自由の向こう側   作:雲龍紙

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『大いなる祝賛と礼節を謳ってその名を贈る』




※光浄都市ヴォルフシュテインでの話。


【交錯:O pelma Loo nehhe, Hir yun da ora peg ilmei cele ende zorm】

 

 レギオスの正式名称は自律型移動都市国家群である。文字通り、自律的に移動する都市ひとつ分の国家が12個、存在する。

 そしてその移動する都市の足元を追従するように、無数のキャラバンや移民が行動を共にしているが、これらは正確には都市国家の人民には数えられない。だが、何代にも渡って移動都市の足下で暮らしてきた彼らは、同時に都市の住民よりもそれぞれの都市の癖や性格、特性を理解していた。

 たとえば、キュアンティスは移動都市でありながら、ほとんど移動することは無い。災獣の襲撃が無ければ一箇所に留まったまま、眠っているかのようにじっとしている。

 それとは対照的に活発なのはギャバネストとクォルラフィンだ。この2都市は戦闘狂の気でもあるのか、常に自ら災獣の群れを追って突撃する。よって一年の半分はキャラバンも移民も寄り付かない。

 他の都市はそれほど極端な違いは無いが、それでも足元で暮らすキャラバンにだけ解る違いもある。

 ヴァルモンやスワッティスは、自らの足下にいる人間になど気に留めない。足下にいる人間が悪いとばかりにあっさりと踏み潰すこともある。そしてそれでも止まることなく進んでいく。

 逆に非常に気を使って、慎重に足を動かしてくれる都市もある。その代表例がヴォルフシュテインだった。この都市は余裕があればキャラバンや移民の動物が逃げないように足を動かして牽制してくれることすらある。女子供や老人が足の近くにいればなるべく動かないようにしてくれたりと、実に『優しい』都市だと云われていた。

 

 その都市が、3か月前に急に止まって以降、災獣の襲撃があっても動かない。災獣そのものは【降魔】や【宝玉珠】たちのお蔭で問題は無い。だが、これは異常だ。もし、――万が一、都市の核であるヴォルフシュテイン公に何かあったのならば、早々にこの領域から離脱しなければならない。動けない都市は見捨てなければ――自分たちが生きていけない。

 ――――だが、離れがたいのも事実だった。

 

 他のキャラバンが次々と去っていく中、自分が残ったのは個人的にヴォルフシュテイン公を見知っていたからだ。

 時折、城の者には内密に自らの足下に降りて来ては羊や馬と戯れていた。彼は名乗ったことは無かったが、それでも何十年も変わらない姿を見れば、察しはつく。

 自分は、此処で生涯を終えるのも悪くない。

 だが、――若い衆には去るように言わなければならないだろう。

 

 そう決意して視線を巡らせた矢先、視界の端で紅い衣が翻った。

 

 

 

【交錯:O pelma Loo nehhe, Hir yun da ora peg ilmei cele ende zorm】

 

 

 

「――珍しい客人ですね」

 

「第一声がそれか。――まぁいい。ヴォルフシュテイン卿を借りたい」

 

「仮にも玉座に在る者に対してその言葉使いは如何かと思うのですが」

 

「俺はそれが許される立場だ」

 

 王の執務室に入った先で目にしたやり取りが、これである。

 執務机に座しているのはこのヴォルフシュテインを統治する王。その向かい、机を挟んで立っているのは紅い衣をまとった【守人】だった。

 その【守人】と呼ばれる青年の後ろに肩身を狭そうにしているのは、――『壁の中の住人』ではなかっただろうか。確か、自分たちを庇って負傷した【狼呀】の青年の知人である筈。

 

「――――陛下」

 

 声を掛ければ、軽く息を吐いて視線が向けられる。紫紺の眼差しが向けられ、思わず顎を引いて姿勢を正した。

 

「――レイフォン。長くて一週間です。それ以上はこの都市の政治体系がもちません。良くて革命、悪くて廃棄です。――あなたはまだ、帰還していない。そういうことにしますので、そのようにして下さい」

 

「……え? あの、一週間って……長くないですか?」

 

「劉黒には無茶をしてもらうことにします。――といいますか、そういうデモンストレーションをしないと、流石にもちません」

 

