自由の向こう側   作:雲龍紙

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『ならば、この世界に勝者は不在』





【viega 02:aiph, rre whou zwihander na irs tou Ar dor.】

 少年は、顕れた火色の刃に僅かに目を細めた。

 

 ――陽光を纏う、火足(ひた)りの剣。あれは、【守の民】の『女神』ではなかっただろうか。

 

『――レイフォン』

 

「大丈夫。わかってるよ」

 

 レンは手加減しないだろう。自分も手加減する気は無い。

 『彼』相手ならば、多少は羽目を外さないと、こちらも危ない。

 

 

 ――雨が、身に沁みる。

 

 

 さぁ、と雨脚が僅かに弱まった。

 ほんの少しだけ瞑目する。

 

 一瞬後。

 

 開眼と同時に間合いを踏み越え、風を纏う刃を振るった。

 

 

 

【viega 02:ならば、この世界に勝者は不在】

 

 

 ――思えば、『人』と戦うのは、初めての経験であったような気がする。

 

 最初の踏み込みから続いた、肩、胴、腕、足と狙った、流れるような一連の連撃をどうにか受け流し、防ぎ、避け、飛び退いて凌ぎ切った時、ふとそんなことに思い至った。

 

 正直に言うなら、非常に、やりづらい。

 飛び退いて間合いを広げながら少年を確認し、思わず「げっ」と声を漏らした。

 

『――――(つこうまつ)る 青龍 』

 

 そっかー。間合いを広げると【宝玉珠】で最も迅くて鋭いとされる風属性の攻撃が来るのかー。

 などと一瞬、暢気に考えた。

 ただし、向こうは同調するための詠唱に時間が掛かるらしい。

 地面を蹴り、今度はこちらから仕掛けることにする。というより、遠距離で大技を喰らうよりは近接距離で小技のやり取りをした方がまだマシだ。少なくとも、油断さえしなければ一撃で動けなくなる、という事態にはならない。問題は集中力の持続時間だが、複数の大型【アラガミ】相手にソロで1時間以上粘るなんて状況もザラにある。

 

「――舐めるなよ、後輩」

 

 悠長に詠唱を完成させる時間なんてやるものか。

 

 

「【 ―――Fou ki ga heath chiess yor. 】」

    その身に灼熱の口づけを

 

 火色の刃から金炎が零れ、石畳を奔る。雨によってもたらされた水が急速に渇き、周辺に蒸気の幕となって漂った。

 視界を奪うのは、一瞬でいい。視覚から他の感覚での索敵に切り替える一瞬で。

 殺意もいらない。ただ切っ先で撫でるなり当てるなりすればいい。殺意を抱けば殺気が漏れる。それは致命的だ。居場所がばれてしまう。

 影を確認。足音は雨の音にかき消されているし、初めから出来うる限り殺している。

 

 ふわり、と。

 風が、水蒸気の煙幕を押し流す。

 

『――(はし)らせ 白々(しらじら)明けと 』

 

 視界が晴れ、視線がぶつかった。僅かに目を細める少年に微笑みかけ、刃を振るう。狙うのは呼吸器官系のいずれか。当たればいい。そこに当たれば、しばらくの間は詠唱を封じられる。

 

「――っ」

 

 高く鈍く、金属同士がぶつかり合った音が響いた。

 思わず苦笑する。――流石は【降魔】最高峰の一角。簡単にはいかないらしい。交差した刃を感じて一瞬後、力が拮抗する前にそのまま刃を滑らせて掛かる力の負荷から逃れた。少年がバランスを崩した瞬間を見計らって鳩尾に蹴撃を放つ。蹴り飛ばした少年を見ながら僅かに眉をひそめ、更に首を狙って刃を振るった。

 その軌道を風で曲げられ、とっさに飛び退る。一拍後には先ほどまで立っていた場所の石畳が鋭い鎌鼬で切り裂かれていた。

 

 ごほ、と咳き込んで立ち上がる少年を眺め、思わず嘆息する。

 

「――さっきの蹴り、避けたでしょ」

 

 少年はその言葉を受けて、こちらに目を向けた。

 じっと見つめてくる少年に、再び溜息を零す。

 

「さっき蹴った時、すごく軽かったからね。入ってないな、と。だから追撃をしたんだけど」

 

 流石にさせて貰えなかったね、と笑みを見せれば、少年は緩やかに瞬いた。

 

「……いえ。避け切れなかったので、浮いて軽減しました」

 

「ああ、なるほど。あれは俺も特攻で囮をやるときはよくするよ。同僚からは怒られるんだけど」

 

