目はアリアの怯えきった顔に釘付けだ。あいつ・・・人間の恐怖心を愉しんでいやがる。

「くっ!?」

 

「先へは行かせぬ!」

 

 俺は直接チェーンソーを叩き割ろうと進もうとすると・・・さっき殴り飛ばしたばかりのダイナモホタルヤミーが、もう現場復帰をして俺の行く手を阻む。・・・まるでヒルダの恐怖心を愉しんでいるのと連動しているように、ダイナモホタルヤミーはバチバチと体内で電気を溜めている。たぶん発電のブン、セルメダルが溜まっているからプトティラの俺に殴られても、すぐに回復してくるんだろうな。

 

「これだから吸血鬼の欲望からできるヤミーは嫌いなんだよ」

 

 ブラドのヤブカヤミーといい、目の前のダイナモホタルヤミーといい、吸血鬼の欲望からできるヤミーは生命力が高すぎだろ。

「やっ・・・嫌っ・・・あっ・・」

 

 やっと僅かに声が出たアリアだが抵抗はできない。

「どうしたの?こわいの?こわいのよね?こわいって言って!言いなさい!ほら!」

 

 サディスティックな言葉を浴びせながら、ヒルダは執拗にチェーンソーを前後させる。

「ほらぁ・・・どうなのよアリアっ!何か言いなさい!ほほッ!ほほほほっ!」

 

「くっ!?退けろって言ってんだろ!!」

 

「ぬおっ!?・・・はぁぁぁぁっ!!」

 

 俺は行く手を妨害するダイナモホタルヤミーを掴んで氷付けにするも・・・ダイナモホタルヤミーは自身の発電能力からの熱で、その氷を溶かしてしまう。・・・このままじゃアリアに手が届かない。

「いいのか、ヒルダ」

 

 その時、理子の・・・普段とは口調の違う『武偵殺し』の方の声がした。

 

「アリアは希少な緋弾の適応者だ。殺したら『緋色の研究』が上位に進まなくなるぞ」

 

 理子はチェーンソーのグリップを押さえている。・・・僅かに震える手で。

 

「この・・・無礼者ッ!」

 

 恍惚とした表情だったヒルダは切れ長の目を吊り上げると、その手元で金色の電光が弾ける。

「うっ!?」

 

 前のめりに倒れた理子の背をヒルダはピンヒールで刺すように踏みつけた。そしてヒステリーを起こしたかのような手つきで、チェーンソーを床に叩きつけてしまう。

 

「理子!・・・お前見ていて分からなかったの!?私は今、一番いいとこだったのよ!せっかく・・・せっかく、もう少しで上り詰めようとしていた所なのに・・・お前のせいで台無しだわっ!」

 

「・・・ア、アリアにはまだ利用価値がある!・・・殺すな」

 

 理子はすぐ喋れてる。どうやらアリアがやられた時より、電圧が下がっていたようだ。だが今の態度からして、手加減したとは思えない。

「『アリアを殺すな』ですって?お前、私に忠誠を誓ったのではなかったの?そう、そうなの。また裏切るつもりなのね」

 

「・・・ッ・・」

 

 ヒルダはヒールに力を入れ、背骨を抉るように踏みつける。理子はそれを跳ね除けることができない。しかし痛みで顔を上げたところを見ると、動けないわけではないようだ。ただ理子らしくない怖気づいた顔で、ヒルダの怒りが収まるのを待とうとしてる。

「理子、私は今夜、お前を試すつもりでいたのよ。アリアとトオヤマを見殺しにできるかどうか・・・でもお前はそれに失敗した。と言うことは、またバスカービルに戻るつもりなのかしら。・・・やはりお前は私の下僕に相応しくないわ。ペットに格下げよ。一生、私の部屋で玩具にしてあげるわ。こうやって・・・こうやってねッ!もし次、逆らったら、そのイヤリングを弾いて殺してやるんだから!」

 

 グリグリと理子の背中を踏みつけたヒルダはピンヒールを鳴らして、その足を理子の顔のそばに突いた。

 

「理子、私に謝罪しなさい。ううん、今のは謝るだけではダメ。この靴に口づけして、永遠の忠誠を誓うのよ。お前はもう、私のものとして生きるしかないのだからね」

 

「う・・・ううっ」

 

 もう片方のヒールで耳のイヤリングをつつかれた理子は恐怖心に震えながら縋るような手つきで、目の前のハイヒールに触れる。その理子の顔の下、コンクリートの床に・・・ぽたぽたと滴がしたたってる。

「ガァァァァウ!!」

 

 ダイナモホタルヤミーの左腕を掴んだ俺は、その腕を凍らせて、握りつぶすように粉々に砕く。

「武偵憲章8条・・・任務は、裏の裏まで完遂すべし」

 

 低く発した俺の声にヒルダが振り返る。大きな目から涙を流している理子も、こっちに振り向いた。

「理子、いつだったか君は・・・俺に依頼したね。『助けて』と。今夜、理子の依頼の裏を完遂しよう」

 

「ほほほっ!何をするつもりかしらトオヤマ!たかが1体のヤミーに苦戦している程度の分際で!」

 

 たしかに苦戦しているな。・・・後ろにアリアがいて全力を出し切れないし、本気を出したら、出したらで暴走しそうになるので躊躇させられるこの姿と場所だとな。

 

「ガァァァァァウ!!」

 

 俺は手に持っていたメダガブリューをそれなりに加減しながらヒルダへと向かって投げつける。

「っ!?」

 

