自由の向こう側   作:雲龍紙

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(つるぎ)舞い、風(きた)り、鳥は()つ』






【Arma 06:rre grlanza viega. Loar kis toge. fwai ciol-ny;】

 

 

 

「――マフムート将軍。彼は、今回の件で我々に手を貸してくれた人です。しばらくお客人として歓待いたしますので、そのつもりでお願いします」

 

「……リヴァイだ。調査兵団に所属している。こいつらは俺の部下だ」

 

 レイフォンに紹介され、とりあえずそう告げる。マフムートと呼ばれた金髪の少年はにこやかな笑みを見せるが――――腹の底は読めない。

 

「どうぞマフムートとお呼び下さい。――これからしばらく、荒野を駆けます。リヴァイ様方はお好きにどうぞ。離れすぎなければ自由にしていただいて結構です。――我々の任務は、ヴォルフシュテイン卿レイフォン・アルセイフ閣下を光浄都市ヴォルフシュテインの王宮まで、生かして送り届けることですので」

 

「……あの、その少し不穏な言い方は、何なのかな」

 

 思わず、といった風に問い掛けたレイフォンの口元には、引き攣った笑みが浮かんでいる。どうやら、問い掛けてはいるものの、実のところ答えは察しているらしい。

 そして、その期待に応えるように、マフムートはニッコリと笑ってみせた。

 

「もちろん、忙殺されかけていらっしゃるヴォルフシュテイン国王陛下の言伝のままで御座います。『これ以上、私の仕事を増やさないで下さい。死体は葬儀のためには必要ですが、それ以上に国葬には色々と雑事が付きまとうのです。なので、死んで帰ってくるのは許しません。叩き起こして末世まで呪います。貴方の我が儘は貴重過ぎるので許しましたが、これ以上は私が死にますので、生きて帰還するように。私は死体に用はありません』――だそうです」

 

「うん。――いつも通り死に掛けてるみたいだね」

 

「はい。いつものように死に掛けていらっしゃいます」

 

 そう言って、しばらく無言になった。笑顔の応酬。傍から見ていると面白いような、怖いような、妙なやり取りではある。

 

 やがて、レイフォンは息を吐くと、すとん、と馬を降りた。どうやら、今の笑顔の応酬でレイフォンが譲らざるを得なかったらしい。

 マフムートはふわりと微笑み、さり気なくレイフォンを支えると今度はこっちに向けて笑い掛けた。

 

「――レイフォン様は馬車での移動となります。皆様方は、お好きなように。――ただ、はぐれると大変危険ですので、出来るだけ馬車の近くか、いっそ馬車に乗って頂いても結構です」

 

 

 

【Arma 06:rre grlanza viega. Loar kis toge. fwai ciol-ny;】

 

 

 

「ねぇねぇリヴァイ!! これってどういうこと!?」

 

「あー……うるせーぞ、ハンジ」

 

 ここまで来る間、やけに静かだと思っていたが、どうもそれはこいつなりに感激のあまりぶっ飛んでいたせいらしい。ハンジは目をキラキラさせて周りの兵士やその装備、馬の様子を眺めている。

 

「だってリヴァイ!! ここは『外』なんだよ!? 壁の『外』!! なのに人間がいっぱい! ――人間だよね!!? まさか巨人だったりなんてことは!!」

 

「黙れ。とりあえず俺とエルヴィンの知り合いは『人類の括りになら入る』とか言ってたぞ」

 

「――それって、すっごく含みのある言葉だよ?」

 

「……俺たちが認識している『巨人』には含まれないそうだ」

 

「たいして含みの割合変わってないよ!?」

 

「我々は人間ですよ。――レイフォン様は【降魔】であらせられますので、『人類』の括りには入っても、『人間』という括りには入らない御方ですが」

 

 幌馬車にレイフォンを送り届けたらしいマフムートは、さっと馬に跨るとこちらを一瞥する。

 

「団体で長くひとつ処に留まるのは危険です。すぐに移動を開始できますか?」

 

「ああ。『外』の勝手はわからねぇからな。とりあえずは必死に学ばせてもらう」

 

 その応えにひとつ頷き、マフムートは不敵に笑ってみせた。――やはり、こいつも相当な腹黒狸であるらしい。このくらいの年の子供が、こんな表情をする。それは、決して平穏な場所ではありえない。

 

「よろしい。ならば、ついておいでなさい。――進軍開始!」

 