 ちゃんと防御はしてるんだけどねぇ、と言いながら笑う。その笑みを見て、少年は気まずそうに顔を逸らした。そんな少年の様子を見て、内心で安堵する。本当に予想していたよりも理性的である。

 

「それで、少年。俺は神薙ユウっていうんだけど、君の名前は? 称号じゃない方」

 

「…………レイフォン・アルセイフです」

 

「そう。それじゃ、レイフォン」

 

 ぽつ、ぽつ、と【ミリアン】に熱が灯り、綺羅の火が生まれる。刀身はさらに輝きを強くし、やがて雨にも圧されず炎を零し始めた。

 

「少し、話を聞いてもらおうか」

 

「……譲歩しろという話なら、」

 

「まさか。――君も一応は【剣守】で政治に絡むなら、本当は解っているだろう?」

 

 少年は僅かに顔を伏せて押し黙る。ただ、静かに剣を持ち直した。

 その様を眺めながら、穏やかに、少年にとっては冷酷な現実をひとつずつ挙げていく。

 

「――いま、此処にいるのは、【降魔】【狼呀】【セラ】【守】、それぞれの民だ。それから、さっきからこちらを観察している【エデン】――【壁】の民もいる。最低5つの民がいる訳だ」

 

『関係ないわ。私たちは――』

 

「レン」

 

 少女の声を、少年が静かに制した。その声に反して眼光は鋭く、こちらを睨み殺そうとでもしているようだ、と思う。

 

「そして、状況を軽く整理してみよう。【狼呀】【セラ】【守】は、【大罪人】である彼――ガハルド・バレーンから、ある組織の情報が欲しい、と思っている。対して、君たちは一刻も早く【核石】を奪還し、出来るならば自らの手で制裁を下したい。――合ってる?」

 

 少年の足がほんの微か――1mmほど動いた。軸足を動かし、重心を移動。無言の肯定。

 だが――若いな、と思う。それとも、『青い』と表現する方が近いだろうか。

 

「だが、本当にそれを実行したとしよう。――確実に、ヴォルフシュテインは窮地に立たされるぞ。他の民が欲する情報を『握り潰して処分した』として。代償は何だ。君たちの首か? 君たちたかが2人の首に、他の民が戦争回避するだけの価値を見出すとでも思っているのか?」

 

 元々、種族的に【狼呀】の戦闘能力では【降魔】には勝てない。同時に種族的なある事情によって【降魔】は【狼呀】を殺すことは出来ないが、これは別に戦闘不能にさせられない訳では無いので、今は考慮できるものでは無い。そもそも、種族間に絶対的なスペックの差があるのだから、【狼呀】が【降魔】に挑むのは無謀を通り越して自殺志願か、【狼呀】を殺せない【降魔】への遠回しな嫌がらせでしかない。

 

 ――――基本性能で上回れないなら、それを行使する意思を折るしかない。

 

 ヴォルフシュテインにも流石に戦争する意思は無い。だが、あの2人がこの場で強硬に意思を押し通せば、完全に『国際問題』であるのだと、それを叩き込む。

 だが。

 

(――まだ、弱いか?)

 

 はっきり言って、戦争を回避したいのは何処の民も同じなのだ。ならば、押し通しても戦争は回避される可能性に賭けることも出来る。しかも、現状では回避される可能性の方がまだ高い。

 

 案の定、少年は揺れている。

 外見からは揺れているようには一切見えないが、それでも行動しないところを見ると、迷っている。

 

(――もし、感情を優先するのなら……)

 

 また別のカードを切る必要がある。

 正直、こちらのカードは個人的に後々面倒にしかならないので、切りたくない。だが、感情的な【降魔】相手には非常に強力且つ確実な一手となるのは知っていた。

 

(――どのみち、一緒か……)

 

 この任務が成功し得なかった場合、自分がどうなる予定なのかを思案し、そっと息を吐く。後ろ暗いところを自分に知られているお偉方は嬉々として自分を『処分』するだろう。ついでに『戦争を回避出来なかった責任』とやらを捏造して押し付けてくれるかもしれない。いや、するだろう絶対。

 正直、そろそろ任務中に行方不明とか生死不明とかになって出奔した方が良い気がしている。

 

(――よし、決めた)

 

 おおいに気に入らない方法ではあるが、それでも本当に死ぬよりはマシである。というか、この選択肢の方が死ぬ確率が低いとは、此れ如何に。

 

 少年の目を見る。彼もどちらに賭けるか決めたらしい。じり、と走り出そうと身を低くしたのを見て、思わずわらった。【ミリアン】を握り直す。

 そして、少年が地を蹴ったと同時に、躊躇いなく刃を振るった。

 