ヒルダは大きく目を見開きながらもそのガブリューを避けると・・・その隙に俺はヒルダとの距離を一瞬で詰めて、理子を久々のお姫様抱っこで救出した。

「・・・・・」

 

 俺の腕の中では・・・理子は凍える幼児のように両腕を縮ませて震えていた。幼かった頃、あいつにどれだけひどい目に合わされたのか・・・この様子から察するに、余りあるな。一方確認したところ・・・アリアは虫食い状態の下着を隠すことすらできず、声もだせずにいたが・・・『リコ ユウセン キュウジョ セヨ』とマバタキ信号を送っていた。・・・アリア、お前は少し休んでいい。後は俺に任せろ。

 

「『理子を助ける』ですって?トオヤマ、お前はどこまでお人よしなのかしら。理子はお前を罠にハメた薄汚い女なのよ?理子は命乞いをして、私を裏切った。つい先日には私にイヤリングを付けられて、私に忠誠を誓ったにも拘らずにね。その前はバスカービルの一員、その前はイ・ウー、その前はお父様の飼い犬。そいつは昼と夜を行ったり来たり。本当に無様で見苦しい女だわ」

 

「そうだよキンジ・・・あたしは裏切り者だ。・・・命惜しさに、お前を裏切ったんだ」

 

 ヒルダの声を聞くだけで震える理子は目をきつく閉じて泣きじゃくった。その震えるイヤリングが鈍色の光を揺らす。

 

「理子、お前にはもっと躾が必要よ。そうやってあちこち迷うお前は、醜い・・・」

 

 棺桶を踏み台にして大きく羽ばたいたヒルダは証明をバックに3メートルほど飛び上がった。

 

「世界は夜を中心に回る」

 

 

 俺達の上空を影で掠めながら、ヒルダは風下へと滑空していく。滞空するまで減速して草花で飾りつけた、大きな黒い柩の上に着陸した。

「ドラキュラの一族は気高き闇の眷属。理子・・・お前のように心を迷わせ、闇に背を向けたことは一度もないわ。私達は迷わない。それは私達が教条とし、最も力を得て、生物の頂点に立った血族だからよ。力は生物の序列を決める。力無き者は、力有る者に服従して生きる。それが生物の現実。その現実からは人間も逃れられない。弱者は自分の意思を封殺し、強者の束縛の下で生きる。逆らえば殺されるのだからね。理子、お前のイヤリングは教条の象徴よ」

 

 教壇から語る教師のようにヒルダは語り続ける。

「吸血鬼は現実主義なの。人間のように『弱者を虐げるな』などと理想を語りはしない。そう、それは人間にとっても理想にすぎないのよ。人間の世界でも弱者は富を与えられず、あるいは疎外されて、緩やかな死をもたらされる。だから理子・・・あなたが私に従うのは自然な事なのよ。この街で力有る者に従って生きる。幾百万の人間達と・・・同じ現実を受け入れるだけのことよ」

 

 ヒルダの扇が、下に見える東京を示す。そこでは、また少しずつ停電してる光景があった。

「現実を受け入れる・・・それは生物として成熟するということなの。だから理子、泣くことは何もないのよ。お前は今夜、トオヤマとアリアを見殺しにすることで迷いを捨て、大人になれるの」

 

 理子は両手で顔を覆い、引きつるように泣き続けている。それを間近で見ていて・・・我慢の限界が来た俺は、その演説を鼻で笑ってやった。

「・・・フッ・・『力こそが全て』か。まるで古い少年漫画みたいな悪役だな。ヒルダ、君は人間を見る目がないし、貴族にしては失礼だよ。まるで理子が弱い子のようなしたんだからね」

 

 ヒルダは「何ですって・・?」と言いながらこちらを睨みつけてくる。

「君はきっと・・・『究極の闇』と恐れられてるあの人以外に弱い人間しか見たことがないんだな。俺は、幸か不幸か・・・困ってしまうほどに強い人間達をイヤというほど見てきた。理子も、その1人だ」

 

「キンジ・・・?」

 

 

 僅かに開いた指の間から、理子が泣きはらした目で俺を見上げてくる。

 

「ヒルダ、確かに君の言うとおり人間は迷う。だがその迷いを許し、正しい道を選択するまでお互いを見守る強い強さを持っている。迷うから人間だ・・・と人の迷いを笑い飛ばせるほどにね。理子はほんの少し方向音痴なだけ。・・・だから俺が理子の地図になってあげよう。・・・理子。君はブラドとヒルダに束縛されていた。きっと残忍で激しく、執拗な束縛を受けてきたんだろう。・・・理子、君はそのままでいいのか?束縛されたままでいいのか?」

 

 まっすぐ・・・そう俺に聞かれた理子は・・・

 

「い、いやだよ・・・。もういやだよ。・・・自由になりたいよ」

 

 泣きじゃくりながらも確かにそう言った。

「よし、よく言った。これで俺が戦う理由ができた。俺があいつも・・・そこにいるヤミーも倒してやる。その忌々しいイヤリングも外させる。・・・力ずくでな。・・・竜悴公姫ヒルダ。君を傷害・監禁・未成年者略取の容疑で逮捕する」

 

 俺に睨まれたヒルダは・・・扇を閉じてむしろ嬉しそうな表情で俺を見返してきた。

 