 叫んだ訳では無いが、良く透る声だった。その一声で百人ほどの兵団が整然と動き出す。並足から徐々に速さを上げ、駆け足ほどの速度を保って一団として動く兵団にマフムートは更に号令を下した。

 

展開(ドルマク)!!」

 

 兵団は駆けながら陣を変え、自分たちが壁外調査をしている時と同じような形状になる。ただ違うのは、ほとんど広がらず、固まっている、という点だろうか。

 

「――広がらねぇのか」

 

 思わず問い掛けた言葉に、マフムートは僅かに瞬いたようだった。一拍後、思い至ったように「ああ」といって笑う。

 

「索敵は別の手段があります。これは何よりも我々が生き延びる事を第一とした陣ですので。――言ってしまえば、索敵の必要は無いのです。これだけ群れれば、匂いで確実に釣れますから。故に、確実に群れを守れる方法をとります」

 

 こんな風に、とマフムートは上を見上げた。

 

「――ごらんなさい」

 

 言われて空を振り仰いだ、その、先。

 抜けるような蒼穹を背景に、長大な影がひとつ、ゆったりと身をうねらせ、蒼穹を泳いでいた。

 薄い皮膜を張った蝙蝠のような翼が4枚、時折風に煽られて羽ばたく。

 

「……なんだ、あれは」

 

「汚染獣です。老生2期、といったところでしょうか。我々の天敵、災獣――災いの獣たちのひとつです。好物は人間」

 

「……笑えねぇぞ」

 

 流石にあの巨躯で好物が人間、などとは笑えない。あれは全長およそ100メートル近くある。こんな一団、ひとたまりもないだろう。

 

 だが、マフムートは小さく笑ってみせた。

 

「的が大きいのは、楽ではありますね。外すことはあり得ない」

 

 その言葉に思わず眉を寄せる。自分たちはそれなりに巨人と戦っている訳だが、『的が大きければ、外すことはあり得ない』などということは無い。何故なら、相手も自分も常に動いているからだ。

 そういう訝しむ気配を感じたのか、金髪の少年は不敵に、どこか傲慢とも云えるような笑みで応える。

 

「――――外されるのは、困るのです。我々人間は、災獣に対する有効な一撃を有していない。故に、こと戦場においては、戦える種族の指示に従います。それが一番、生還率が高いと証明されていますから。無茶苦茶な、理不尽極まりない指示でない限り、それが一番確実に生き残れます。――今回の指示は、指定された場所まで駆け抜けて来い、とのことですので、やることは単純です」

 

「つまり、餌になっておびき寄せろと?」

 

 しかり、と言って笑みを深める少年に思わず言葉を失った。

 普通、「お前ら囮やれ」と云われて「はい。わかりました」と答える人間はあまりお目に掛かれない。しかも、こいつは別に死を覚悟している訳では無い。いや、可能性としては考慮し、それを受け入れているのだろう。だが、根本的には『此処で死ぬことなどあり得ない』としている。

 一瞬、狂っているのかとさえ思い、まじまじと見詰めてしまった。

 マフムートの方はどうもそれを察したらしい。軽く苦笑し、肩をすくめて見せる。

 

「――人間を餌に釣っているのだから、外して困るのは『彼ら』の方です。まぁ、仮に外したとしても我々に被害はあり得ず、あの汚染獣は確実に屠られますので、気にせず我々について来てください。――もうじき岩の砂漠に掛かります。そこからなら、レギオスの全容も見えるでしょう」

 

 ――――ゴオォォン、と。

 身体の奥にまで響くような低い音が、空から降り注いだ。正確には、空を泳ぐ怪物から。

 見上げれば、ゆったりとした動きで空の高所から地上に向かって降りて来る。それは優雅とさえ云える動きで、思わず束の間見入ってしまった。

 

「――さて、」

 

 隣を駆けるマフムートの声で、我に返る。金髪の少年はこちらを一瞥すると、軽く笑みを浮かべて声を上げた。

 ――叫ぶ訳でもなく、良く透る声。

 

「全軍、砂漠まで全力で駆け抜けよ! 標的を【剣守】まで誘導する!」

 

 応える声があちこちで上がり、馬を駆って速度を上げる。周囲の景色は草の生える草地が減り、転がる大小の岩が目につくようになっていた。空から降りて来る怪物の影が徐々に大きく、鮮明になって自分たちを覆っていく。

 壁の内側から連れて来た連中が、何とか取り乱さずにいるのは間違いなく周囲の人間が冷静だからだろう。彼ら『外』の人間は淡々と自分の役目をこなそうとしている。取り乱すことも無く、かと言って諦めている訳でも無い。

