自由の向こう側   作:雲龍紙

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 今から百年以上前、【巨人】という天敵の出現により絶滅寸前まで追い詰められた人類は、強固な壁を築くことで安息の領域を手に入れた。

 しかし、すべての人類が壁の中だけの世界に妥協したわけではない。

 調査兵団――――安息の領域から巨人の領域へと踏み出した者たちの組織である。





yart ~邂逅~
【yart 01:yart yor en knawa ar ciel eetor】


 

 

『私はイルゼ・ラングナー。第34回 壁外調査に参加。第二旅団最左翼を担当。帰還時、巨人に遭遇』

 

 呼吸がうるさい。

 走り続けた疲労と、人類の天敵である巨人に遭遇した極度の緊張で、乱れた呼吸がなかなか治まらない。

 

『所属班の仲間と馬も失い、故障した立体機動装置は放棄した。北を目指し走る』

 

 先ほど、一度だけ意思を通わせ、しかし他の巨人と同じように襲い掛かってきた巨人は今、3メートルほど離れて地に伏していた。

たぶん、もう、動くことはないだろう。

 

『巨人の支配する壁の外で 馬を失ったしまった。人の足では巨人から逃れられない。街への帰還、生存は絶望的』

 

 ――――その、はずだ。

 

 たとえ自分が死んでしまっても、いずれ誰かが見つけてくれれば、何かの役には立つかもしれないと、馬も武器も、立体機動装置も失った自分にできる、唯一の戦い――記録のメモにも、自分でそう書いたと記憶している。

 

『ただ…巨人に遭遇せず、壁まで辿り着くかも知れない。そう。今私がとるべき行動は恐怖にひれ伏すことではない。この状況も調査兵団を志願した時から覚悟していたものだ』

 

 ――――そうだ。壁外でたった独り、身一つになる状況は何度も想定したし、時にその恐怖と絶望は悪夢となって私を苛んだ。

 

 それでも。

 

『私は死をも恐れぬ人類の翼、調査兵団の一員。たとえ命を落とすことになっても、最後まで戦い抜く。武器は無いが、私は戦える。この紙に今を記し、今できることを全力でやる。私は屈しない』

 

 ――――私は、屈しない。

 

 改めて自らに誓い、そして巨人に遭遇した。

 

 6メートル級のその巨人は、すぐには私を食べようとしなかった。そればかりか、言葉を発した。「ユミルの民」「ユミル様」「よくぞ」と言ったのだ。

 その、思いもしなかった状況に、思わず私は存在を問い、所在を問い、目的を問うた。いずれの問いにも応えは返されず、そうして放った私の罵声に呼応するように、その巨人は私に襲い掛かり――――次の瞬間、頭部ごと巨人の弱点であるうなじは斬り飛ばされた。

 

 転がり落ちた頭部は、どこにも残っていない。斬り飛ばされたとほぼ同時に、『焼失』したからだ。

 

 そして、それを為したらしい青年は、私を見てゆっくりと首を傾げる。鳶色の髪が、僅かにそよいだ風に揺れた。

 その手には灼熱の溶けた鉄のような色彩の、見たこともない形状の刃が握られている。長い刀身と、僅かに反りのある鋭い片刃の、美しい火色の剣。服装は、私たち兵団の制服に似ていた。ただ、背にある紋章は『一角獣』でも『薔薇』でも、『翼』でも無い。何か――鋭い牙を持つ獣の頭部を抽象化した紋章であるらしかった。

 一通り認識し、確認する作業を終えると、相手も私の観察をしながら私が落ち着くのを待っていたらしい。視線が合うと、青年はへらりと笑った。朱い双眸が印象に残る。

 

「――――あっ、あなた、は」

 

「■■■■■■■」

 

 片手を挙げ、何かを言った。タイミングと動作、困ったような笑みを見れば、おそらくは『待て』という趣旨の言葉であると思われる。

 

「■■■■、■■■■■■■■■」

 

 青年が、再び何かを言う。だが、判らない。理解できない。

 たとえば、方言のように普段はあまり聞かない言葉でも、元々の言語は同じだから、聞き取るのには滅多に苦労しない。とりあえず、何を言っているのかはおおよそ理解できる。それは、無意識に自分の知っている単語に照らし合わせて、意味を測っているからだ。

 それが出来ないということは、そのままこの青年は私の与り知らない言葉を操っているということに他ならない。つまり、現時点では、言語そのものが違う、という可能性が高い。

 ありえない。人類は壁の内側にしかおらず、壁の中の言語は遥か昔に統一されている。

 ――――ふと。

 何かが意識に引っかかった。そうして『現状』に思い至る。

 

(――――ここは、『外』じゃないか!!)

 

 壁外は、巨人の領域。ならば、この青年は、『何』だ?

 

(……まさか……)

 

 人間と同じ大きさの『巨人』というのは、あり得るだろうか。

 

(――――それとも……壁の外で生き延びて、今も暮らしている人々がいる? そんな馬鹿な)

 

 だが、そう考えた方が、まだ安心できる。『これ』は巨人では無いのだと。

 

「あなたは……『何』なの?」

 

 青年は困ったように笑いながら、剣を持っていない方の手で頬を掻く。それはそうだ。伝わらないのは、さっきのやり取りで判っていたではないか。自嘲の笑みが零れる。じわり、と目が熱くなるのを自覚し、慌てて顔を伏せて溢れかけた雫を乱暴に袖で拭った。

 ザリ、と地を踏みしめる音がする。誘われるように顔を上げれば、腰が抜けて座り込んだままの私の目の前に膝を着き、視線の高さを合わせている青年の近さに思わず息を呑んだ。

 

「ユウ」

 

 一言、告げる。

 青年は手のひらを自らの胸に当て、もう一度同じ音を告げた。

 

「ユウ。ユウ・カンナギ」

 

 青年は、自分の胸に当てていた手で、今度は私を示す。

 

「――■■■?」

 

「――あっ……」

 

 ――――名前だ。彼は私に名乗り、そして私の名を訊いている。

 疑問など何もなく、ただそうだと確信した。

 

「わた、私は、イルゼ。――イルゼ・ラングナー」

 

「――イルゼ?」

 

 確認と思しき青年の声に、何度も頷き、肯定する。

 青年は、ふわりと輝くような笑顔を見せた。見る人の気持ちすら明るくさせるようなその笑顔に、私もつられて笑みを浮かべる。

 安堵したように青年は立ち上がり、私に手を差し伸べた。

 

 






 初めましての方は、はじめまして。雲龍紙と申します。
 Pixivから引っ越し? 分社? でマルチ投稿などというものに手を出しました。

 始まりましたが、ハーメルン投稿初心者で、使い勝手が良く解らない……。

 でも、『Pixivモバイル提供終了』まで時間が無いので、頑張ります。
 ケータイからの誤字チェックが出来なくなるのはツライんだ……。

 ……ん? サブタイの文字ですか?
 ヒュムノスという架空言語です。そのうち星語とか契絆想界詩とかも本編で出てきます。悪しからず。


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