「トオヤマ・・・いいわ、その眼。・・・このあいだ車を襲った時とは別人のように魅力的よ。・・・本当に王様っぽくなってる。今のお前なら私専用のアクセサリーにしてあげてもいいわよ」

 

「美しい女性の御厚意に対し、申し訳ないが・・・君専用というのなら、断らざるを得ない。その逆なら戦った後に考えてあげよう。どうやら俺は女ったらしと呼ばれているらしいからね。・・・それに王様が貴族専用のアクセサリーになるのはおかしいだろう?」

 

「逆・・・?」

 

 ヒルダは少し考えるような仕草をしてから、白い頬を紅色に染めた。箱入り娘タイプ。・・・男性経験に乏しい、というか無いな。この仕草を見るに。まぁブラドみたいな恐ろしいのが父親だと考えると当然だとは思うが。

「あ・・・ッ・・・りっ、理子!!私は今、まずトオヤマを殺す!それを見て学びなさい!お前が選ぶべき道は幻想の自由ではない。現実の束縛なのよ!」

 

 さっきまでの調子を取り戻しつつ、その身に小さな雷を纏い始めたヒルダは「私をからかった罰には150%で罰するべきね」と言いながら胸の前にピンポン玉のような雷球が発生してる。それが1秒ごとに大きくなっていく。・・・それを見た俺は足元に理子をゆっくりと下ろす。

 

「さすがに150となると・・・この姿でもノーダメージでは済まなそうだな」

 

 近くには理子やアリアもいる。たとえ俺が相殺しても、2人が感電する可能性は大いにある。・・・さて、どうしたものか。

「はぁぁぁぁっ!!」

 

 片腕を再生させたダイナモホタルヤミーは、拳を輝かせながら俺に殴りかかってくる。

「っ!!」

 

 その拳を左手で掴んで、氷付けにしてやった俺は、その氷が熔けきるよりも先に上へとダイナモホタルヤミーを放り投げる。

「ガァァァァァ!!」

 

 そして足元からメダガブリューを取り出した俺は、先ほどの攻撃でダイナモホタルヤミーから出てきたセルメダルを1枚手にとって、ガブリューの中に入れて銃の形にする。

「空中なら・・・問題ないな」

 

『プットッティラ~ノヒッサ~~ツ!』

 

「ぐおぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 ダイナモホタルヤミーが落ちてくるよりも先に、ガブリューから放たれたエネルギー弾でダイナモホタルヤミーを撃破した俺は再びヒルダに視線を移す。

 

「ヤミーがやられちゃったわね。まぁ・・・別に構わないわ。所詮は時間稼ぎ程度の利用だったし。・・・科学が発展するように、魔術も日々発展してきた。自分の身体から消費するだけでは精神力はすぐ底をついてしまうわ。だから体外から力を取り入れる方法が編み出されてきたの。パトラが星から力を得るように、私は人間の使う電力を頂く。近年の部類で言えば、Ⅱ種超能力者の1人よ。ただし人間には到達し得ない高レベルのね。・・・さぁ、これで150%・・・あぁん壊れちゃいそ。やっぱり少し制御が難しいわね」

 

 

 語りつつ、雷球を育て上げたヒルダは、その肌からも短い雷を宙に放っている。・・・その時、風に乗って雷球の光を反射しつつ、ビー球のような何かが地面スレスレを駆けた。それはヒルダの柩の側面に向かっている。あれは・・・シャボン玉?・・・いや、あれは新幹線の中で見た爆泡珠・・・気体爆弾だ。爆発に第2展望台が振動し、柩を彩っていたバラやツタ植物が宙を舞った。

「っ!?」

 

 ヒルダがピンヒールの足でよろめく。バチバチッという電流音が・・・ツタに隠されていた太い電線の切れ口から上がっている。俺の眼がそれを捉えた次の瞬間、ヒルダの頭上にあった雷は電源を抜かれた電球のように消えてなくなってしまう。

「4世・・・!」

 

 傾いた柩の上で踏みとどまったヒルダが・・・その名を呼ぶ。振り向くと俺の横では、震える指に極小の香水瓶を持った理子が立ち上がっていた。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・

・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 俺がダイナモホタルヤミーを撃破した頃、NEVERの面々は第1展望台でメズールとガメルと対峙していた。

「フンッ!」

 

『ACCEL MAXIMUM DRIVE』

 

『FANG MAXIMUM DRIVE』

 

 T2アクセルメモリのマキシマムで加速したエターナルは、T2ファングメモリのマキシマムで右脚に恐竜の頭部のようなオーラを纏いながらメズールに回し蹴りを決める。

「きゃあっ!?」

 

 蹴り飛ばされたメズールは身体から数枚のセルメダルを落としながらも、立ち上がると、1本のガイアメモリを取り出す。

「できれば使いたくないと思ってたんだけど・・・さすがに使わないとマズイわね」

 

『VAMPIRE UP GRADE』

 

 そしてそのガイアメモリに強化アダプタをセットしたメズールは、そのメモリを起動させる。

「まずいっ!?」

 

『ACCEL MAXIMUM DRIVE』

 

 もう一度T2アクセルメモリのマキシマムで加速したエターナルは、メズールがそのメモリを取り込むのを止めようとするが・・・

「・・・もう遅いわよ」

 

『NOSFERATU』

 

「くっ!?」

 

 ヴァンパイアメモリがアップグレードされたメモリ・・・ノスフェラトゥメモリを取り込んだメズールから発せられた衝撃波に吹き飛ばされてしまった。

「ぐわっ!?」

 

