自由の向こう側   作:雲龍紙

8 / 63


 サブタイトルに入る文字数を見て、目が点になりました。
 サブタイトルに100文字とか……論文用ですかね?




【viega 02:Rre bister diasee quesa na cyurio noglle ar dor 】

 

 

『――【カムイ】が、消えたの。探してちょうだい』

 

 そう言った【カムイの民】の【天将】は、しかし必要最低限のことを告げると彼らの領域である『北の頂』と呼ばれる険峻な山岳地帯へと帰って行った。

 自分たちの『守り神』である【カムイ】が消えた――行方不明であると言いながら、そんなんでいいのだろうかと思わないでもなかったが、自分の足で他の民に頼みに来るのを見る限り、気に掛けてはいるのだろう。少なくとも、他の動かなかった――あるいは動けなかったらしい【統帥】【地将】よりはマシである。

 いや。本当にどういう事情なのかは、判らないのだが。

 

 一度ロビーから自室に戻り、【狼呀】という呼称の元にもなったフェンリルの紋章を背負った制服へと着替える。行くのは『壁』の内側だと聞いた。任務先が通称【エデン】ならば、兵糧などの心配はしなくても良いだろう。本当に必要なのは『薬』くらいか。

 

 ――――さて。

 これから行くのは『壁』の内側、通称【エデン】である。

 話によれば、蒼い空と、瑞々しい草原。豊かな水と色とりどりの花々が咲き乱れている場所であるらしい。小鳥や蝶が明るい日差しの中を舞い、他の獣たちも伸び伸びと生きているとか。

 

「――うん。楽しみだ」

 

 首を巡らし、窓の外を見やる。

 そこにあるのは昏い曇天と、かつての人類が築いた栄光の痕跡、文明の残骸。食い散らかされ、倒壊した巨大なビル群の墓標のような影と、どこまでも広がる荒野と、遥か遠く北に見える山容のみ。

 

 ――『壁』の内側へ思いを馳せる。

 それはまるで、遠い日に人類が『楽園』に抱いた、憧憬に似ていた。

 

 

 

【viega 02:秩序亡き大地は昏く】

 

 

 

 荒れ果てた原野を抜け、遠目にも目立つ巨大な壁を目指す。半歩先を歩く青年に案内され、崩れた個所を見つけてようやく『壁の内側』へと足を踏み入れた時、世界の鮮やかさに思わず目を細めた。

 

 ――――空が、蒼い。

 

 遠く霞むような青さではなく、深く引き込まれるような蒼さ。流れる雲の白との対比がどこまでも美しい。薄雲の影から姿を表した陽光を浴びて、さらに世界は煌きだす。

 

 ほう、と息を吐いた。正直に、うらやましい、と思う。

 数分の間、そうやって眺めていると、視界の端に妙な影が映った。

 

「――【巨人】?」

 

「そう、分類するのが正しそうではあるが……あれ、どうやって二足歩行してるんだ?」

 

「そう言えば、そうだね。考えるだけ無駄なんだろうけど、突っ込みたくなるよね」

 

 人体を模したと思しき巨体だが、その体は幼児が粘土で作ったのかと思うほどにバランスが取れていない。顔が身体の半分ほどもあったり、手足が異常に細長かったり、逆に短かったりしている。どうしてあれで二足歩行が出来るのか。判る人がいたら小一時間ほどかけてでも解説してもらいたい。そもそも、あんな巨体では自重(じじゅう)で潰れるはずなのだが。

 

(……まぁ、災獣に常識を求めるだけ無駄だけど)

 

「――基本的に、災獣は群体が多いからなぁ」

 

 具体例としては、やはり【アラガミ】か。これが一番、科学的に分析されている。次点で【海淼天(カイビョウテン)】が守護する【蒼ノ塔】周辺に出現する【抗体】、【カムイ】の使神である【アタナン】あたりが『群体性個体』だと云われている。要は、『微細な生物のようなものが集まって個体を形作っている』ものだと思えばいい。故に、一度個体を倒しても、時間がたてば別の形となって復活する。

 

