俺の事が好きなのであろう人形使いが毎回付きまとってくるのだが一体どうすればいいのだろうか? 作:エノコノトラバサミ
家族が六人になってから大分経った。
初めは家が狭くてなんやかんやと大騒ぎしていたが、烏二匹を外に寝かせてからは比較的大人しくなった。仕事や家事も住人達でそつなくこなし、安定した日々を送れていた。
「椛~、なんか飛ぶの面倒なんで背中乗ってもいいですか?」
「私の背中に乗ってもいいのはご主人様だけです!」
「なら、私の背中に乗るか?」
「狐火出しながら言わないで下さい……」
配達は文、椛、藍の三人。一人はメチャクチャ飛ぶのが速く、二人はメチャクチャ走るのが速い。力を合わせれば一時間もしないで仕事から帰って来る。
そして残りの三人で家事。料理は何気にお空さんが一番上手いので、彼女専門に。残りの仕事は俺とこいしが二人で行った。
まさか、自分が専業主夫になるとは……
ま、楽だしいっか。
というのは大分前の事。俺は専業主夫のを甘く見ていた。
家族六人分の洗濯、家族六人分の買い物、家族六人分の食器洗い……どれも俺にはキツすぎる。
お金はそこまで問題ない。俺の貯金がまだまだ十分にあるし、アイツ等も地味に自費で食器やら服やら買ってきたりしているからな。
だが、それに伴い洗濯量も食器量も増え、必然的に仕事が増える。走ってばかりいた頃もそれなりにキツかったが、慣れない家事は今のところもっとキツい。
現に今、俺は買い物から帰ろうとしている。両手にひたすら食材を詰めた重い袋を抱えながら。
汗が額を流れ、息も荒々しい。重すぎて指が千切れそうだ。
「お兄さん、大丈夫?」
「あぁ……多分……」
こいしも一応手伝おうとはしてくれるが、こんなに重い物を持たせる訳にはいかない。彼女には軽い代わりに丁寧に扱わなければいけない卵やらを任せている。
「お前は……その卵を……しっかり運べ……」
「う~ん……」
何故か卵を凝視するこいし。
「ねぇお兄さん?」
「何だ?」
「卵って、ひよこが産まれるんだよね」
「そうだけど……」
「……私も、こんな感じに赤ちゃん産むのかなぁ」
お前は産めねぇよ。
「お兄さん……♥」
なんで紅くなるんだよ。
「──驚けぇ!!」
「!?」
突如物影から飛び出してきた影を、俺は袋を放り捨て間一髪回避した。日頃から変態に襲われて身に付いた瞬発力が役に立った。
「何だテメェ!?」
「チッ、なら──」
謎の妖怪は傍にいたこいしに向けて刃物を振るう。
「アハッ、悶え苦しめェ!」
「イヤァッ!」
「こいし!!」
俺は謎の妖怪に向かって飛び掛かる。だが、刃物を振るう速度には間に合いそうにない。
このままじゃ…………
「……あれ?」
狂気の刃はこいしを切り裂く直前、その動きを止めた。
「……ご主人様に手を出すとは、覚悟は出来てるんでしょうね?」
アイツが、悪魔の腕を受け止めていた。
「モミー!!」
「モミー……お前、どうしてここに?」
「仕事が終わって暇だったので、遠くからご主人様の麗しいお姿を眺めてました」
ストーカーかよ……
「貴様……どうしてご主人様を襲った!?」
「そんなの、脆そうだからに決まってるじゃん♥」
「……そうか」
椛は妖怪を突き飛ばす。互いに距離が出来た。
「お二方、下がって下さい。どうやらこの狂った妖怪にお灸を据えなければならない様です」
「……アハ」
まるでストレッチでも始めたかの様に、背中を大きく反らす椛。
「……弾幕以外での勝負は、久しぶりですね」
そして、今度は大きく前へと腰を曲げた。
ふと、両手から銀色に輝く物体が椛の袖から姿を表す。
「普段から忍ばせておいて、正解でした」
それは二つの大太刀。彼女が常日頃背中に忍ばせてある暗器。両手に持ち、そして構える。
「あんなもの、普段から忍ばせてあんのかよ……」
暗器とは、基本的にもっとコンパクトでないと上手く隠す事が出来ない。それを椛は普段の生活から、しかも二本の大太刀という決して短くない武器を、鞘も無しにずっと隠し持っていたのだ。
「はぁッ!!」
高く飛び上がり、小傘に向かって空を蹴る。その際、体勢を大きく捻り自らの体に回転を加え、その状態で小傘へと斬り掛かる。
「クゥッ!?」
「──まだです」
着地と同時に自らの回転を縦から斜め、そして横へと切り替える。自らがコマの様に回転しながら、二本の大太刀を駆使してひたすら片側寄りに攻撃を繰り返す。
一見素人が回りながら二本の刀を振り回しているだけの様に見えるが、そうではない。只でさえリーチの長い大太刀に更に遠心力を加え、より威力を増す事が出来る。ひたすら片側への攻撃を受け流し続ける相手への負担は尽く増して、更にはこちらの回転速度も上昇して行く。