「カツミ!?・・・っ!!」

 

 自身の近くに吹き飛ばされてきたエターナルにヒートドーパントは急いで駆け寄ろうとすると・・・ヒートドーパントは凄まじい殺気が感じられた方へと首を向ける。

「何・・・あれ?」

 

 目先に見えるメズールは背中のマントがより黒く染まり・・・まるでドラキュラ伯爵を思わせるような姿へと変わった。

 

「・・・お前達、奴を絶対にこの場から逃がすな。確実にあのメモリを破壊するぞ」

 

『JOKER MAXIMUM DRIVE』

 

「ムダよ」

 

 コンバットナイフのような武器のメモリスロットにT2ジョーカーメモリをセットしたエターナルは紫色に輝く斬撃をメズールへと放つが・・・メズールはマントで自分を覆うようにして防ぐ。

「ハァァァァァッ!」

 

「きゃぁぁぁ!?」

 

 メズールの水で作られた鞭に巻きつけられたルナドーパントは空中でブンブンと振り回される。

「カツミちゃん。こいつ・・・けっこうヤバイわよ。・・・特に・・・縛りがね」

 

「気持ち悪いわね。・・・1名退場よ」

 

 メズールは鞭で捕まえているルナドーパントを地上へと向かって投げ飛ばす。

「行ってきま~~~す!」

 

「鏡水っ!ヤロウ!!」

 

 ガメルを取り押さえていたメタルドーパントはルナドーパントを地上へと落としたメズールへと棍棒を振るおうとするが・・・

「メズールの、邪魔、させない!」

 

「うおっ!?」

 

 横からガメルの体当たりを喰らってしまい、メタルドーパントも地上へと突き落とされてしまった。

「・・・・っ!」

 

 この状況はさすがに危険だと判断したトリガードーパントは一度距離を取ろうと、足止めに狙撃するが・・・・その銃弾は水を通過するかのようにメズールからすり抜けてしまった。

「お前も、邪魔ッ!」

 

「っ!?」

 

 そしてトリガードーパントまでもが、ガメルに投げ飛ばされて地上へと落とされてしまうと、ヒートドーパントは数歩後退してしまう。

「カツミ・・・このままじゃまずいわ。一度撤退して体勢を立て直しましょう」

 

「・・・ヴァンパイヤとノスフェラトゥはどちらも吸血鬼という意味だ。しかしデータにあったメモリの内容には・・・歴史に名を残す悪人達の記録が入っていたんだ。もしここでメズールを取り逃がしてしまうと・・・まずいことになる」

 

 そう言ったエターナルはフラフラしながらも立ち上がってマントを脱ぎ捨てる。

「ハァァァァッ!!」

 

『ETERNAL MAXIMUM DRIVE』

 

 満身創痍な様子で腰のマキシマムスロットにメモリをセットしたエターナルは身体を捻らせながらキックをメズールへと放ったが・・・その懇親の一撃すらも防がれたエターナルは地上へと落ちていった。

「これでとりあえずは邪魔者はいないわね。あの子も反撃が出来なさそうだし・・・それじゃあヤミーを作りに・・・」

 

「行かせるはずがないだろ」

 

「えっ?」

 

 突如聞こえた声にメズールとガメルは1人取り残されたヒートドーパントに視線を戻すと・・・ヒートドーパントの姿は霧のように薄れて消えてしまい、そこにはエターナルが堂々と立っていた。

「あなた・・・今、確かに落ちていったはず・・・それにさっきの赤い女は・・・」

 

「いつの間に入れ替わったか分からないだろ?・・・お前達が途中から見ていたのは・・・ただの幻。そして攻撃を与えていたのは俺が前もって準備していたダミーだ」

 

 エターナルは2本のメモリを取り出すと、種明かしをするようにメズールとガメルに見せる。

「ジーンメモリ・・・このメモリは遺伝子の記憶を宿していて、物質を作り変えることだってできる。このメモリを使って俺はダミーを作り出し・・・ウェザーメモリの蜃気楼による幻覚によって動いているように見せていた。・・・ただそれだけだ」

 

「くっ!?おのれっ!!」

 

「・・・・・」

 

『CYCLONE MAXIMUM DRIVE』

 

 

 メズールはエターナルへと水による攻撃を放とうとするが・・・エターナルはそれよりもはやく、ナイフにT2サイクロンメモリをセットして強力は風でメズールとガメルを地上へと吹き飛ばす。そしてエターナルも地上へと飛び降りると・・・本物のルナドーパント達と共に並び立つ。

「・・地獄を楽しみな」

 

『ETERNAL MAXIMUM DRIVE』

 

 マキシマムスロットにメモリをセットしたエターナルはメズールとガメルに向かって特攻する。

「きゃぁぁぁぁっ!?」

 

「うわぁぁっ!?」

 

 その特攻を喰らったメズールとガメルは・・・まるで水風船のように弾け飛んだ。

「くそっ・・・・逃げられたか」

 

 自分がさっきダミーを使っていたように、グリードにも同じことをやられたエターナルは悔しそうに舌打ちをして、変身を解除した。

 

 

 

・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

 

「くっ!?」

 

 爆発に驚いていた俺は、理子へと振り向くと共にコンボの疲労により、変身が強制解除されて、その場に膝をつく。俺はそれでもべレッタを取り出して銃口をヒルダに向けようとするが・・・プトティラの反動はさすがに大きく、意識が朦朧としてしまって・・・銃を落としてしまう。

