自由の向こう側   作:雲龍紙

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『疾く 強く、誰よりも 狂おしく、力の限り』


 先日、なかなかに愉快な評価コメントを頂きました。
 あまりにも面白かったので、そのうち『何が』『どう』面白かったのか、皆様にもお伝えしようと思います!!

 ……思い出すだけで腹筋ツライです(笑)




【stig 03:o-ra dur-la kie-kaya cla-diar cla-tiah ; 】

 

 ――乾いた音が響いた時、世界が暗転した。

 

 

 だが、別に自分が撃たれた訳では無い。それは、経験上、良く知っている。

 暗闇の空間をただ駆ける。遠近感も距離感も存在しない、ただ真っ黒な世界。

 

 ――だが、こうなる事は予期していた。だからこそ、裏口から潜入したのだし、目指す場所までの距離は目測で歩数として数えていた。

 

 ここが何なのかは知らない。だが、どういう場所なのかは知っている。

 

 

「――――【restoration】」

 

 

 腰に提げた剣帯から錬金鋼を手に取り、復元させる。間に合わせとして持ち歩いているだけの、ありきたりな剣。

 人によるだろうが、基本性能は錬金鋼よりも【宝玉珠】、【宝玉珠】よりも【天剣】というのが通説であり、その通りだと思っている。だが、【宝玉珠】は自我を持つ以上、相性というモノが存在しているし、【天剣】は基本的に自らの都市が危機に陥った場合にしか、その力を揮わない。故にほとんどの【剣守】は時間をかけて調整した専用の錬金鋼を所持している。

 

 だが、自分はそんなものは持っていない。それは色々な事情がある為だが、何よりも大きいのは自分の【天剣】が戦闘時になると「使え」とでもいうように出て来るせいだった。サーヴォレイドから遠く離れた【セラの民】の領域にまで現れた時には、流石に怒鳴りつけて説教したが――果たして効果があったのかは微妙である。ついでに【セラの民】の『守り神』のひとつであるミクヴェクスとは心なしか仲睦まじく見えたが、理由を聴けば『性質が近しい』とのご回答だった。今思えば、あれは『神霊的な性質』のことだったのだろう。

 

 

「――トルキス」

 

 

 ――だから、まぁ。

 予想しなかった、訳では無い。

 

 足を止める。予想しなかった訳では無いが、それでも思わず片手で目元を覆って現状に溜息を吐く。

 

 

「――ホント、頼むから。ここは自重に自重を重ねてほしかった……」

 

 

 この空間は、意思の無いものを融かし、意志が強く力無い者を唆し、毅い意志と強い力を持つ者に牙を向く。故に、神性存在はこの空間を忌避する。いずれは打ち払うとしても、それは今では無い。万が一にでも呑み込まれれば、それこそ残る同胞たちを今度こそ滅びに追いやる原因になりかねない。そういう事なのだと、ミクヴェクスや『鳥の神』から聞いていた。

 

 もう一度深く息を吐き、振り返って細い腕を掴んで引き寄せる。驚いたように息を呑み、瞠目した紅い双眸と、風に散った紅葉を連想する髪が印象に残る天剣を抱き寄せ、もう片方の手に握る剣で目の前の空間を薙ぎ払うようにして斬る。微かな手ごたえと、ガラスが割れたような音と共に何かの動物を模ったと思しき仮面が、ひらりと闇の中を舞って地に落ちた。

 

 

「――――また貴様か」

 

 

 ザワリ、と闇が動き、凝(こご)り、落ちた仮面が浮き上がる。人の目線と同じ高さにまで浮き上がった仮面がそのまま横に移動すれば、後ろから同じ面が現れた。同じようにして増殖していく仮面を冷ややかに眺めながら、小声で低く、自らの天剣に問う。

 

 

「――怪我は?」

 

「無い。……すまない」

 

「そう思うなら、次からはホントに自重してくれ」

 

 

