金曜日の放課後、俺は晴人が下宿させてもらってるという面影堂に足を運んだ。どうやらここは骨董品店らしく、古そうな壺や時計が展示されていた。
「ファントム・・魔力を持った人間が絶望して誕生する怪人か」
指輪の魔法使いウィザードに変身する晴人はファントムという怪人のことについて知りゆる事を教えてくれた。強力な魔力を宿した人間を誕生のためのゲートにし、その人間の絶望した心からファントムが生み出されてゲートである人間を心の内側から喰らい尽くすことで表に出てくる怪人。それがファントムとのことだ。そして晴人は絶望せずにファントムを抑え込んだことでウィザードとしての力を得たらしい。仁藤も仲間の魔法使いらしいが・・・どうやらあいつはそれとは違う手段で魔法使いの力を会得したとのことだ。
「それで・・・どうしてキンジはあまり驚いてなかったんだ?関係者っていうかあの反応は・・・」
察しがいいな。これは隠さない方が楽か。
「俺も少し前までは仮面ライダーだった。だけどこの前都市部であったビルとかの建物がメダルになっちまう事件があっただろ。あの事件の時に俺はライダーの力と仲間の1人を失って・・・今はここにいるってわけだ」
俺は仮面ライダーであったことは語るが、武偵であったことは隠しつつ簡単に自分の事情を説明する。
「そうか。この前のあれか。・・・大変だったんだな」
お互いの話をしているとすぐに2時間ほどが経過してしまい・・・既に外は真っ暗になっていた。
「さてと・・・暗くなってきたしそろそろ帰るか」
「最近この辺にファントム以外の変なのも出るから気をつけろよ」
変なの。というのは話の中にあった仮面戦士のような何者かのことだろう。まぁ、話を聞く限りでは仮面戦士しか襲わなそうな奴だし、今の俺には関係なさそうだ。
「あぁ。まぁ一応気を付けてはおくよ」
そして土曜日。勉強を教えるから家に来てほしいと萌が招いてくれたのでお言葉に甘えて教えを請うことにした俺はメールで送られてきた住所へと足を進めていた。家を出るタイミングでまたもドングリが頭に落ちてきたが・・・特に気にせずに彼女の自宅へと向かう。
「あっ、遠山君」
新しくて大き目だがいかにも普通って感じの家の前、寒い外で萌は待っていた。
「待っていたのか。悪い事をしたな」
「ううん。今出たばかりで少ししか待ってないから」
萌はそういって否定するが・・・10分以上は待ってないと鼻まで赤くならないはずだ。
「少しの時間って言っても・・風邪をひいたら困るだろ」
そう言われた萌は何故かテンションが高くなる。
「私、家に男の子を呼ぶのは初めてだから・・・でも大丈夫だよ。身体は丈夫な方なの。幼稚園の頃から高校も今のところ皆勤賞だよ」
何処かずれている気がしなくもないが、とりあえずは家へと入れてもらう。当然だが火薬のニオイは一切しない。
「遠山君。サンドイッチがあるから食べたくなったら言ってね。クッキーおあるから」
ダイニングテーブルにはラップをされた皿がある。家庭部らしく手作りで上手だ。
「あのね、私知らなかったんだけど・・・今日はお父さんもお母さんもいなくて、ペットのビアンカも連れて行っちゃって誰もいないの」
両親がいないことを知ったうえで、知らないフリをするつもりの萌は実に分かりやすかった。とはいえ発言から察するに萌は気づいていないので教えてやるか。
「いや・・・もう1人いるぞ。クローゼットの中に妹さん。・・・咲さんが」
「バレたかぁ。でもよく名前まで分かったねぇ」
クローゼットの中からは黒いツインテールの妹さんがでてきた、探偵科にいたおかげで門の表札を確認するのはクセみたいになっていたからな。
「ちょっと暗そうだけどカッコいいね。お姉ちゃんってばこういうのがタイプだったんだ」
ニヤニヤと俺の方を見上げてくる。