 

「きーくんは下がってて」

 

 錠剤のようなサイズの使い捨てっぽいスプレーを放り投げた理子は少しずつ震えが収まっていく。そしてパンパンッ!と手打ちをすると・・・

 

「あぁ~そうだそうだ。理子、忘れてた。忘れちゃってたぁ!きーくんとアリアは元々理子の標的でしたぁ!なのにどこの誰かなぁ!勝手にNTRルートを開拓しようとしているKYな女はぁ!?くふっくふふふふっ!」

 

 いつもの理子らしいお馬鹿な様子を見せながらも・・・今はどこか鼓舞しているようにも見える。

「変圧器だったんだろ?その柩。・・・お前は電気を使う。でもその電力はジムナーカス・アロワナから遺伝子をコピーして身に付けたものだ。あの魚はそんなに長く大量の電力を放つことはできない。せいぜい1度か2度使ってしまえばしばらく休息が必要になる」

 

 足を止めてヒルダに向き直った理子の様子は・・・落ち着いている。俺にはそれが・・・何かの覚悟を決めたようにも見える。

「4世・・・どこでそれを?」

 

「なぁにびっくりしてんのぉ~?こんぐらいググれば一発で出てくるよぉ」

 

 眉を吊り上げるヒルダに、理子は不敵に笑いながら続ける。

 

「だからお前は通常、自分の身体から放電しないようにして・・・外から盗んだ電気を使う。でも、発生させられる電圧が低い割に、お前は超高電圧の電気しか身体に取り入れられない。だから大型の変圧器が必要だったんだ。ヒルダ・・・お前はもう電気をどこからも取り入れられない。肉体からも、もう放てない。アリアとあたしに自力で電流を放ったからな。素粒子を操るための大電力もない。だから影になって動き回ることもできない」

 

 海外の家電を日本のコンセントに繋いでも動かないように、電機によって動くものは全て適切な電圧の電気を与えなければならない。・・・それはヒルダも例外ではなかったようだ。そして未だ動けないアリアを棺桶から離すと・・・もう1つ取り出した香水瓶から出てきたシャボン玉が2つの棺桶を繋ぐケーブルを引きちぎった。

「やっぱりそっちはバッテリーだったかぁ。ヒルダ、あたしに言われたからって『まだあるぞ』って目で棺桶を見ちゃダメじゃーん。理子はドロボーなんだよ~?誰かが何かを隠してるのを見つけるの、大得意なんだから」

 

「迂闊だったわ。・・・お前がそんな爆弾を隠し持っていたとはね」

 

 歯ぎしりをするヒルダに、香水瓶を捨てた理子は「ご存知の通り『武偵殺し』は爆弾使いですから」と発言をして慇懃無礼なお辞儀をして見せた。すると・・・バチンッと言う音と共に、理子の右耳で鮮血が弾けた。

「っ!?」

 

 ヒルダが『念じれば弾ける』と言っていたイヤリングが弾けてしまった。・・・耳以外は無傷だが、傷口からは毒蛇の腺液が入ってしまったと思う。10分で人を死に至らしめる猛毒が。そうなる事を覚悟の上だった様子の理子は・・・痛がっている様子は見せても、愛くるしい表情は歪めない。

「ほんの10分だけだけど・・・理子はアイツから自由になる。きーくんが励ましてくれたおかげで、理子は本当の理子になれたよ。たった10分だけでも・・・本当の理子をきーくんが見てくれるなら、もう・・・それでいいよ」

 

 その言葉と共に・・・元々曇っていた空からは大粒の雨が降り始めた。そしてアリアに変装するために持っていた2本の小太刀を髪を操って抜いた理子は・・・ギリシャ神話のメデューサのように髪を広げた。

「ヒルダ、今、お前にずっとしてやりたかった事をやってやる。・・・お前への恨みを、晴らすっ!」

 

「いいわ戦ってあげる。お前ごとき、電気がなくても敵ではないわ。光栄に思いなさい。竜悴公の一族と2度も戦った人間は・・・歴史上、お前が始めてよ」

 

 ヒルダは理子の髪に対抗するかのように翼を広げて、片足を蹴り上げてつま先に引っ掛けていた金色の三叉槍を手に取った。

 

「でも4世、忘れたのかしら?吸血鬼にはいかなる傷も瞬時に直す魔臓が4つある。その位置は個体によってバラバラで・・・私の魔臓の位置をお前は知らない。知ってるのはこの両腿の2つだけでしょう?」

 

「理子・・・」

 

 まだコンボの疲労がひどくて動けない俺が顔を上げると・・・毒蛇の腺液を打たれたまま戦うつもりらしい理子は俺が落としたべレッタを拾い上げて、銃身にキスをした。

「せっかくだ・・・理子。これも使え」

 

 いきなり階段の方から聞こえた声に、俺は首を動かすと・・・エターナルが理子の足元に何かを投げつけてきた。あれは・・・さっきヒルダが投げ飛ばした十字泊剣だな。

「俺が戦っていた足元に落ちていたんでな。・・・使うといい」

 

 エターナルの言葉に頷いた理子は・・・その剣も握り締めて、髪に2本の小太刀と両手に1刀1銃の変則的・・・というか普通はできない構えをした。

「・・・ありがとカツミ。拾ってきてくれて」

 

「たまたま拾っただけだ。・・・それに俺はヒルダが大嫌いでな。ヒルダの計画を1つ阻止しきれなかったことにイライラしてたんだ。このぐらいはしないと俺の気が済まん」

 