 思わず安堵の息を吐き、右手の剣の感触を確かめる。ここでは意志無きものは存在できない。だからこそ、常に意識しておく必要がある。あって当然だと思い込んでいれば、足下をすくわれる。「あって当然」ではなく、「ここに在るのは、これだ」と確信する。

 

 

「――忌々しい」

 

 

 じわり、と仮面の下に人間の姿が現れる。周囲に浮かぶ仮面と同じだけの数の人影は、だがどれもすべて同じものだった。寸分の狂いも無く。

 

 

「忌々しい。絡繰り仕掛けの傀儡が」

「忌々しい。あと一息であったものを」

「だが」

「だが」

「此度こそは」

「天与の剣、天への扉を鎖す鍵を」

 

「黙れ」

 

 

 天剣の紅い髪をそっと梳き、安心させる為にぽんぽんと背中を叩く。

 正直、ひとりだったなら、どうにでも出来た。罅や綻びを見つけて、あるいは作ってしまえば、そこから帰還は可能だった。

 だが、この【天剣】――強い神威が在っては、悪目立ちしてしまう。こそこそと帰還することは出来なくなった。かくなる上は、無数に湧いて出て来るこの仮面どもを相手にしつつ、帰還できそうな綻びを見つけなければならない。――ちょっとどころか、かなり骨が折れる。

 

 

「……トルキス、」

 

 

 静かな声が、耳に届いた。――言いそうなことは予想がついているが。

 

 

「俺の責任だから、自分でどうにかする。お前は先に――」

 

「それは死亡フラグってヤツでな。お前の場合は単に死ぬより悲惨なことになりそうだから、余計に却下」

 

 

 正直、同じ【剣守】なら「じゃ、よろしく」と言って先に行っただろう。【狼呀の民】あたりも「なら、頼んだ」と言ったと思う。奴らにとっては、この空間は単なる狩場にしかならないだろうし。カナギとか『夜』あたりでも逡巡はしただろうが「ん~……じゃ、いざとなったら逃げるんだぞ」と言って残したかもしれない。

 

 だが、神性存在とか神霊とか所謂『神格持ち』は、この空間とは相性が悪い。明確な理由までは知らないが、とにかく最悪の相性である。ゆえに、ここで戦わせるわけにもいかない。

 

 

「それにな」

 

 

 不満そうな表情をみせる天剣に笑い掛け、左腕に座らせるようにして抱え上げる。とっさに落ちないように首の後ろに腕をまわして来た天剣の反応をくつくつと笑いながら、右手の剣を改めて握りしめた。

 

 

「お前はオレの天剣だろう?」

 

「……何か、否定したくなる言い回しだな」

 

「そこで否定すんなよ。さすがにちょっとへこむぞ?」

 

「……否定はしていない。だが、なんとなく否定したくなる」

 

「まぁまぁ。――お前はオレの天剣なんだから、お前はオレのモンだろう?」

 

「やっぱり、否定したい」

 

「せめて最後まで言わせろ」

 

 

 げんなりとした様子で投げ遣りに先を促す天剣に、思わず肩を震わせて笑う。やはり、この天剣は本来、なかなかに面白い性格だと思う。最近はからかったりすると、稀にこういう元来の性格が垣間見れて結構、愉快な気分になる事も多くなった。

 

 

「――オレは自分のモノを他人に呉れてやるほど、慈悲深くはねぇんだよ。ましてや、それが人類の仇敵なら尚更だ」

 

 

 すい、と手にした剣先を正面の『敵』に向ける。

 

 

「オレはサーヴォレイドの【剣守】。残紅都市の天剣の守り手だ。天与の剣も、天への鍵も呉れてやるものか」

 

 

 獣を模した仮面の者たちが一斉に動き、剣帯から錬金鋼を取り出し、復元した。一糸乱れぬ動きで同時に全く同じ構えを取り、刃を向ける。

 それを眺めながら、嗤ってみせた。――戦略的撤退も何もない。退けないのだから、戦うしかない。戦って勝ち残ることでしか、何も得られないし、守ることも出来ない。

 選択する事すらも。

 

 

「かかって来いよ、狼面衆。――蹴散らしてやる」

 