無計画に見えて、計画的。重い大太刀を少ない体力で振り回す効果的な方法。
「チッ……」
今まで何度と太刀を受け流し続けていた小傘だったが、腕の痺れが酷く、腕力の限界を悟り後退する。だが、椛はそれを逃さない。素早く飛び上がりまた縦回転に切り換え、追い討ちをかける。
一瞬青くなる小傘。だが、冷静に太刀筋を読み寸での所で回避する。二本の大太刀が、砂地へめり込んだ。
両者の間にはまたもや一定の距離。お互いに荒くなった呼吸を整える。次の手を予測し、見切ろうとしている。
「……アハ」
「……」
小傘の様子がおかしくなる。突如、笑いだしたのだ。
「アハハハハ……私が、このミラクル魔法少女小傘ちゃんがこんなに苦戦してるなんて初めてだわ!」
「……何がミラクル魔法少女ですか、この通り魔が」
「こうなったら
小傘は手持ちの禍々しい鉈を空に掲げる。その鉈はみるみる内に黒い光に包まれ、その姿を変えた。
「モード【ドキドキ
小傘の手には巨大な刃を持つ鋏。やはり禍々しく血で染まっている。今までに幾多の生物が、あの刃の犠牲になってしまったのだろう。
「私ね、本当は【ウキウキ
小傘は笑う。口元をニヤリと広げて。
「モミー……もう逃げようよ……」
こいしが不安そうに提案する。それに反応し、椛は振り返った。
「ご主人様、それは出来ません」
「どうして?」
「今ここで逃げてしまったら、コイツはこれからも誰かを襲い続けます。私は、逃げる訳にはいかないのです」
「でも……」
「大丈夫です」
そして、椛も笑う。
「私、こう見えてそれなりに強いんですよ」
それ以上、こいしは何も言わなかった。
再び両手の大太刀を構え、回転しながら突撃する。あの攻撃を行うつもりだったが、異変はすぐに起きた。
「……同じ手なんかもう効かないよ」
鋏だ。鋏で太刀を挟んでいる。回転して間もなくだからこそ、小傘は何とか大太刀を受け止める事が出来た。
勝負は力比べに移行する。お互いに一瞬の隙も許さず、ひたすら相手を押し続ける。僅かながらに椛が小傘を押しつつある。いずれ椛に軍配があがると、そう皆が思っていた。
だが押しきろうとした直前、小傘は鋏の角度を変え、大太刀を下向きに変える。そして刀を鋏ごと地面に踏みつけた。
危険を感じ、後ろに飛び退く椛。無傷ではいられたが、武器を失ってしまった。
「アハハハ……これで逆転……ヒロインは最後には勝つの♥」
「……本当、吐き気がしますね」
鋏を拾い、またニヤリと笑う小傘。
「モミー……」
「言ったでしょう? 私は強いんです」
椛の眼にはまだ闘志が残っている。姿勢を深くし、相手に飛びかかろうとする。
「……もう、手加減はしません」
「……アハハ」
全力で駆け出す椛。相手へと真っ直ぐに突っ込む。対する小傘も鋏で迎撃の姿勢を取る。
二つの影は、一瞬にして交差した。
「──あ、い、痛……い?」
小傘の胸に創られた、三本の傷跡。そこから血が流れ出す。
「手甲鉤って、知ってますか?」
椛の手の甲に付けられた三本の刃。更にもう片手にも装着されている。計六本、彼女の二つ目の暗器であり牙。
「痛い……痛いよ……痛いよぉ……」
地面に倒れ込み、泣き出す小傘。その様子をただ何の感情も無く見つめる椛。彼女は、まだ小傘から狂気が抜けていない事を察していた。
「……ヨクモ」
ゆっくりと立ち上がる小傘。鋏を空に掲げ、その姿をまた別の武器に変える。
「ヨクモ、ワタシヲキズツケタナ」
それは鎌。狂った少女が身の丈以上の鎌を構える。
「【ワクワク
小傘は体を回転させ、鎌を放り投げた。それは空を斬りながら椛へと向かっていく。動揺したものの、体勢を低くして避ける。
「アハッ」
鎌が戻る──その鎌の先を見て凍りついた。
こいし達だ。鎌の通り道にこいし達がいる。
途端に駆け出し、二人のカバーに入る。何とか間に合ったが、その直後に鎌が椛を襲う。防御の姿勢を取り、刃を挟んで受け止めようとはしたものの、予想以上の重さに抑えきれなくなる。
「──うゥッ!?」
鋭い先端が、椛の脇腹へと突き刺さった。
「モミー!?」
膝を付く椛。そして、今が好機と襲い掛かる小傘。
「アハハ、シネ、シネッ、シネェェッ!!」
手元に傘を召喚し、椛の頭部目掛けて大きく振りかぶる。
「──猛犬は、追い詰められても尚、抵抗するんですよ」
刹那、椛の姿が消えた。
「【
上方向から三本、下方向から三本。合わせて六本の傷を小傘の胸へと刻み付けた。
遥か後方で現れた椛と同時に、小傘の体が地に伏した。
※本人でさえ忘れてますけど一応モミーは狼です。