自由の向こう側   作:雲龍紙

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 『Arma』というのは『牙』あるいは『牙を向く(者)』という意味です。
 これはセラフェノ系の言語です。ライトノベル作家の細音啓先生の作品群(主に『黄昏色の詠使い』『氷結鏡界のエデン』など)で使われる架空言語です。
 これもヒュムノス並に言語が分けられていまして……『セラフェノ音語』『セラフェノ真言』『巫女言語』『魔笛』と分けられています。もしかするとまた区分が増える予感。
 しかしながら、ヒュムノスのようにぱっと見て区別するのは至難の業……。

 


【Arma 02:Fhyu yaha, grlanza won dor anw sabl vianchiel.】

 

 

 

 ――― Ir ol thia , Tu o Ar ol vi ecla.

  夢の中で、貴方を何度も殺めましょう

 

 ――― Tu o ir ol dir.

  それが私の救いになる

 

 

 

 帰還中、雨を避けるために張られた簡単な(ほろ)付きの荷駄から時折、少女の静かな歌声が漏れ聞こえていた。

 

 

 

【Arma 02:風、嗤う 地に這う砂の儚さを】

 

 

 

 珍しく1体の巨人とも遭遇しなかった帰還中、エルヴィンは拾った少女と何度か面談していた。その際、何故かイルゼ・ラングナーも同席していたが、詳細は聞かされていない。

 これはこれで珍しい状況だとも思ったが、エルヴィンは状況に応じて使う人間を変えることもある。ならば、この件に関しては自分よりもイルゼ・ラングナーの方が何らかの利があったのだろう。それに、巨人が関わるような話でも無い。ならば、自分が出る幕は無いだろう。

 

 ――そう、思っていた。

 

「リヴァイ」

 

 トロスト区へ帰還した後、呼び出された部屋にいたのはエルヴィンと、『あの』イルゼ・ラングナーだった。ただ、イルゼ・ラングナーは何やら部屋の隅の机で書類か何かの束と向き合い、時折うなったり頭を掻き毟ったりしている。

 その様は、いわゆる学舎において不出来な者を残らせて宿題をさせているような、そんな雰囲気だった。

 だが、エルヴィンは気にしていないのか、しばらくは放置するつもりらしい。あるいは最近は『こう』なのかもしれない。

 

 今はとりあえず、目の前の執務机に座るエルヴィンと向き合うことにする。

 

「帰還早々の呼び出しとはな。――何かあったか」

 

「あったといえばあった。――3か月前だ。そこの、イルゼ・ラングナーが壁外において装備無しの状態であるにも関わらず、生還した。それは知っているな」

 

「ああ。非常に運が良いことだと、一時期は調査兵団の中でもその話で持ちきりだった」

 

「彼女はその際に起きた正確なことを、上には報告しなかった。実際、ただ『運良く』生還できたというだけのことだ。上も詮索しなかった。――だが後日、彼女は私にだけ報告に来た」

 

 その言葉に、思わず眉を寄せる。

 それは、非常に『政治的な』話ではないだろうか。いや。『上に報告すれば政治的に利用されると判断した為に、報告できなかった』ということだろうか。この場合、『利用される』のが『何』あるいは『誰』なのかという部分でイルゼ・ラングナーという人間がどういう人間なのかが判る。それはつまり、『何を政治的利用から守ろうとしたのか』が判るからだ。

 だが、エルヴィンがいまだに彼女を手元に置いている事実を考えると、些細なことか、あるいは逆に重大すぎる故に手を出せないか、のどちらかである確率が高い。

 前者なら、いい。だが、自分が今、此処に呼び出されたという事は、だ。

 

「――――デカすぎる話か」

 

「そうだ」

 

 エルヴィンは重々しく頷き、軽く息を吐いた。

 

「人類の存続に関わる、非常に大きな話だ。正直に言って、事実であった場合は非常に面倒なことになる。最も危惧される最悪なシナリオは、人類同士の戦争による自滅だ」

 