 淡々と、事実だけを告げているようだが、かなり明け透けであるような気がする。そして何故、さりげなく自分が行くことが確定しているのだろう。

 王はチラリと【守人】を一瞥すると机の上で指を組み、そっと息を吐く。

 

「こちらに【守人】が直々に来た、ということは――それなりの事態になってしまった、ということではないかと愚考しますが、どうなのでしょう」

 

「……流石に賢王と名高いヴォルフシュテイン王。会話が2つ3つ抜けても核心を突くとは、素晴らしい」

 

「その慇懃無礼な言動は即刻辞めて下さい。鳥肌が立ちます」

 

「いや、それはアンタ――休んだ方が良いと思うぞ? もともと病弱で虚弱体質なんだし」

 

「この状況では休めません。――それで、具体的に何があったのですか」

 

「叛逆の大罪人、ガハルド・バレーンが【汚染獣】の老生体に寄生されていた疑いがある。――死体が、消えた」

 

 すっと、王の双眸が細められた。

 

「――『壁の中』で?」

 

「そうだ。――状況が不味すぎる。だから、下手な人選は出来ない」

 

(確かに……)

 

 これは、『壁の中』では片付けられない、という事情に由来する問題だ。【汚染獣】と呼ばれる災獣の正体は『ナノセルロイド』という――要は、かつて人工的につくられた機械である。超小型の細胞レベルの大きさであり、それが群体で集まり巨大な一個の生物の形を模しているに過ぎない。また、これと同じ性質をもつのが【アラガミ】である。こちらは人工物では無く、突如自然に発生したものだ。

 だが、いずれも群体である故に、絶対的な特性がある。それは『一度崩壊しても、時間を掛ければまた集合して一つの個体として復活する』というものだ。そしてこれこそが、『壁の中では処理できない理由』である。

 これは、外来種生物の原理と同じだ。【汚染獣】の天敵は自分たち【降魔】であり、【アラガミ】の天敵は【狼呀】である。だが、『壁の中』にこの天敵は存在しない。故に、一度『拡散』させれば、爆発的に増殖する。かつて、そうやって滅びた民があった。

 だからこそ、まだ奴らが汚染していない『壁の中』では、絶対に散らせない。

 他の民との、そういう協定である。

 

 可能かどうか、自問する。

 現在、奴が潜伏しているであろう街から、壁の外まで。――距離が、ありすぎる。まさか拘束して運ぶなど出来まい。

 だが、――手などいくらでも在る筈だ。多少、参戦するメンツによっては変わるだろうが、基本的に『距離』という概念を無視できる者たちは何人かいる。――人、と言って良いのかは、よくわからないのだが。

 

「……【守人】殿。あなたはどのようにして此処までいらっしゃったのです?」

 

「ソラが――『鳥の神』が『道』を作ってくれた」

 

「それは【汚染獣】も通せますか」

 

「ソラは『道』を作るだけだ。そこに入る意思が無ければ意味が無い。強制力を望むなら、まだ【夜】の名詠門の方がマシだ」

 

「――なるほど。しかし、【夜】は『塔』へ出掛けています」

 

「……いっそ、氷漬けにして運ぶか」

 

「選択肢の一つとしては、ありでしょうね」

 

 カタン、と王は立ち上がり、再びレイフォンに目を向ける。

 

「―― 一週間です。それを超えたら、迎えに行きます」

 

「え?」

 

 それは、別に脅しとかにはなってないような気が……。

 

「帰還する時には英雄扱いです。きっと凄まじい声援が飛んでくると思うので、頑張って下さい」

 

「――え!? ちょ、ヤエト!? 何する気」

 

 言い終わる前に足元に複雑な光の紋が生じた。これが『鳥の神』の『道』に通じる門なのだろう。その光に飲み込まれるように一瞬、意識が遠のく。それでも自らの王の声は、やけにしっかりと耳に届いた。

 

「すみませんね、レイフォン。これも政治です。――民には、『【天剣】を奪った反逆者たちを追って【剣守】は遠征中だ』と発表しておきます。帰還は凱旋である、と心得て下さい」

 

 

 

 

 

 




 そして取り残されたイルゼさん。きっと涙目です。


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