「これの傷は治らないんだろう?・・・ヒルダ」

 

「・・・治りが遅いというだけのことよ。当たらなければどうという事はないわ」

 

 ヒルダが突いてきた三叉槍を2本の小太刀で受け止めた理子は・・・十字泊剣でヒルダの翼の1枚を切り落とす。

「うっ!?」

 

「ヒルダ!お前は魔臓に頼って生きてきた。だから身体の捌きが甘いんだ!ケガをしたって平気だと、高をくくってたんだからな!」

 

 理子にそう言われたヒルダは後ろに後退しながらも何とか転倒するのを踏みとどまると・・・今度は三叉槍を横に振って理子の首を狙う。

「このっ!ペットのくせに・・・!無礼な口を聞くなっ!」

 

「あははっ!」

 

 理子は笑いながら両脚をコンパスのように回して槍を避けながらヒルダに詰め寄る。

「ヒルダ!お前はヘタなんだよ!格闘戦がなっ!」

 

 理子はアリアの刀、俺が使おうとしてた剣と銃・・・そしてイ・ウーや武偵高で習い覚えた体術で戦っている。・・・まさに人生の全てをかけた戦いだ。

 

「あははっ!ほらヒルダ!あたしを踏んだり蹴ったりしてみろよ!昔みたいにさぁ!!」

 

 理子は十字泊剣で脅しながら、2本の小太刀でヒルダを斬りつける。裂けるドレスの下に目玉模様はないか、傷の治りが遅い部分はどこか・・・ああやって探っているらしい。

「やっ・・・やめなさいっ!・・」

 

「お前がいっぺんでも!そう言ったあたしを蹴るのを止めたことがあったか!?」

 

 魔臓の位置はああするしか探る方法がないのは分かるが・・・理子の攻め方は目を背けたくなるほどに残酷さだ。しかもそれを笑いながらやっている。戦闘狂・・・理子の本性を久しぶりに見た気がする。

「無礼者っ!下がれ!」

 

 メッタ刺しにされ、ほとんど下着姿になってしまったヒルダは最後の力を振り絞るように、さっきより弱くなった電気を身に纏うように放った。

「おっと!」

 

 理子はバックステップをして俺達のところまで後退してくる。

「4世・・・許さない。絶対に許さないわよ・・」

 

 

 自分で自分を抱くようにしながらこっちを睨みつけてくるヒルダの電気は・・・たぶん自分の命を削って出しているんだろうな。

「目玉模様・・・全部見つけたよ。白い肌だから見つけにくかったけど」

 

 そう俺に言ってきた理子の足がよろめく。・・・理子が戦い始めてから3分は経った。つまりそのブン身体に毒が回ったってことだ。

「大丈夫か・・・理子?」

 

「・・・両腿。右胸の下、そしてへその下だよ。目玉模様は腿と腹に集中していた」

 

 吸血鬼の無限回復力は『魔臓』という人間にはない臓器によってもたらされる。ブラドの時はアークに変身してたせいで関係なかったが・・・ジャンヌによると、吸血鬼を倒すには4つの魔臓を同時に破壊しないといけないらしい。そしてヒルダの肌にあるイレズミのような目玉模様は、その魔臓を示す位置らしい。

「場所は分かった。だがどうする。そのベレッタにはあと1発しか銃弾はないだろ」

 

「あと・・・2発ならあるわ」

 

 とうやく感電から立ち直ったらしいアリアが近づいてくると・・・俺の陰で角みたいな髪飾りを外して左右1発づつの弾丸を取り出した。しかし何だろうな・・・両腿に2つとへその下に1つ。そして右胸の下にも1つ。・・・奴の弱点はすでに丸見え何だが・・・それが逆に違和感を感じさせる。

「あるのはたった3発だけか・・」

 

 ヒルダの身体の電流は大したことはないが、あれでは触れるたびに感電させられるだろうな。剣とかで斬り込んだら危険だ。変身していれば何とかなるかもしれないが・・・ほとんどベルセじゃなくなった俺には、やっぱり仮面戦士の力を人の姿をしてる相手に使うのは気が引ける。

「・・・・・」

 

 エターナルは・・・ヒルダの計画を妨害する気はあるが、俺達を試す気なのか、腕を組んで何もしようとはしていない。

「・・・理子はヒルダの右腿を撃つんだ。4発目は・・・俺が何とかする」

 

 そう言った俺は懐にしまっていたカンドロイドを1つ取り出すと・・・アリアは何となく理解したような表情になる。

「右の・・・腿を撃つ」

 

 ふらついた理子に・・・アリアは肩を貸している。

「理子!?大丈夫?・・・いいわ、あたしに掴まったまま撃ちなさい」

 

「あは、天国で曾お爺さまに怒られちゃうかなぁ。・・・ホームズ家の女に肩を借りて戦ったなんてさ」

 

「あたしだって虫唾が走るわよ。リュパン家の女と助け合うなんて・・」

 

 アリアと理子はお互いを「嫌い」と言いつつも3丁の銃を向けた。ヒルダは一瞬警戒したような表情になるが・・・すぐに安心したように笑みをこぼす。

「ほほほっ!たった3丁でどうしようというの?」

 

 銃が4丁あったらヒルダは逃げてしまっていたかもしれない。もし逃げられたら、またどこかで襲撃される可能性もある。

「行くぞ・・・俺が合図をしたら・・・撃て!」

 

