俺の事が好きなのであろう人形使いが毎回付きまとってくるのだが一体どうすればいいのだろうか? 作:エノコノトラバサミ
今までで一番つまんないです。
約3500字と少し長め、現状一番のシリアス回です。
澄みわたる青空に、爽やかな風。私を照らす眩しい太陽。まるで私の心を写し出してくれているような、そんな気持ちのいい一日が始まる。
「……やっと会えるね、お兄さん」
始めて感じたこの気持ちをもう一度確かめる為に、私は歩き出した。
どうも皆さんおはようございますこんにちはこんばんわはじめまして、飛脚です。いい天気ですね。こんな日は仕事をサボりたいですが、しばらく里に居なかったせいで配達物が山積みです。今日は一日中走りっぱなりしになりそうですね。
え、何かいつもと様子が違う? そりゃあそうですよ。
何たって今の私には変態が取りついていますからね。万一にもこちらが暴走したら、変態に物語の主導権を乗っ取られてしまいます。それだけは絶対に阻止しないといけません。
その証拠にほら、まだ妖夢は出てきてないでしょう。
……何か、違う……
妖夢がたじろいでいます。これはチャンスですね。この調子で真面目な一人称を披露し続けたていれば、きっと妖夢は拒絶反応を起こして逃げていくでしょう。さあ、今日も一日お仕事頑張りますか。
……この雰囲気……何かが、来る!?
おや? 妖夢の様子がおかしいですね。なんかどっかの戦闘物のヒロインみたいな事言ってますね。
「お兄さん」
ん? 今、声が聞こえた様な……
「会いたかった……お兄さん!」
声が聞こえた方へ振り向くと、そこには小柄で胸に不思議な物を付けた少女がいました。
「……誰?」
「あの……私、始めて会った時から、お兄さんの事が気になって、その……」
……何だ、この体に走る悪寒は?
スゲー嫌な予感がする。
少女の眼はとても澄んでいて、頬を赤らめている。憧れの先輩に告白する女子高生みたいな雰囲気を感じる。甘酢っぽい青春の香り……
「つ、付き合って下さい!」
頭を下げ、意を決して告白する。その言葉を俺は予想出来たのだが、反応はすぐには出来なかった。自分にとっては始めて会ったばかりの相手だ。そんな簡単に告白を受ける事は難しい。かと言って、断るのも気が引ける。彼女の眼を見ていると、まるで子猫の様な可愛らしさとか弱さを感じた。今俺が断ったら、簡単に壊れてしまいそうな、そんな気がする。
「……えっと、ま、まずは友達からって事で……」
「ほ、本当!? やったぁ!!」
無邪気に喜ぶ少女。告白を受けた訳でもないのにこんなに喜ぶなんて変な奴、と俺は思った。そもそも、彼女はどうして俺の事を知っているのだろう。見た通りだと、人間じゃないのかも知れない。
──ん? あれ? どうしてこんな展開になってんだ。これじゃまるでどこぞの素人が書いた恋愛小説じゃねぇか!?
「あの……会ったことあったっけ?」
「ああ、ごめんなさい。私、古明地こいしって言います」
古明地? 何処かで聞いたことあるような……
おい、妖夢。何か知らないか?
……………………
あれ? 妖夢?
ちょっと、肝心な時に体から抜けやがった!?
「お兄さん!」
「ふぇい!?」
変な言葉出てきたわ。
「今から一緒に何処か出掛けませんか!?」
「え、ごめん、今から仕事が……」
「お便りを届ければいいんですよね? 私も手伝います!」
「あ、ちょっと!?」
そう言うとこいしは俺から手紙を半分ほど奪っていくと、この場を去ってしまった。
……手伝って欲しいなんて一言も言ってないのに。
里を駆け回りながら、俺は彼女の事を考えていた。
俺の事が好きな奴は結構いる。だが、今回は違う。
彼女はおかしい……いや、違う。彼女こそが本来の恋する女性の姿なのだ。おかしいのは他の奴等なんだ。俺の感覚がおかしかったんだ。
正直に言おう。彼女の一途さには、俺も牽かれる部分がある。
だが、ダメだ。
彼女の事は受け入れられない。
彼女が人間じゃないから? 違う。
出会ったばかりだから? それも違う。
はっきり言うと、俺にも分からない。だが、本能が告げている。彼女と付き合ってはいけないと。
全ての配達物を配り終え、自宅へと戻ろうとする。日は沈み始め、里は紅く染まりかけていた。
「……あ、お兄さん。お疲れ様です」
「……速いな」
「えへへ……お兄さんの為に、頑張りました」
家の前、玄関で彼女は待っていた。額や服に汗の後が目立つ。さわやかな顔をしてるが、裏では全力で頑張っていたのだろう。
「あの、お兄さんの家に入ってみてもいいですか?」
「……ん、ああ」
「やったぁ!」
……断れない。断る理由もない。今、俺は非常に迷っている。突然現れた彼女を、俺はどうやって受け入れればいいのだろうか?