 彼らは、『自分たちは此処では死なない』と――言うなれば、ただ確信している。

 

「――マフムート将軍(パジャ)! 前方に!!」

 

 言われて前方を見渡し、人影を見つけた。大きな岩の上に、外套を翻して佇立する影。――空の怪物に対するには、あまりに小さいと思わざるをえない。

 だが、金髪の少年将軍は口元に笑みを浮かべて、喜色に弾む声で叫んだ。

 

「――――サーヴォレイド卿!! お願い致します!」

 

 それだけ叫んで、減速しないままに駆け抜ける。人影が佇む巨石の脇を抜ける瞬間、佇む影の声が耳朶を打った。

 

「――いちいち気にすんな」

 

 一瞬垣間見えた口元には、微かな苦笑。だがそれも、一瞬後には遙か後方に通り過ぎた。

 馬を駆けさせながら、その遙か後方の気配を探る。

 

 一拍後、凄まじい轟音と怪物の叫び声が大地に響き渡った。一瞬遅れて地響きが伝わってくる。

 

「……あれを相手に、戦えるのか」

 

 しかも、たった一人で。

 

「――だから、【剣守】となったのです」

 

 独り言に等しい呟きを拾われたらしい。金髪の少年将軍はちらりと複雑な表情で、それでも微笑んで見せた。

 

「――あれを単独で屠れること。それが【剣守】の条件のひとつですから」

 

「ってことは、レイフォンも出来るんだな」

 

「一番危うげなく屠れるのが、ヴォルフシュテイン卿ですね。――かの方は、【剣守】の中でも異常な勁量をお持ちですから」

 

 不穏な言い方をする。――正確には、不穏な含みのある言い方、だろうか。

 

「今はそれよりも、前を見ていなさい。あの丘陵を越えれば、レギオスが見えます」

 

「……移動に時間が掛かるんじゃなかったのか」

 

 レイフォンと話し合った時に告げられた移動時間と、大幅に食い違う。

 だが、少年は鮮やかに笑ってみせた。

 

「はい。――普段はもっと離れていますので、時間もかかります。ですが、今は『緊急事態』ということで壁に近付いていたのです。向こうから近づいてきていましたので、時間も大幅に短縮されました」

 

 これは、あれか。「深く突っ込むな」という類の笑みか。

 解りやすい牽制で助かる。この場合は『緊急事態』とかいうのには触れてくれるな、という事だろう。必要に感じたら、後日レイフォンに訊けばいいし、そうでなくても必要であればレイフォンから伝えてくれるだろう。そういう意味では信用できる。

 

 緩やかな丘陵を登るにつれ、自然と馬は速度を落としていく。そうして丘の上まで来ると、馬は何かに怯えるように足を止めた。

 

「――――、……」

 

 風の渡る荒野の中にひとつ、忽然と姿を見せるそれは、遠目でも都市であるのは良く解った。

 中央に聳え立つ城を支えるように家々が並び、まるでひとつの山のように見えなくもない。

 

(――でかい、……)

 

 第一印象は、ひたすらにそれだった。

 シガンシナ区よりも、確実に大きい。都市部は、中央のみだ。そこだけなら、シガンシナ区より小さいだろう。だが、中央の都市部の周りには、広大な緑が広がっている。――おそらくあれは、生産地区だ。それは、あの都市住民が生きていけるほどの食糧を自前で賄っているということだ。

 

 そんな広大な大地が、動いている。

 

 それも車輪で動いているのではない。昆虫のように脚を無数に持ち、それを動かして移動している。

 

 ――――自律型移動都市(レギオス)

 

(なるほど、これは――)

 

「…………エルヴィン。俺たちは少しばかり早まったかもな……」

 

 ふふ、と。

 何故か、例の子供らしくない上品な微笑で、してやったりと笑うレイフォンの姿が、脳裏をよぎった。

 

 

 

 






 この章のタイトルには、いくつかの意味がありました。……といっても、それも結構前の事なので、思い出すのに少々苦労しますが。

『すまう風招きの剣』
 このタイトルの、『すまう』という部分がいくつかの掛詞になっています。
 『争う』『清む』『澄む』などを意図していたと記憶しています。そして『風招きの剣』のほうも、まぁ、外組の誰でも辻褄は合うように仕込んでいました。なので、本当に章タイトル自体の意味が、『序』『破』『急』で変化しています。



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