「咲のバカ!今日は遊びに行くって言ってたのに~!」
「あんなあからさまに人払いされたらこの名探偵はごまかせませんよ~!お父さんとお母さんはガチで気づいてなかったけどね。珍しく恋愛相談してくるし、お気に入りの化粧品を出してたりしてたし~!お姉ちゃんががカレシを連れてきた~!連れてきた~!」
姉である萌をからかいながらその場を去っていく。萌は「騒がしくてごめんね」と謝罪しつつも2階にある部屋へと先導してくれた。女の子の甘酸っぱい香りがかなりするが勉強のために我慢だ。
「それじゃあさっそく・・・」
「あのね・・勉強の前にちょっとだけ・・」
俺の隣に正座で座った萌。思いのほか大きく開いているブラウスのせいで俺のヒステリアの血脈が反応してしまいそうになる。
「あ、あのね・・私小学校の時・・」
本棚から取り出してきたアルバムのページを開く萌。俺は必死にヒステリアになるのを堪えようと兄さんに戦闘技術を叩き込まれたり、父さんに銃の運び屋の仕事を手伝わされた幼少時代を思い出しつつも耐え抜いた。
「・・・・」
アルバム終了後も萌はじっと俺の隣に座ったままだった。一般校では自宅で一緒に勉強するという誘いに何か別の意味があるのか?その後しばらく雪が降り続け、勉強会も始まらないまま外は暗くなっていた。
「あの遠山君。晩ご飯何がいい?咲は帰ってきちゃうかもしれないけど・・・お父さんとお母さんは明日の夜まで帰ってこないから」
萌は何故か勇気を出した様子で引き留めにかかってきたが、世間的にはもう既に女子の家にはいけない時間帯だと思う。
「いや、雪も止んだようだし・・・帰るよ」
「・・・やまなければ良かったのに・・」
俺に聞こえることを前提のボリュームでそんな独り言をする。
「今日は楽しかったよ。また・・」
「うん、またね。きっとまた来てね」
少し涙ぐんでいる様子の萌は「魅力がないのかな?」と唇を動かしていたが・・・それは何かの誤解に基づく自問だ。そしてきっとその誤解の理由を作ったのは俺だ。
「あっ、待って。迷わないように明治通りまで送るから」
玄関を出るとカーディガンを羽織った萌がついてきた。そして何処か意を決したかのように顔を伏せつつも俺の手を握って来た。
「キンジさんは自宅までの道を知っています。案内の必要はありません」
いきなり聞こえてきた声に振りむくと・・・そこにはレキが立っていた。さっきまで降っていた雪をかぶり、だいぶびしょ濡れになっている。
「お前、何やってんだよ?ずっとここに立ってたのか?」
「ご心配なく。私の故郷では寒波がよくありました。寒さには慣れています」
「そういう問題じゃないだろ!帰るぞ!」
早く温めてやらないと風邪どころか肺炎になると考えた俺は通りかかったタクシーに気づくと、運転手に色々と断ってから萌の家に戻る。すると・・・
「警告します。キンジさんと関係を持とうとしないでください」
「出しゃばらないで矢田さん。みんなは矢田さんを遠山君の彼女っていうけど私は違うって知ってるんだから。あなたの正体はストーカーだよ!」
「聞き入れてください。私はあなたの身の安全のために言ってるのです」
「ひょっとして私を脅してるの?」
何やら萌とレキが言い争っていた。
帰宅してすぐ、俺はレキを風呂に入らせた。家族全員が出かけてしまっていたので部屋で1人お茶を飲んでいると・・
「お話があります」
何故か俺のワイシャツのみを羽織ったレキが室内へと入ってきて話しかけてきた。
「お、お前なんでそんな恰好なんだよ」
どうやら白い木綿下着はつけてるようだが・・・流石にこれでは目のやり場に困る。
「下着だけだと不衛生とお借りしました。・・・キンジさんにも警告します」
