自由の向こう側   作:雲龍紙

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『終わらぬ惨劇を敗者が嗤う』




【viega 01:rre whou handeres yaha anw etealune jenhah.】

 

 

「――いやいや、何度もあれは無理だ」

 

「自分もそう思うよ。カナギもよく反応できたね」

 

「むしろなんで敵意満載の【降魔】――というよりヴォルフシュテイン卿の前に姿をさらして無事でいるのかを教えてください。ええ。この後の参考の為に是非とも」

 

 冷たい眼差しで【夜】と【守人】――シャオとカナギを睥睨し、ユウは腕を組んで背後の壁に寄り掛かる。一方、睨まれた2人はお互いに顔を見合わせて瞬き、同時に首を傾げた。

 

「なんか、予想よりは理性残ってたぞ?」

 

「そうだね。もっとこう、野生の獣のように飛び込んでくるかと思っていたのだけど。一応、対話にも応じてくれるだけの理性は残っていたね」

 

「その交渉は決裂していますよね? 俺、本気で死を覚悟しろってことですか? 勘弁して下さいよホントに。もっと言い回し的なものも考えようがあったと思うんですが」

 

 そう言って深く息を吐く。言いたいことはまだあるが、それよりも優先すべきことが多くあった。

 チラリとカナギによって抑え込まれている男へと視線を向ける。男は後ろで腕を捻じられ、背中からカナギに膝で圧し掛かられて地面に押し付けられているような状態だった。

 

(――なんか。カナギ、慣れてるなぁ……)

 

 何故こんなことに慣れているのか微妙に気になる。彼は【守の民】の要人――つまり、警護される側の人の筈なのだが。

 だが、今は時間が無い。その疑問も放置する。

 

「――とりあえず、死にたくなかったらさっさと吐こうか。まず【核石】は何処? ヴォルフシュテイン王暗殺未遂及びヴォルフシュテイン公からの【核石】強奪の経緯。後は今回の件は『血の謡』とどこまで関わりがあるのか。むしろ君たちだけで実行は不可能なんだから、黒幕は何処の組織?」

 

 ニコニコと。いっそ笑顔で男の正面にしゃがみ込み、指先で首筋をつつく。これくらいしないとストレスで胃がやばい。もちろん、現実逃避だと理解している。

 男は案の定、びくびくとしている。だが、なかなか口を割りそうにない。あるいはあまりの恐怖――いや、絶望感で何も考えられない状態なのかもしれない。冷静に考えられるなら、この男の状況はどう見ても詰んでいるのがわかるだろうし。

 ひとつ息を吐き、さっと立ち上がる。

 

「――では、時間稼ぎに行ってきます。何度も言いますが、時間稼ぎです。どんな方法でもいいので、【核石】と情報は確保して下さい。最悪、【核石】だけでも」

 

「わかってる」

 

 正直、この2人は詰問とか尋問とか拷問とか出来ないと思うのだが、現状で【降魔】を足止め出来るのが【狼呀】である自分しかいないので消去法で2人に任せるしかない。

 

 最後に男を一瞥し、外套のフードを被り直す。踵を返し、狭い路地裏から広い通りへと走り出た。

 少年――ヴォルフシュテイン卿が移動した気配は無い。先ほどの攻撃程度で怪我をするとも思えないので、おそらくは単に待っているのだろう。

 

 降り頻る雨は止むことは無く、吹く風はいよいよ強い。

 

 ふと視線を感じて空を仰ぐ。建物の屋根に、イルゼとリヴァイの影を見つけて少し複雑な心境になった。――『外』の厄介事を持ち込んでしまって、2人には申し訳ないと思う。

 

 ふわり、と柔らかな風が吹いた。

 視線を正面に戻す。少年の影を認め、互いの間合いに踏み込む前に足を止めた。

 

 少年は僅かに首を傾げ、静かに問う。

 

「――――あなたは、【詩紡ぎ】の人?」

 

「いえ、【狼呀】です。片親は【詩紡ぎ】でしたので、そっちの因子も持ってますが」

 

「……なるほど。今日は神機を持っていないみたいですが?」

 

