自由の向こう側   作:雲龍紙

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『そよ風は夜明けを謳う』








すまう風招きの剣 ~急~
【転調:xE rre fs hYEmNmrA du dauan/.】


 ――朝、目が覚めると雨は止んでいた。

 

 カーテンを引き、蒼い空と遠くにそびえる壁を見やる。窓近くに在る木々の枝葉から、囀りながら小鳥が2羽、飛び立った。

 

 

 

【転調:xE rre fs hYEmNmrA du dauan/.】

 

 

 

 昨夜の言葉通り、正午を過ぎたあたりで離れ小屋へ向かう。

 途中、執務室から出て来たエルヴィンを呼び止め、事情を話せばあっさりと頷いて同行することになった。

 扉を開き、居間へ向かえば食欲をそそる香りが漂って来る。これは――焼きたての、パンの匂いだ。

 

 居間と厨房が一緒になった作りの部屋に顔を出せば、まず目についたのは少女が出来た料理を居間のテーブルに運んでいる姿。次に厨房で何かを煮込んでいるらしいカナギと、何かを刻んでいる少年――レイフォンの姿だった。

 ユウの姿は見えないが、まぁ、負傷して発熱したうえ、更に化け物に攫われ――と色々あったのだから、寝込んでいるのだろう。

 

「……野郎どもが作ってんのか」

 

「ずいぶんな御挨拶ね。――こんにちは。エルヴィン調査兵団団長、リヴァイ兵士長。私はレン。【宝玉珠】と呼ばれる妖精種。私は人間種じゃないから、そのことでいちいち驚かないでね」

 

 エルヴィンに向けて、レンと名乗る少女はぺこりと頭を下げる。

 

「……妖精?」

 

「うん、妖精種。――【宝玉珠】は、名の通り鉱石に宿った、人の形と武器の形を併せ持つ妖精種」

 

「……では、どのように接すればいいのかな? 普通の人と同じように扱うのは、気分を害するのか?」

 

 エルヴィンの言葉に、少女は僅かに首を傾げた。そうして淡く微笑する。

 

「――あなたは、いいひとね。私たちは、自分たちに対する態度で、目の前の人間がどういう種類の人間なのか見てるから、やりやすい態度でいいわ」

 

「では、普通の女の子として接しよう」

 

 エルヴィンも微笑し、そっと少女の頭に手を伸ばした。少女は逃げずに黙って受け入れる。そっと頭を撫でれば、心地よさそうに目を細めた。

 

「――レン」

 

 呼ばれ、少女は軽やかにレイフォンの傍に戻る。レイフォンはこちらを見ると目を伏せて目礼した。

 

「――これも運んで。あと、お茶も淹れてくれる?」

 

「今日は何?」

 

「お客様がいるから、アッサムで。ミルクも用意しておくといいかも」

 

「了解」

 

 そう言って少女は渡された小鉢のサラダをテーブルに運び、そっと椅子を引いてこちらに微笑み掛ける。

 

「――お客様。どうぞ、お掛け下さい」

 

 最初にエルヴィンを案内し、次に自分の為に椅子を引いて席に着かせた。少女が厨房側に戻るのを眺めながら、ふともう一人増えているのに気が付いた。いつの間にか向かいの席に座り、ずいぶんとくつろいだ様子で頬杖をついている。だが、非常に眠そうだった。

 

「……結局、てめぇは何なんだ」

 

 金の眸の男は、昨夜までと違って見たことの無い服を着ている。何枚か重ねた布を、硬めの布で作られた幅広の紐を使って腰のあたりで結び、ベルト代わりにして留めている。色彩は深い藍と黒。今まで気付かなかったが、どうやら髪も長く、腰まであったらしい。首筋あたりで紅い紐を使って適当に束ねていた。男は眠そうに目を瞬かせながら、つとエルヴィンに目を向ける。

 そう言えば、コイツはエルヴィンの前には姿を現してはいなかったような、気がする。エルヴィンに目を向ければ、しみじみと男を見やり、観察しているようだった。男のほうも、観察されていても特に気にする様子は無い。

 

「――失礼だが、貴殿は?」

 

「……通例では、我らに名を問うは愚挙だとされているのだがな。まぁ、仕方ないか。――この身に与えられた人の名は、緋勇だ。詠み方が解らなければ、リューグで構わぬよ、ヒトの仔よ」

 

「――では、ヒユウ殿」

 

 その名でエルヴィンが呼べば、男は金の双眸を細めて笑った。何か、懐かしいモノでも眺めるような眼差しで。

 

「……お前は名乗らぬのか? ヒトの仔よ」

 

「これは失礼。――エルヴィン・スミスと申します。ヒユウ殿、貴殿も妖精ですか?」

 

「否」

 

 一言で切って捨てた男――ヒユウは、そうしてから苦笑した。

 

「――つまり、貴殿も人間では無い、と?」

 

