サブタイトルが上手く訳せない……。
元々は『灰色名詠』を参考にしています。
―― rre zarle nha yor
これはあなたが呼んだ雨
―― rre kapa ini en nozess omnis
水は全てを清め、消し去るでしょう
―― Sef wa-o neg li qules Sef.
今日も外は雨。昨夜一度は止んだが、また今朝から再び降り出した。
【Arma 03:風、嗤う 火に酔う塵の愚かさを】
昨日に引き続きエルヴィンの執務室に呼び出されたリヴァイは、その窓辺に佇む青年に思わず眉をひそめた。
その手前にはエルヴィンとイルゼ・ラングナーが向かい合って座り、質疑応答をしている。イルゼ・ラングナーもエルヴィンも時折、青年に視線を向けて動向を探っていた。
青年は気にした様子もなく、窓から雨が降りしきる外を眺めている。
――時折、何かを
「どういう状況だ、エルヴィン。――いや、」
チラリと窓辺の青年を確認する。乾いた土色の髪に、珍しい赤い目。見慣れない紋章――おそらくは、何か鋭い牙をもつ獣を抽象化したもの――を背に負う兵服。見覚えはない。
「イルゼ・ラングナー。解答を要求する」
「はい!! 彼が昨日の文通相手の友人にして私の恩人であり、『外』の人です!」
「……そうか」
なんとなく、そんな気はしていた。だが、流石に昨日の今日で見る事になるとは思わなかったのも事実だ。つかつかと無造作に歩み寄れば、青年の視線がゆっくりと窓の外から自分へと向けられる。
ふと、赤い目と視線が合った。
一拍。間をおいて、青年は淡く微笑む。何故か『花が咲くような』という表現を思い出した。
「……あなたが、イルゼが言ってた『リヴァイ兵長』?」
すっと凭れていた壁から身を離し、青年は自然に態勢を整える。いわゆる「きをつけ」の姿勢だが、無駄に力まず、ゆったりと自然体だ。それを受けて、思わず眉間にしわを寄せる。
「――リヴァイだ。『中』の世間じゃ、これでも最強で通ってるらしい」
「そのようだね。――自分は『外』に暮らす民のひとつ、戦闘種族の【狼呀の民】に属する。組織としては、【狼呀】の極東支部元・第一部隊隊長、現・独立支援部隊『クレイドル』所属 兼 極東支部 支部長代理直轄 特設遊撃部隊 所属、ユウ・カンナギ――っていうのが、一番短いかな」
「――って、何その無駄に長いうえに偉そうな肩書き!?」
「……言って無かったっけ?」
「言ってません!!」
こてん、と首を傾げたユウ・カンナギにイルゼ・ラングナーが吠える。
しかしここで問題なのは、そんな偉そうな肩書きを持った奴が何をしに来たのか、ということだ。
「実際、結構これでも偉いんだよ?」
「嘘!? だってカナギはあなたに『有能すぎていつ存在ごと消されるかわかったもんじゃない』って言ってた!――これって、あなた自身はそんなに偉い立場ではないってことじゃないの!? 良いように使われる立場!!」
「……よく覚えてるね。それも事実だけど、偉いのも事実なんだよ? 少なくとも、現場では。極東支部の【狼呀】はある程度自由に使える立場だし」
「なんでそんな偉い人が此処にいるのよ!」
「俺が【狼呀】の中でも有能な方だから。――それに、下手すると君たちに物凄い迷惑を掛けそうだから、迷惑料の先払い、かな」
意味が解らない、という顔をして睨むイルゼ・ラングナーに、青年は困ったような笑みを乗せる。
「――俺が受けている任務はね、『失敗したらその時点で俺を切り捨てて【狼呀の民】および『外』の民は一切手を引く』って流れなんだよ。むしろ、流れ的には俺に失敗してもらいたいくらいだと思う。そうすれば俺は殉職扱いで邪魔者を片付けられるって事で。まぁ、そっちは仲間にお願いしてきたから、俺はこっちに集中するけど」
「……なんで、笑っていられるのよ……」
俯き、何かを堪えるように呟いたイルゼを見つめ、青年はそっとその頭を撫でた。その表情はやはり困ったような微笑を浮かべたまま。
だが、このままでは話も進みそうにない。――いや。ある意味においては情報収集の役には立ったのだが。
「――それで、エルヴィン。俺を呼んだのはなんでだ」
「――ああ。家出人と犯罪者の確保を条件に、壁外調査の際の情報提供を確約された。とりあえずはこの話を受ける。リヴァイには訓練兵のところへ視察――と称しての、訓練兵に紛れているらしい犯罪者の確認に付き合ってもらいたい」
「その後は」
「お前の判断に任せる」
エルヴィンとしても『現状』では上に報告する気は無いらしい。調査兵団のリヴァイによる訓練兵の視察――という事にしておけば、目立つのは俺で他はその影に隠すことが出来る。
つまり、囮役を任されたという事だ。
「――了解だ、エルヴィン」
改めて青年に向き直る。
青年も視線に気付いたのか、向き直ってにこりと微笑んだ。
「名前はユウ・カンナギ。君たちには発音しづらいかも知れないから、そうだったらフェンリルでも良い。――あなたの事は、リヴァイって呼んでいいのかな?」
「――――好きにしろ」
「うん。わかった。『人類最強の兵士長』殿」
「………………」
思わず、言葉を失って青年をまじまじと眺める。青年は何事も無かったかのように、にこにこと笑顔を浮かべたまま、こちらを見つめていた。それは先ほどの言葉が、こちらの聞き間違いかと思わせるような、屈託のない綺麗な笑顔で――だからこそ、数瞬遅れて逆に鳥肌が立った。
こんな、綺麗な笑みで自分の腹の底を隠しおおせるような人間は、『壁』の中では見たことが無い。内心を読まれないようにする場合には無表情であることが最も多く、次に多いのは卑しい笑みだ。あとはさも自分が悲劇の主人公であるかのような主張を、悲壮な顔でするくらいか。
「……お前……」
綺麗な笑顔だ。それはもう、完璧な作り物のように。
滅多に見ることが出来ない『完璧な微笑み』をしばらく鑑賞し、最後に溜息を吐いて身を翻した。
「……リヴァイだ。そう呼べ」
「うん。ありがとう、リヴァイ」
ふと。声に宿るニュアンスが微妙に変化したのを感じて、もう一度だけ視線を向ける。そこにはやはり笑顔で、しかし先ほどよりもあたたかみを感じられるような眼差しの青年が、機嫌の良い猫のように目を細めた姿があった。
ちょい足しver.です。
今日は此処まで。
おやすみなさいノシ