他の服は現在手元にないらしいレキは軍用のスリングショットで俺の眉間にドングリを飛ばしてくる。最近やたらとドングリがぶつかると思っていたが、こいつが犯人だったか。
「望月萌さんと関係を持とうとしないでください。・・・萌さんと交わってはいけません。それは彼女を間接的に殺すことになるからです」
「ま、交わるってどういうことだよ?」
「ウルスの諺にもあります。狼は狗にはなれないと」
自分は狼を武偵犬にしたくせに。
「そして狗を狼にしてはならない。犬と狼は交わることができます。子も産みます。しかし狼は狼のままですが、犬は犬に戻ることはできません。狼に付き従い安全な人里を離れて苛烈な森へと入り・・・生まれ持った弱さのせいで命を落とすのです」
こちらへと近づいてきたレキは体育座りで俺と目線を合わせてくる。
「従って狼は狼と生きるべきです。かつて私はキンジさんに人を殺すなと命令されました。ですのでキンジさんがそれを犯す事を看過しないよう・・・キンジさんと萌さんの交際には反対します。・・・私はキンジさんが一般社会に溶け込もうと努力していることを知っています。それはキンジさんにとって必要であることも。ですから・・・フレー。フレー。キンジさん。です」
ほんの少しではあるが優しい笑顔を見せたレキはワイシャツの袖から小さく出した手を少し振る。レキなりに応援してくれているんだ。それを理解した時、俺はようやくレキの一連の行動の意味を理解した。レキは約束を守るためだけについてきたのではなく、一般人になりたいという俺の意思を尊重してついてきてくれていたんだ。これには心打たれた俺はハグでもしてあげようかなとも考えたが・・・ワイシャツ姿では流石にそんなことはできなかった。
・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
翌日、朝食の際にジーサードがじいちゃんに「金三」と呼ばれていたことを知った俺はかなめやレキと共にそのことをからかいもしつつも食事を終えた俺は適当にバライティー番組を見ながらも成績のことを気にして予備校に通うことを考え出す。
「ん?」
予備校に通うため装備品を売ることを考えているとジーサードが庭で何かをしているのに気がついた。よく見るとシャベルで土を耕している。
「おい金三。なに人んちの庭を掘ってんだ」
「おめぇんちの庭なら俺の庭だろ」
ジャイアンかお前は。
「ていうか何をしてるんだ?」
「見て分からないのか?土壌を改良して、野菜を栽培してるんだよ」
金三曰く現在栽培しようとしている熊本産の塩トマトには自身の『活命制限』を解除する化合物が含まれているらしく、これを一生食べて生きるつもりらしい。死なれるよりはその方がずっとマシだな。
「品種改良の結果根にはジャガイモができるようになったから、それはジジイにやる」
「お前って爺ちゃんの前では丸いよな」
「生きる伝説。ダイハードには敬意を払うさ」
農作業を一段落させたジーサードは爺ちゃんの事を語ってくれた。戦争の時代、零戦のパイロットだった爺ちゃんは攻撃により海にそれが墜落した後、島に泳いで渡り100人もの現地の人達を逃がすために敵軍300人を1人で食い止めたらしい。爺ちゃんが当時最強と詠われた鬼’歌舞鬼’であることは知っていたがその300人の中に紛れ込んでいた怪人との交戦中に仲間を庇い足にダメージを負い、戦争が終わるまで歩けなくなり、終わってすぐに歌舞鬼を誰にも継承せずに鬼を引退したとのことだ。そもそも300人を1人で食い止めるって何なんだよと思いながら俺は今の爺ちゃんに視線を向ける。そこには寝っ転がって屁をこきながら競馬新聞を読んでる残念な爺ちゃんがいた。
「兄貴。オーズになれないんだからこれでももっとけよ」
金三はそう言いながら何かを投げ渡してきたのでそれをキャッチする。これは・・・爺ちゃんの音叉か?