 

 

 

【stig 03:o-ra dur-la kie-kaya cla-diar cla-tiah ; 】

  疾く 強く、誰よりも 狂おしく、力の限り

 

 

 

 

「――――愚かな」

「愚かな」

「我等は無限の槍」

「彷徨う凡百の魂」

「我等は」

 

 

「ごちゃごちゃ言ってねぇで、さっさと掛かって来い。それとも、無限の~とか言ってもやっぱ消滅する可能性は怖いのか?」

 

「――――」

 

 

 無言。そして、やはり動かない。

 

 これでほんの僅かばかりの期待は潰えた。その事実に思わず溜息を吐く。

 

 

「……トルキス?」

 

「あー……。こいつらの狙いは、時間稼ぎなんだよ。ついでにサーヴォレイドの厄介な剣守を潰せれば重畳。さらに神格持ちが堕ちれば僥倖――ってトコじゃねぇの?」

 

「……時間稼ぎ?」

 

「そうそう。――流石に、オレから動くと一斉に襲い掛かってくるだろうし。オレ一人だけだったら無茶な特攻でもやってやれないことは無いけど、今それをすると思いっ切りお前の意思に反しそうだし」

 

 

 さすがに此処まで明確に『こいつら』が動いたのだから、他の【天剣】や他の神格持ちも気付くだろう。正直、『こいつら』は人類の仇敵と言って差し支えないが、同時に相対し、争っているのは『神格持ち』――特に自律型移動都市の【天剣】という役に納まっている『神格持ち』である。ぶっちゃけ、ほとんどの人間たちはこの争いには関知していない。というより、そもそも感知できないようになっているらしい。

 

 ……さて。それはそれで、オレとしては別に構わない。ただ、王様たちにバレたら、それはそれはおっそろしいことになると思うが、それは解ってるのか、と突っ込んでみたこともあった。サーヴォレイドの場合は王サマより奥さんの方が怖いだろうが、ヴォルフシュテインの王様は普段は静かでもキレるとマジで怖い。基本的に、レギオスの十二王たちは良い王様連中である。ただ、だからこそ踏み越えてはならない一線というべきものが明確に存在し、【天剣】が現在進行形でしている『隠し事』は確実に王様連中の逆鱗に触れるか、地雷を踏み抜くかするぞ、と。――まぁ、何人かの王様にはすでにバレているんだろうなぁと思いながら、真っ青になって硬直している夜刀を眺めて愉しんでいたりした訳だが。

 

 閑話休題。

 

 何やら夜刀は悶々と考え込んでいるし、狼面衆どもは動く様子が無いし――と考えたところで、ふと耳が痛いほどの静寂の向こうから、幽かな音が聞こえた気がした。

 だが、他の連中は気付いていないらしい。――まぁ、この中で身体の性能が一番高いのはオレだろうし、それはいい。ただ、それが聞き覚えのある声だったことには単純に驚いた。

 

 

「――夜刀」

 

 

 低く、呟くように小さく声を掛ける。この声に応じて、夜刀は視線だけをこちらに向けた。

 

 

「世の中には役割ってものがある。お前は自分の役割を果たせばいい。――その力は、ここで揮うモノじゃない筈だ」

 

 

 血に染まったような色の眼差しが揺れる。やはり無理を通そうと考えていたらしい。釘を刺しておいて良かった。こんなくだらない足止め程度で、病み臥し、痩せ衰えた奴に戦わせるなど言語道断だ。とりあえず、きちんと掴って落ちないように気を付けておいて貰えれば、それでいい。

 

 だが、どうも不安というか、不信というか、そんな感じの疑念が眼差しに見え隠れしている。実力を疑われることは、例の件を目の当たりにしている以上はあり得ない。だが、かと言って狼面衆には何の感慨も向けていないので、やっぱりこの疑念は自分に向けられているのだろう。――ふむ。

 

 という訳で、自分と夜刀の立場を入れ替えて考えてみる。

 