「いや。この身は人間だ。少なくとも女体を通じて生まれた以上、半分は人間だと思う。――が、かなり長生きでな。千を超えたあたりで、年を数えるのは飽きた。――人間らしい精神を維持するのは、この時間は永過ぎる……」

 

 ふと、ヒユウは遠くを見るような眼差しで窓の外を眺め、そうしてまた苦笑した。

 

「――【黄龍】殿は、非常に人間と親しい方です。余程のことがない限り、人間を滅ぼす側には回らないので、その点は安心して下さい」

 

 その言葉と共に、レイフォンが料理を盛った皿を手に入って来る。手際良く置かれていく皿には、鶏肉のソテーが乗っていた。思わず眉間にシワが寄る。

 肉は、貴重品である。しかも、甘い匂いのするソースが掛かっている。これは、柑橘系の匂いだ。オレンジ、だろうか。

 エルヴィンも隣でしみじみと眺めている。そうして、最後に運ばれてきた白いスープと平たいパンに苦笑した。

 

「――これは、貴族並みのご馳走だな」

 

 その言葉に、つと外組の全員の視線がレイフォンへ向かう。レイフォンはただ静かに苦笑した。

 少女が運んできた紅茶の芳醇な香りに瞬き、並べられた料理を見て、深く考えるのは止めよう、と思考を切り替える。――エルヴィンは『貴族並み』と言っていたが、この料理の数々の料理方法によっては『王宮並み』になるかもしれない。

 全員が席に着き、ヒユウとカナギは料理を前に両手を合わせ、静かに『いただきます』と言った。思わずレイフォンを見れば、レイフォンとレンは両手を組んで軽く数秒瞑目する。小さく何事かを呟き、そうしてからようやく料理に手を伸ばした。

 ――感謝か祈りか。何に対してかは判らないが、そういう風習なのだろう、と理解する。

 

 ふと。そういえば、レイフォンは『ヴォルフシュテイン卿』と呼ばれていた。それに『貴族並み』という言葉で周りから視線を向けられ、苦笑を零している。――つまり。

 

「レイフォンよ。これはお前の故郷では、どの程度の料理なんだ」

 

「昼食でこのレベルなら、少し余裕のある中流家庭から質素を旨とする王族まで、と言ったところですか。ちなみに、貴族は金を貯め込み過ぎると王宮に没収されて経済を回すために色々なところにばら撒かれるので、王族の食事よりも豪勢になることが多いです」

 

「……お前さんも、貴族か」

 

「貴族ですけど、一代貴族です。功績いかんによっては存続させることも可能ですが、今のところその気はありません」

 

「功績なら既にあるじゃないか、『傭兵団』とか」

 

「ああ、あれってお前だったのか、管理者」

 

 しれっと告げたヒユウの言葉に、カナギが驚いたようにレイフォンへ目を向ける。その横から、レンは更に淡々と述べた。

 

「発案して、創設して、運営してるのはレイフォンよ。というか、流石に当時ただの十歳で【剣守】になった子供なんて、誰も認める訳ないじゃない。早急に箔を付けなきゃ、政争に巻き込まれて自滅するわよ」

 

「……黒幕は?」

 

「陛下。……でも、陛下は『良い案があればやってみなさい』ってだけだったわ。すごいスパルタね」

 

 レイフォンは何も言わず、静かにパンをちぎって口に運んでいる。

 ――――なんだろう。この、和やかではあるが、胃が痛くなりそうな内容の会話は。とりあえず、こんな会話に参加したくないので、自分も妙に白く平たいパンをちぎって口に入れる。いつも食べているパンとは違う、妙にもっちりした食感だった。塩が使われているのか、僅かに味がする。

 

「――ナァン、という無発酵のパンです。保存しやすいので、調査の時などにいかがでしょう」

 

 ――――甘かった。どうやら、既に戦いは開始されているらしい。

 にこりと微笑んだレイフォンを思わず睨み、エルヴィンに目配せする。

 

「……なるほど。是非、レシピを教えてもらいたい」

 

 受けて立つ、と言外に告げたエルヴィンもまた、獰猛な気配を潜ませて笑ってみせた。

 

 

 





 当時『目指せ飯テロ!』を目標に、自分が食べたいメニューを書きました。

 ところで、原作で食糧難というわりに、配給されているのは白パンである気がするのですが……どういうことなの。え、もしかしてほんとに白パンなの? ライ麦じゃないの?

 白パン→現在、自分たちが普通に食べている小麦粉のパン。やわらか。

 黒パン→現代で言うライ麦パン。小麦の収穫できない土地でもライ麦は収穫できる為、白パンよりランクが下だとされていた歴史がある。つまり庶民や貧乏人の食べ物。ついでに、小麦粉でも嵩増しの為にふすまごと粉に挽いたものもある。かたい。ぼそぼそする。

 さて。実際はどっちなのか。






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