「ちゃぶ台に雑に置かれてた。たぶん俺か兄貴かに渡すつもりだったんじゃねぇの?俺は別にDGOも牙王もあって足りてるから兄貴はそれでも持ってろよ」
「・・・使いたくはないが・・・お守りとしては持っておいてやるよ」
俺は素直に音叉を受け取ると・・・チラリとこちらを見た爺ちゃんは大きなくしゃみをする。あの様子を見る限り歌舞鬼になるならないは関係なしにお守り的な感じで渡すつもりだったんだろうな。
・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・・・
翌日の放課後、昨日決意した通り俺は予備校に通い始めようと明治通りにある大手予備校の河合塾に見学をしにきていた。
「ていうかなんでお前がついてきてるんだよ?」
「キンジさんが歩く方向に歩いていただけです」
レキは付いてきてしまったが仕方なく面談ルームで説明を受け、パンフレットを貰った後帰ろうとエレベーターに乗ると・・・
「ん?」
同じ階で講義を終えた様子の女子たちが一気に押し寄せてきた。しかも全員が東池袋の生徒で同学年。俺とレキが入るタイミングを狙って入って来た様子だ。
「私達は『転校生を後押しし隊』です!」
「遠山君と矢田さんはいつくっつくの?見ててもどかしいんだよね」
「お、おい。俺とレキはそういうのじゃ・・・」
俺は別にそういうのではないことを否定しようとするも「やっぱり呼び捨てにしてる」「矢田さんも下の名前で呼んでいるもんね」とこちらの話を聞いてもくれない。
「はら矢田さん!勇気を出して!」
女子たちは俺の両腕を掴むとレキを抱きしめるような姿勢にさせてくる。さらにはレキの腕まで俺に回してくる始末。このままではヒステリア的な意味で惨事に陥ってしまう。それは回避しないと。
「レキ、顔を上げて胸を逸らせ」
俺がそう告げると女子たちはキス準備と思ったらしく黄色い声を上げる。本当は胸と胸の密着度を下げるための姿勢なのだが・・・レキには伝わってなかったらしく上を向いてくれない。
「どうしたレキ?言うことを聞け」
再び命令するとレキは少し顔を横に逸らしてから上目遣いで俺を見てきた。どうやらレキもキスをすると誤解した様子だ。しかもその恥じらう姿を見て可愛いと思ってしまった俺は結局回避しきれずに・・・
「君達の気持ちは分かった。でも女性の気持ちは全員等しく尊重するべきだ。もちろんレキもね。人前でされたい子がいたら手を挙げてごらん」
ヒステリアになってしまった俺が女子たちに微笑むと全員が顔を赤くする。これでもうこの子達は大丈夫そうだ。
「大した相手じゃないがレキは接近戦ができない。ここは退避してお家へお帰り」
他の尾行者に気づいた俺はレキの頭をを抱き寄せるようなしぐさで、その耳に唇を寄せながらささやく。するとレキは心配そうな視線を俺へと向けてきた。
「君のご主人様はそんなに弱いかい?それともレキは俺の夜遊びを許せないタイプかな?だとしたらレキと過ごす将来は不安になるね」
レキと過ごす将来のところで少し期待をするようなしぐさをしたレキは首を横に振ってくれた。許可はでたようだ。
「お休みレキ」
1人エレベーターから降りた俺は女子たちにウィンクでバイバイをしつつ階段で1階まで降りていく。そして夜の明治通りの歩道、そのガードレールの向こう側にいる2人組に視線を向けた。
「遠山ぁ!金だぁ!」
「忘れちゃいねぇだろうなぁ!」
改造されたバイクに乗った藤木林と朝青だ。藤木林は安っぽいメリケンサックに朝青は金属バットの装備だが・・・問題はそんな大したことのない武装の方じゃない。周囲のギャラリーの方だ。当然のように塾帰りの生徒が多く、その中には東池袋高校の生徒もいる。