 2人に叫んだ俺は片手にカンドロイドを持ちながら、ヒルダへと駆け出す。ヒステリアモードの俺でも成功させれるかどうかは分からないが・・・やるしかない。

「理子!アリア!・・・撃てッ!」

 

 ヒルダの背後へと回り込んだ俺はドリフトする車のように振り返ると・・・カンドロイドの蓋を開けた。

「くっ!?」

 

 アリアと理子・・・2人が同時に3つの銃弾で右胸下、下腹部、右腿を撃ちぬいた。しかしそれでもなおヒルダは踏みとどまって攻撃に転じようとする。

「・・・!」

 

 右腿を貫通した俺の銃弾が俺に向かって飛んでくるのが見えた。

「さぁ・・・次は俺の番だ」

 

 俺の身体スレスレを通過するアリアの銃弾2つを見送りつつ・・・

「・・・っ!」

 

『KUJAKU~~~』

 

 クジャクカンを起動して、扇風機のように回転している翼を横向きに銃弾へと向けた。銃弾を斬ることだってできるんだ。だったら・・・

「返すこともできるだろ?」

 

 飛んできた銃弾をクジャクカンの翼に引っ掛けた俺は・・・その向きを僅かにズラしてヒルダの左腿へと向ける。するとクジャクカンの翼を1周した銃弾はヒルダの左腿へと飛んでいった。正直自分でもできるとは思ってなかったが・・・歯車のように回転しているクジャクカンの翼と、ヒステリアモードの俺だからこそできる技だ。

「・・・ッ・・!」

 

 コンマ1秒もない間に4度の着弾を受けたヒルダは「信じられない」と言った顔で俺へと振り返る。そりゃ自分があれだけ見下していた人間に負けるなんて思ってもなかっただろうからな。

「~~~~~~!~~~!」

 

 ヒルダはおそらくルーマニア語と思われる詩のような言葉を呟くと・・・その場に膝をついて、うつぶせに倒れた。雨に打たれ続けるヒルダは・・・もう声を出してはいなかった。

「理子っ!」

 

 慌てたアリアの声に振り向いてみると・・・理子はアリアに肩を借りたまま顔を伏せていた。柩を背もたれにして、床に座らせると「やだなぁ~。もう・・・なんて顔してんのぉ~」と俺達に作り笑いを向けてきた。だが具合の悪そうな顔を隠せていない。毒が回り始めてから、もう7分が経ってる。

「急いで病院に・・・」

 

 そうも言いかけたが、たとえチーターレッグで病院まで走ったとしても近場の病院まで5分は掛かってしまう。アリアもそれを分かっているのか、隣で理子の容態を見ているだけだ。

 

「きーくん、アリア。そんな顔しないで。理子は今・・・いい気分なんだよ。理子はね・・・理子は命がけで戦った。命がけ・・・そんなのいつもやってきたはずなのに・・・いつから死ぬのが怖くなっちゃったんだろうなぁ・・・くふふ・・」

 

 理子・・・!

 

「本当はね、分かってるんだ。理子が・・・死にたくないのは・・・きーくんに・・きーくんに出会っちゃったから・・」

 

 作り笑いのまま泣きながら・・・手を伸ばしてきた理子に・・・俺の伸ばした手が届かなかったその時・・・近づいてきた稲妻の光にアリアが肩をすくめ、理子の目が驚きに見開かれた。

「・・・?」

 

 振り返った俺が見たものは・・・落雷を背に、すでに傷口を閉ざして三叉槍を持ってたヒルダだった。

「どうして?4つの魔臓を撃ったのに・・」

 

「あぁいいわ。三人ともとってもいい表情。特に理子・・・無念でしょうねぇ。命を投げ打ってまで戦ったのに・・・ほら、ご覧の通り、私は平気よ」

 

 手の甲を口元につけて笑うヒルダは雷雲に向けて槍を揺らすような動作を見せた。

「私は生まれつき、見えにくい場所に魔臓があるわけではなかった。その上、この目玉模様までつけられてしまったの。だからお父様には秘密で・・・外科手術で魔臓の位置を変えちゃったのよ。おほほほほっ!」

 

 超音波じみた高笑いで、下の蝙蝠達が一斉に飛び去っていく。

「さぁ私の魔臓はどこでしょう?・・・実は私自身も知らないの。あえて知らないようにしたのよ。だって私が知ってたら誰かに知られちゃうかもしれないでしょう?」

 

 どうりで出し惜しみもなく、最初ッからふとももを丸出しにしてたわけだ。さっき俺が感じた『違和感』は目玉模様を隠してなかったこと。あいつは理子にズタズタにされて4つの目玉模様が丸出しになっても焦った素振りは見せなかった。それは目玉の位置に魔臓がなかったからなんだ。

「あぁ、なんていい天気なのかしら。私はこの好天の日を待っていたの。だからワトソンも今夜呼んだわ。なぜ竜悴公一族が雷雨の夜、塔で戦うのか・・・教えてあげる」

 

 そう言ったヒルダは雷とともに三叉槍を空に掲げると・・・黒い黒雲から真っ白な光の束が激しい雷と共に直撃した。

 

「生まれて3度目だわ。第3形態になるのは・・・」

 

 