 ――――何故あの時、自分を助けてくれたのか。

 ――――自分の存在は、コイツから自由を奪ってしまったのではないか。

 

 大体このあたりだろうか。だとすれば、これは重症だ。きちんと話をしてやらないと、こいつは自己嫌悪で憤死しかねない。あまりのんびりする訳にもいかないが、一点だけははっきり言っておかないと支障が出るような気がする。

 夜刀、ともう一度呼べば、相手は僅かに眉根を寄せて眼を細めた。それに思わず苦笑を零す。目は口ほどに物を言う、と云うのは本当だなと思った。

 

 

「オレがサーヴォレイドに留まっているのは、間違いなくオレの意思だ。だから、お前もいちいち気にするな」

 

 

 意表を突かれて瞬いた夜刀に言い聞かせるように、言葉を重ねる。

 

 

「――あの時、見なかったことにしてお前を見捨てることも、お前に手を伸ばして助けることも、等しく選択肢としてオレの中にあって、それで結果としてお前に手を伸ばしたのはオレ自身の選択と意志だ。だから、それによって生じたオレの不利益は、すべてオレ自身の責任だ。心配してくれるのは嬉しいが、お前が気に病むことじゃない。てか、勝手に気に病むくらいならオレに訊けばいいだろ」

 

「…………お前の言葉は、俺に都合が良すぎる」

 

「だから信じきれない、と。――よし。これについては後でゆっくりじっくり話し合おうか。理路整然とした理詰めバージョンと直感的な感情論バージョンがあるからどっちから聞きたいかくらいは考えとけよ」

 

「え、ちょ」

 

 

 また何かを言い掛けた夜刀をしっかりと抱え直し、にやりと笑ってみせる。

 

 

「往く先を示せ。切り拓くのはオレがやる。だからお前は、道を牽け」

 

 

 そういう役割のはずだ。元々、【天剣】と【剣守】はそういう関係だったはず。――たとえ時間とそれぞれの想いが、それを歪ませてしまったとしても。

 

 

「――聲が聴こえるな?」

 

 

 囁くように告げれば、夜刀は一拍だけ耳を澄ませるように緩やかに瞬き、小さく頷いた。

 

 

「たぶん、向こうも探してるだろうから、応えてやれ。後のことは気にするな」

 

 

 応えは聞かずに、剣の感触をもう一度だけ確かめる。

 夜刀はゆっくりと整息し、そして短い詩を紡ぎ出した。

 

 

「―― koh ih=ef veln-iz; som sie-na-eq ih=ba-fawy-ir; 」

 

 

 悲憤と慟哭が色濃く滲む、涙に濡れて震えるような旋律。

 自分には判らない言語を選択したところを見ると、あまり聞かれたくない本音でも綴ったのだろうか。

 

 ――だが、今は。

 

 旋律が奏でられたと同時に一斉に動きだそうとした『敵』の気配を感じ取り、自分から走り出す。

 目の前に立っていた邪魔な敵を切り倒し、そのまま突き進む。前へ。ただ前へ。襲い掛かって来る狼面衆の剣戟を手にした剣で防ぎ、受け流し、斬り返して薙ぎ払い、槍衾の闇を駆け抜けた。

 

 

 

 




「―― koh ih=ef veln-iz; som sie-na-eq ih=ba-fawy-ir; 」
(心が張り裂けそう……目の前の光景が私を打ちのめす)

 こちらは契絆想界詩です。
 かなり古い言語なので、トルキスも即座には解読できませんでした。
 そもそも、人類用の言語では無いですしね!!



―――――
――――



 ところで、頂いた評価コメントを紹介するのって、規約違反になったりするんですかねぇ……?

 あとで確認しておきましょう。


 あ。【投票数:1】ではあったんですが、ある事情により、ある点においては感謝しているので(笑) 個人的にはむしろお礼メッセを送りたい。でもなんか、逆上されるかスルーされる気がしてるので、どうしたもんかな、とw

 とりあえず、この方のお蔭でようやく【調整平均】が表示されるようになったので、その点に関してはありがとうございます!!


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