「まぁ、やることは・・・いや。やられることは同じか」
強い不良2人組とそれにやられる生徒を演じようと膝蹴りをわざと受けて痛がるような素振りをしたが・・・女性の前では恰好つけをしてしまうヒステリアモード。それだけでは留まらずについつい調子に乗ってしまい・・・藤木林が朝青に、朝青が藤木林に打撃が当たりそうになるように誘導してやったりもした。
「はぁ・・はぁ・・」
同士討ちで涙目になっている2人を他所に・・・俺はその行動がミスだったことに気づく。少し離れた車道脇に駐車している黒塗りのトヨタ・センチュリー・・・ヤクザの車だ。それはゆっくりと接近してくると俺達の傍に改めて停車して後部座席の窓を開けた。
「お前らよしな。その御方は格が違うよ」
聞き覚えのある声に俺は本格的に焦りを感じる。すると車の助手席からは丸刈り金髪頭のガタイのいい男が降りてきた。
「俺にやらせな」
以前雑誌で見たことがあるな。国際ボクシング連盟環太平洋ライトヘビー級元王者の出沢レオンだ。かつては暴走族のリーダーとして有名になり、ボクシング引退後の今はヤクザの子分になっていたようだ。さすがにギャラリーの表情も恐怖で曇り出す。
「安心しろ。あいつのご指名は俺らしいから」
確かに強そうだがこの程度じゃたぶん普段の俺でも怖がらないな。少し前までもっとヤバい奴らばかりを相手にしてたんだから。
「・・・あぁ。強いなこいつは」
近づいてきたレオンは俺の襟元を掴んで顔を上げさせる。強さは見抜けるけど性能までは見抜けない感じか。
「そう思うならやめとけばいいんじゃないか?」
「安心しろよ!俺も強いからよ!」
そう言いながらレオンはボディーに一撃入れてきた。近いせいで威力は落ちてはいるがこれは本物の味だ。
「これは・・・仕方ないな」
こいつ相手にはごまかしは効かなそうだ。ギャラリーを巻き込むわけにもいかないから逃げることも許されない。そう考えつつも俺はオーズに変身した時のトラの構えをする。別に爪が伸びたりするわけでもないのにな。
「オラぁ!」
上手な体重移動で距離を詰めてきたレオンはジャブを繰り出してくる。俺はそれを処理するよりも先に・・・俺が今トラの構えをしたことについて考えてしまう。身体が覚えているからついついこの構えをしてしまったのか?
「・・・いや、未練か」
手の甲でジャブを捌いた俺は一歩踏み込むと掌底で顎を叩いてやった。この一撃は未練がましくさせてもらった代金だ。
「セイっ!」
軽く走った俺は交通標識の柱に飛びつくとそこに両脚をつけて、壁ジャンプをするように反動をつけてドロップキックを叩き込んでやった。それを見たギャラリー達は「おぉ!」という歓声を上げる。
「ぬおっ!?・・・く、くそっ・・」
ボクシングをやっていたにも関わらず受け身も取れずに倒れ込んだレオンはガードレールに縋りつくように立ち上がる。するとレオンは革ズボンに隠している銃に手を伸ばした。
「・・・それはやめておけ」
「びびったのか?」
「違う。手加減しにくくなる」
俺のその台詞に眉を寄せたレオンはそれが嘘ではないことを見抜きながらも後ろのヤクザが見てる前では引くに引けないらしく結局銃を取り出す。
「死ねやコラァァァ!!」
レオンが銃を取り出した瞬間、周囲のギャラリーは悲鳴を上げながら逃げ出す。しかし銃を抜く予備動作が見えた段階で動いていた俺は銃後部を右手で掴んで、撃鉄と本体の間に指を突っ込んで発砲できないようにしてやった。そしてそのまま取り上げると同時に弾倉を抜き取り銃を空撃ちさせる。