「……群体なら、コアを抜くなり破壊するなりしなきゃダメだよね」

 

「悪いが、俺のところではあのタイプとは交戦記録が無い」

 

「うん。【狼呀】にも無いと思うよ。データ収集からだね。帰ったら博士が喜びそうだ」

 

 とりあえず、データの無い災獣がうろうろしている領域を予防策も無しに長期間にわたって放浪するのは御免だ。

 

「――じゃ、ちょっと行ってくる。カナギは、」

 

「対人戦は問題無いが、アレに関しては判らん。……まぁ、いざとなればコイツがどうにでもするだろう」

 

 コイツ、といって肩に乗る白い小鳥を一瞥する。小鳥は応えるように首を傾げると、静かな声で問いかけた。

 

『――確かにわたしは、まだきみを失うつもりはありません。たとえ死んでも『練り直し』て生き返らせますが、死ぬ前に守られるのとどちらが良いですか?』

 

「死ぬ前に助けろ。うっかりは無しだ」

 

『もちろんそのつもりですが、きみはときどき、毒草を自分の身体で確かめてみたり、自殺まがいのことをするので』

 

「―――そっちは職業病だ。だいたい、死ぬような量は入れてない」

 

『それは承知しています。だから被虐趣味でもあるのかと』

 

「おい。あんまりふざけた事ぬかすと焼いて食うぞ」

 

『かまいませんよ。所詮、この小鳥の姿はわたしの欠片でしかありません』

 

「仲が良いね、2人とも」

 

 あまりに息の合った会話に、思わず笑みが零れる。なんというか、『熟年夫婦』という言葉が脳裏に浮かんでなかなか消えない。ひとしきり笑った後、小鳥に向かって恭しく頭を下げた。

 

「――では、【守の民】を守護する『鳥の神』よ。少々、席を外させていただきます」

 

『いってらっしゃい。神々を喰らう狼、フェンリルの裔、【狼呀】の子よ。あなたの道行きに言祝ぎを』

 

「ありがとうございます」

 

 『守り神』が他の民を言祝ぐのは、珍しい。いや。そもそも他の民の『守り神』を目にする機会自体が少ないのだが。そのうえ言祝ぎをもらえるとは、非常に貴重な体験であると言えた。

 

「――さて。起きてる?【ミリアン】」

 

 

 ―――Was yea wa rippllys.

 

 

 預けられたままの【核石】が熱を帯び、融解する。

 朱金の炎をまとって現れた火色の刀を手に振り返り、不貞腐れているような顔のカナギに一言。

 

「じゃ、行ってきます」

 

「――気を付けて」

 

 うんざりしたような溜息と共に贈られた言葉を背に、とりあえず手近な【巨人】にちょっかいを出しに走り出す。

 探知域の広い【アラガミ】ならば見つかる間合いに入っても、ただ西に向かって歩いているだけ。走りながら拾い上げた石を投げ、巨人の移動方向にある岩に当てて音を出す。これにも反応は見られない。

 

(聴覚が無いか、あるいは興味を惹かない音だったのか……)

 

 もう一つ石を拾い上げ、今度は巨人に向かって投げる。石は当たったが、やはり反応は無い。気にせず西に向かって進んでいる。

 

(……痛覚も無い? あるいは、触覚が無い?)

 

 皮膚が固いとかだと、ちょっと面倒だと思う。まぁ、面倒だと思うだけなのだが。

 ――――【巨人】まで、あと約10メートル。

 こちらは風上。【巨人】が通常の肉食の獣であれば、流石に嗅覚の探知範囲には入るだろう。だが、それにも反応する気配がない。

 聴覚、触覚、嗅覚は存在すら怪しいとなった。味覚はどうでもいいので、後は視覚である。

 

「ミリアン、火を」

 

 

 ―――Was yea wa chs fayra.

