自由の向こう側   作:雲龍紙

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『砂漠を流れる民』




※『将国のアルタイル』投入。
※自律型移動都市の足元を移動して暮らす民の視点。





【隠章:rre rana walasye anw sabl gatyunla.】

 

 金髪の少年が王宮から戻って来たのを見て、レギオスの足下で生活するキャラバンや流民、騎馬の民は揃って仕事の手を休め、少年の顔を窺った。

 

 少年は軽く笑うと、おそらくは同胞が危惧しているモノを払拭する為に口を開く。

 

「ヴォルフシュテイン王から正式な依頼です」

 

 さわり、と同胞たちの空気が揺れる。今まで極秘裏に依頼を受けることはあったが、正式な依頼となると、滅多に無い。

 キャラバンの代表者が何か言いたげに口を開きかけたが、生憎とある意味で『正式な依頼』以上に厄介なものも預かっているのだ。

 

「併せて、同じ内容をサーヴォレイド王から『お願い』されました。――いえ、まぁ……実際には『頼めないか?』という言い方でしたけれど」

 

 正直、ヴォルフシュテイン王の人となりとか性格的には、『正式に依頼』するのは意外でも無ければ、衝撃的な事でも無い。周りのごくごく一部の腐敗した貴族どもが何か言ったとしても、しれっと躱したり流したり、反撃したり出来る人物なので、特に問題は無い。単純に、レギオスの足下に暮らす民に正式な依頼をするのが『レギオスの王としては』破格的に珍しい、という程度である。わざわざ自分たちに依頼などしなくても、基本的に自分たちで解決できるのだから当然だろう。

 だが、しかし。

 流石にサーヴォレイド王の『お願い』を受けることになるとは思わなかった。

 というか第一、何故サーヴォレイド王がヴォルフシュテイン王の執務室で歓談しているのか。今更ながら思い返しても胃が痛くなる。不意打ちと云うより奇襲を受けたような心境だ。

 

 正直、ヴォルフシュテイン王の第一印象で最も多いのが『地味』であろうと思われる。それは外見もそうだし、立ち振舞いや言葉の端々からもそういう印象を受け取るだろう。――まぁ、『地味』であるだけで、決して油断できない人物でもあるが。

 対して、サーヴォレイド王は老若男女、誰がどこからどう見ても、確実に『いい男』だと認識される容姿である。それがどんな感情を伴うモノかはさて置き、とりあえず第一印象としては『背が高い』『精悍な顔立ち』『少しキケンな香りがする』『飄々としているが油断ならない』等々の評価を受けるだろう。

 そんなサーヴォレイド王からの『お願い』は、なぜか非常に断り辛い。

 精悍な顔にどこか愛嬌のある笑みを浮かべ、軽く首を傾げて『頼めないか?』と。言ってしまえばただこれだけのことではあるが、何故か、本当に断り難い。

 つまり、サーヴォレイド王は老若男女関わらず、大抵の人には『非常に魅力的』に見えるということである。それは人間としての器量であったり、政治能力だったりと色々だが、一般的に広く知られている話のひとつは『サーヴォレイド王はそこらの【降魔】よりも強い』というものだ。

 事実、非常に強い。勁脈は無いのだから純人間種なのは間違いないのだが、純人間種としては破格的に強い。好戦的な性格ではないし、どちらかというと地雷さえ踏まなければ穏やか――というか、厭世的な雰囲気すら漂わせる人物ではあるが、自ら災獣を退けた、などという逸話も伝わっている。

 それについてサーヴォレイドの【天剣】と【剣守】が頭を抱えている、という話が流れた時期もあり、丁度その時期に何度か他の都市と接触している時間が延びていたので間違ってはいないのだろう。おそらく、他の同胞に愚痴っていたに違いない、ということになっていた。

 

 そこまでで一度思考を切り、ふと息を吐いて周りに集まって来たそれぞれの代表者を見て軽く苦笑してみせた。

 

「――正式な依頼と言っても、難しいことではありません。『遠征中のヴォルフシュテイン卿を迎えに行って拾って帰って来てください』だそうです」

 

「……そんな投げ遣りな言い方だったのか?」

 

「はい。まさしく、言ったままです。政務に忙殺されかけていらっしゃいましたので、本当に投げ遣りに言われました。――『ヴォルフシュテイン卿が帰還しないと倒れられないので、いい加減こちらから回収に行きます』だそうです」

 

 倒れるのが前提なのか、という呟きは笑顔で黙殺させてもらった。ヴォルフシュテイン王が非常に病弱かつ虚弱体質で健康でいる時の方が珍しいのは、周知の事実である。

 

「――そういう訳ですので、」

 

 自分の視線を受けて、少し離れたところでこちらを窺っていた愛馬がトコトコと寄って来た。手綱を取り、ひらりと飛び乗って同胞に笑み掛ける。

 

「トルキエ隊はお借りします。此処はヴォルフシュテインの足下ですし、対災獣戦が起きることは無いでしょう。――総員、移動準備を」

 

 バサリ、と大きな羽音を立てて、犬鷲が肩に舞い降りた。その嘴を撫でて構ってやりながら、小さくほくそ笑む。

 迎えに行くヴォルフシュテイン卿とは、公式の場で何度か、非公式の場では何度も顔を合わせたことがあった。公式の場では怜悧に見えたが、非公式の場では穏やかに微笑んでいるような人物である。

 

「……さて、これで借りが返せるといいのですが」

 

 肩に乗せた相棒が、相槌を打つように小さく鳴いた。

 

 

 

 






 そろそろ分岐点が近付いてきました。秒読みです。
 ただ、どこで切り替えるかまだ決めかねております。

 ……いっそ、問題の一章分はこっちに出さないという選択も……。



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