「――冗談でも笑えねぇぞ。巨人どもに良いようにされてるってのに」

 

「まったくだ。――『彼ら』にその気は無い。予測出来ないのは、『我々』の方だ」

 

 その言い回しに、目を細める。一瞬、『彼ら』というのを『巨人』と受け取り、一瞬後に「そうでは無い」と判断する。

 

「……イルゼ・ラングナー」

 

「――――は、はいっ!?」

 

 何やら作業に集中していたらしいイルゼ・ラングナーに声を投げれば、彼女は慌てたように立ち上がって振り返り、敬礼した。

 

「今から俺の質問に答えろ。――3か月前のあの日、お前は巨人に追われていたはずだ。武器も立体機動装置も無い状態で、どうやって巨人から逃げることが出来た?」

 

「――逃げることは出来ませんでした。事実、食殺される寸前でしたが、自らを『壁の外で暮らす民』だと名乗る青年に助けられました。翌日、調査兵団の近くまで送ってくれたのも、その人です」

 

「――壁の外、だと?」

 

「はい。――事実かどうかは判りません。また、確認のしようもありませんが、彼はそう言いました」

 

 『壁の外』にいるのは巨人だ。人間では無い。

 なまじ人間がいたとして、その人間は巨人の脅威をどうやりすごしているのか。そして『民』と自称するからには、それなりの人数がいるはずだ。その『民』と称せるほどの人数を維持するのには防衛力が必須。――『壁』を持たないのなら、巨人の群れを撃退できるだけの力が必要となる。

 もし、人間として不可能とも思えるこの条件を満たしているのなら、それはそれで『巨人とはまた別の脅威』となる可能性があると言えた。

 

「そいつは、本当に人間か?」

 

「私にとってはただの恩人です。巨人では無いのは確実ですが、最後まで人間だとは言ってくれなかったので、彼にとっても思うところがあるのでは無いでしょうか。ちなみに『普通の人間種だとは口が裂けても言えないが、人類という括りになら入る』という趣旨のことを言っていました。戦闘能力なら……ちょっとだけ、巨人を憐れみそうになるくらいに高いです。とりあえず、リヴァイ兵長と同じことは出来るんじゃないかと。――――立体機動装置無しで」

 

 最後の最後に付いた言葉に思わず瞬き、聞き間違いであるかどうかを確認するべく、エルヴィンへと視線を向ける。エルヴィンも心なしか悲嘆するような顔をしていた。

 どうやら、聞き間違いではないらしい。

 

「正直、ただそれだけならついでに報告していたと思います。でも、――万が一、『我々』が『外の民』と敵対するようなことになった場合、『我々』は完封されると思いました。単に戦闘能力が云々ではなく、文化・文明の面において、彼らとの間には水準の差があるように感じましたので。――おそらく、我々よりはるかに人類同士の戦争に慣れています」

 

「――なぜ、人類同士の戦争という発想になった?」

 

「上の方々は、『外』には金銀財宝がたっぷりとあると知れば、途端にやる気を出してしまう方も多いと思います。そして、人間では無いならば人間の敵に違いない。巨人と同じだ、殺してしまえ、となる可能性が高い、と判断しました。――少なくとも、恩人が出来る限り遠ざかる時間くらいは稼いでみよう、と思った次第です」

 

 なるほど。上の肥え腐った連中よりも恩人を選んだという事らしい。だが、まぁ。俺自身が同じ状況に置かれれば、俺も同じ判断をしただろう。そしてもし、その恩人が壁まで送り届けに来ていたなら、どうなっていたか。――おそらくは捕えられ、『人類の為に』とか理由を付けて解剖でもされていた可能性が高い。

 

 ――――なるほど。この状況では、正解だ。

 

 『壁』に引き籠ってうだうだやっているうちは、そんな情報などあるだけ無駄――それどころか、余計な火種にしかならない。ならば、イルゼ・ラングナーの判断は正解だろう。

 