 白煙の向こうに・・・ヒルダは心地良さそうに立っている。全身に纏う電光は金色ではなく、青白い光となり・・・とても生身では近寄れそうにはない。

「お父様はパトラに呪われ、第3形態にならずにお前達に討たれた。私は身体が醜く剥れる第2形態はキライだったから、それを飛ばして第3形態にならせてもらったわ。・・・さぁ遊びましょ?」

 

「くっ!?仕方ないか・・」

 

 俺はやむを得ずオーズへと変身して戦おうとした時・・・

 

「人生の角、角は花で飾るのがいい。・・・あたしのお母様の言葉だ」

 

 背後から理子の声が聞こえた。後ろを振り向くと・・・理子は柩の周囲を飾っていた大きな花束の1つを抱えていた。明るく元気だった理子に似合う・・・大きなヒマワリの花束を。

「だからヒルダ、お前にやるよ。・・・お別れの花」

 

 

「謹んでお断りするわ。私ヒマワリって嫌いなの。太陽みたいで憎たらしいんだもの。お前も知っているでしょう。私は暗い所が好きなのよ」

 

「くふっ。暗い所が好きなお前に1つ、日本の諺を教えてやるよ。『灯台下暗し』・・・自分の足元には大抵何があっても気づかない」

 

 不敵に笑った理子は・・・ヒマワリの花束をがさがさと解いていく。

 

「これは近すぎても遠すぎてもダメだった。ベストな距離が必要だった・・」

 

 花束の中から出てきたのは・・・銃身を短く切り詰めたウィンチェスター・M1887。

「ショットガン・・!」

 

 理子の横でアリアが目を丸くして、その名を言った。

「理子!お前は天才だッ!!」

 

 俺はすぐさまヒルダへと走り出しながらベルトにメダルを入れる。

「せっかく理子が頑張ってくれてるんだ。・・・もう少し頑張らせてもらうぜ。・・・変身ッ!!」

 

『クワガタ!カマキリ!バッタ!ガ~タッ!ガッタガタッキリバ ガッタキリバッ!!』

 

「「「ハァァァァッ!!」」」

 

 オーズ・ガタキリバコンボに変身をして、今できる最大の数・・・10人に分身をしてヒルダの手足を取り押さえる。

「決めろ!理子ッ!!」

 

「くふっ!今、サイコ―のアングルだよ。ヒルダ、素晴らしいよ・・!」

 

 震える理子の手をアリアが支え、稲妻にも似た銃声が第2展望台に響き渡った。普通の銃弾とは違うその散弾は、弾子となって空中を散開した。パッと見、100発以上はある。そう、ショットガンなら魔臓がどこにあろうとお構いなしに、奴の全身を撃つことができるんだ。俺は散弾があたるギリギリのタイミングで1人に戻って回避をすると・・・散弾はヒルダを撃ち抜いた。

 

「あぁ・・・うぅ・・・」

 

 無数の銃弾を体中に浴びたヒルダがその場に片膝をつくと・・・無限回復力を途切れているヒルダが、自身の高圧電流に包まれて、燃え上がった。

「これは悪夢・・・悪夢なんだわ・・・そうじゃなかったら・・・私が・・・あんな奴らに・・・こんなひどい・・・」

 

 翼もなく、影になることもできないヒルダはズルズルと這って、俺達から逃げようとする。

「おい!そっちじゃない!そっちへ行くな!」

 

 展望台の縁へ這っていくヒルダを止めようとするが・・・燃え上がっているヒルダには聞こえないのか、止まらない。

 

「あぅ・・・!」

 

 炎の中から最後にそう叫んだヒルダは・・・そのまま落下していった。

「きーくん。これで理子は・・・『本当の理子』になれたかな?」

 

 理子の虚ろな目はもう・・・焦点を結んでない。

 

「ブラドとヒルダを倒して・・・理子は自由になれた。でも・・・きーくんとアリアは結局倒せなかった。それどころか、また助けられちゃったね」

 

「いいんだ理子。『本当の自分』なんて、時が進むにつれて変わっていく。今の理子は1人じゃない。助け合う仲間がいる理子が・・・『本当の理子』だ」

 

 俺の近くに立って、そう言ったエターナルはT2メモリには見えないが、ドーパントメモリとも呼べない簡易型メモリを取り出した。

「見せてもらったぞ。・・・お前達の可能性を・・」

 

『POISON MAXIMUM DRIVE』

 

 ポイズン?毒の記憶か?・・・エターナルはナイフの刀身から無色透明に近い色へと変色させた毒を理子に近づけて口元に垂らした。すると苦しそうにしていた理子の表情がかすかに和らいだ。

 

「毒を持って毒を制せ・・・と言う言葉が日本にはあるらしいな。ならば俺が‘毒’を与えてやろう。・・・あとは理子自身の気持ち次第だ」

 

 そう言い残したエターナルは変身を解除するとゆっくりと階段を降りていった。

 

「いいのかアリア・・・テロリストを見逃して・・」

 

「良い訳ないわ。‘後で’ちゃんと捕まえるわよ」

 

 へぇ、今じゃないんだな。アリアなりのかなえさんと理子の件のお礼ってトコロか?

 

「まぁ・・・追えって言われても・・・俺は追いかけられないけどな」

 

 俺はそう言って変身を解除しながらその場に倒れこむ。あれだけ長い間、プトティラコンボに変身した後に、ガタキリバコンボにまでなったんだ。・・・正直もう1歩も動ける気がしない。そんな俺を叩き起こしたアリアは・・・俺に理子を背負わせながら、理子の治療をきちんと行うために共に階段を下りた。


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