「・・・お前、プロだな?」
「さぁどうだか?」
蘭豹の前ではこれを5秒以内でやらないとボコられていたのでついクセでやってしまった。
「だからいっただろ。やめといた方がいいって」
レオンの丸刈りを撫でつつもそう言ってやりつつも・・・割と最初から気づいていた視線にため息をつく。その視線の先には「いったい何が起こったの?」と言いたげな表情でこちらを見ている萌がいた。塾に通っていることは話に聞いてはいたが・・・まさかここだったとは運が悪い。ヤクザは目ざといんだぞ。関係者と思われて目をつかられたらどうするんだよ。
「そこ!何をやっている!!」
騒ぎを聞きつけた警察がこちらへとやってくる。だが人だかりが多いのでこちらに向かってくるのに難儀しているようだ。
「ありがとね。粋がってる鉄砲玉に薬をくれて」
車の後部座席から現代風にアレンジされた和服を着こなした少女は車から降りると俺にそうお礼を言ってくる。
「俺は医者じゃない」
俺にお礼を言ってきた人物の名前は鏡高菊代。指定暴力団、鏡高組の姫様だ。
「遠山。デートしよ。今の遠山は断らないよね」
困ったことに知り合いである菊代は・・・今の俺を、ヒステリアのことを知っている。
「分かった。デートをしようか。音がしたらそっちも経費がかかるしな」
ドアの隙間からUZIを向けている運転手のことを軽くぼやいた俺は菊代と共に車の後部座席へと乗り込む。
「菊代さん、俺も・・・」
「お前は自分で走ってきな」
先ほどのキックでぶつけた頭を押さえながらもレオンは自分もと車に寄ってくるが・・・菊代はそれをあっさりと見捨てて車を走らせた。
「行き先は事務所ですか5代目」
「違う。ルビー、幹部は全員集合」
どうやら何処かの店に連れていかれるらしいな。
「いい車に乗ってるな」
「あげる」
「遠慮するよ。俺バイクあるし」
俺が褒めたら「あげる」と言ってくるクセ、治ってないな。
「しかし菊代に見つかるとはな」
「ふふっ。ヤクザの情報網を舐めてもらっちゃ困るわ。喧嘩していた2人が組の末端と知り合いでね、その自慢話が私の耳にも入ったのよ」
だから早い対応だったってわけか。恐れ入るよ君には。
「ところで客人。レオンはどうします?もう捕えてありますけど・・えーと、分かりやすく言うと指の何本かでも・・」
「そんなのはいい。とっとと逃がしてやってくれ。あの程度の争いは前にいたところじゃ5分に1回は起きてたんだから・・・」
ルビーとか言う店へと向かう途中、ある事に気づいた俺は運転手に車を一旦停車してもらうと慌てて降りる。すると左側の道から4~5体の屑ヤミーがこちらへと近づいてきた。
「あれは・・・確かこの前東京にたくさん現れたっていう・・・」
エヴィルに続いて大群の戦闘になっちまったあのラストバトルは・・・流石に隠しきれてはいなかったらしく菊代の耳にも届いていたか。
「デートの前に・・・デートコースの清掃でもしようか」
そう呟いた俺は屑ヤミーの1体を殴りつけるも、既に紫のメダルが体内から無くなっていることや俺の知ってる屑ヤミーよりもやや強めなこともあってあまり怯んではいなかった。これは流石にいくらヒステリアといえども素手でどうこうできる相手じゃなさそうだ。
「仕方ないか・・」
俺はジーサードから預かった雑にちゃぶ台の上に置かれていたと言う音叉を取り出す。本当はこんなもの使う気なんてなかったが・・・状況が状況だ。
「変身!」
音叉を鳴らした俺はそれを額へと当てるも・・・何も変化は起こらない。やっぱり歌舞鬼になる覚悟が・・・仮面ライダーに戻る覚悟が足りないからか。