 

 ―――― 一瞬、紅い飛沫が、視界を覆った。

 

 

 目の前に、少年が驚愕している姿。その姿を見て、賭けに勝ったことに思わず自嘲する。

 

「――なにを、」

 

 少年の目に、今までで一番明確な感情の色が弾けた。激しい怒り。

 

(――いや、たぶん、自分も同じことをされたら、こんな感じの反応をすると思うけど……)

 

「――何をしているんですか、あなたはっ!!」

 

 自分が自身の首筋に向けて振るった刃を、少年は自らの手で握りしめて止めていた。

 雨に混じり、鮮血が刃を伝って滴り落ちる。

 

「……ちょっと、世を儚んでみようか、とか?」

 

「――――巫山戯ないで下さいっ!!」

 

 うん。実は半分くらい冗談ではなかった気もするのだが、ここでそれを言う気は無い。

 

「――いや、ね。正直、まともにやり合っても勝てないし。でも君たちを止められなかった場合、俺は嬉々として『処分』される可能性の方が高くて。とりあえず、確実に君たちの気を引く方法といえば、」

 

 いわゆる『自害』くらいしか無かった訳で。

 

「俺たち【狼呀】は基本的に純人間種には逆らえないし、君たち【降魔】はなんでか【狼呀】を死なせまいとするからね。種族的な習性というか、本能というか」

 

 そういう訳で、と少年に自嘲を零す。

 

「――君たちに感情のまま行動されると、どのみち俺は『処分』確定だから。少しでも生き延びられる方に賭けてみたんだけど……どうなのかな?」

 

 ――君たちは俺を生かしてくれる? と耳元で囁くように問う。

 

「――――~~~~~~~っっ」

 

 少年は掴んでいた手で刃を払い、顔を歪めて睨んでくる。心なしか顔が赤いような気がするが、大丈夫だろうか。リヴァイやイルゼからは風邪をひいて動けなくなっていたところを拾った、と聞いているが、もしかするとぶり返しているのかも知れない。動きも【降魔】にしては少し鈍かったし。

 

『……レイフォン』

 

 少女の声に、少年は決まり悪そうに顔を伏せた。ふわり、と少女の姿が剣からヒトの形へと戻る。少女は泣きそうな顔で少年の顔を覗き込み、そしてやはり顔を伏せた。小さく「ごめんなさい」と呟いた少女の声が雨に紛れて耳に届く。

 

 どうやら、やっと譲歩してくれるらしい。

 やれやれ、と息を吐いた時――場の気配が、変わったのを感じた。

 

「――――ユウッ!!」

 

 叫んだのは、誰の声だったのか。とりあえず、名前で叫ぶとしたらカナギかイルゼだろうか。

 

(――ったく。なんでこの場には要人しかいないんだ……ッ)

 

 とりあえず、カナギは後で覚えてろ。隙を突かれたのか罪人が我に返ったのかは知らないが、逃がしやがって。

 

 振り向きざま、ヴォルフシュテインの2人を背に隠す。雨で見難い視界の中、カナギが押さえていたはずの男が走りながら勁技を放って来るのが見えた。破れかぶれの行動に見えなくもない。

 

「っミリアン!!」

 

 手にした刃の名を呼ぶ。自力での防御は間に合わない。応えた彼女は、放たれた衝勁の何割かを『ほどいて』消してくれた。

 

「――【フェンリル】…っ」

 

 倒れかけた自分を受け止め、少年は顔を歪める。そのまま自分を少女に預け、駆け出そうとした。その腕を掴み、引き留める。

 

「――――だ、め……」

 

「あなたは――っ……」

 

 悔しげに歯噛みする少年が目に映った。でも、ダメだ。状況は、多分変わったが、一番穏便に片付くのは、この状況ではカナギがケリをつけた時だ。

 

 ふ、と息を吐く。

 というか、カナギ曰く三下の【降魔】でこの攻撃威力なら、このヴォルフシュテイン卿とは本当にまともにやり合わなくてよかった、としか言いようが無い。

 逆巻く風の塊をぶつけられたような衝撃だったが、たぶん、鎌鼬的な部分もあったのだろう。結構な血が流れている感覚がある。

 

 ――本当に、本職にやられなくてよかった……

 

 

 そんな思考を最後に、霞む視界につられるように意識は深く沈んでいった。

 

 

 

 






 このユウはイライラすると口が悪くなります。その片鱗がちらほらと散見できます。
 そしてこんな場所で次回予告です。

 次回の更新は、月曜日ですね☆


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