 

 

 刀から金色の炎が噴き出し、大地を奔り、巨人を逃さぬように円状に囲い込む。

 それでようやく巨人は歩みを止めた。ぐるりと周りを見渡し、こちらを見る。あくまでも行動を見るための囲いなので、こちら側は鎖されていない。巨人と目が合った。だが。

 その視線は最終的に自分ではなく、後方にいるカナギに向けられた。巨人は大きく笑みながら、地を揺らして再び歩き出す。どうやら目標をカナギに定めたらしい。

 

「――――ちょっと、待て」

 

 思わず苦笑が零れる。なんというか、災獣にここまでガン無視されたのは初めての経験だ。

 

(むしろ狙い撃ちされることの方が多いんだけど)

 

 それは、奴らにとって『自分』が危険な存在である、ということが解っているからだ。そりゃ、何度も何度も存在意義に等しい食事を『邪魔』されれば、目の敵にもするだろう。

 

 だが、今の問題はそこじゃない。この巨人は自分を見て、認識して、そして無視してカナギを選んだ。

 この選択基準を、出来れば知っておきたい。それがこいつらの生態やら習性に繋がるはずだ。

 

「――【守人】に何かあったら減俸じゃ済まないうえ、国際問題になるんだ」

 

 だから、と向かって来る巨人に向けて、笑みを送る。

 

「悪いけど、せめて役に立って死んでくれ」

 

 すれ違いざま、人間の足の健に当たるであろう部分に切り込み――刀を弾かれた。

 なるほど、硬い。だが、【スサノオ】という神の名を冠された【アラガミ】ほどでも無い。速さに至っては全ての【アラガミ】を下回る、と判断する。ただ巨体であるために足のコンパスが長いだけだ。

 

 ちらり、と巨人がこちらを見る。だが、やはりすぐに視線を逸らし、カナギへ向かおうとした。

 どうやら自分は、食料として失格だと判断されたらしい――とまで考え、ふとカナギと自分を比較して、そして理解した。

 つまり、【巨人】は身体が人間である者の方が、餌として好みであるらしい。

 その理屈なら、なるほど。【狼呀】は餌として失格だ。【狼呀】の身体は既に相当、『災獣』に近い。もしかすると【流砂の民】の【降魔】あたりも同じ判定を受けるかもしれない。

 そう考えると、少し笑えた。

 

「――――だが、それは実に愚かなことだ」

 

 目を細めて嗤う。『災獣』にとってもっとも危険な存在を、無視するとは。つくづく、神機が手に無いのが惜しまれる。別に今借り受けている【ミリアン】に不満がある訳では無いが、長年の相棒がこの手に在れば自分がこの【巨人】を喰らってやったのに、とは思う。

 

 

「【――mea wis viega. 】」

  我は一振りの剣

 

 

 ―――mean wis grandee.

   我らは護る者

 

 

 音を上げて燃え立つ炎が、刀身に絡みつく。それを見て、理屈も何もなく、ただ斬れると確信する。自分の戦闘能力ならば、この巨人に後れを取ることは無い。ただこの刃を届ければいい。そうすれば対象が『災獣』である限り、【ミリアン】が斬ってくれる。『女神』とは、そういうものだ。

 

 大地を蹴り、態勢を低く走る。

 再び足の健を狙い、そうして今度こそ切り裂いた。一瞬、ひょっとすると重力の法則とか関係無いかもしれない、と考えが過ぎる。だが巨人は自重(じじゅう)を無視する割に、重力の法則には素直に従って倒れた。

 

「……ほんとに、何これ?」

 

 いや。重力の法則に従ってくれるなら、こちらとしても気にするべき項目が減るから、楽にはなるのだが。

 

「――まぁ、いいや。とりあえず、巨人さん?」

 

 倒れた巨人の顔面にまわり、感情の無い目を覗き込む。きちんと見えているのを確認して、ニッコリと笑いかけてみた。

 

 

「これからちょっと、俺につきあってもらうね」

 

 

 

 

 

 

 

 





 『神喰』+『Ar tonelico』×『KAMUI』+『歌劇』+『エレメンタル・ジェレイド』in『進撃』……とか当時に書いた気がする。
 うん。長い。

 いや、当時としては精いっぱい短く説明しようとしたら、こうなったのだけれど。現在書くと、もっと恐ろしく長くなりますね……ははは


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。