「音叉剣・・・」
せめて武器でもと思い音叉剣を発動しようとするも・・・そもそも鬼になれないような俺では音叉剣を発動することなどできるはずもなかった。
「何チンタラやってるんだキンジ!」
「っ!」
真上から飛んできた炎が屑ヤミーの1体に直撃し、撃破される。聞き覚えのある声に上を向くとそこには・・・
「・・・アンク。どうして?」
赤い翼を広げて右腕だけを怪人にしていたアンクが飛んでいた。その光景に驚いた俺は今もポケットにしまっているある物を握りしめる。それは未だに俺のポケットにあの時のままの状態で入っている。
「んなことはいい!こいつでとっとと片付けろ!」
再開早々説明なしにこれか。アンクらしいぜ。・・・そう思っているとアンクは赤と黄色と緑の3枚のメダルを投げ渡してくる。
「アンク・・・これって・・」
「今は気にするな!」
まったく、自身のこともメダルのことも教えてくれないか。分かったよアンク。
「・・・まったく普通ってのは難しいな」
そうぼやいた俺は襲い掛かってくる屑ヤミー達を避けつつもオーズドライバーを腰に装着して1枚づつメダルをセットする。
「遠山・・・いったい何をする気なの?」
あぁ、そう言えば菊代はヒステリアのことは知ってるのにこっちは知らないんだったな。それに俺が変身するってことも情報はヤクザにも届いてない様子だ。ある意味良かったよ。まだそこまで有名じゃなくて。
「変身」
『タカ!トラ!バッタ!』
オースキャナーでメダルをスキャンすると同時に無数のメダル状のエネルギーが屑ヤミーを吹き飛ばす。そしてそのエネルギーが俺を包み込み・・・俺の姿は赤・黄色・緑の3色で構成されている姿へと変わる。
「やっぱりスタートと言えばこれだよな」
武偵ではなくなったにも関わらず変身してしまった事への戸惑いよりも、また変身できたという安心感のようなものの方が強かった俺はトラクローを展開して屑ヤミーの1体を貫き、撃破する。残り3体。
「はあぁっ!」
跳び上がった俺は2体の屑ヤミーを回し蹴りで蹴り倒しつつ、車へと近づこうとしていたもう1体にトラクローによる斬撃を放って撃破する。
「あと2体。ハァァァッ!」
この程度の相手ならスキャニングチャージを使うまでもない。そう考えた俺は普通の跳び蹴りで残りの2体も撃破した。
「清掃完了・・っと」
変身を解除した俺は地上に着地したアンクに視線を向ける。
「本当にアンクなのか?」
「・・・・」
無言で頷いたアンクは右手をこちらに差し出してくる。久しぶりのアイスを求めてるのか?
「メダル返せ」
そっちか。
「・・・それでどうしてお前がここにいるんだ?」
「・・・・」
タトバの3枚を返しながらも尋ねてみるが・・・答えずにこの場を立ち去っていく。
「おいアンク!!」
「気を付けろキンジ。さっきの屑共を出していたのはグリードじゃない別のなんかだ」
1度足を止めたアンクは振り返らないままそう告げると翼を広げて飛び去って行った。グリード以外の奴が屑ヤミーを作り出したなんて・・・
「おっさんがまた何かやらかしたのか?」
こんな事態を引き起こしてしまいそうな人物で真っ先に思い浮かぶのは鴻上のおっさんなんだが・・・確かめる手段はないな。
「遠山・・」
車から降りて戦いを見守っていた様子の菊代は信じられないものを見た様子でこちらへと歩み寄ってくる。まぁ、当然の反応だ。
「邪魔が入っちゃったね。さぁ、デートの続きをしようか」
俺と菊代は再び車に乗り込むも・・・ルビーへと到着するまでほとんど会話がなかった。