 うん。なんか物凄く含みあるお言葉ですね。これは意訳すると『神機の無い【狼呀】に何が出来る』とかそんな感じの趣旨にも聞こえるんだけど。――どうなのかな。

 

「流石にアナグラからこんなに離れると神機のメンテとか影響とか洒落にならないくらい問題が盛り沢山になるので――今回は、【宝玉珠】をお借りしています」

 

 これは意訳すると『あんたにそんなこと心配される謂れはねぇんだよ』って具合に聞こえるかも。聞こえるように選んだんだけど。

 案の定、少年の眉が僅かに寄った。

 

「――レン」

 

 少年に呼ばれ、ふわりと風を纏って少女が降りて来る。どうやらリヴァイやイルゼ同様に近くの建物の上にいたらしい。

 少年は少女に手を差し伸ばし、少女はそっとその手を取った。

 

『 あえかなる夜へ 伽つむぎ 』

 

 

 ざわり、と風が動く。

 それを受けて自らもミリアンの【核石】を懐から取り出し、詠い掛けた。

 

 

「【―――Wee zweie wa hymme. 】」

――――Was yea ra wearequewaie en rippllys sos yor.

 

 

 ポツリ、とミリアンの紅い琥珀のような【核石】に熱と灯が燈る。その様子を見て、どことなく、今日は嬉しそうだな、と思った。

 

 

『 まなふたに栄ゆる おもしめし そまどろ包み いし明かし』

 

 

「【 frawr slep, kira lusye nuih. rre bister diasee quesa na cyurio noglle ar dor. 】」

  花睡る満天   秩序亡き大地は昏く

――――yart yor en knawa ar ciel eetor, infeliare yor

  愛しい鳥よ あなたに出逢い、私は世界の向こうを知った

 

 

 風が逆巻き、少年と少女を包むように吹き荒れる。

 手にしたミリアンからは斜陽色の炎が零れ、右腕ごと【核石】を包み込んだ。

 

 

『 我といましと 息の緒に 相生う性の 契り籠ん 』

 

 

 少女の姿が足元から解け、風と同化する。

 

 

「【 Rre Ar=dius akata, gyen fandel phantasmagoria en omnis rhaplanca. 】」

  ひとつの神話が数多の伝説と伝承を紡ぎ

――――Rre talam dauane re valwa cia, fernia flawr li warce sarla.

  東雲の夜明け 舞い上がる花々は祝福の証 いまこそ誓いを

 

 

 ミリアンの【核石】が解け、熔ける感触。

 周囲を躍る炎が、雨に鎮められることも無くいっそう激しく燃え上がる。

 

 

『 あからしま風を 纏いたり 』

 

 

 解けた少女の風が集い、少年の手に別の形を結び。

 自らの手には灼熱の火色に染まった刃が顕れた。

 

 

「【 idesy, selena hymmnos art ar sasye. 】」

  それは かつての少女が遺した詩

 

 

 一瞬の鎮魂歌。

 それは命を失い、なおも『護る為に』ならば力を貸してくれようとする、少女の為に。

 

 

『 甘ない 相具す うき交わさん 』

 

 

 少年を包んでいた風が弾ける。その手には翡翠の大剣。風を纏い、風を操る――最速を誇る風の【宝玉珠】が武器化した姿。

 

 ――正直、【狼呀】の速さでも追い切れるか……

 

 僅かな不安を噛み潰し、最後の詞を紡ぐ。

 

 

「【 Omnis rippllys en vianchiel fau, yehar, hyear ! 】」

――――Rrha yea erra grandus sos melenas yor.

  そして世界は謳い 美しき光の翼が降臨する

 

 

 

 ――――朱金を纏った斜陽の炎が、応えて周囲の風を圧し祓った。

 

 

 

 





 さて。これが問題も当時書いて頭を抱えたシーンでした。
 設定と状況的に、どう計算してもレイフォン>>神薙ユウな勝率であるはずなのに、絵的にも文章読んだ瞬間の印象的にも、レイフォン<<神薙ユウに見えてしまう、という謎仕様。
 だったんですが……だいぶ、マシになった、でしょうか。
 どうでしょう。むう。


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