「……は、ハクシュン!」
「どうした?」
「服が汗でびしょびしょで……」
「そうか、とりあえず奥で休んでろ」
「はい」
俺は押し入れから普段使っていない服を取り出し、彼女に着替える様に言った。彼女の服を洗濯し、部屋の中に干す。それから俺は二人分のお茶を入れ、片方を彼女に差し出した。
「あ、ありがとうございます」
「服、乾くまでしばらくかかりそうだ。帰るとき送るよ」
「あの、その事なんですけど……私、実はお姉ちゃんと喧嘩して、家出しちゃったんです……」
「家出?」
「はい。だから、その、泊めて欲しいかな、なんて……ダメですよね。いきなりそんな事言われても……」
「…………」
はっきり言おう。今俺が断ったら彼女はショック死してしまいそうだ。そんな眼で見るな。俺の澱みきった眼が腐っちまう……
「仕方ない、一日だけだ……」
「本当ですか!? やった! ありがとうございます!!」
……全く、調子が狂うよ。
「いただきます!」
夕食の時間。思えば、自宅で人を招いて食事するのは始めてかもしれない。白玉楼で食べた事はあったが。
「やっぱり、運動した後のご飯は美味しいです!」
「そうか」
美味しそうに食べるこいし。俺の作った食事をこんなに美味しそうに食べる姿を見るのも始めてだ。というより、他人に料理を振る舞った事さえない。
「あの……おかわり、ありますか?」
「ああ、あるよ」
「えへへ……」
本当によく食べる。気がつけば、自然と俺も笑っていた。夕食はあっという間に無くなってしまった。
楽しかった。一緒に食事して、少し会話して……今日会ったばかりの彼女だけれど、本当に楽しかった。自分が今までに求めていた物が、全て満たされていると感じた。
今彼女は俺の隣で寝ている。布団は一つしか無かったから俺は床で寝ようとしたけど、彼女は俺が布団で寝ろと言って聞かなかった。結果、二人で寝ることになった。
古明地こいし。そうだ、彼女こそが俺の求めていた人。いや、本当は人ではないけど、そんな事は関係ない。彼女と過ごしたこの時間で、俺はそう確信した。彼女は俺が好きだし、俺も恐らく彼女が好きだ。今まで会った者の中で、一番。
だが、ダメなんだ。俺は彼女と付き合ってはいけないんだ。どうしてだ? どうして俺はそんな事を思うんだ?
結局その答えは出ないまま、気が優れない俺は風を浴びに外へ出た。
その時、何かが走り去るのを俺は見た。
「……今のは」
暗くてはっきりとは見えなかった。けれど、その姿には確かに見覚えがある。誰だったのか、思い出さない。
追いかけようか、そう考えた時、足元に紙が落ちている事に気が付いた。
家へと戻り、僅かな灯りを付け、その紙を見る。
【私の事はもう忘れて、幸せになって下さい。今まで過ごした時間、とても楽しかったです】
──ああ、そうか。思い出した。
なんで俺は忘れていたんだ。あの変態共と過ごしたあんなに長い時間を、たった一日で。
もう、全て理解した。
俺は、こいしと別れるべきなんだ。
俺が幸せになる事は、この物語が終わりを告げる事。
そしたら、アイツらはどうなる?
アイツらは俺の事が好きなんだ。
俺の事を想ってくれてるんだ。
俺の幸せを、アイツらは絶対に邪魔しない。受け入れる。受け入れるべきなんだと自分に言い聞かせ、そして物語で幸せになった主人公を取り囲む『その他』のキャラクターとしての終わりを受け入れる。
そんな終わらせ方、俺が許さねぇ!!
朝。眩しい朝日が部屋に差し込む。丁度その時、彼女は眼を覚ました。
「おはよう」
「ふぁ~……おはようございます」
顔を洗った後、二人で朝御飯を食べる。その後、俺は彼女に話し掛けた。
「なぁこいし。この後二人で色々と出掛けないか?」
「あ、はい!」
元気よく返事を返す彼女。それを聞いて少しだけ心が痛んだが、自分に言い聞かせ決心を固める。
そう、決して別れを告げる訳じゃ無いんだ。俺が彼女を平気で拒絶できればいいんだ。彼女を他の皆と同じ様なポジションに置けばいいんだ。
俺は今から、こいしを変態に変える!!
貴方はさとり派? こいし派?
私は寿司が好きです(適当)