「……で、なんで俺にこの話が来た? 今更だろう」

 

「拾って来た少年少女が、『外』の民だからです」

 

 エルヴィンに訊くつもりで発した問いは、イルゼ・ラングナーによって答えられた。

 思わず顔を顰め、イルゼ・ラングナーを睨む。だが、イルゼ・ラングナーは思っていたよりも豪胆であったらしい。にこりと笑って応えた。

 

「実は、恩人と文通してまして。――その恩人から、近々ちょっと迷惑掛けるかもしれないから、ごめん、と言われました。詳しく訊くと、犯罪者と家出人を回収に来るとか来ないとか。しっかり説明すると長くなるから、それでとりあえず納得してくれ、といわれたので、これ以上の情報はありません」

 

「……文通とは、初耳だな」

 

 どうやらエルヴィンもこのことは聞いていなかったらしい。額に手をやり、頭を抱えている。

 

「ただの友人ですから。それに、文通の手段が不確実なので……」

 

「ちなみに、手段とは?」

 

「鳥に運んでもらいます」

 

 ほう。鳥か。人間以外は巨人にも食われない――訓練して馴らせば、危急時の連絡用に使えるのかもしれない。

 だが、それよりも今は。

 

「それより、なんであの子供が『外』の連中だと判断した?」

 

「手紙の名前と特徴、それから歌で判別しました。『外』の言語は『我々』と違うので。――――兵長も、解りませんでしたよね? 彼女の歌」

 

 言われて、帰還の道中に聴くともなしに聴いていた旋律を思い出す。だが、旋律はなんとなく思い出せても、何を言っていたのかは思い出せなかった。ただ、聴いたことの無い、静かでひそやかな旋律であったことは覚えている。

 

「文通ついでに色々な言葉を教えてもらいまして。言語的な特徴から、あれはラグクーア語であると判断しました。既に滅んだ古代の国の言葉だそうですが、彼曰く『ウタなら残る』と。もちろん、『壁の内側』には文献も見つかりませんでした。―― 一応、捜索は続行中ですが」

 

 ――なるほど。どうやら、イルゼ・ラングナーは『外』の情報に関して文献調査をしていたらしい。おそらくは、『恩人』から与えられた情報の真偽の判断材料と成り得るものを求めて。

 

 イルゼ・ラングナーの事情は分かった。

 ならば次は、その『外』から来た可能性のある2人をどうするかという問題だ。そう思ってエルヴィンを見る。エルヴィンはひとつ頷くと、口を開いた。

 

「2人はすでに街の中だ。――が、一応『目』をつけた。問題が起きればすぐに報せが来る」

 

「そうか」

 

 どうやらしばらくは泳がせる気であるらしい。下手に手を出すよりは、という判断だろう。あばよくば、『外』の情報が更に手に入らないか、という思惑もあるに違いない。

 

「……イルゼ・ラングナー」

 

「はい」

 

「お前はもう少し、情報をまとめて報告するように。――帰って良し」

 

「はい!失礼します!!」

 

 勢いよく敬礼し、踵を返して静かに退室したイルゼ・ラングナーを見送り、エルヴィンは溜息を吐いた。心境は、解らなくも無い。

 

「――まったく。我々は己の事すら儘ならないというのに……」

 

(――確かに、な)

 

 『外』の事情など今まで考えてもみなかったが、そもそも『壁』程度でも巨人から百年、身を守れたのだ。他にも方法があるのかもしれない。もしそうなら、『外』に他の人類がいたとしても、おかしくは無いのだろう。

 

 

 ――だが、『外』との接触は、まだ先になるはずだとも思った。

 

 

 

 






 ところで、細音啓先生も志方さんのファンだったりします。
 ……ヒュムノスの歌姫たちに『来讃歌』とか詠ってみて欲しい。心の底から。



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